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81. ジュディさまとのお茶会

 ジュディさまの(ふみ)には、屋敷のほうまで来て欲しい、と書いてあったので、私は指定された日時に、馬車でアッシュバーン公爵家の屋敷に向かった。


 客間に通され、そわそわとジュディさまを待つ。


「お待たせいたしました」


 しばらくして、ジュディさまが客間に入ってきた。

 金の髪はきらきらと輝き、血色もよく、見たところ元気そうなのでほっとする。


 あの選考会以来、ジュディさまを積極的にお茶会や夜会にお誘いする人も激減したと聞いている。もしや意気消沈しているのではないかと思っていたので安心した。


「お呼びだてして申し訳ありません、コニーさま」


 謝罪しながら、私の前のソファに腰掛ける。

 メイドがテーブルの上にお茶とお菓子を並べると、ジュディさまは「退がってよくてよ」と指示し、メイドはそれに従って、一礼して部屋を出て行った。


 そうして客間は私とジュディさまの二人きりの空間となった。


「今、わたくしの評判が地に落ちておりますから、そちらに伺うのはかえって迷惑ではないかと思いましたもので」


 ほほ、と笑いながら、さらりとそんなことを口にする。


「そんなことは」


 アッシュバーン家の令嬢であるジュディさまを表立って攻撃する者はいないが、令嬢たちは皆、距離を取ろうとしている。

 評判が地に落ちた、とは否定できない表現ではある。


 今日、私がここに来たのは、殿下の意向もあってのものだ。


「ジュディは私に関わると、ロクなことにならないのかもしれないね」


 と、少し気落ちした様子でいらした。


「できれば、緩やかでもいいから、コニーから歩み寄ってはくれないかな。それで女性たちの中での立ち位置もまた変わってくると思う」


 私は一応、今は王太子殿下の婚約者という立場であるから、私と良好な関係性になれば令嬢たちの態度も変わるだろう、ということだ。


 いずれにせよ、王太子妃になるのならアッシュバーン公爵家を避けて通ることはできない。

 友好な関係を築くのは、私がしなければならないことだ。


 私は切り出す。


「実は、また球場で、昼食会を開催しようという話が出ておりますの」

「あら、それは素敵ね」


 にっこりと微笑んでジュディさまは返してくる。

 やはり私との間に壁がある感じがする。当たり前だ。けれどいつかは心を開いていただけるように、がんばらなければならない。


「ウォルター王太子殿下が開催する予定でしたけれど、殿下は今、少々立て込んでおりまして、わたくしが主催することになりました」

「あら。殿下、いかがなさいまして?」


 ジュディさまが小首を傾げてそう問うてくる。


「シスラー子爵領に球場を建設する話が急速に動いているのですわ」

「ああ、そうらしいですわね」


 ジュディさまはその話に何度もうなずく。どうやらすでに知っていたようだ。


 選考会が終わったあとの殿下の話とは、これだったのだ。

 キャンディの家の領地は、使い出のない土地のはずだった。

 けれど、殿下はそこに目を付けた。


「シスラー子爵領の土地が今は余っているというのなら、ぜひ使わせてもらいたいと思ってね。選考会の前に子爵夫妻とお話させていただいて、了承を得たよ」


 キャンディと二人でブルペンに行ったとき、『明日から、本選までちょっと忙しくてね』と仰っていたのはこれだったらしい。


「選考会までに話がついてよかった。王太子妃が決まる前に決定したかったんだ。選考とは何の関係もないことを示したくて」


 もしキャンディが合格した場合に、王太子妃の故郷だから特別視された、とは思われたくなかったようだ。また、球場建設のために合格させた、と邪推されたくもなかったらしい。


「今の球場は王都にあってとても便利がいいけれど、夏が暑くて、選手たちはもちろん、観客も暑さで参ってしまうんだよね」


 殿下は少し肩を落としてそう理由を教えてくれた。


「夕方や夜に試合ができればいいのだけれど、そうするとボールが見えなくなるから試合にならない」


 松明程度で、球場中を照らし、さらに高く飛んだボールまで追うことは不可能だということだった。


「だから、今より涼しいところに球場が欲しかったんだ」


 そう殿下は満足げに微笑んでいた。


 殿下からすると、シスラー子爵領は理想的な土地なのだそうだ。

 過去、避暑地として栄えていた場所だから、宿泊施設も用意できる。広い街道が近くにあり、もう一度王家の名で整備し直せば客足も見込める。


「それに、キャンディ嬢はいきなりキャッチボールをこなしていただろう? あれはね、子どもの頃から投擲動作をしていたからだと思う。つまり、あの地方の人間にはそれが備わっている可能性が高い。子どもたちを集めて野球教室を開けば、才能のある人を集められると思うよ」


 キャンディの器用さがその土地で培われたものなのだとしたら、と殿下は考えた。

 つまり、彼女の実力が認められたも同然なのだ。


 今まで、どこの球場経営も概ね上手くいっているし、ウォルター殿下が全面的に支援はするけれど、ゆくゆくはシスラー子爵家に経営をしてもらいたいとのことだった。


「そのためにね、キャンディ嬢には野球を続けてもらって、野球というものがどういうものか知って欲しい。そうしてシスラー領に広めて欲しいんだ」


 殿下の話とは、キャンディが選手になる、というだけではなかったのだ。


「なんだか責任重大だわ」


 とキャンディは笑っていた。


「シスラー領の野球の顔になって欲しいのですって」


 そして今は、投手として練習を開始しているそうだ。まだ試合に出られるレベルではないけれど、近くデビューさせたいとのことだ。


 キャンディの新しい人生は、もう始まっているのだ。

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