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76. 殿下の見たかったもの

「そういうしたたかさは、王太子妃には必要なことだと思うよ?」


 令嬢たちを見渡して、殿下は続けた。


「私がこの王太子妃選考会で見たかったものは、そう多くはない」


 静かな口調だった。


「一心不乱にがんばれるか。惑わされずに目標に向かって歩けるのかどうか。思いの強さ。あとは、ほんの少しの運」

「運……」


 私がそうつぶやくと、殿下はこちらに顔を向けて、口の端を上げた。


「だからコニー嬢が捕球するときに風が吹いたのは、そういう意味では強運だったね。だからそのまま合格にしてもよかったのだけれど、少々迷ったから、投げ直しを言い出してくれて嬉しかったよ」


 私はその話に、ほっと息をつく。


「がんばるだけではなく、なにか欲しかった。だから本選は結果がすべてということにしたんだけれどね。概ね、予想通りの結果ではあったかな」


 そうして、背筋を伸ばして令嬢たちに視線を向けると、殿下は問い掛ける。


「どう? 確かに戯れと言われてもおかしくない選考会ではあったかもしれないけれど、私は私の見たいものを見れたよ」


 そして微笑む。それはとても満足そうな笑みだった。


「やっぱり野球は素晴らしいよね。こんな風に、人生が詰まっている。知りたいことを教えてくれる。見たいものを見せてくれる」


 下唇を噛んで、悔しそうにしている令嬢もいる。

 肩を落として、力が抜けてしまっているような令嬢もいる。


 彼女たちは、殿下が見たいものを見せられなかったのだ。


「私はこの結果に満足しているよ。異論はあるだろうけれど、私もまた、この選考会に賭けていたんだ」


 令嬢たちは、もう、なにも口にしなかった。

 けれど納得したわけではないことは、その表情から窺い知れた。

 目を逸らして横を向く者、俯いたままの者、眉根を寄せる者、さまざまだ。


 私は予選を勝ち抜き、そして本選でただ一人、三球とも捕球はした。

 けれど彼女らを納得させることはできていないのだ。


「あ、あのっ!」


 私は思わず声を上げる。


「皆様方が不安に思われるお気持ちは、わかります」


 私の発言に、数人がちらりとこちらに視線を向けてきた。

 けれど、怯んではいけない。


「わたくしのこと、とても頼りないと思われますよね、それは無理はないですわ」


 それは、純然たる事実で。


「けれどわたくし、今回ここまでやり遂げたことで、自信が少しはつきましたの。ですから、きっとこれからもがんばれます」


 こんなことを聞かせたところで、どこまで伝わるかはわからないけれど。

 でも、宣言はしておこう。


 私は、王太子妃になるのだから。


「わたくし、ウォルター殿下にふさわしい妃になれるよう、がんばってまいります」


 もう一度、令嬢たちを見渡す。

 途中でジュディさまと目が合った。

 彼女はなにも言わず、口元をきゅっと結んだまま、私を見つめている。

 どこまでやれるのか見ていて差し上げます、とそう語っているように思えた。


「なので、ご指導ご鞭撻のほどを、よろしくお願いいたします!」


 そう締めると、頭を下げる。

 何人かの拍手が聞こえる。

 顔を上げると、それはキャンディやジミーや兄で。彼らはそうして惜しみない拍手をくれた。


 けれどもちろん、その他には仕方なく、といった感じのパラパラとした拍手があっただけだった。


 これを、覚えておこうと思う。

 これが今の私が受けられる精一杯のものなのだと。

 ここで終わりではなく、ここから始めなければならないのだと。


 これからまた、新たな試練が始まるのだ。

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