表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/85

75. 知っていました

「うん? 騙された?」


 首を傾げる殿下に、令嬢はさらに言い募る。


「ジュディさまがあんなことを言わなければ……!」


 けれど対してジュディさまは、落ち着いた様子でほほ、と笑った。


「嫌ですわ、騙されただなんて、人聞きの悪い」


 その言葉に苛立ったのか、何人かの令嬢がバッと椅子から立ち上がり、ジュディさまに詰め寄った。


 同時に選手たちも立ち上がる。

 なにかがあったときにはすぐに動ける体勢ということだろう。

 このままだと乱闘になりかねない。


 一人の令嬢が腰に手を当て、怒りをあらわにしてジュディさまの正面に立つ。


「ジュディさま? だってジュディさまは、この選考会は王太子殿下の戯れだって仰いましたわよね?」

「ええ、そうですわ。このような決め方、戯れ以外の何ものでもないでしょう?」


 歌うように返すその弁明に、令嬢たちは息を呑んだ。

 そして一瞬後に、叫ぶように声を上げる。


「そんな! だってわたくしたち、これは戯れで、本当はこんな決め方はしないって」

「解釈を誤りましたわね。わたくしは一言も、この選考会では決まらない、だなんて言っておりませんわよ」


 何人もの令嬢に詰め寄られているというのに、ジュディさまは落ち着いたままで、その美しい顔を崩しはしなかった。

 彼女は小首を傾げて、頬に手を当て、ほう、と物憂げに息を吐く。


「仮にわたくしが誤解されるように言ったとしても、それを鵜呑みにするのはいかがかと思いますわ」

「なっ……」

「この程度の情報戦に引っかかるようでは、とても王太子妃など務まりません。わたくしを責める暇があるのなら、ご自身の愚かさを振り返ったほうがよろしくてよ」


 ジュディさまは意識しているのかいないのか、そんな挑発的な言葉を舌に乗せた。


「なんですって!」

「いくらアッシュバーン家のご令嬢とはいえ、少々お口が過ぎましてよ!」


 当然、令嬢たちは一瞬にして頭に血が昇ったようだった。

 掴みかかろうとする者もいたので、立ち上がっていた選手たちもわっとジュディさまの周りに集まる。


「まあまあ、落ち着いて」

「気持ちはわかるけど」


 身体をジュディさまと令嬢たちの間にねじ込んで、令嬢たちを押し戻している。


「おどきになって!」

「このような侮辱、いくらジュディさまだって許されることではありませんわ!」

「ひどすぎます!」


 これはもう収拾がつかなくなってしまうのでは、と思われたころ。


「静まれ!」


 さきほど、ホワイトさんとの揉め合いを止めたのと同じ、凛とした声が響いた。

 そして同じように、ぴたりと全員が動きを止めた。


「そんなに血気盛んなら、練習すればいいのに……」


 ウォルター殿下は、ため息とともにそう零す。


「ええと? 聞いてください、とのことだけれど」


 皆が殿下のほうに振り返って、耳を傾けている。

 殿下は堂々とした態度で、口を開いた。


「ジュディがそのような物言いをしたことを、私は知っていたよ?」

「えっ……」


 令嬢たちは呆然と、殿下が言葉を紡ぐのを見つめていた。


「私は昼食会の最中に起きたことについては、逐一、報告を受けているからね。もちろんそのときの発言についても聞いているよ」


 そこで、あっ、と何人かが気付いたようだった。

 確かにあのとき、昼食会での行動で予選を通過した令嬢がいた。

 当然、殿下は昼食会での令嬢たちの言動を知っているはずなのだ。

 それを聞いて、一人の令嬢が叫ぶように声を上げた。


「ご存知でしたら、どうして訂正してくださらなかったのです!」

「だって、ジュディは嘘は言っていなかったからね。訂正するほどのことでもない」


 殿下は肩をすくめてそう答える。


「で、でも……!」

「同じように聞いたのに、まったく動揺なさらなかったご令嬢もいたと聞いているし」


 キャンディのことだ。

 彼女はあのとき、ジュディさまの誘導に惑わされず、ただ一生懸命、野球を覚えようとしていた。


 殿下は令嬢たちに向け、続ける。


「それとね。こういった情報戦は、試合中でも、グラウンドの外でもあることなんだよ。それも含めて野球だよ」

「……は?」


 令嬢たちが揃って首を傾げる。

 殿下はにこにこと笑いながら、話し始める。


「試合中でもね、投手の打順のときに、ネクストバッターズサークルに違う選手を置いたりするんだ。展開によってはそのまま代打を出すことになることもあるけれど、最初から代打を出すつもりはないときだって代打を立たせるんだ。そうすると、投手が続投するのかどうかわからなくなるだろう? そうすることによって」

「殿下」


 語りだす殿下を、エディさまの声が止める。


「長いです」

「えっ、面白くない?」


 少し驚いたように殿下が問うのを、エディさまがこめかみに手を当てて聞いている。


「いえ、今、それどころではないので」

「ああ、まあ、そうかな」


 納得したように、殿下は話を止めた。

 けれど毒気を抜かれたのか、興奮していた令嬢たちは、今はただ唖然と立ち尽くしている。


「まあ、とりあえず」


 殿下は令嬢たちに向かって、穏やかな笑みを返した。


「そういった情報戦は、私としては許容できるものだよ。むしろ推奨するところかな」

「そんな……」


 何人かの令嬢が、その言葉にがっくりと膝から崩れ落ちた。

乱闘・・・「乱闘は野球の華」ってな時代もありました。


ネクストバッターズサークル・・・ベンチとバッターボックスの間にある、直径5フィートの円形のエリア。

ここで次の打者が待機する。

……はずなんですが、ダミーの選手を置いたりします。そうすることによって、相手チームを攪乱させるのです。

先発投手の打順なのに代打のバッターがそこにいれば、先発交代するのかな? とか。

左の投手に左の代打を送るのなら、ピッチャー交代考えなきゃいけないかな? とか。いろいろ。

まあ、揺さぶりですな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ