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74. 追い込むのは止めてください

 皆がそちらに注目する。

 彼女はその視線を受けて、狼狽したのかきょろきょろと辺りを見渡し、けれどなんとか発言を続けた。


「ずっ、ずるいですわ!」

「ずるい? どうして」


 まっすぐに彼女を見つめて殿下がそれに応える。


「だっ、だって、コニーさまは、お兄さまが野球をしていらして……」

「うん」


 殿下は落ち着いた様子で彼女の言葉に耳を傾けている。

 彼女の視線は泳いでいた。言ってはみたものの自信はない、という感じがする。


 なんとなく、その心情は理解できるような気がした。

 もしここに立っているのがジュディさまやキャンディだったとしたら、彼女はこんなことを言い出しはしなかっただろう。


 きっと私が頼りないから。

 だから、ちゃんと聞こう。

 私は背筋を伸ばして、彼女を見つめる。


 彼女は胸に自分の拳を当て、思い切ったように口を開いた。


「特別になにか教わったに違いないですわ。なにか、秘策のようなものがあるのですわっ」


 そう言い切ると、彼女はひとつ、肩で息をした。

 彼女の周りの令嬢たちは、顔を見合わせている。なにか彼女の言うことに補足したいところだが、思いつかない、といった感じだった。


 殿下はうーん、と少し考え込むと、顔を上げる。


「それが、どうしていけないのかな?」

「えっ……」

「私は言ったよ。ここに来れば、誰かが教えてくれるだろうって。球場は開放しておくから、いつでも練習に来てくれていいって」


 彼女は二の句が継げないのか、黙り込む。

 殿下はさらに畳み掛けた。


「けれど、毎日ここに来たのはコニー嬢だけだったよ」

「え……どうして」


 殿下がそれを知っているのか、と彼女の表情が語っている。


「私も毎日来ていたからね。グラウンドには出なかったけれど」


 それを聞いて、彼女は少し俯いてしまう。他の令嬢の中にも視線を逸らす者がいた。

 予選の翌日から球場は開放されていて、幾人かの令嬢はやってきたけれど、殿下が来ておられないから、と帰った人もいたことを思い出す。


「コニー嬢の兄君のラルフだって、毎日ここに控えていたんだけれどね」


 ふいに名指しされて、兄は驚いたように辺りを見渡していた。


 殿下は腰に手を当てる。

 あのとき、予選のときに怒ったような、そんな雰囲気が醸し出されつつあった。


「予選の発表のときに言ったはずなんだけれど。本当に王太子妃になりたいのなら、なぜ君たちは練習してきていないの?」


 静観していたエディさまが、一歩、前に出た。

 いつでも止められる位置にいよう、といったところか。

 けれど彼は、そこからは動かなかった。


「正直なところ、ちょっと傷ついた。皆、本当は私の妃にはなりたくないんじゃないかってね」

「そんなこと」

「じゃあ、どうして来なかったのかな?」


 殿下の質問に、彼女はなにも答えられないようだった。

 背筋を伸ばした殿下は、少しだけ、声を張る。


「ずるくない。努力した者が報われる。当たり前の話だよ」


 そういえば、予選のときにも仰っていた。

 『私は、努力する者には正当な評価を与えるべきだと思う』と。

 そして予選の評価自体もそうだった。

 『一生懸命取り組んでいるのかどうか』だと。


 努力しなければ殿下の球を捕ることはできない。そのことを確信しておられたのだ。

 静まり返る令嬢たちに向けて、殿下は口を開く。


「覚えておいて」


 そしてまっすぐに前を見て、続けた。


「練習は、嘘をつかない」


 しん、と静まり返るグラウンド。

 令嬢たちだけでなく、選手たちの中にも俯く人がでてきてしまっている。


「あのー、殿下」

「うん?」


 呼ばれた殿下はそちらに顔を向ける。

 エディさまがようやく口を挟んできた。


「追い込むのは止めてください」

「追い込んでる?」

「ええ、割と」

「そうかあ。申し訳ない」


 指摘された殿下はぽりぽりと頭を掻いた。

 そして咳払いをしてから、続ける。


「失礼。まあとにかく。この三週間ちゃんと練習していたのは、たぶん三人だけだと思うよ。それはもう、見ればわかるよね」

「三人……」

「コニー嬢、キャンディ嬢、それから」


 殿下は振り返る。


「ジュディ、君も違う場所で練習していたよね、きっと」


 きちんと膝の上で手を揃えて背筋を伸ばして座っていたジュディさまは、ゆっくりと首を巡らせて殿下のほうを見ると、口の端を上げてふっと笑う。


「わたくしは、努力を人に見せるのは嫌いですの」

「そういうのはジュディらしいよね」


 そう返して、殿下は小さく笑った。


 けれどジュディさまのその発言に、黙っていられない令嬢たちもいたようだった。


「ジュディさま……、そう、ジュディさま!」


 そう声を上げると、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる令嬢がいる。


「殿下、聞いてください。わたくしたち、ジュディさまに騙されたのですわ!」

練習は、嘘をつかない・・・「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ。」って某日本人メジャーリーガーさんが言ってた!

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