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69. 私の捕球 その1

 彼女は来るだろうか、と思う。

 我がチームの遊撃手、ラルフの妹。コニーといったか。


 もし来るとして、見た感じ、運動は苦手なのではないか。だとしたら、私の球を捕球することなんてできるのか。


 簡単に捕れる球ではない、その自負はある。

 何人集まろうとも、誰も捕れないかもしれない。けれど一人は選べと言うのなら、誰かが捕れるまでやってもらおう。

 誰も来ない、誰も練習してこない、全員途中辞退、となると少々寂しいしプライドも傷つくが、そうなればまた野球に専念しよう。


 国に帰還してから、ずっと野球をやってきた。野球バカ、と呼ばれることが嬉しくなってくるだなんて、本当に重症だ。


 けれどいつも上手くいくわけではない。

 打たれることもあるし、エラーすることもある。失点が重なり敗戦投手となることだってある。

 切り替えようと思っても、焦りがまた失敗を産む。マウンド上でそんな悪循環に陥ることもある。頭の中が真っ白になって、どうしていいのかわからなくなる。


 その調整ができる人間がいない。喝を入れて、アドバイスしてくれる人間がいない。


 仕方ない。野球に関しては、私がトップだ。

 徐々に選手たちも育ってきて、私に物申すようにはなってきたが、最初の頃はしんどい思いもした。野球のすべてを背負っているも同然だった。


 そんなとき、力になるのは応援だ。

 ふと観客席を見渡すと、私に向かって声を張り上げてくれる人たちがいる。そのことは私に勇気を与えてくれる。少々の野次もあるが、それ以上の応援があった。


 ある日のことだ。

 いつものように観客席を見渡すと、珍しく、特別席に女性がいた。隣にラルフがいる。

 そういえば、妹が来る、と報告していたか。こんな風に女性にも野球が広まればいいのだけれど、と思う。

 三振をとったあと、彼女はきらきらした瞳をして手を叩いていた。喜んでもらえてよかった、とほっとする。


 彼女と話をしたあとも、何度か見かけた。

 感情が顔に出る質なのか、ピンチになればハラハラしたような表情をするし、打ち取れば満面の笑みを浮かべる。


 彼女の存在は、私に勇気をくれた。彼女のために勝とうと思えた。彼女が来ていないとガッカリする自分もいた。


 そうだ。どうせなら、彼女のような人がいい。

 野球の話をしたときに、よくわからないなりに野球のことを一生懸命考えてくれた、彼女のような人がいい。

 私の野球人生を支えてくれる、彼女のような人がいい。


 彼女は選考会に来てくれるだろうか。女性を集めて観戦する、という話をしたときには王太子妃選考だなんて条件はなかったから、必ず来てね、とは言ったのだけれど。


 自室に到着すると、エディを呼び出す。

 王太子妃選考会について、彼と練らなければ。

 そして呼び出されたエディは、企画書を見て苦虫を噛み潰したような顔で零した。


「また、おかしなことを……」


 そうつぶやくとため息をついている。

 けれど、私はなんだか楽しくなってきて、わくわくする気持ちを抑えられなかったのだった。


          ◇


 そして今日、ついにやってきた。

 お手並み拝見といこうじゃないか。

 彼女のような人がいい、とはいえ、やはり捕球はしてもらわないと困る。

 この選考会は、そういうルールだ。

 手加減などしない。

 正々堂々、ルールに則って、私の全力を受け取ってほしい。

 野球とは、そういうものだ。


          ◇


 ウォルター殿下がマウンド上で私を待っていた。

 私はひとつ、ふーっと息を吐いて、キャッチャーズボックスにしゃがみ込む。


 どうしてだろう、さっきまであんなに緊張していたのに、なんだか落ち着いてきた。

 周りがよく見える。

 バッター役の選手と、球審のホワイトさんが話をしている。


「これで最後?」

「そうですよ、三十人目です」


 一塁ベンチ側に目を向ければ、令嬢たちがこちらを注視しているのが見えた。

 少し目を動かすと、キャンディとジミーと兄が見守ってくれているのが目に入る。

 正面に視線を移せば、ウォルター王太子殿下がマウンドに立っている。少し口の端を上げていて、楽しそうだ。


 いよいよだ。

 泣いても笑ってもこれが最後。

 私はグラブを前に出して、構える。


「プレイ!」


 ホワイトさんの声で、私の捕球は始まった。


          ◇


「え?」


 バッター役の人が小さくそうつぶやいたのが聞こえた。


 マウンド上の殿下は左足を引くと同時に両腕を上げ、大きく振りかぶったのだ。


 目の隅に、椅子が並べられているあたりで三人がいっせいに立ち上がったのが映った。


「ワインドアップ!」

「嘘!」

「あの野郎ー!」


 最後にラルフ兄さまの声が聞こえた気がしたけれど、聞かなかったことにしよう。


 私は足にぐっと力を入れる。グラブを正面に開く。

 殿下は左足を上げ、腕を下ろしながら身体を捻る。背中がこちらに向いた。

 そして一歩をこちらに力強く踏み出し、右腕を勢いよく振り下ろす。


 剛速球が、うなりを上げて、やってきた。

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