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67. ウォルターの回想 その1

 ついに、彼女の出番になった。

 最後を引き当てるなんてなかなか持っているじゃないか、と自然に口元に笑みが浮かぶ。それを慌ててグラブで隠した。


 二十九人、ここまで投げてきた。

 一球も捕れない令嬢がほとんどだと思いますよ、とエディが予選のときに予想していたけれど、彼は正しかった。

 私はどうも、人間に対しての目測を誤りがちだ。飛球(フライ)なら距離を間違いはしないのに。


「よろしくお願いいたします」


 キャッチャーズボックスの前で、彼女はそうぺこりと頭を下げる。

 小さな身体にブカブカのユニフォームを着て、ゴテゴテと防具を装着する彼女。似合っているわけではないけれど、可愛いな、と思う。


 けれどその姿も、もう違和感は少なくなった。この二週間で着慣れてしまったのだろう。


 彼女は毎日来てくれた。あの雨の日でさえも。

 嫌々やっているのではないと思っていいのかな、と心の中で首を傾げる。家に言いつけられたりして無理矢理やらされているのではなければいいのだけれど。


 彼女が来てくれてよかった。

 心から、そう思う。


          ◇


 あの日、ラルフと彼女と話をしたあと、私は女性たちに野球観戦をしてもらうという企画を立てた。

 それ自体は、さして目新しいことではないし、難しいことでもなかったと思う。

 野球をこのクローザー王国に広めようとした当初、選手を集めるために説明会を開いたり、観客を呼ぶためにイベントを開いたことも何度もあったからだ。


 けれどその企画書を見た、国王である父に呼び出された。

 こと野球に関しては、私ほど詳しい人間はいない。そしてこの国での野球事業に失敗などほとんどしたことがない。だから企画すれば必ず通る、そのはずだった。


 しかし呼び出された王室で、企画書をぽいと机上に投げた父は私に告げた。


「野球よりもしなければならないことがあるだろう」

「ありますか?」


 私は間髪を入れずにそう問う。

 父は大きく深いため息をついた。

 その態度に多少イラつく。


「公務でしたら必要以上のことをこなしているつもりです。下手したら父上より(まつりごと)に参加していますよ」


 キツい口調でそう問い詰めるかのように述べると、父は慌てたように手を振った。


「いや、それはわかっているよ」


 愚王とまでは言わないが、父は貴族たちとの交流に重きを置きすぎる。それ自体は悪いこととは思わないし、それで貴族たちが国に忠誠を誓って働いてくれればこれ以上のことはない。

 けれど財力のある貴族の発言権が強くなりすぎているのも事実だ。


「それに野球によって得た利益は国に還元されていますし、私もそのように積極的に動いていると思うのですが」

「わかったわかった」


 父は手を立てて、畳み掛ける私の発言を止めにきた。


「野球というゲームが我が国に利益をもたらしてくれているのはよくわかっている」

「それはようございました」

「だからこそ、混乱を招く恐れのあることは芽を摘まねばならんと思うがね」


 父の言葉に眉をひそめる。


「混乱?」

「もうそろそろ妃を娶ってはどうかな。婚約者もいない状態ではね」

「ああ……」


 それに関しては、ありとあらゆるところから進言されている。

 けれど時間がない。時間がないのだ。


 投手の肩は消耗品だ。あと何球投げられるのかわからない。

 いつまで現役でいられるか。現役でいる間にどれだけの記録を作って、引退後、どれだけの発言権を得られるか。


 この国で広まった愛する野球は、やはりまだ歴史が浅すぎる。これから本当に発展していけるかどうかは未知数だ。

 できれば野球に関する発言権を持ったまま引退したい。そして尽力していきたい。それから私なしでも発展していくように土台を固めたい。

 野球が衰退していく。それだけは避けたいのだ。


 そのためには時間が必要だ。

 独身のまま動ける現状を維持することが望ましい。

 しかし周りはそうは思ってくれない。


「女性たちを集めて婚約者を決めるのならともかく、野球を広めるためだなどと」


 父はそう苦言を呈すると、深くため息をつく。

 女性を集めることの重要性をわかっているのだろうか。

 単純に考えても、倍の市場の広がりが期待できる。


 私の不満そうな表情を見たのか、父は慌てたように取り繕った。


「この企画に反対はしない。けれど先に婚約者を決めてから行うように」


 机上の企画書を指しながら、父がそう打ち切る。残念だが国王の署名がもらえないまま強行するわけにもいかないだろう。


 父の懸念もよくわかってはいるつもりだ。いずれ国王となる自分に妃がいないことが問題なのは間違いない。


 それならばせめて、野球に理解のある女性が私の助けとなってくれるといいのだけれど。


「縁談があるのですか?」


 そう訊いてみる。今まではなんだかんだで野球に関して寛容であった父がここまで強硬な姿勢になったのは、なにか理由があるのではないかと思ったからだ。


「まあ……なくもないのだが」

「他国の姫君?」


 それならおそらく断ることはできまい。もし複数あるならなおのこと、一人に決めなければならないだろう。


「いや……誰ということもないのだが」


 どうも歯切れが悪い。言いたくないことが含まれている感じだ。

 誰ということもない? では縁談が来ているわけでもないのか。


 いや違う。縁談があるが断りたいのか。

 となると。


「なるほど」


 私はうなずく。


「アッシュバーン公爵家から急かされているんですね」


 図星だったらしく、父はこめかみに指を当てて目を閉じた。


「断る理由はあるけれど、資金援助を受け過ぎたってところですかね」

「そんなところだ」


 開き直ったのか、父は肩をすくめてそう肯定した。

 財力のある貴族の発言権が強すぎているのは、それを受ける王家の問題でもあるのに。

 まあいい。アッシュバーン公爵家は決して国に仇なす一族ではない。


「私は別にジュディでも構いませんよ」

「それは困る」


 慌てて父が私の発言を否定してくる。

 嫌だ、ではなく、困る。王家の中に強硬に反対している人間がいるのだろう。

 私は、はあ、とため息をつく。


 ジュディでは困る。けれど彼女より有力な女性がいるわけでもない。

 それで私に、婚約者を決めろ、と急かしているのか。

 断るために、王太子が是非にと望んだ女性が別に存在する、という理由が必要らしい。


 ふと、机上の企画書が目に入る。

 女性を集める企画。


「ああ」


 いいことを思いついた。


「では、この企画を変えましょう」

「え?」

「野球観戦の合間に、集めた女性たちで王太子妃選考会を行いましょう。野球では、『捕手は投手の女房役』と言うのです。私の球を捕れた女性に妃になってもらいましょう。そうだ、それがいい。そうしましょう」


 喋っている間に、だんだんとそれが最良の選択のような気がしてきた。

 父はぽかんと口を開けて私を見つめたあと、その口から呆けた言葉を漏れさせた。


「いや……言っている意味が……よく……」

「どうしてです? 私は私の球を捕れる女性を娶りたい。そう言っているのですが」

「ええー……?」


 あのときの父の呆然とした顔は、今でも思い出すと、少し笑える。

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