66. 復活戦はありません
しばらくキャンディは私の次の言葉を待っているかのように、じっと私の顔を見つめていたけれど、私の口から何の言葉も紡がれないのを見ると、小さくため息をついた。
「ずいぶん弱気ね。それともお慈悲?」
「えっ」
「そういうの、嫌い」
そう不機嫌な声を出すと、キャンディはぷいと横を向いてしまった。
「えっ、えっ……?」
なにかおかしなことを言ったのだろうか。
そんなに変なことを発言したつもりはないのに。
「今のはコニーが悪い」
隣で兄がため息をつく。
「まあ、嫌いっていうのはわかるっす」
ジミーが頭の後ろで手を組んで、そんなことを口にしている。
「え……?」
今、三人が、私の言動がおかしいと断じている。
つまりそれが正解なのだろう。
私は自分の発言を、もう一度思い返す。
ここまで、二球目まで捕れたのは、キャンディとジュディさまだけだ。
このあと三人、誰も三球目を捕れなければ、二球目まで捕った令嬢たちで復活戦となる。
間違いなく、それがルールだ。
私はルールを口にしただけだ。
このあと誰も三球目を捕れなければ。
つまり、私も含めて三球目を捕れなければ。
「あ」
ぱっとキャンディのほうに振り返る。彼女はまだそっぽを向いたままだ。
キャンディが復活するために、私が二球目まで捕って、三球目をわざと捕らなければ。
彼女は復活する。
「わ、わたくし、そんな器用な真似はできません」
慌ててキャンディに向かって弁解するが、まだこちらに振り向きもしない。
「えっと、そ、そう! 復活戦などしないように、わたくしが三球目を捕って……捕れるかはわからないけれど、がんばります!」
そう宣言すると、キャンディはちらりとこちらに視線を向ける。けれどそれだけで、にこりともしない。
もっと断言したほうがいいのだろうか。
絶対に、手加減なんてしないって。
絶対に、捕ってみせるって。
「ざ、残念でしたわね。わたくしが三球とも捕球するので、復活戦はありませんわ。なので王太子妃の座はわたくしのものですわ。キャンディはそこで、指をくわえて見ているといいのですわっ」
そこまで一気に喋って、キャンディの様子を窺う。
彼女は顔を手で覆ってしまっている。
「いや、それ、言い過ぎっす……」
ジミーがぽつりと苦言を呈する。
「コニーはすぐにいっぱいいっぱいになるから……」
うなだれて兄が零す。
「えっ……言い過ぎました……? ごめんなさい……」
キャンディの顔を覗き込むようにそう謝ると、彼女は大きくこれ見よがしにため息をついてみせた。
「まあ、よくわかったわ」
そう返してきて顔を上げると、キャンディは苦笑しながら口を開いた。
「コニーは、ちゃんと三球とも捕ってよね。他の人が捕れちゃうくらいなら、コニーがいいわ」
そう言ってにっこりと微笑む。
「わたくしも……」
彼女の顔を見ていると、するりと口をついて出た。
「わたくしも、捕れなかったときにはキャンディがいいって、そう思っていたの」
「知っているわ」
そう返して笑うキャンディに、私は腕を伸ばす。自然と身体がそう動いた。
両腕を彼女の肩の上に回すと、ぎゅっと抱き締める。
キャンディは私の肩に顔を押し当ててきた。小さく鼻をすする音が聞こえる。
「キャンディは、すごかったわ。素晴らしい捕球だったわ。本当よ」
「ありがとう……」
私たちはしばらくそうして、抱き合った。
◇
少ししてキャンディは身体を起こして私から離れる。
もう涙は浮かんではいない。
「ああー、悔しいわ。三球目、捕れそうな感じはあったんだけど」
心底悔しそうに、キャンディが感想を口にする。
私はその言葉にうなずく。
「ええ、捕れたかと思ったわ」
「でしょう?」
こちらに身を乗り出して、キャンディが返してくる。
「グラブから逃げたような感じだったのよ」
「逃げた……」
「本当なんだから!」
キャンディが力説している。もちろん彼女の言うことを疑っているわけではないのだけれど。
「どうして捕れなかったのかしら。そんなに難しい球には見えなかったのだけれど」
私が首をひねりながらそう問うと、キャンディは真顔になって、そして密やかに告げた。
「三球目は、本当に魔球よ」
「魔球……」
「へんな動きしたの」
「へんな動き……?」
目を瞬かせてキャンディを見ていると。
「30番の方、そろそろご用意をお願いします」
そう声が掛けられ、私は顔を上げる。
ついに、来た。
私はゆっくりと立ち上がる。周りの注目が私に集まっているのをひしひしと感じた。
キャンディも、ジミーも、兄も、私を心配そうに見上げている。
「参ります」
背筋を伸ばしてそう返事をして、私は戦場へ歩き出した。




