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52. 本選当日の朝

 翌朝、明るい陽の光に起こされる。

 なんだかよく眠れた気がする。

 私は半身を起こして、大きく伸びをした。そして隣に視線を移す。


「おはようございます」


 眠っていたキャンディも、声を掛けるとゆっくりと目を覚まし、そして半身を起こす。


「おはようございます」


 ひとつ伸びをすると窓の外に視線を移し、彼女は言った。


「いい勝負日和ですわね」


 そして、笑った。


          ◇


 いつもと同じように、私たちはランニングをする。

 そしていつもと同じように、私はぜえぜえと息を切らして玄関に座り込み、キャンディは平然と立っている。


 そう、いつもと同じように。

 まるでこの光景が、いつまでも続くような。


 けれど、終わる。

 今日、結果が出てしまうのだ。


 私は立ち上がると、キャンディに向かって提案した。


「気合を入れませんこと?」

「気合?」


 首を傾げるキャンディの前に、私は手の甲を上にして、右手を差し出した。


「手を重ねて」


 私が指示すると、何をしたいのかわかったのか、キャンディは言われた通りに手を重ねてくる。

 これは、兄が教えてくれた。

 私はすうっと息を吸い込んで、そして、声を上げる。


「ファイッ! おー!」

「おー!」


 キャンディは私の声に応えた。

 私たちはそうやって気合を入れ。


 そして戦場に向かう。


          ◇


 球場に到着すると更衣室に向かい、ユニフォームに着替える。

 けれど他の令嬢たちは、入ってこなかった。


「もしかして、本選に参加しない、なんてことはないわよね?」

「ないわよ。ただ単に、着替える必要がないんでしょ」


 私の疑問に、肩をすくめてキャンディが答える。


 着替えたあと、一塁側ベンチ前に向かう。

 するとそこにはたくさんの令嬢たちが集まっていた。キャンディの言った通りだ。


 彼女たちは、ウォルター殿下にいただいた靴に履き替え、グラブを手にしている。

 けれどワンピースや乗馬服を着ていて、私たちのようにユニフォーム姿の令嬢はいなかった。


「ごきげんよう」


 私たちがそう声を掛けると、彼女らはこちらに視線を向け、「ごきげんよう」と返してくる。

 そしてなにやらひそひそと話し合っている。

 どうせまた、気合を入れ過ぎでは? などと噂しているのだろう。


 けれど以前と違って、当日だからなのか少し不安げな雰囲気を醸し出していた。


 目で、来ている令嬢の数をざっと数える。

 ちゃんと数えてはいないけれど、やはり三十人くらいはいる。きっと予選通過者は全員が、本選に参加はするのだろう。


 けれど、負けない、と思う。

 ウォルター殿下の球は、練習もしないで捕れる球ではない。

 実質、私とキャンディの勝負、と言っても過言ではないのではないか、と思う。


「ごきげんよう」


 けれどそのとき、凛とした声が響き渡った。

 私たちも、そして令嬢たちも、そちらに振り向く。

 そして皆が、ぴたりと動きを止めた。


 ベンチ裏からゆっくりと歩いてきて、グラウンドに足を踏み入れるその人。

 アッシュバーン公爵令嬢、ジュディさま。

 彼女はきらきらと輝く金髪を、編みこんできゅっと後ろでまとめている。


「え、ジュディ……さま?」


 そしてジュディさまはユニフォームを着込んでいた。

 もちろんちゃんと洗濯はされているけれど、新品のものではないことがわかる。ジュディさまも着慣れている風だった。


「ごきげんよう、皆さま」


 ジュディさまは、ほほ、と優雅に笑いながらそう挨拶した。

 何人かのご令嬢が、ジュディさまの前に駆け寄り声を掛けている。


「あ、あの、ジュディさま……その恰好は……」

「ああ、これですか? わたくしの領地のチームのユニフォームですの」


 にっこりと笑ってそう返している。

 令嬢たちは、呆然とその姿を眺めていた。


 本選までこの球場には来ない、と宣言していたジュディさま。

 皆、ジュディさまは練習してこないと思い込んでいた。

 実際、この球場には一度も姿を見せていない。

 ジュディさまが練習していないなら、私もしなくてもいいのではないかと思ってしまった人が何人もいただろう。


 けれど、違う。

 ジュディさまは、練習はしないなんて一言も発してはいなかった。


『わたくしは本選までここに来るつもりはありません』

『練習すれば評価する、というのであれば、その姿を見せつけに来てもいいですけれど』


 彼女の発言は、球場に来ない、というだけで、練習しない、ということではなかった。

 けれどおそらく、ジュディさまは意図的にそういう言い方をしたのだ。


 強敵は、一人でも少ないほうがいい。

 真理(しんり)だ。


「え……だって、ジュディさま……」

「なにか?」


 おずおずとなにか言いたげな令嬢たちに、ジュディさまは撥ね付けるような返事をする。


「い、いえ……」


 誰もそれ以上は何も問い掛けない。けれど皆、血の気が引いたような顔色をしていた。

 ジュディさまはこちらに視線を移すと、美しくにっこりと微笑んだ。


「ああ、コニーさま、今日はよろしくお願いしますわ」


 私は背筋を伸ばして、しっかりと彼女の瞳を見据えて、答える。


「こちらこそお願いいたしますわ、ジュディさま」


 私の返事に、ジュディさまは口元に弧を描いた。

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