50. 本選前日
それからはジミーの言う通り、他の令嬢たちは球場に姿を見せなかった。
あの雨の日まで来ていた方の中には、そこそこ捕れていた人もいたようだから、もう十分だと思ったのかもしれないし、逆にもう無駄だと思ったのかもしれない。
そもそも、本選が本当に王太子妃選考会なのかも半信半疑のままなのだろう。
けれど他の方たちがどうあれ、私のすべきことは本選で捕れるように反復練習をするだけだった。
「いよいよ、明日っすね」
最後の日、ジミーが私たち二人の前に立って、そう言った。
「やれることはやったっす。あとは本番で力を出せるかどうかっす」
「はいっ」
私たち二人はそう応える。
明日。
この二週間、本当にあっという間だった。
やれることはやった。その充実感はある。
自分で言うのもなんだけれど、これ以上はできない、と言い切れるほどにはがんばれたと思う。
「今日は早く寝て、明日に備えるっす。寝不足で力が出せなかったなんてことになったら、シャレにならないっす」
「はいっ」
「じゃ……」
ジミーは一歩下がり、頭を下げた。
「お疲れっした!」
「ありがとうございました!」
私たちもガバッと頭を下げる。
そしてグラウンドにいた選手たちにも頭を下げた。
「ありがとうございました!」
彼らもこちらに頭を下げてくれる。
ラルフ兄さまもその中にいて、そして微笑んでいたから、きっと兄から見ても私たちはがんばったのだと思う。
「じゃ、また明日。俺らもここに来るっすから」
「はい。また明日」
そうして私たちはグラウンドを後にする。
ベンチの裏から出ようとしたところでもう一度振り返り、しばらくその光景を眺めたあと、私はグラウンドに向かって頭を下げた。
◇
夕食を取って、湯浴みをして、私たちはなんだか何も話せないまま、廊下を歩く。
「ではおやすみなさいませ」
「おやすみなさいませ」
そう就寝の挨拶をしてそれぞれの部屋の扉を開け、それぞれ中に入った。
私は部屋に戻ると寝衣に着替えて、ベッドに潜り込む。
明日。ついに明日なんだ。
なんだか信じられない。けれど確かに明日なんだという実感もある。
ジミーが助言したように、寝不足で力が出ない、なんてことは避けたい。だからちゃんと寝なければ。
そう思ってランプを消して頭までベッドの中に入るけれど、高揚しているのか寝付けなくて、何度も寝返りを打つ。
困ったわ、寝ないといけないのに。
そう思えば思うほど、明日はちゃんと捕れるかしら、とか、失敗したらどうしよう、とか、そんなことが頭の中をぐるぐると駆け巡り、眠れなくなる。
それでも目を閉じていれば、と再度寝返りを打ったときだった。
部屋の扉がノックされた。
「コニー……起きている?」
密やかに呼び掛けてきたのは、キャンディの声だった。
「起きてます」
私がそう答えると、キィ、とゆっくりと扉が開く。
蝋燭の立てられた手燭を持って、キャンディが顔を覗かせた。
「もしかして、起こしたかしら……?」
「いいえ、眠れなくて」
半身だけ起こして苦笑してそう返すと、キャンディは口の端を上げる。
「実は、わたくしも。少しお話ししない? そのうちに眠れると思うの」
「そうね」
眠ろう眠ろうとがんばるよりも、そのほうが眠れるような気が私もしたので、うなずいた。
キャンディはそうっと部屋の中に入ってくる。
「どうぞ」
私は、掛け布団の端を持って上げると、彼女を中にうながした。
キャンディは持っていた手燭をベッドの脇にあるサイドテーブルの上に置くと、ベッドの中に潜り込んでくる。
そして身体を横たえると、ふう、と息をついた。
私も彼女に合わせて横になる。
「眠くなったら、わたくしに構わず寝てね?」
「キャンディも」
私がそう返すと、ふふ、と彼女は小さく笑った。
「身体は疲れているはずなのだけれど、頭が冴えちゃって」
「わたくしもですわ」
二人で身体を横たえたまま、向かい合う。
今までで一番近くにいるのではないだろうか、と思う。
あの、枕で叩き合いをしたときよりも。
キャンディは、ぽつりとつぶやくように語り始める。
「まさかわたくしが最後までがんばれるとは思っていなかったわ」
一度目を伏せ、そしてこちらに視線を移して微笑んだ。
「わたくしがここまでがんばれたのは、コニーのおかげよ」
「そんな」
「コニーががんばっているのを見ていたから、コニーが怒ってくれたから、わたくし、がんばれたの」
そうしてこちらに手を伸ばしてくる。だから私も手を伸ばした。
彼女は私の手を包み込むように握ると、口を開く。
「ありがとう。感謝しているわ」
「こちらこそ。わたくしもキャンディがいなかったら、きっと、ここまではがんばれなかった気がするわ」
「そんなことはないわよ。コニーはきっと、一人でもがんばったわ」
そう返してきて微笑む。だから私は微笑み返した。