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33. 私の先生

 着替えてグラウンドに出ると、それでも何名かの令嬢は練習に来ていた。

 彼女らは選手についてもらって、ボールの持ち方とかを聞いているようだった。首をひねりながら、手の中のボールを見つめていたりしている。


 令嬢についていない選手は、各々、自分の練習をしていた。


 兄の姿を目で探す。ちょうど、バットで打たれたボールを捕る練習をしていて、最後の球を飛びついて捕球したところだった。


「ありがとうございます!」


 そう一礼して、下がっていく。


「あれ、ラルフさまね」


 キャンディさまがそちらに目を向けながら確認してきたので、私はうなずく。


「ええ」

「じゃあちょっとユニフォームのことを訊いてくるわ。コニーさまは先に始めていらして」

「はい」


 キャンディさまが駆けだしていったあと、私はきょろきょろと辺りを見渡す。

 どなたに教わったらいいんだろう。

 やっぱり捕手の方がいいと思うのだけれど、どなたが捕手なのだろう。

 何名か選手はいるけれど、区別がつかない。あの防具をつけている人がいない。


 そして周りを見回していると、端っこのほうでなにやらメモをとっている、見覚えのある人がいるのを見つける。

 私はそちらにパタパタと駆け寄った。


「おはようございます、エディさま」

「ああ、おはようございます、コニー嬢」


 私の顔を見て、エディさまは柔和な笑みを浮かべた。

 ほっとしながら、私は問う。


「あ、あの。捕手の方に教わりたいのですけれど」

「ええ」


 私がそう問い掛けると、エディさまはまるで待っていたかのようにうなずいた。


「捕手の方はどなたでしょう?」

「何名かいますけれどね。今は、あそこに一人います。茶色い髪の」


 エディさまが指差す先に、確かに茶髪の男性がいる。


「では行ってみます。ありがとうございます」


 ぺこりとエディさまに頭を下げたあと、私はそちらに歩を進めた。

 その人は、黙々とバットを振っている。

 私はその人の前に回り込み、バットに当たらないように気を付けながら呼び掛ける。


「練習中、申し訳ありません」


 私の声に、その人はバットを振る手を止め、こちらをじっと見つめた。

 茶色い髪、茶色い瞳。

 顔立ちは少年のように幼いけれど、身体つきはけっこうがっちりしている。


「捕手の方ですよね。わたくし、捕球を教えていただきたいのですが」

「いいっすよ」


 あっさりとそう返される。

 けれど彼はこう続けた。


「でも、俺はいいけど、そっちはいいんすか?」

「え? なにがです?」

「俺、貴族さまじゃないっす」


 今、どうしてその返答が出てきたのだろう。文脈がよくわからない。


「貴族じゃないと……なにかまずいのですか?」


 私は首を傾げてそう問う。

 なにか取り決めでもあるのだろうか。野球はわからないことがいっぱいだから、私の知らないことがまだあるのかもしれない。

 彼は私の質問に何度か目を瞬かせたあと、小さく笑った。


「いや?」


 しゃべりながら、彼は近くに置かれていた籠の中にバットを立てて入れた。


「殿下からは、令嬢たちが教えてくれって言ってきたら受けるように指示されているんすけど」

「そうなのですか」


 それで練習中だというのに、あっさりと応えてくれたのだ。


「でも、俺が貴族じゃないってわかったら、そそくさと逃げちゃうんすよね」


 私がその理由になにも返せずに立ち尽くしていると、彼はこちらに顔を向けてきて、そして続ける。


「俺は、ジミー。よっしくっす」

「あ、わたくしは……コニーと申します。よろしくお願いいたします」


 私は自己紹介しながら腰を折る。この場合、家名は必要ないのだろう。

 ……というか、彼の声に聞き覚えがある。

 私は顔を上げると尋ねた。


「あ、あの」

「うん?」

「昨日、殿下の球を受けていらしたのは、ジミーさまですか?」

「さま、って」


 言いながら、笑う。


「うん、そっすよ。それとその、さま、っての止めてくんないっすか? むずがゆいっす。呼び捨てにしてほしいっす」

「え……」

「それが教える条件ってことで」


 抵抗はあるけれど、そう言われては仕方ない。

 私はおずおずと、彼の要望に応えることにした。


「えと……じゃあ……ジミー」

「はい、コニーちゃん」


 そう返して、ジミーは歯を出してにかっと笑った。


          ◇


 ジミーは私を本塁のほうにうながして歩きながら、頭の後ろに両手を重ねて天を仰ぎながら零した。


「じゃあ、なにから始めようかなあ。とりあえず、二週間しかないんすよね」

「はい」


 ジミーの質問に、私はこくりと首を前に倒す。


「ええと、牽制も配球もフィールディングも、なんにも要らないんすよね」

「え?」


 私が首を傾げると、私の真似をしたのか、ジミーも首を傾げた。

 それから、うーん、と唸ってから大きくうなずいた。


「そうだよなあ、二週間だもんなあ、捕球ができれば上々だよ」


 なにやらぶつぶつと、そんなことをつぶやいている。


「つまり」


 私は言った。


「二週間で捕球できるようになるのは、不可能ではないということですね?」


 私の問い掛けに、ジミーは何度か目を瞬かせ。


「うん、そうっす」


 そして笑う。


「そういう考え方、俺は好きっすよ」

フィールディング・・・守備動作。


捕手だけは外野方向を向いて守備をしており、守備の要と言われています。

ダイヤモンドの形と位置から、マジ扇の要っぽい。

例えば、バントされれば、それを捕るのは捕手、投手、一塁手、三塁手、とボールの行方によって決まりますが、自分が捕れば送球、捕れなければどこに送球すべきか指示しなければなりません。

また、キャッチャーフライは打ち損じなのでバックスピンがかかっていることが多く、捕球は大変難しいそうです。


二か所以上の守備位置を守れる選手をユーティリティープレーヤーと呼びますが(主には外野と内野のどちらも守れる選手を指しますが、プロとなると左翼と一塁を守れる選手の場合はユーティリティ感はあまりない気がします)、捕手だけは捕手経験がないとできない、と言われるのも納得の難しさ。


これをコニーたちに二週間でやらせるのは、いくら異世界でもムリです!(断言)

なので捕球だけ。


過去、捕手もできるユーティリティープレーヤーがいるチームで、控えの捕手を延長ですべて使い切り、最後の捕手が頭部死球で交代しなければならないという状況に陥ったことがありました。

そのとき、このユーティリティープレーヤーが捕手の守備につき、大変盛り上がりましたなあ……。

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