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25. 令嬢たちの質問

 ウォルター殿下は、さして驚いた様子もなく、にこやかに応えた。


「どうぞ。なんでも言ってもらって構わないよ」


 もしかしたら、このような発言があることは予想していたのかもしれない。

 許可をもらった令嬢は、ほっと息を吐き出した。それなりに勇気を持って発言したのだろう。

 なにせ相手は王太子殿下だ。


「ご厚情に感謝いたします。では、甘えさせていただきまして」


 こほん、と咳払いをしてから、彼女は言葉を発した。


「選考基準はなんでしょうか? 正直なところ、納得がいきませんの」

「そう?」

「だって……わたくしよりも、上手くできなかった方もおりますし」


 ちら、と上目遣いでこちら側にいる誰かを見ている。

 誰のことかはわからないが、彼女の目から見て、自分よりも下手だと思われる令嬢が予選通過していたのだろう。

 ざわざわと、ざわめきが広がっていく。

 予選通過した側からも、しなかった側からも。


 殿下は、ふむ、と手に顎を当てて考えるような素振りをしたあと、口を開いた。


「わかりにくかったかな。私としては、単純明快に選んだつもりなのだけれど」


 そう話しながら顎に当てていた手を、人差し指を立ててずいっと前に押し出した。


「選考基準はただひとつ。正直、三十名も選ばなくてもよかったかな、と思っている」

「えっ」

「一生懸命取り組んでいるのかどうか。それだけだよ」


 その返答に、質問した令嬢は言葉を失った。後方にいる、通過できなかった令嬢たちも。

 そしてこちら側にいる令嬢たちの中にも、俯いてしまう人もいた。

 三十名も選ばなくてよかったかな、という言葉で、自分はギリギリ引っ掛かっただけなのかもしれない、と思ったのだろう。

 殿下は続ける。


「転がっていったボールを積極的に取りに行ったか。上手くできなければどうすれば上手くできるようになるのか考えていたか。選手たちの指南を真面目に聞いていたか。そういうところを見ていたんだよ」


 自分に当てはまらなかったのだろう。なにか心当たりがあったのかもしれない。質問した令嬢は、「わかりました……」と力なく答え、うなだれた。


「もし君が」

「え?」


 けれど言葉が続き、彼女は顔を上げる。


「今、勇気を出して私に質問してくれたように、昼食会で野球について質問してくれたなら、きっと通過していただろう」


 その説明に、何人かが息を呑んだ。

 いた。昼食会で衛兵に質問していた令嬢が。そして通過した側に立っている。彼女は胸に手を当てて、息を吐き出していた。

 あの場での振る舞いも、選考対象だったのだ。


「ご納得いただけたかな?」


 そうにこやかに問う殿下に、彼女も笑顔で返した。


「ええ。ご回答いただき、ありがたく思いますわ」

「質問自体は嬉しいよ。その調子で野球に興味を持っていただけていたら、もっと嬉しかったのだけれど」

「それはわたくしには、少々、難しゅうございましたわ」


 そしてほほ、と笑う。殿下は苦笑して返した。


「それは残念だ」

「けれど、今度また機会があれば観てもいい、程度には気が変わりました」

「よかった」


 そうして二人は笑った。

 理由を訊いて、答えがきちんとあって、それで納得できたのだろう。


 なんだか私はその様子を見て、ほっとしてしまう。


「あとは、この選考会に備えて練習をしてきたか。そんなところかな」


 殿下はそう続けた。

 では。では、私が通過したのは。

 キャッチボールを始める前、私のグラブを見て、殿下は言ったのだ。

 『グラブを見ればわかる』、と。『どれだけがんばってくれたのか』がわかる、と。


 キャッチボールをしたときに殿下の目の前で失敗してしまったけれど、でも実は、それより前、グラブを見たときに通過を決めていてくれたのだ。


 よかった。練習したことが無駄どころか、そこが評価されたのだ。

 嬉しかった。見てくれたことが。

 緩みそうになる口元を、私は一生懸命引き締めた。


「これくらいでご納得していただけたかな。では通過しなかった方々にはお帰りいただいて……」


 殿下がご令嬢たちを見渡して、そう声を掛けている。

 するとまた、通過しなかったご令嬢たちの中から、思い切ったように手が上がる。


「では、わたくしからも失礼してよろしいでしょうか」

「いいよ、どうぞ」


 殿下は手のひらで令嬢を指した。

 彼女は一礼してから、口を開く。


「選考会に備えて練習をしてきたかどうか、と今、殿下は仰いましたけれど」

「言ったね」

「この予選の内容も知らないのに、それは無理です」


 彼女の異論に、こくこくとうなずく令嬢もいる。

 「確かに」「それもそうだわ」という声が漏れ聞こえてくる。


「キャッチボールだと知っていれば、キャッチボールの練習ができたかもしれません。けれど今回、それは知らされていませんでした」


 周りの同意を得たからか、彼女は胸を張って続けた。


「この試験内容が漏れていたとは考えられませんか? 用意周到な方がいらしたようなんですけれど。それでしたら、公平性を欠いています」

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