24. 王太子妃選考会予選結果
その声に、令嬢たち皆がばっと振り向いた。
さきほど、これは王太子妃選考会ではない、などと話していた令嬢たちも真面目な顔をして振り向いていたから、彼女たちも実はまだ希望を捨ててはいないのかもしれない。
「予選会の結果を、ウォルター王太子殿下から発表なさるということです。こちらにお集まりの皆さまは、全員、グラウンド、さきほどの一塁側ベンチ前にお越しください」
なるほど、それで靴はそのままで、と指示されたのか。
そわそわと令嬢たちが立ち上がり、ぞろぞろと部屋を出て行く。
私たちも席を立ち、部屋を出る。
前方を歩いている令嬢たちの後ろについて歩いていると、彼女たちの会話が聞こえた。
「どうなったのかしら」
「少し緊張しますわ」
「でもどうせ、殿下も本気で王太子妃を選ぶつもりはないのでしょう?」
「確かにこんな選考方法、おかしいですものね」
「そ、そうですわね」
「でも……もしかしたら……」
グラウンドへと続く廊下を歩きながら、こそこそとそんな風に話をしている。
やはり皆、半信半疑といったところなのだろう。
「合格しているかしら。ドキドキするわ」
隣にいるキャンディさまは、胸に手を当てている。
「まずは予選通過しているのかどうかだけれど……、何人くらいが通過するのかしら」
「……きっと、三十名くらいですわ」
「え? どうして?」
私の返答に、キャンディさまは首を傾げている。
「さきほど、殿下とエディさまが私の近くにいたときに、そう仰っておりましたの」
「そうなの。じゃあそれで間違いなさそうね」
すると、キャンディさまはきょろきょろと辺りを見渡してから、こっそりと私に耳打ちしてきた。
「三十名なら大丈夫よ、二人とも通過しているわ」
「だと……いいんですけれど」
「それで、本選で戦いましょう」
そう言うとキャンディさまは耳元から口を離して、にっこりと笑った。
◇
言われた通り、一塁側ベンチ前でそわそわと待っていると、またベンチ奥から殿下が出ていらした。
けれど今回は殿下お一人だ。エディさまは試合終了直後だから出てこれないのだろう。
私たちは直立不動になり、殿下はその前に立った。
「お待たせしたね。試合は楽しんでいただけたかな?」
殿下がにこやかにそう問いかけてくる。「はい!」と元気に答える令嬢もいれば、「ええ……」と自信なさげに口にしている令嬢もいる。
キャンディさまは、にこにことしながら何度も小さくうなずいていた。
令嬢たちの様子をしばらく眺めていた殿下は、口の端を上げると話し始める。
「そう。三者三様といったところかな。少しでも興味があったら、今日に限らずまた観に来てね。今シーズンは、さきほどの部屋を女性客のみに開放しておこう。通常の観客席が怖ければ、あちらで観てくれるといい」
衛兵を観客席に配置する、ということを、こういう形で実現させたようだ。
殿下は手に持っていた紙を自分の目の前に掲げると、口を開いた。
「では、合格者の名前を読み上げるよ。名前を呼ばれなかった方は、残念ながらここでお帰りいただこう」
その場が、しん、と静まり返る。
ごくり、という令嬢たちの喉の音が聞こえてくるようだ。
「けれど靴とグラブはそのままプレゼントするから、機会があったら野球を始めてくれると嬉しいな」
そう殿下は言うけれど、どれだけの人数が野球に興味を持っただろう。
私はどうだろう。もしこの予選で落ちたとしたら、そのまま野球をしようと思うのか、少し自信がない。
「では。呼ばれたら、前に出てきて」
殿下はひとつ咳払いをしてから、順に名前を呼び上げていく。
「ジュディ・アッシュバーン」
さっそくジュディさまのお名前が読み上げられた。
ジュディさまは、しずしずと歩き出し、そこに並んだ令嬢たちをかき分けて進むと、こちら側に向かって背筋を伸ばして立った。
「やっぱりね」
「ジュディさまはもう当確でしょう」
そんな内緒話が聞こえる。
それからも、女性たちの名を呼ぶ殿下の声が続く。
「やったわ」
「よかった」
「ではお先に」
などという声があちらこちらから聞こえ、呼ばれた令嬢はジュディさまの隣に並んでいった。
並ぶ女性たちが横に広がり始めたため、二列目、三列目ができていく。
それでも私の名前はまだ呼ばれなかった。
「呼ばれないわね」
「ええ……」
こっそりとキャンディさまが発する低い声に、私は曖昧にうなずく。キャンディさまの名前もまだだった。
今、何人が呼ばれたのかしら。もう三十名くらい、呼ばれたのではないの?
あんなに練習したのにダメだったらどうしよう。不合格だったら、ラルフ兄さまになんて報告すればいいの?
今、私の顔色は蒼白なのではないかしら、と思い始めたとき。
「キャンディ・シスラー」
隣から安堵のため息が聞こえた。キャンディさまは予選通過したのだ。
それはそうだ。あんなに上手にできたもの。キャンディさまが不合格だなんてありえない。
「おめでとう」
「ありがとう、お先にね」
そうしてキャンディさまが前に進みだしたとき。
「コニー・ユーイング」
私の名前が呼ばれた。私は大きく息を吐く。
よかった。予選は通過した。
私は前を向き、歩くキャンディさまのあとをついていく。
人垣を乗り越え、列に並ぶ前に、ちら、と殿下のほうを窺うと、彼は予選通過者の名が書かれた紙に視線を落としていたけれど、ふいに顔を上げる。
そのとき、一瞬だけ、目が合った。
それだけで私の心臓は、ばくんと跳ねる。慌てて前を向いて足を動かす。
ちょっとして、またこっそりと殿下のほうに視線を向けたけれど、もう彼はこちらを見てはいなかった。
けれど少しだけ殿下に近付けたような気がして、ぽっと胸が温かくなった。
私はキャンディさまのあとについて、殿下の隣に並ぶ女性たちの一番後ろで立ち止まる。
「以上、三十名が予選通過だよ。あとで本選の説明をさせてもらうね」
殿下の声が聞こえる。
私は最後に呼ばれたのだ。そうか、キャッチボールをした位置が一番端っこだったから、それで。
私は胸に手を当てて、ほうっ、と息を吐いた。
隣にいたキャンディさまが笑顔を向けてきたので、私も微笑む。
けれど。
「ウォルター王太子殿下」
残った女性たちの中から、一人の声が上がった。
「この場で発言する無礼をお許しいただけるでしょうか」