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15. 予選の内容

 殿下は、少々和やかになった雰囲気の中、続ける。


「ここにいるのは貴族女性だけだけれど」


 そう言って私たちを見渡した。


「本当は、広く一般市民も含めて募集をかけるつもりだったんだ。でも」


 その言葉に、ざわ、と辺りがさざめいた。


「そこはちょっと陛下のご意向でね」


 殿下は困ったように眉尻を下げた。


 広く一般市民も含めて、王太子妃を募集。

 さすがにそれはありえないのではないか、と令嬢たちは目くばせをしている。


 けれどそれを国王陛下に止められた、というのはどういうことだろう。

 もし純粋に野球普及を考えるのならば、広く一般市民に呼び掛けるのはいい方法だろう。

 けれど貴族女性と限定された、ということは、やはりこれは王太子妃選考会で間違いないのだろうか。


 女性たちの間に、静かに密やかに混乱が広がっているように見受けられた。


「君たちの中に、私の球を捕れる人がいることを願っているよ」


 殿下はにこやかな笑みを浮かべると、そう話を締めた。

 それと入れ替わりに、エディさまが一歩前に進み出る。


「では予選の説明をいたします」


 そのよく通る声に、場がしん、と静まった。


「キャッチボールをしてください」


 私はその指示に、息を呑む。

 キャッチボール。この一週間、やってきたこと。


「きゃっちぼーる……?」


 ご令嬢たちは、皆が首を捻っている。


「二人一組で。ロープを二本並べていますので、それぞれそのロープの外側に立って、ボールを投げ合ってください」


 エディさまがグラウンドを指差し、皆がそちらに顔を向けた。

 確かに外野にロープが二本、平行に置かれているのが見えた。


 すると「キャッチボールを始めるときは」と、殿下の穏やかな声が聞こえて、またそちらに皆が振り返る。


「危ないから、隣の人とは十分に距離をとってね」


 にっこりと笑って注意を口にする。すると、ご令嬢たちの表情がいっせいに緩んだ。


「はいっ!」

「ありがとうございます!」


 きゃっきゃっ、と女性たちのはしゃいだような声がする。


「ではまずは、靴を履き替えてください。各サイズはご用意しておりますが、もしない場合はこちらに言ってきてください」


 エディさまがベンチ内を指差し、ハイヒールの令嬢たちはそちらに向かう。

 私は履き替える必要はないので、その場にとどまった。

 令嬢たちが、ベンチ内で靴を履き替えているのを眺めていた殿下が首を傾げている。


「うーん……」

「どうしました、殿下」


 エディさまが応えている。

 私も思わず、そちらに耳を傾ける。

 殿下は腕を組んで、口を開いた。


「いやね、募集要項を配ったときに、たくさんの女性たちが来たというから」

「今日来たのも百名を超してますね」

「女性の中にも野球がしたいという人がたくさんいるんだと思っていたんだけれど」

「いませんね」

「やっぱりそうかあ。野球のヤの字も知らない感じだよね」

「僕からすると、なぜ野球をしたい人が集まったと思ったのか謎です」


 エディさまが眉根を寄せて、そんなことを返している。


 そうだ。この場に集まっているのは、野球をしたいと思っている人間ではなく、王太子妃になりたいと思っている人間ばかりなのだ。

 私も含めて。


 殿下はふむ、と顎に手を当てて考え込んだあと。

 気を取り直したように、パンッと手を叩いた。


「まあでも、普及ということを考えれば、この状態も悪くない。今日は楽しんでもらおう」

「かしこまりました」


 エディさまはそう了承して、頭を下げた。


          ◇


 次から次へと、靴を履き替えた令嬢たちがベンチから出てくる。

 最後の一人が出てきたところで、エディさまが声を張った。


「ご自分のグラブをお持ちでない方は、こちらからお選びください」


 見ればそこには木箱が置いてあり、その中にグラブがたくさん入っている。

 ご令嬢たちは、こわごわ、といった感じで、箱の中からグラブを取り出していた。


「手にはめるんですの?」

「革の匂いがしますわ」

「これで球を取るということ?」


 殿下の言う通り、野球のヤの字も知らない女性たちが多いのだろう。

 皆が戸惑うように、グラブを手に取っている。


「……これ、新品ではないのですか?」


 エディさまにそう聞いている女性もいる。


「ほぼ新品ですが、新品のままだと捕りにくいので、多少こちらで手を加えております」

「まあ……そういうことなら……」


 どこの誰が使っていたのかもわからないものを手にはめるのは抵抗がある、と顔に書いてあった。

 靴に引き続き、私はグラブも持って来ていたので、ただその様子を眺めるしかできなかった。

 けれど。


「コニー嬢」


 ふいに声を掛けられ、ぱっと顔を上げる。

 ウォルター殿下が、こちらを見て口元に弧を描いていた。

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