表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

やがて小さなてのひらは(おためし版)

作者: あわき尊継

 アロマキャンドルへマッチの火を寄せると、ふわりと灯りが広がった。

 揺れる光の中で、小さな手がまた次のキャンドルへと火を移していき、色とりどりの、様々な動物や花の形を模したそれらから、ほんの少しだけ甘い香りが漂い始めると、周囲から感嘆がこぼれていった。

 黒の暗幕にかぼちゃ色の装飾があり、それは今朝からこの場の皆でわいわいと切り取って貼り付けた色紙だ。

 猫、烏、星に馬車にロケットと、人数の分だけ好き勝手な形で、やや歪ではあったけれど、揺れるキャンドルの灯りの中で見れば不思議と味のあるものだった。

 最後に薄い紙で覆われたキャンドルへ手を突っ込んだ後、浮かび上がる影絵を顔に映し込みつつ、少女は何本目かになるマッチを小皿へ置いた。


「できた」


 満足げな声は、しかし冬の吐息のように染み込み薄れていった。

 雪のように真っ白な髪を持つ少女は、日の出を待つ雪原さながらに物静かで、表情や声の色は僅かな変化ではあったが、


「シアっ」


 隣から、金髪ツインテールの少女が勢い任せに抱きついてきた。

 一回りは年下のシアからすると、殆ど覆いかぶさってくるに近い。それで容赦も手加減も頭にないのがこの少女、エリティアという女なのだが。

「あぶない」

 まだマッチ箱をもっているのだ。そう、先端を軽く擦るだけで火が出るこの道具、箱ごとなら爆発するかもしれないのだ。

「平気平気っ。私、前に試したことあるんだけどね、ズバーッて燃えるだけでなんとも無かったの」

 などという証言だけで納得は出来ず、シアは彼女の護衛兼雑用兼今朝から皆の描いた線に従って色紙切り取り係をしていた黒服を見た。黒服の男は、色紙を輪にした首飾りを三つもつけており、けれど静かにシアへ頷きを返す。

「消火用水の準備は出来ています」

 やはり爆発する可能性は否定できない。シアは慎重にマッチ箱を置き、その間もしがみ付いたまま離れなかったエリティアを落ち着かせ、テーブルに置いてあったクッキーを与える。

「んーおいひい」

 ついで紅茶を与え、クッキーのお皿を寄せる。静かになった。


 シアは自分もミルクを入れた紅茶を手に、今尚アロマキャンドルへ目を奪われる少女たちへ目を向ける。

 綺麗な黒髪ロングの少女、巻き巻き赤毛の少女、栗色髪を三つ編みにした少女、他にもふわりと波打つ亜麻色の髪の少女と、エリティアがぞろぞろと連れて来た護衛やら侍女やらが何人か。今も、お菓子やお茶の用意は彼ら彼女らがしてくれている。シアをはじめ、ややもすると世間知らずばかりなこの集まりが成立しているのも、黒服たちのおかげだろう。

「ありがとう」

 言うと、黒服は直立不動を崩さなかったが、口元が僅かに弓を引き、黒いサングラスの奥で目じりが下がったのを感じる。


 シアはすく、と立ち上がると、火を扱う為に外してあった黒の三角帽子を被る。

 同じく黒のインバネスコートを羽織れば、正装の出来上がりだ。


 何の変哲も無いアパートメントの一室。

 今日はハロウィン。

 そして彼女たちは、現代を生きる魔女なのだ。


    ※   ※   ※


 天を貫き虚空へ呑まれて行く高い塔は、この世界における平和と、調和と、支配の象徴だ。

 この世の条理を覆す魔女の塔。主である始まりの七人と呼ばれる魔女たちは、三百年もの昔に行われていた世界規模の大戦を制し、以来この世の神として君臨している。人々は魔女を怖れ、しかし憧れ、次代の塔の主となるべく魔道の探求を続けている。


 それはさておき、そろそろ薄闇の中で浮かび上がってきた月の下、完全武装といった雰囲気のスーツと化粧に身を包んだ少女が建物を見上げていた。

 攻撃的な目と、引き結んだ口元。月の光を帯びたかのような白金色の髪は、彼女の顔付きと合わせていっそ魔的なまでに美しい。齢はまだまだ学生の頃だというのに、見る者を毒する美しさは、建物の前に立つ守衛が揃って息を殺したほどだった。

 ただそんな彼女も、あげた手首へ目を落とし、文字盤に猫の描かれた腕時計を見た時だけは、雪解けのような柔らかさを垣間見せた。

 今年始めの誕生日にシアから贈られたものだ。以来、毎日どこへ行くにも身に着けている。家事をする時だけは、流石に外しているけれど。


 普段はシアの使い魔として傍を離れようとしない彼女も、魔女協会からの呼び出しとあっては無視も出来ない。

 従者の用件に主人を付き合わせる訳にもいかず、エリティアの好意と黒服たちへの感謝と共に、この日を選んでやってきた。


 階段をあがっていくと、守衛たちが注意深く様子を伺ってくる。

 今日はハロウィン。魔女にとってはちょっとしたお祭りで、祝日だ。公共機関である魔女協会も今日だけは休みになっているのだが。

 背後の道路を自動車輌が走り抜けていく。飛行艇の発着駅に程近いこの辺りも、やはり人通りが少ない。

 彼女は灯りの点いた正面入り口の前へ立ち、視線を向ける守衛へ向けて言った。


「今日この時間にお約束をしているキマリです。塔の魔女へのお取次ぎをお願いします」


 そろそろ自宅のアパートメントではパーティが始まっている。

 片道は一時間と少し、ここでの用件が一時間も掛からず終わるのであれば最後に顔を出すくらいは出来るだろうが、


「不要です」


 星屑が散って、石材造りの階段に女が立つ。

 魔女術(ウィッチクラフト)。この世の条理を覆す魔女の御業。塔の管理者である彼女なら、一瞬でこの都市を灼熱地獄にすることも、天空へ打ち上げそのまま固定することも、あるいはすべての人間を動物に変えることも出来るだろう。この世の神と相対して、しかしキマリは攻撃的な目を緩めなかった。そんな彼女を見て、魔女はくすりと笑う。


「それじゃあ、行きましょう?」


 景色が変わる。

 現れたのと同じく、共に連れて行かれるのだろう。


「はぁ……」


 だがキマリは正直、神だとか魔女だとかどうでもよくて。


「申し訳ありませんシア様……時間までには戻れそうにありません……」


 ちょっとだけふくれて、恨みがましく魔女を見た。


    ※   ※   ※


 エリティア=クラインロッテは魔道の名家に生まれた次女である。

 立場に悩まされることなく、孫大好きおじいちゃんから甘やかされてきたとはいえ、彼女なりの葛藤やら悩みやらを抱えてもいたのだが、基本的にエリティアはエリティアなので、友だちとの団欒を楽しみ紅茶を愉しみ御菓子を好み体重に悩まされることはない。時折張っ倒したくなるというのは、幼馴染であるキマリの言。

 そんなキマリも今家には居ない。

 用件があるとだけしか聞いていないが、普段シアの傍を離れたがらない彼女がこちらに護衛を任せての用件だ、大変なことなのだろう。


 祝日であるハロウィンでのパーティは前々から準備していたことだ。

 三日前になって言い出してきたキマリがタイミングを見計らっていたのか、たまたまその日に判明したのかは考えない。

 急に言われて予定の変更は出来ないし、シアを頼むと言われれば断れもしない。

 ちょっとだけ、寂しいだけだ。


「シーアーッ」

「おもい」


 寂しさを紛らわせるには可愛い可愛い年下の友達を抱き締めるのが効果的だ。

 シアは口ではそっけなくしつつも振り払いはせず、されるがままちまちまとクッキーを齧っている。リスみたいで実に可愛いので寂しさも十分の一だ。

 すぐ近くで愉しそうに歓談する友達を感じつつ、エリティアはシアの様子を眺める。


「キマリ、時間までに帰ってこれるかなぁ?」

 と時計を見れば、そちらを気にしていたシアが視線を手元へ落とす。

「多分遅くなるから、気にせず解散して欲しいって」

「言ってたけどおっ。もぉ、こんな日に用件だなんて、相手も一緒にパーティへ招待しちゃえば良かったのにね?」

 少なくとも塔の魔女がこの場へ現れて歓談など始めようものなら、彼女の護衛たちは大慌てで本家と連絡を取ったりするだろう。エリティアお嬢様は何もしないので気にしないかもしれないけれど。とりあえず誰でも分け隔てなく友達になる人は、神様とだってお友達になれるのかもしれない。

 そんな訳でエリティアお嬢様の大親友シアはぱちくりと瞬きし、伸ばした手で彼女の頭を撫でてあげた。

「えへへー」

 嬉しそうにするので良しだ。


 とはいえ宴も酣といった所で、最初の勢いが良すぎた為か普段大人しいお嬢様たちも疲れ気味。話題が尽きないというのは確かだが、皆してお腹を気にしてお菓子やお茶へ手を伸ばす回数も減っている。減っているだけで伸ばさずにはいられないおいしさがそこにある。すべては黒服たちの努力の賜物だろう。今日のために頑張りました手作りです。


 張っ倒したくなる体重増えない女エリティアは笑顔で新たなかぼちゃのケーキへ手を伸ばし、おいしそうにほうばる。音も無く隣に新たな紅茶砂糖三杯ミルクたっぷりが置かれて、彼女はそれがどこから現れたのかも気にせず口へ含む。

 シアは普段から甘いもの控えめとキマリに管理されているのだが、今日という日はその制限もなくたっぷり食べる。食べる。食べる。リスのように食べる。頬袋に保管できたのなら向こう一か月分は確保したかもしれない。

「ふふっ、シアー? そんなにがっつかなくても御菓子はなくならないよ?」

「おいしい」

 言葉はしっかり黒服へ。

 彼らはシアの言葉にふわりと華やぎ後ろ手にガッツポーズをし、立場を弁え表面的には会釈で収めた。


 ただ、そんなシアもしばらくすると、時折欠伸を堪えきれなくなってきた。


 皆門限があっただろうに、舟を漕ぎながら時折時計を確認する。そろそろ零時を回る。各自連絡は入れていたが、泊まり掛けの許可を取っていた様子はない。そろそろ限界だろう。


 開けた窓から虫の音が聞こえてきた。

 エリティアは白いレースのカーテンごしに夜空を眺める。

 魔女の塔は、この都市のどこからでも見える。なによりも高く、存在感を放つ塔は彼女らが生まれるずっと前からあるもので、その支配を疑問に思ったことはない。不老不死であるとされる数名を除き、寿命を迎えれば塔の魔女は代替わりする。だから魔道の名家は強い力を持つ。支配すれど統治しない魔女たちに変わって、国を運営する者たちも居るが、塔を前にすれば何の意味も無い。

 自分もそれを目指している。

 選定の儀式、ヴァルプルギスの夜。神の座を巡って殺し合いに発展することも珍しくは無いと聞く。

 シアとも、いずれ競い合う時が来るのだろうか。

 彼女の使い魔として契約するキマリとも。


 ぎゅう。


「えへへ」

「くるしい」


 ぎゅう。


 例えそんな時が来たとしても、友達でありたいのだと思う。

 一方通行であっても、キマリが覚悟を決めて立ち塞がったのだとしても。


「……ふわ」


 ただ、ちょっとだけ眠くなってきた。


    ※   ※   ※


 ご丁寧に魔女協会庁舎へ送られたおかげで、帰り道の短縮は望めなかった。

 時間帯も遅くなれば飛行艇のダイヤが変わってくる。本数が減れば人も増え、混雑で乗れなくなることもある。魔獣の馬車でもあれば利用しただろうが、庁舎周辺は自動車輌ばかりで好みではない。どの道もう予定時間を過ぎている。クラインロッテ家の黒服たちなら、約定に従いしっかりシアを守ってくれるだろう。パーティとあって控えめにしてあるが、どの道使い魔と化した鳥や猫などを含めて魔術による守りは完璧だ。

 塔の魔女に連れられている間はリンクも途切れていたが、帰りの一時間ほどは状態を遠巻きに観察出来た。

 クラインロッテ家の黒服たちが馬車の中で遠慮がちに周囲を警戒し、待機しているのが分かった。室内はもう、暗い。動きらしい動きもなく、中を覗き込むことは躊躇われた。使い魔の使用はシアの警備を目的としているものであって、浅ましい覗きの為ではない。


 アパートメントの入り口まで帰ってきて、キマリは手首を返し、腕時計へ目を落とす。

 もう夜中の二時過ぎだった。もう皆帰っただろう。黒服たちはキマリの頼みを遂行してくれていると考えるのが妥当。詰め所となる馬車が敢えてキマリの帰り道からは離れて駐車していることからも、ここは顔を出して礼など不要と、そう言われているように思う。部屋へ入れば自然と警備を解除してくれるだろう。


 鍵を取り出し、白石造りの螺旋階段を上がる。

 二階の一番手前、角部屋がキマリとシアの家だ。

 ハロウィンパーティについて言い出したのはエリティアだが、主人であるシアも一緒になっていろいろと調べ物をしていたのを知っている。


 吐息する。


 もう少し上手く予定を調整できていれば、なんとかなったかもしれない。

 主人の期待に応えられない使い魔など……。思い、険しくなる表情を呼吸と共に融解させる。


『キマリも一緒じゃないと楽しくないのっ。だから絶対戻ってきてね!』


 能天気な声を手の平で押し出し、扉の前で足を止める。

 先ほどとは違い、むすっとなっている自分に気付かず、キマリは手にしていた鍵を差し込む。シリンダーが回った。ドアノブを捻って僅かに開いた隙間から様子を伺うが、室内は静まり返っている。


 そっと扉を閉めて、キマリは二階渡り廊下の柵まで下がった。

 背中を預け、身を逸らせば夜空が見える。

 お腹の前で手を結んで、息を吐き出す。

 風の音と、虫の声を聞く。

 まだ少し肌寒くて一枚多めにしてきたけれど、なんだかまだ少し寒い。


 魔女はこの世界と感応し、条理のすべてを塗り替える。

 塔の魔女に限らず、魔女術(ウィッチクラフト)を使える者には少なからずそれが出来る。


 感応とは、心を開き、受け入れ、感じ合うこと。

 この感応が出来なければそもそも魔女術(ウィッチクラフト)は使えない。

 そして魔女は往々にして、この性質から純粋である者が多い。例外は多分にあるけれど、やはりどこか浮世離れしているものだ。


 シアや、エリティアや、今回のハロウィンパーティへの参加者は皆魔女で、キマリは違う。


 もう何年も前に適正を失った。

 キマリに世界と感応する力はない。

 心を開けない。どう意識しても振り払えず、固く閉じたままだ。それまであたり前にしていたことなのに、どうやったら感応など出来るのか分からなくなった。


 魔女の為のパーティに、きっと自分は相応しくない。


 扉からも背を向けて、手すりの上に腕を置き、頬を寄せる。

 夜更かしは慣れている。朝は早いけれど、二時間も寝ていれば十分だ。

 あぁでも、早く戻って黒服たちの仕事を終わらせなければ。思い、けれど身体が動かない。


「…………戻ってきたのに」


 急いできたのだ。

 ちょっと無理をして、禁止されている飛行を感知されるギリギリの高度を取ってここまで戻ってきた。

 息を整え、身を整える時間を取ったのは、遠巻きにでも直視で部屋の様子が伺えるようになってからだ。

 キマリが目を瞑り、振り払うように柵から身を離した時だ。


「ちょっとお!?」


 扉が開け放たれた。

 背後から、つんのめる様にして金髪ツインテールが飛び出してきた。


「なんで入ってこないのぉ!? もうっ、心配するじゃない!!」


 強引に腕を掴まれ、引っ張り込まれそうになる。


「エリティア様!? あっ、あのっ、ひ、引っ張らないで下さいっ!?」

「こんな時くらい様なんてつけないでよっ。幼馴染じゃない!」

「主人のっ、ご友人にそんな態度はっ、あ、だから引っ張らないでって!?」

 咄嗟に扉の枠へ手を突っ張って反抗するキマリの腕をエリティアは抱き込み、笑顔を弾けさせた。


「ハッピーハロウィイインっ!」


「………………もう日付変わってます」

「いいのよっ! 魔女は常識に捕らわれるなって学院長も言ってるじゃない!」

「あぁっだからそんな引っ張ると転びますっ。まだ靴も脱いでないんですからっ」


 もう滅茶苦茶だった。

 とにかく何にも考えていなさそうなエリティアをなだめ、いきなりの事に激しくなる動悸と、ついさっきまで馬鹿な感傷に浸っていた自分への恥ずかしさで顔が熱くなっているのをなんとかしなければいけない。


「まだねっ御菓子とか残ってるの! キャンドルだってキマリの為に残しといたんだからっ! お茶はすぐに用意してもらうわ! それでねっ、それでねっ」


 なのにこの犬は頭の尻尾をふりふり振って周囲を飛び回ろうとする。


「あぁん! もう皆起きて起きてっ! ほらっキマリが帰ってきたよ! もぅっ、ついさっきまで頑張ってたんだよ!? 絶対起きてるぞおって。でもびっくりさせようと思って灯りを消してたらうっかり寝そうになっちゃってね。よかったぁ、私もそろそろ危なかったから――キマリ?」

「ふふっ…………ほんと、馬鹿みたい……」

「馬鹿ってなによぉ。折角のパーティにキマリだけ仲間はずれじゃ、寂しいじゃない」

「そうですか。そうですね」

 もう靴は脱いだから。

「お茶は私が淹れます。眠っている方は……無理に起こすのは申し訳ないですから、どうかそのままに」

 部屋へ入る。


 月明かりが窓から差込み、薄っすらと様子が確認できる。

 皆寝入っているのだろう。机に突っ伏している者、寄り添い合っている者、床で横になっている者。肩に掛けられているブランケットは黒服たち、というより仕事の雑さからエリティアの手によるものか。


 荷物は、もういっそと入り口の脇へ置き、スーツの上を脱いで軽く畳む。


「おかえり」


 くい、と裾を掴む手に驚く。


「シア様……」

「おかえり」

「永らくお傍を離れてしまって申し訳――」

「おかえり」

「…………はい、ただいまです」


 言うと、満足したようにシアがふらつき、すぐさまキマリは膝をついて身を支える。

 受け止めた胸の中で、うっすらと目を開けたシアがキマリの服をきゅっと握った。


「はっぴ……はろい、ん……」


「はいっ」


 心から大切そうにシアを抱き、力が抜けていくのに従って抱き上げる。

 ちょっとだけよろけそうになるものの、なんとか踏ん張った。


 この人は大切な方。

 我が奏主。魔女の適正無きキマリが塔を目指せるのは、彼女が居るからだ。


「ありがとうございます、シア様」


    ※   ※   ※


 背を向けて、シアを抱えて奥の廊下へ進んでいくキマリを見て、エリティアはぼうっとしていた。


 はっぴーはろうぃーん。


 そうは言ったものの、なんだかちょっと置いてけぼりで、混ざれなくて、戸惑う。


「えと……」


 手を伸ばしたら、それを見ていたかのようにキマリが足を止め、振り返った。


「何してるんですか。ここでは皆を起こしてしまいます。シア様を部屋へ送ったらお茶を用意しますので、先に私の部屋で待っていてください」


「う、うんっ! いくっ! 部屋ね! 部屋で待ってるからっ」


 アロマキャンドルを掴み上げ、マッチ箱を握り締め、エリティア=クラインロッテはとろけるような笑みでとてとてとキマリを追う。

 キマリは、むすっとした表情で、薄闇でははっきりと見えなかったけれど、ちょっとだけ顔を赤くして言う。


「勘違いしないで下さい。貴方がうるさいから仕方なくです」


 だからちょっとだけ静かに、キマリが自室にしている狭い部屋へ向かった。

 彼女が紅茶を淹れてくれるまでの間に、緩んだ頬をなんとかしなければいけないから。





この物語は本編とは無関係なIFとさせていただいておりますので、短編内での情報が本編を拘束することは一切ございません。

ただ、大方の雰囲気は似たようなものとなっていますので、もし気に入っていただけたようでしたら『やがて小さなてのひらは』本編をお楽しみくださいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ