判明
鍛冶屋に着くとヘンリーが奥の金床で汗だくになりながらナイフを打っていた。何の為に風呂に入ったのかとツッコミを入れつつも持ってきた剣を掲げて自分達が来た事をアピールすると二人に気付いたヘンリーは店先に出てくる。
「明日で良かったのに今日持ってきたのか。まぁいい、見せてくれ。」
そう言われ剣を差し出す二人。
「お嬢さんの剣は見た所数年前に作られた物だな。だが、大剣にしちゃあ変わった焼き方をしてる。わざと硬くしない様にしていると言うべきか。」
「昔から結構剣折っちゃって、見かねたラダウィッチに居る鍛冶屋のおっちゃんが作ってくれたんだ。」
ラダウィッチはこの街ジントリムの西に位置する街で、羊毛や木工品で栄えており、大陸の形上、ジントリムにはラダウィッチを経由してくる人が非常に多い。
「こいつの直すとなると一度なましてから真っ直ぐにする必要があるな。全く同じ強度にするには何度か焼いてみないとだが・・・」
「大体同じぐらいなら良いよ。その鉄におっちゃんの気持ちが入ってるからそのまま使いたいし。」
そのルイーザの言葉に「鍛冶屋泣かしめ。」と涙するヘンリー。因みに鍛冶屋泣かしとは消耗品である武器防具を大切にしてくれる人の事らしく、鍛冶屋泣かしに会った時は反射的に涙を流し一回だけ鼻を啜ってしまうのが鍛冶屋の性らしい。早い話がコントである。
ルイーザの剣はやや低めの温度で焼入れ後焼き戻しを行っている為、通常の剣に比べると折れないよう軟らかい鉄に仕上げてあるのだ。勿論これは懐事情で安い鉄を使っているが為の苦肉の策である。
「こっちは一見錆だらけに見えるが表面が酸化しているだけだ。更に何度も鍛え直してるな。質も良いとは言えない剣を使っていると言う事は思い入れがあったか、若しくは新しい剣を買うだけの金が無かったかだ。」
響也の剣を品定めするヘンリー。彼の目によると最低でも三人以上の人間がこの剣を打ち直しているとの事らしい。
表面が錆びているだけなので打ち直しの必要は無く、刃を研ぐのとルイーザの剣を打ち直す作業、合わせて五日後に仕上げると約束した二人は宿へ帰る為来た道を戻り始めた。
「それにしても、カレンが昔の自分を封印していたとは驚いたな。」
「あの時私達を助けてくれた魔法。確かに凄い魔力だった。」
討伐隊全滅近くまで追い詰めたオーク達をたった一人の少女が倒すと言う信じ難い出来事。戦闘に慣れていない響也は兎も角、剣の腕で生きてきたルイーザは半ば己の力不足と同時にカレンの魔力への恐怖心も表情に表れていた。
「だが、あれだけの魔力を完全にコントロールしている実力は凄い。」
「コントロール?俺には手当たり次第爆破した様に見えたが。」
「それだったら今頃私達はオーク共々木っ端微塵だ。私等に当たらない様に最小限での最大限と言うか、ギリギリの爆発だ。よっぽどコントロールに慣れていないと出来ない芸当だぞ。」
そう言われ納得する響也。思い返せば味方には一切の被害が出ておらず、オークは姿その物を消すレベルの爆破で吹き飛んでいる。これらの行動は響也達に被害を出さない様完全なコントロール下で行われた。即ち、相手を思いやる気持ちが無いと出来ない行動と言える。
「昔のカレンも十分優しいんじゃないか?」
「私もそう思う」
昔のカレンは高飛車な性格だったと言われていたが、根は今と同じ優しいカレンだと結論を出す二人。響也はカレンと知り合って一月、ルイーザは一週間程度ではあるが、常に顔を合わせ一緒に働いているカレンの事を理解していた。
「まぁ、帰ってもいつも通りにしてれば良いか。」
「そうだな、って事で私は大盛りで頼むぞ。今日はよく動いたし。」
「お前も作るの手伝え。」
先程のやり取りが無かったかの様ないつも通りの会話に戻る二人。迷いが無くなったその足取りには余裕とまで感じる程軽いものになっていた。
宿屋に到着する二人。いざ入ろうと思うと躊躇いがあり、取っ手に手を伸ばしては引っ込めるを繰り返している響也に見かねルイーザがドアを開く。中では先程まで泣いてであろうカレンが目とその周りを真っ赤にしながらも笑顔で「おかえりなさい。」と出迎える。
鍛冶屋に居た時間は長くても五分程度。徒歩を含めても合計三十分程の時間だったので内心早すぎたのではと心配していた響也だが、その表情と言葉で安心感を覚え、笑顔で「ただいま。」と返す。一方ルイーザは「腹減った。飯にしようぜ。」とムードもへったくれも無い言葉を口にしていた。
女将もルイーザが何を言うか分かっていたようで、既に厨房で調理の準備を進めており、カレンも食材庫から白菜やカブを取り出している。
自分達も準備をしようと厨房へ脚を向けた瞬間、先程入ってきたドアの向こうから石畳の道を蹄鉄で叩く音が聞こえ始めた。音は宿の前で止まると数秒もしない内にドアのノックが始まる。
「私は王国騎士団マルセロ隊隊長キャバルリー、マルセロ・エスコバル。先程の戦の件で話をしたい。宜しければ扉を開けて頂こう。」
手合わせでは全く動けなかった響也が再び戦果を上げた事に関してだろうと有る程度予想していた事ではあったが、当日に来るとは思わなかったので驚きを隠せない。
足を踏み入れ手前の席に座ると響也、ルイーザ、カレンの三人も椅子に座るよう命じるマルセロ。
「今回、三人の行動は大儀であった。しかしながら腑に落ちない点があったので足を運んだ。」
重苦しい口調の為肝を冷やす響也。
「郷友ルイーザ。お前が居なければ私はオークの餌食にされていた可能性があった。協力に感謝する。」
照れくさいのか頭を搔きながら「大した事じゃねぇよ。」と返答するルイーザ。
「続いてカレン。そなたの協力があったからこそ今回の討伐が出来たと言っても過言では無い。それ程の魔力を持ちながら何故今まで無名だったのかと言うのが一点。」
カレンの額にも汗が流れる。
「響也、そなたの実力は皆目検討が付かない。何故あれだけの戦果が得られたのか。聞けば門内に侵入したケルベロスも単独で二体討伐したとか。」
これに関しては響也が聞きたい部分でもあった。映像が見える時と見えない時、自分の能力が関係している所までしか理解していないのだ。
何があるのか分からないので異世界から来た事を伏せつつ、自分が記憶喪失と言う偽りの経緯を話す響也。
記憶喪失の程度は世界の在り方を忘れる程度と言う事で、驚いたマルセロは見開いた目を戻すと口元に笑みを浮かべる。
「自分の能力をコントロール出来ていないと言う事だな。それならばコツを掴めばすぐに使用出来る。敵を前にし、剣を握った時に発動するというのならば、恐怖心かとも思ったが手合わせで発動しないのは矛盾が発生する。」
隊長を務めているだけあって響也に関しての事を口に出しては推理していくマルセロ。その後も敵意を持った相手や、四足の者のみなのかと辻褄を合わせていくと一つの可能性にたどり着いた。その可能性を確かめるべく、付き添いの兵士の剣を響也に握らせた。
その瞬間マルセロは拳を振り上げる。響也はマルセロが何をしたいのか理解は出来なかったが、その瞳には振り上げた手を斬る映像がぼんやりと映し出されていた。
「見えたのか?」
その質問に「ぼんやりとだが。」と返答すると、今度は腰に指している剣を握り始めたマルセロ。
「隊長!」
その出来事に叫び出す兵士だったが、マルセロは剣を鞘からは抜かなかった。その一方、響也は目を見開き顔中に汗が噴き出す。
「さっきよりハッキリ見えた。抜こうとしている手を押さえつけ、そのままこの剣であんたを突き刺す姿を。」
それを聞くと手を剣から放し、マルセロは豪快に笑い出した。
「響也、お前の力はおそらく物が経験した出来事を映し出す能力だ。」
マルセロの話によると訓練用の剣は新兵が使いまわす上、実戦で使用したことが無いのが原因ではないかとの事。街の防衛に使用する剣は前回の使用者が戦った記憶を映し出し、今回の討伐で使用した剣も持ち主の扱っていた記憶。つまり『サイコメトリー』である。