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記憶の道  作者: 桐霧舞
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カレンの光

 一週間経ったある日の午後。街中に再び非常召集が掛かる。しかしこの日は召集のラッパや伝令以外の声が響き渡っていた。

 悲鳴である。

 どうやら魔物の接近に気づくのが遅れ、足の速いケルベロスが既に数匹町に入り込んでしまったらしい。街の門は半開きになっており、徐々に別のケルベロスが進入してきている。

 ルイーザは即座に店の片隅に立て掛けていた自分の大剣を持ち、飛び出ていく。響也も城へ装備を取りに行こうとしたが、これ以上遅れれば街に更なる被害が出る事になるので避けたいと思い、骨董品屋へ向かうことにした。

 骨董品屋は響也がこの世界に来て始めて入った店で、そこには古い剣や鎧があった事を思い出したのだ。

 乱暴にドアを開けると店主の爺さんに「これで買える剣をくれ」と財布をカウンターに叩きつける。

 必死な形相をしている響也に眉一つ動かさず、爺さんは財布を無視してカウンターの下の棚から一振りの剣を取り出した。

 「昔の物だから長くは持たん。」

 それでも今戦えれば良いと剣を受け取る響也。勿論自分が戦闘出来る筈も無く、囮になってルイーザに倒してもらうのが関の山である。

 店を出た直後。響也の右方向には既にケルベロスの姿があった。距離は約三十メートル。響也を標的とし、一直線に向かってくる。

 咄嗟に剣を鞘から抜くと、再び映像が流れ始めた。

 それは近づいてきたケルベロスが飛び掛り喉笛を噛み千切ろうと大口を開ける。その瞬間、左方向へ体を傾け、ケルベロスの首が向かって左を向いた瞬間に剣を首に突き刺すと言う物だった。

 映像が消えると響也は我に返った。目の前には首から血を流し倒れているケルベロスの姿。自分の首には牙が当たったが浅い傷で済んだと思われる出血。そして右手にはケルベロスの血が付いた剣が握られていた。

 あの時と同じ映像が浮かぶ現象。しかし今回は映像に合わせて動いたのではなく気づいたら終わっていたと言う違いがあった。

 響也は映像の事を考えていると遠くにいたルイーザからの「一匹行ったぞ」の声で再び我に返り剣を構える。

 すると再び映像が流れ始める。今度は身を低くして近づいた所を横一文字斬りをしている物で、響也は急いで姿勢を低くした。映像の右手に合わせ自分の右手を動かす事で飛び掛ってきたケルベロスを斬る事は出来たが、傷が浅く、着地するとすぐさま噛み付こうと口を開ける。咄嗟に剣を付き立てケルベロスの首を貫くことに成功した。

 大丈夫かと走ってくるルイーザに対し、今なら戦えると返答する響也。ルイーザには何の事なのか分からなかったが、南門に向かうぞと響也の腕を引っ張る。

 南門では門番と冒険者が苦戦しており、ルイーザが二匹のケルベロスを斬ると、それを合図に開門する。塀の中に侵入したケルベロスは今の二匹が最後だったようで、二十匹のゴブリン部隊が距離二百メートル程の南方から迫っていた。

 負傷していない冒険者三人と響也達の計五人は門から出ると一斉にゴブリンへ向かった。冒険者の一人は弓使いなのである程度の距離になると矢を放ち先制攻撃を始める。

 「一匹辺りは強くは無いが囲まれると危険だ。囲まれないように戦え」と言うルイーザの叫びに従い、周りを見ながら着実にゴブリンの数を減らしていく五人。響也も映像に合わせればゴブリンを倒す事も可能で、微力ながらも戦果を上げる。

 残り五匹の所でキャバルリーのマルセロ率いる部隊である騎士団が到着。弓兵と魔法兵の援護により即座に倒す事が出来たが、マルセロは乗馬したまま全員に叫びだした。

 「南西より更なる団体が向かっているとの連絡があった。その中にはオークの姿も確認されている。これより私が指揮を執る。」

 既に肩で息をしている響也はこの言葉に震え上がる。映像が有るとは言え戦闘慣れしていないので無理も無い。オークは体長二メートルを超える大柄な体系をしており、筋力がかなり発達しているファンタジー界では有名な強敵でもある。

 「郷友、最前線で戦うには力が必要だ。力を貸してくれ。」

 と言うマルセロの言葉に「当然だ」と答えるとマルセロ隊と共に南西方向へ走り出すルイーザ。

 手脚は震え、切っ先方向が定まらない剣を持ち、ただ呆然としている響也の元へ宿に居るはずのカレンが駆けつける。戦い慣れていない筈の響也が心配になり様子を見に門まで来ていたらしい。

 危険だから門の中へ入って兵士の言う事を聞くんだと震えた声で叫ぶ響也。音量調節さえも出来ない程の状態である。しかし、カレンは今の状態では戦闘は出来ず、足手纏いになるので帰ろうと言って聴かない。

 その時である。

 南西から鉄を叩きつける金属音が辺りに響き渡った。

 南西方面は林になっており、響也の位置からは見えなかったが既に目と鼻の先にオーク部隊は到着していた様で、今の音はマルセロ部隊が会敵し戦闘を開始した証拠である。

 マルセロ隊は馬を降りた後、木や茂みを避けながらオーク部隊に近づいた為、隊員の兵士達は少し広がった陣形をしていた。先程の音はオークの拳による攻撃を防いだルイーザの大剣から出た物で、防御したルイーザも後方に三メートル程押し出されていた。

 ルイーザは剣を盾として防御する際、受ける場所を左手で押す事で折れない様にはしたものの、少しばかり剣は曲がり、本人の左手にもダメージを受けてしまう。

 マルセロはルイーザの作った隙を無駄にせず、空いた左胸に向かって槍を突き刺す事に成功した。だが、絶命前にオークが断末魔の叫びを上げると、その叫びを聞いた別の場所に居たオークやゴブリンが集まりだしてしまう。

 「このままじゃ数で負けるぞ。郷友、仲間を呼んで来い。」

 曲がった剣を片手で構え直しながらマルセロに対し命令をするルイーザ。勿論マルセロは最前線から撤退する気は無く、部下の一人を街へ向かわせた。

 「左手は痛めたのか?」と言う質問に対し「外れただけだ」と顔色一つ変えず返すルイーザ。彼女の左手は腕の骨ではなく、重力に従い真下の方向を向いていた。

 ルイーザをサポートする為、彼女の左側に位置するマルセロ。ルイーザもマルセロの考えを理解し、右方向に専念する。

 ゴブリンはマルセロ隊員で対処していたが、別に合流した五匹のオークの力に圧倒され、ルイーザ達の背中は徐々に街へ近づいてしまう。

 一方響也達の下へ到着したマルセロの部下は今の状況を簡単に説明すると、すぐさま街の南門に向かって去って行った。オークへの恐怖心が拭えない響也だが、この世界での数少ない友人を放っては置けないと南西の林に向かい走り出す。

 近づくにつれて木が折れる音や金属音が大きくなっていく。ルイーザを助けたいと言う思いと、何か口実を作って逃げ出したい気持ちが葛藤しながらもマルセロ隊が通ったであろう道を駆け抜けていくと、ついにルイーザ達と合流した。

 辺りには倒れ動けなくなったマルセロ隊の隊員の姿も少なくなく、中にはゴブリンに囲まれ集中攻撃を食らっている隊員の姿もある。正面には五匹のオークと戦っているルイーザとマルセロ。

 オークの弱点と言えば多くのゲームで魔法や属性攻撃と相場が決まっていると考えた響也は魔法が使える者は居ないかと辺りに尋ねたが、それを呼びに部下を向かわせたとマルセロから返答があった。

 残すは剣のみだと考え響也は剣を構えるが、目の前にしたオークへの恐怖で手は震え続け映像もぼんやりとしか見えてこない。居ても立っても居られなかったが、現場に来た所で自分が何を出来るのかを考えて居なかった。

 ならばせめて囮になってやると大声を出しながらマルセロとルイーザを間を突っ切り、正面から見て一番遠くにいるオークへ突撃を開始する響也だが、オークの五メートル手前に来た瞬間に目の前が光り出した。

 次の瞬間には爆発音と共にオークの姿は消え去り、間髪居れずに次々と辺りに爆発音が響き始めた。何が起きているのかは誰も分からず、反射的にその場にいる全員が伏せの体勢を取り始めた。

 自分は死んだのかと疑問を抱きながら目を開く響也。前々には二メートル程のクレーターが出来ており、オークの物と思わしき血が僅かに飛散していた。振り向けば立ち上がるマルセロとルイーザの姿。そして、その奥には体を光らせているカレンの姿があった。

 発光している髪は金髪と言うより銀髪に近い色をしており、目も普段の茶色ではなく黄金色の様な瞳。辺りには風が吹いているかの様に髪が少し靡いていた。

 何故カレンがここに居るのか。今の出来事はカレンが行ったのか等考えていたが、光を失うと共に倒れたカレンを目の当たりにした響也は、疑問を捨て急いでカレンの下へ駆けつけた。

 「寝てるみたいだ。今の魔法は多分カレンだろうし、魔力切れだな。」

 響也の横からカレンの様子を見たルイーザの推測である。

 複数の爆発でゴブリンとオークの姿は何処にも無く、マルセロ部隊は自力で動けない者も居るが全員生還。カレンは響也が背負った状態で、動ける隊員の付き添いのもと街の南門まで送られた。

 左手首が脱臼しているルイーザは街の北東にある医者に向かい、響也は宿へ帰る事にした。

 響也とルイーザの剣は今の状態では持ち運べない為、隊員が宿の玄関先まで剣を持って来てくれた。彼等にお礼を言うと、宿の扉をノックする響也。十秒程で扉が開き、自分の娘が魔物の血まみれになった居候に背負われて帰って事に動揺する女将だったが、すぐに奥の部屋に案内を始めた。

 カレンを予約の無い部屋のベッドに横たわらせると、濡れた布巾を女将から手渡される響也。布巾で顔や腕に付いた血を拭っているとルイーザはどうしたのかと質問を受ける。

 響也は左手を怪我したので医者に向かったと説明すると、続いてカレンの事を話そうと口を開いたが、風呂から出てから聞くよと百マルク硬貨を差し出す女将に会話を遮られる。

 確かに血や汗でベトベトになっており、これ以上匂いを撒き散らすのも悪いと思った響也は風呂屋に向かう事にした。


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