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記憶の道  作者: 桐霧舞
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エピソード Y 前編






 燦燦とした太陽の下、その木漏れ日の中、心地の良い風がそっと頬を撫でる。どうやら仕事の疲れからか休憩室で休んでいた筈なのにいつの間にか眠っていたらしい。男は上半身を起こすと訪問に使う鞄を手に取り立ち上がった。


「・・・ここは何処だ?」


 男の目の前に広がるのは森林。誰がどう見ても休憩室でない事だけは理解出来る。辺りを見渡した後、手に持って居る鞄の中を確かめると紛れもなく自分の物だと断定し一応は胸を撫で下ろす。


 続いてポケット等も調べ、財布や携帯電話の類を確認するのだが取られた形跡はなく誘拐された訳ではないと言う事が分かった。


「定期も携帯も無事。家と車の鍵もあるし・・・一体何が。」


 男は独り言を言いながら自分の身に何があったのかを思い出そうとするのだが、何一つ思い出せず時だけが過ぎていく。ここに居ても埒が明かない為とりあえず歩く事を決め太陽の位置から南と思われる方向へ歩き出した。





 数時間後、道なき道を歩き続け疲れ果てた男は鞄の中に飲食物が無いかを探していると背後から物音が聞こえ振り向くと、そこには日本に居る筈の無い狼、それもかなりの大型が睨むような視線で見つめていた。


 男は背中を見せれば襲ってくると考え狼から目を離さずゆっくりと後退を始めるのだが、この狼にはそんな小手先な方法は通用せず一気に距離を詰められる。その時何処からか「伏せろ!」と言う声を聴き慌てて伏せようとしたのだが、大型の狼に襲われる体験は無かったため脚が縺れてそのままその場に倒れこんでしまう。


 その瞬間、狼の首元に一本の矢が突き刺さりバランスを崩した狼は男にギリギリぶつからない位置に倒れこむ。しかしすぐさま立ち上がるとそのまま矢が刺さった状態で狼は森の奥へと姿を消した。


「大丈夫か?」


 倒れこんだ男の元へ一人の人間が近づき声をかけた。男はその声に反応し「大丈夫だ、ありがとう。」と返答するのだが、助けて貰ったであろう人物の姿を見ると開いた口が閉じなくなってしまった。


 セミロングの水色の髪に革で出来た鎧にロングボウを携えたその姿はまるでアニメや漫画の世界から出てきた様な風貌の女性であったからである。


「顎が外れた?痛みは無い?」


 開きっぱなしの口に疑問を抱いた女は男の顎へ手を伸ばし骨に異常が無いか確かめ始めるのだがすぐに「大丈夫!」と男は手を振り払う。


「君が助けてくれたんだよね?・・・でもその恰好は?」


「何か変?この辺りじゃ一般的な装備だよ。」


 見た目と言い装備と言いまるでゲームの世界にでも入ったかの様な言動に脳の処理が追い付かない男だが、数十秒の沈黙ののちハッと顔を上げ立ち上がる。


「人が居るって事はこの辺りに村とか大通りへ出る道があるって事だよね?」


「う~ん、村って程大きくはないけど。見た感じ変わった格好してるし武器もないなら危険だからついてきなよ。」


 そう言うと女はロングボウを肩に背負い狼が逃げたのとは反対方向へ歩き出した。男は今闇雲に動くのは自殺行為と考え女の後を追いかけて行く事に。





「それにしてもこんな所に人が居るなんて珍しいね。何してたの?」


「何と言われても、訪問診療へ行く前に休憩室で休んでたらここに来ちゃったんだよ。」


「ホーモンシンリョー?何かの狩りの仕方?それにしては武器持ってないし。」


 武器と言われ彼女の背負うロングボウに目をやる男。見た感じ、その弓はコスプレ用でも観賞用でもなく確実に使用する事が出来るであろう事が分かる。そもそも先程助けた際に飛んできた矢はこの弓から放たれた物としか説明がつかない。


「医療、こう見えて僕は医者なんだ。」


「イシャ?隠し武器か何かか?」


 全く話が通じない。それ以前に彼女の話からは森の中へは武器を持っていくのが当たり前とも受け取れる内容であるため、ここは危険区域か何かなのかと考えるのだが、それ以前に日本人には見えない見た目なのに日本語を喋っていると言う疑問の方が先に来てしまう。


「確認したいんだけど、ここは日本であってる?」


「また変な単語ばかり出すな。この辺りには特に名前は無いよ。しいて言えばオーベジンの結構北にある森だよ。」


「欧米人の北?あぁ、もしかして君はロシア人かカナダ人なのか?」


「さっきから訳分からない事ばっか言う人だねぇ。私はディオネ族のクラーラ、それ以上でもそれ以下でもないよ。」


 全く話が通じないのは外部との交流を拒んだ部族なのではと考えた男だが、名前を名乗られたのでこちらも名乗らない訳にはいかず急いで返答する。


「名乗るのが遅れて申し訳ない。俺は毛利幸成。日本人だ。」


「随分長い名前ね。」


「あぁすまない。名前が幸成で名字が毛利だ。」


「名前が二つあるの?」


「いや、ファーストネームは幸成。ファミリーネームが毛利だ。」


 流暢な日本語を喋る割に名字を知らないとは妙だと感じる幸成だが、まだまだ自分の知らない世界があるもんだと勝手に納得する。


「家族の名前か・・・、私達にはそんなのないかな。それよりユキナリ、お腹空いたりしてない?」


 歩き出して数十分。水分補給をしようと脚を止めたクラーラは妙な鞄しか持たない幸成に質問をする。幸成は軽い食事をしてからの休憩であった為空腹とは言えない状態である事を伝えるとその場に座り込む。


 食事は要らないと言われたクラーラだが水袋の水を少し飲み「水だけは飲んでおきな。」と幸成に手渡す。水袋を始めて見た幸成は最初何を手渡されたのか理解できなかったが水と言っていたので水だろうと一口含む。が、その水の味は美味いと言えず、どちらかと言うと痛んでいる様な酸っぽさが口に広がった。




 更に二人は数十分歩くとクラーラは「あそこだよ。」と指をさした方向に建物が見え始めた。歩きなれない地形を一時間程歩き続けた為、幸成の脚は少しばかり震えているようにも見える。


 先程クラーラが言っていた通り、建物も数えられる程度で確かに村とは呼べない規模の集落の姿にここが日本ではない可能性があると今更理解し始める幸成。


「ここが私らの家。五人で住んでるから少し狭いけどね。」


 そう言って案内されたのは倉庫と言っても過言ではないような木造の建物。広さも八畳あるか無いと言うレベルで中はそこそこ狭い。中に入れば「お帰り~。」と十歳前後の三人の子がクラーラを出迎える。


「ただいま、今日はお客さんがいるよ。え~っとユキナリ・モーリー。」


「名字はもう良いよ。僕は幸成、よろしくね。」


 子供達に挨拶をする幸成は五人と聞いていたのに一人足りないので何処かに出かけているのかと尋ねるとクラーラは奥のベッドへ向かい手招きをする。ベッドを見ればそこには頬も痩せこけ顔を真っ赤にし汗だくの状態な子の姿があった。


「弟のシピ。頭が痛いって言って結構前からこんな感じで全然熱が収まらないの。」


 それを聞いて幸成は「ちょっと失礼。」と言ってシピの手首に指を当てながら腕時計を確認する。その後鞄の中から聴診器を取り出し胸の音を聞き始めた。急に始まった行動に対し危機感を覚えたクラーラは聴診器を取り上げようと手を伸ばすが「静かに!」と言う幸成の剣幕に押され伸ばした手はその場に留まる。


 これらの行為で目を覚ましたシピだが虚ろの目で幸成の顔をじっと見ている。気づいた幸成は「安心して、僕は医者だから。君の体を少し見させて貰ってるよ。ちょっと眩しいかもしれないけど我慢してね。」と今度はペンライトを目に当て瞳孔の動きを見る。


 その後の一通り持って来た道具で診れる部分を確認した幸成は「頑張ったね、ありがとう。」とシピに言ってクラーラの前へ行き状況を話し始めた。


「前にもこんな事があったとかは?」


「え・・・まぁ時々こうなったりしたけど今までは数日で良くなってたよ。でも今回は全然。」


「成程、他の子達も同じ状況になったりとかは?」


「それは無いかな。」


「うん。となるといくつか考えられるが。咳も無いし甲状腺や眼にも異常の様な物は無かったし、頭痛に脈拍が早いのと脱水症状に近い程の発汗。一番近い可能性として自律神経失調症だけど断定とまでは言えないかな。」


 聞きなれない単語のオンパレードに何処で会話が終わったのかさえ理解出来ないクラーラは微妙な表情で幸成を見つめている。


「シピ君は何か悩んでたりしてなかった?」


 と言う幸成の質問に答えたのはクラーラではなく先程の三人の子供達であった。


「知ってるよ。シピは自分のせいでお姉ちゃんが旅立てないってずっと言ってたもん。」


「それと頑張ってるのにいつもお姉ちゃんに迷惑かけてるって言ってた。」


「強くならなきゃっていつも言ってたよ。」


 常日頃から姉を気にかけストレスになっていたと事が伺える内容に診断内容はほぼ間違いない事が断定するのだが、クラーラはこれらの事を始めて聞いたらしく驚きの表情を見せていた。


「シピがそんな事を・・・」


 自分の事を気にかけてくれたいた事と、それに気づかなかったショックから両手で顔を隠すような仕草をするクラーラに「でも内緒にって言ってた。」「今言っちゃったじゃん。」「あ、今の無し。」と三人の子は慌ててシピの内情を隠そうと必死になるが当然無かった事にはならない。





「見た所小学校高学年から中学生位だろう。この年の子ならストレスから来る症状ってのは無い訳じゃないが、心拍数上昇に伴う倦怠感や立ち眩みの様な物は多いんだ。特に交感神経はこの年代だと非常に敏感だしね。で、治療法だけど・・・」


「何で急に来たあんたがちょっと見ただけで分かるのよ。」


 診断結果を伝えているとクラーラは怒りの様な顔付きをしながら幸成に問いただす。しかしこの怒りは常日頃から一緒に居る筈の自分に分からなかった事が出会って数分の幸成に分かった事からの焦りから来る物なのだが、彼女は自分でもそれを理解していない。


「最初に言ったでしょ?僕は医者だって。医者は病気の人を診察して治す事を仕事にしてるんだよ。」


 病気を治すと聞いて驚きの表情を見せるクラーラに診断結果の続きを話し始める事にした幸成。


「食事や運動なんかが効果的なのと、こんなに暗い部屋に押し込めるんじゃなくて陽の光を浴びるのも大切だ。あとはお風呂の様にリラックス出来る環境があると望ましい。」


 自分のしていたことが逆効果である事を指摘され驚きの表情から一転悲しい顔に変化したクラーラ。しかし暫くすると「やっぱり信用できない。」と否定し険悪な空気が流れ始める。


「じゃあ聞くがどうやったらシピは治る?!魔法でも使う気か?」


「僕が出来るのは医療だ。魔法じゃない。」


「さっきから言ってるイリョーって何?!魔法と何が違うの?!」


「健康を維持する為の医学医術薬学を用いた活動の事だ。そもそも魔法何て無い!」


 聞き分けの無いクラーラに今までの疲れからか感情的になってしまう幸成に対し「じゃあこれは何だ!」と彼女は手の平から火球を取り出し目の前に突き付ける。


「・・・え?なにこれ?」






 数分後、お互いの状況を理解しあった二人は先程の間での険悪な空気は全て無くなり打ち解けなう事に成功した。


「だからそんな変な恰好だったんだ。」


「僕からすればこの世界の方が変わってるよ。それより話戻してシピ君だけど、普段は何を食べてる?」

 普段からの運動量や食事量を聞き、回復するのに良いメニューを考察しようとする幸成だが、クラーラの言う食事とは野菜と茸のスープに豆だけと言う栄養が非常に偏った物で考察するまでも無いと悟る。


「ご飯、いや・・・パンとかは食べないの?」


「小麦がある時は食べるよ。」


「じゃあ肉類は?獣でも魚でも。」


「魚は湖に居る奴をたまに食べる。肉はあんまり食べてないかなぁ。」


 この集落では基本的に森で取れたものを食べるのが一般的で魚や肉をほとんど食べない精進料理に近い物らしい。ただし、糖質となる物が極端に少なく、聞けば集落中で体調不良を訴える者が非常に多いらしい。


「必要なのは食事療法。取り合えず食べる物を変えないとだ。」


 そう言って立ち上がった幸成に対し先程まで静かにしていた三人の子が近寄り各々喋り出した。


「シピが元気になったらお姉ちゃんを街まで連れて行ってあげて。」


「お姉ちゃん私達の面倒を見るって言って行かないの。」


「僕達は自分達で何とかするから大丈夫。」


 何の脈絡もなく行き成り街へ連れていけと言われ話が全く理解できない幸成の手をクラーラは引っ張り「そう言うことは言わなくて良いの。」と三人に言って家の外へ連れ出した。


「次はこの家の人を見てよ。もう何日も寝込んじゃってるから。」


 手を引っ張られたまま案内されたのは数メートル離れた隣の家。クラーラはノックもせず扉を開くとすぐ近くで寝ている男性の前まで連れて来る。


 その男は年齢幸成より少し年上で二十代後半と言った所、昏睡に近い状態になっておりここ数日目を覚ましていないとの事。この若さで珍しいが食事事情を聞けばなってもおかしくはないかと聴診器を取り出す幸成だが、先程まで話していた内容が気になり少しだけ質問を始めた。


「街へ行く予定があったの?」


「ううん。あの子達が勝手に言ってるだけ。私はここが好きだから。」


「へぇ、でも何であの子達は街へ行かせようと?」


「・・・私が結構年行ってるからかな?」


「若そうに見えるけど?」


「何言ってるの、私もう十九だよ。」


「若いじゃん。」


「・・・あ、そうか。他所から来た人は分かんないもんね。私達ディオネ族は寿命が短いんだ。」


「へぇ、どれ位?」


 日本でも百年ちょっと前までは人生五十年など言われていた時代もあった為気楽に聞いてしまった幸成だが、この質問が彼にとって非常に衝撃的な物となる。









「二十五年さ。」


 その瞬間、鞄の中から取り出したペンライトを落とし、幸成は数秒の間動く事が気なかった。







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