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記憶の道  作者: 桐霧舞
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エピソード A  幕引き






 『夕日の王国事変』から二日経った朝、陽の光が杏奈の目を刺激しボンヤリとした感覚のまま瞼を開かれた。目の前には黄土色の天井、普段ならば斜めになった岩肌が真っ先に見える筈なのに視界の中には見当たらない。何故だろう、そう考えて間も無く激痛が左腕を襲い眠気は一瞬にして吹き飛び素っ頓狂な声を上げながら上半身を起こす。


「お?気が付いたか。悪いな、リヤードがまだ起きないからお前の腕も治せてないんだ。」


 痛みで目元に涙をを浮かべながら声のした方を見るとそこには左足を添え木で固定した状態で石製の椅子に座りながらアキールが木を削り矢を作成していた。


「あぁ、他の奴らだろ?安心しろ。ラジとファハドはここの連中と畑仕事。ハーシムとリヤードは治療を受けて生きてはいる。因みに俺は左脚、お前は左腕の骨折だ。」


 改めて自分の左腕を見てみればアキール同様に添え木で動かない様に固定されており、ズキズキとした痛みに耐えつつ指が動くのかと左手を握りしめる杏奈。幸いにも健や神経の類は傷ついていない様で一安心する。


「腹減ってるだろ。とりあえずナツメヤシがそこ。悪いが水はそこら辺で流れてるから自分で汲みに行ってくれ。」


 そう言われ杏奈はアキールが指さした場所にある籠からナツメヤシを右手で持てるだけ持つとそのまま口に一つ入れる。常日頃からまともな物を口にしていない上に今回はそのまま戦闘になり気絶と言う空腹からか一口目でナツメヤシのありがたみと味に感謝を覚える。


 取った分だけは食べ終わると杏奈は寝床の足元に置かれていた自分のリュックから三角巾を取り出し慣れた手付きで即席のアームスリングを作成。それを見ていたアキールは気になっていた疑問を今更ながらぶつけてくる。


「前々から思ったがお前の居た所では女が戦うのが主流なのか?戦闘経験が無いと知らない知識まで持ってり、この間は銃も撃ってたよな?」


「あぁ~それね。私の国じゃ何十年も戦争は起きてないよ。実を言うと私ミリオタでキャンプも趣味だったし。って言っても本物の銃なんて初めて撃ったよ!しかも人に向かって!」


 人を撃った事を思い出し途中から感情的になる杏奈に対しアキールは冷静な口ぶりで答える。


「あの一瞬の怯み。さらに言えば発砲音が無ければ俺もお前が殺されかけてる事に気づけなかった。お前が撃ったから助ける事が出来たんだ。・・・あと、自分が殺した何て思うなよ?とどめを刺したのは俺の矢だ。」

 戦場に居た事の無い人間が人を殺せば冷静では居られなくなる事を知っているアキールは少しでも気を楽にさせる為釘を刺す言い方をした。


 数分後、じっとしているのも退屈なので杏奈は散歩がてら城下町の様子を見に外へ出て行く。そんな杏奈にもう一つの疑問が生まれたのだがアキールはそのまま口に出さず見送った。


(『ミリオタ』って何だ?)







 外へ出ると心なしか湿った空気が流れている事に気づいた杏奈は辺りを見渡しその原因を探し始めた。見ればアキールの言う通り水がそこらかしこで小さな川の様に流れており、ここが砂漠である事が錯覚なのかとさえ思える。


 この水の正体は王国地下にあった巨大な水の魔石。巨大大砲で硬い外殻が割れて水が噴き出したと言う事らしい。しかし、問題として巨大大砲の威力がありすぎてせっかくの魔石も細かく割れてしまった。これにより一つ一つから出る水の量は減り、最初こそ勢いがあった物の現在その水量は減っている。逆に言えば小さな魔石を持ち帰り家庭で水が飲めると言う利点もあるのだが、その効果は持って数日から数週間であろう。


 流れ出たその水はアクスヴィルに引けを取らない程美味。一度口にしたら次から次へと飲むのが止められない。が、勿論それは例え。流石に一リットル近くの水を飲んだ杏奈は逆に苦しくなり日陰へ座り辺りの様子を確認した。


 近くには水をかけあって遊ぶ子供と青年。仲のいい兄弟の様に思えたその二人には見覚えがあり、杏奈は眼を擦ってもう一度確認する。


「ラジ!ファハド!」


 すると二人は手を止めて杏奈を見るや否や全力疾走で彼女の元へと駆けて来る。


「アンナ!もう大丈夫なの?!」


「やっと目を覚ましたか!」


 同時に話しかけられたが一人一人個別の回答をする杏奈。


「腕は折れちゃったけどね。多分疲れもあったのかな?目が覚めたらスッキリしてたよ。」


 いつも通りの受け答えに安堵した二人に対し『畑仕事』をしている筈の二人が何故水場で遊んでいたのかを訪ねる杏奈。


「水を汲みに来たついでに汗でも流そうかと思ったらラジが水かけてきたからだ。」


「僕より先にかけたのファハドでしょ!」


 取り合えずこれだけ騒いでいても問題がない所からして城下町は平和な様だ。


「俺達はこのまま畑に行くからアンナはハーシム達を見てきてくれ。そこの白い看板がある所にいるから。」


 そう言って二人は持っていた瓶に水を汲むと杏奈が来た方向とは逆方向へと歩いて行った。同時に、杏奈はファハドの言っていた白い看板のある家へ歩みを進める。




「ん?お前さんはアンナとか言ったかな。こいつらの様子を見に来たのか。」


「お医者さん?」


「あぁ、国王から資格を剝奪されたヤブだがね。」


 扉の付いていない入口を通ると一人の男が包帯代わりの布を巻きながら杏奈へと話しかけて来た。剥奪されたと言う部分が気になり質問すれば娘が国王に処刑され自暴自棄になった姿を見て医者としての地位を剥奪されたとの事。故に国王を倒した一行は彼の中でも恩人に近い存在となっている。


「リヤードと言う男なら頭を打って気絶しただけだ。呼吸も脈拍も安定してる。起きないのは恐らく無茶しすぎて体が限界を超えただけだろう。ハーシムと言う男は腹を刺された。縫合はしたがどうなるかは奴さんの体力次第だな。」


 自分も疲れから長い睡眠となった為リヤードに関しては何となく分かるのだが、問題は腹部を刺されたハーシム。医療技術が発達していないこの世界ではいくら縫合したと言ってもまともな機材もない状態では腕の方も期待出来ない。そう思いハーシムの傷口を見てみるとある程度外科手術をしていないと不可能と思える見事な縫合がされていた。


「この手術はおじさんが?」


「ほぅ、手術と言う言葉を知っているのか。その通り、儂がやった。」


「何処で医療技術を?」


「随分熱心だな。その昔モーリーと言う男が医療を教えたらしくその弟子は皆モーリーの名を受け継いで来た。儂も更にその何代も後の弟子に教わった『モーリー』だ。生憎医療器具も全て無くなって在り合わせで作ったものばかりだがな。」


 先程まで医療技術が低いだろうと見ていた杏奈はそれを恥じた。確かに改めて内装を見れば扉の無い石造りの家にしては中に砂も少なくベッドも布を何枚も重ねて負担をかけない造りになっている等精一杯な工夫がされている。


「消毒薬も欲しいが酒が入って来ない。もしあるなら分けて貰えないか?」


「ごめんね私達も王国に来たばっかだしお酒より水を重要視してたから・・・」


 それを聞いた医者は「それもそうか。」と巻き終わった布を籠に入れる。その時、二人の会話が耳に入ったのかリヤードが呻き声に近い声を出しながら上半身を起こした。


「リヤード!頭はもう大丈夫?!」


「ん~?俺が馬鹿だって言いたいのか?」


「そうじゃなくて崩壊に巻き込まれたでしょ?」


 寝ぼけた顔をしたままの表情で杏奈を五秒程見つめ後、急に眼を見開き自分に何があったかを思い出したリヤードは打ち付けたであろう頭を手で触り確認する。


「コブが出来てる・・・よくこれだけで済んだな。」


「ファハドに至っちゃ無傷だったよ。」


「あの筋肉馬鹿。」


 三人の中でどっと笑いが起き、思考にも全く問題がないリヤードに対し起きて早々だがハーシムの傷を見せる事に。


 初めて見る縫合に一瞬戸惑いつつもリヤードは手をかざし能力を発動する。見ているとゆっくりではあるが血の滲んだ部分が瘡蓋状になり、繋ぎ目の部分の腫れも落ち着いた色になっていく。


「こりゃすぐには無理だ。続けるから杏奈は何か食べ物を探してきてくれないか?」


 そう言われ杏奈は唯一知っているナツメヤシを取りにアキールの居る家へと向かった。






 それから三日後。ハーシムも目を覚まし、杏奈とアキールは完治する。一方でリヤードは常に能力を使い続けていた為ゲッソリとした表情になっていた。


 城跡から出てくる水量も川を作らない程度にまで落ち安定。砕けた魔石は王国民が水の少ない地域へ送り出し、見返りとして食物を受け取ると言う貿易を開始。その為王国はまだ貧しいものの国王が統治する以前の暮らしに戻りつつある。


「私達もそろそろ帰ろうか?」


 自分達が帰るべき所『アクスヴィル』には自分達を信じて送り出してくれた皆が待っている。このまま城下町に居れば生き永らえる事も可能だが、一行が来た理由は国王を討つ為であり住む為ではない。


 ゲッソリとしたリヤードはせめて明日にしようと言うのだが、元より全員そのつもりであった。しかし、この話が何処からか漏れたようで『国王を討った英雄』が出て行くと一晩で国中に広まった。故に翌日は門の前に多くの国民が参列し見送る事となる。




「なんか凄い事になっちゃったね。」


 照れくさそうに頬を掻きながら手を振る人に振り返す杏奈。そんな彼女は門を通るまで頭部に何も着けずに歩いている。黒髪が忌み嫌う存在なのにも関わらず。それに対し疑問を抱いたハーシムはそっと杏奈へ耳打ちをする。


「そう言えばあの男は何だったんだ?」

「私も気になってアキールに聞いたんだけど、黒じゃなくて濃い灰色だったみたいなの。まぁ黒髪でも白髪交じりとかあるんだけどそう言うのじゃないみたい。」


 黒髪ではない。それだけで日本人ではないと判断するするには聊か早計ではあるが、埋葬する前に杏奈も顔を見て日本人の顔つきでない事は確認済み。若しかするとあの男は黒髪伝説から自分も黒髪に近ければ恐怖の対象となり、逆にそれを利用すれば王国を牛耳られると考えていたのかもしれない。


 門の外に出た瞬間、複数名の人物が一行を待って居た事に気づいた。ラクダに似ているが見た事もない動物がソリを引いており、その動物に跨ったままその者達は声を上げる。


「もし良かったら俺達も『英雄様の故郷』に連れて行ってください!」


 一行は自分達が英雄と呼ばれる事に拒否感を出しつつ話を聞く事に。内容としては水を輸送し貿易をしたい者と、英雄一行の手伝いをしたい者と、王国ではない場所に住みたい者の三種の理由があるらしい。来る者は拒まず。勿論一行は同行を許可し出発しようとするのだが、英雄に歩かせる訳にはいかないとラクダの様な動物が引く大きめのソリに乗るよう指示する。まるでラクダの馬車である。因みに乗り心地は非常に悪い。





 ラクダの様な動物のおかげで一週間以上かかった道のりは半分近くになると言う異常的な速さでアクスヴィルへと到着する。


「ただいま!」


 杏奈の声に反応しアクスヴィルの人間は作業を止め一行を出迎える。


「もう大丈夫!王国の人達も来たいって言うから連れてきちゃった。」


 作戦成功の報告に大声で歓喜するアクスヴィルの住人。しかし問題はまだ沢山ある。一番重要な事としては岩の影や削った部分に住んでいる為『家』が無い事。


「一休みしたら家を造ろう!材料はここにある岩しかないけど・・・」


 それでも王国民はやる気満々で中には休む事無く作業に取り掛かる者も。


「あと数年もしたら、ここも王国に引けを取らなくなるかもな。」


「だと良いね。」


 ハーシムの言葉に笑顔で返す杏奈。この場所が皆にとっても大切な場所になる様これからも改善を図っていく事となる。まず手始めに慣れ親しんだ故郷の物を作りたいと思い大声で呼びかけた。


「もし手が空いてる人が居たら後で私の所に来て!お風呂を造ろう!」


 その声に反応し数名が休憩もせず集まり次から次へと質問をしてくる。


「英雄様、お風呂は何ですか?」


「英雄様、それは水と関係あるのですか?」


 相変わらず慣れない呼び名に杏奈も少々嫌気が差し差して来る。


「何度も言ってるけど、その英雄様って言うの止めてくれない?私はそんな立派な人じゃないよ。」


「では何とお呼びすれば?そもそも英雄様のお名前は?」


 その問いに笑顔で答える。




「私の名前は三日月杏奈だよ。」




 ここが後に『水の都アクスヴィル』と呼ばれる事となるとは今の者には想像だにしていないだろう。








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