エピソード A 王国へ
キャラバンが加わり拠点の名前が決まってから二週間程経った頃、杏奈は初期のメンバーを招集しこれからの事について相談を始める事にした。
「今分かっているのは私達・・・特に私だけど、狙われている事。暗殺者は王国が一枚噛んでいる事。そしてその王国が水を独占しようとしている事。」
「今までの話を纏めればそうなるな。今の三つを都合よく解釈するのならば『王国は水を独占するに当たり邪魔者を排除しようとしている。』って所か。」
アキールの解釈に全員思う所があるのか納得する一同。
「だが確証が欲しい。今までのは飽くまでも王国が暗殺者を仕掛けて来たと言うのが事実であるのが前提だ。」
一応納得はしている物の、確実と言われればそうではない為ファハドが一度会話を止めるのだが、杏奈はそれに対し回答する。
「それは勿論そう。でもこのまま何もしないと何も分からないまま。だから王国へ行き調査する必要があるって考えたの。」
王国での調査。つまりスパイ活動をすると言う事。こちらは毎回確実に狙われているので顔を知られている可能性がある為、スパイ活動は死と隣り合わせと言っても過言ではない。なお、この二週間の間にも暗殺者は何人も現れたのだが、杏奈が事前に用意していた探知用トラップのお陰でこちら側の死傷者は出ていない。
「確かに王国のしている事は王国へ行くのが一番手っ取り早い・・・が、距離が距離だ。王国まで行って何も無かったとなると生きて帰れる保証はない。」
そうリヤードが話していると、地中に埋めたロープを踏む事で作動する探知用の木材がカラカラと音を立てた。一同は目の色を変え即座に武器を手に取り木材の示す北側へと向かうと、そこには暗殺者には見えづらい一般男性が震えた手で剣を構えていた。
「野盗か?」
弓を弾き男へ問うアキールだが、返答はない。だが同時にこちらへ進んでくると言う意志も感じられない。そんな状態に違和感を覚えた杏奈はナイフを鞘に納め男へと近づいて行く。
「何があったの?」
男の五メートル程前で止まると杏奈は男の顔を見ながら問う。だが男は何か言おうとしているが言えないのか口をパクパクさせながら震えている。それを見た杏奈は一歩ずつ前へ進み男との距離を縮めて行くと、後一メートル程と言う所で男が持っていた剣を振り被り一気に振り下ろした。
振り被った時点で反応した杏奈の回避行動により、剣はそのまま砂の中へと埋もれ、男もその場で崩れるように倒れ込む。
「撃たないで!」
倒れた男に弓を向けていたアキールとファハドに対し呼びかける杏奈。急な事で離しかけた指を慌てて静止させる二人を横目に杏奈は男の肩に手を置き再び問いかける。
「何があったの?私を殺さないといけない理由があるの?」
その言葉に男は頭を何度も紙面へ打ち付け震え出す。一先ず戦う意志は無いと判断したハーシムは男へ近づくと砂に刺さった剣を引き抜き仲間へ武器を下ろすように合図した。
数分後、落ち着いた男は杏奈から水を貰うと一気に飲み干して感謝を述べ、何が起きたのか事の顛末を話し始める。
「俺の居た村に王国軍の人間が来たんだ。水と食料を奪われ、抵抗した人は皆殺された。そんな中俺だけはこのオアシスに居る黒髪を殺せば村の皆を助けてくれるって言うから来たんだ。でも俺に人は殺せない・・・」
男の話を聞いた一同は先程話していた事が確信に変わり、目を見合わせ無言で頷く。
「ごめんね。この世界の事だからかき乱さない様にしたかったけど・・・」
杏奈はそう一同へ話すと今度は男へ「あなたの村は何処?」と尋ねた。この世界の事を生き残る為と言う目的以外である自分のエゴや感情で帰る事は許されないと心に秘めていた杏奈だが、今回の件で動く事を決心したのだ。
「あんたまさか・・・」
男は顔を上げ杏奈を見ると彼女は真剣な顔つきで次の様に述べる。
「私も戦闘の知識が無い訳じゃないの。これでも一応サバイバルやミリタリーは好きな方だからね。その国王軍、私が懲らしめてあげる。」
だが、その物言いが気に食わなかったのかハーシムは割って入る。
「アンナ、お前は砂漠を知らな過ぎる。村まで行って勝てる筈がないだろ。『私が懲らしめる』?そりゃ無理な話だ。今の話を聞いて腸煮えくり返ってるのはお前だけじゃない。『私達が懲らしめる』だろ?」
その言葉に頷く一行。
村に行き王国軍を取り押さえるとしても重要な物。それは情報。
男から話を聞いた一行は村を二手に分かれて挟み込む作戦を考えた。
「王国軍の人数は分かっている限り八人。その内四人は見張りをしている筈。そうなると村の中に潜んだりしているのは四人以上。私達の侵入がバレれば村の人の命も危ない。だからこそ素早く且つ正確に攻め込む必要がある。」
杏奈は砂に絵を書き作戦会議を始める。
「まずは二手に分かれる。多すぎても目立つから全部で七人。私、ラジ、ファハドはこっちから。アキール、ハーシム、リヤードは反対側から。共に弓使いが一人居るからサポートして。」
「二手に分かれるのは良いが、どうやって同時に攻め込むんだ?」
「それはあなたにやって貰う。この人の狼煙が合図よ。」
ハーシムの質問に対し『あなた』と言われ指定されたのは先程の男。自分の村を守るのに自分が何もしないは通らないが、合図だけならば狙われる心配もないと考えての事。
「分かった。俺は剣は握れなくても火は起こせる。」
やる事は決まった。男の居た村までは約三日かかるとの事なのですぐにでも出発で知る様準備を始めるのだが、ラジは心配そうに杏奈へ尋ねる。
「僕達が居なくなったらアクスヴィルの人はどうするの?」
その質問に答えたのは杏奈ではなくファハドであった。
「キャラバンの連中には弓や剣の使い方を教えてあるし、何時俺達が居なくなっても自分を守るだけの技術は身に付けさせた。それにいつもの奴ではなく一般人を送り込んできたって事は暗殺者がもう居ないって事だろ。」
納得したラジはテキパキと準備を進め真っ先に終わらせる。自分の担当はいつも通り防寒着と調理器具。そしていつの間に自分の便利な道具として使用しているテントペグを帯に差し込む。
出発前、キャラバンの皆に何をするのか話せば「行ってこい。」「俺も王国は気にくわねぇんだ。」「俺達は気にするな」等の言葉で溢れ、誰一人杏奈達の行動を否定する者は居らず、七人は男の村へと出発した。
到着までの道のりに耐えれる様、今回はハーシムが以前の村から持って来たソリに水や食料の入った樽を乗せた状態で進む事にした。
そのお陰か、歩きっぱなしなのにも拘らず誰一人脱水症状も熱中症を起こす事無く目視で村が確認出来る所まで到着する。
「ここから別れよう。あなたはこのまま砂丘を三つほど進んだ所で待機。私達は何時でも突撃できる位置へで待機。狼煙はあなたの感覚でお願い。」
そう言って別れた一行は各々一番ベストだと思う位置で作戦開始の合図を待つ。
別れてから一時間。位置に着いた頃だろうと考えた男は狼煙を上げる。乾燥しきった木だけでは見やすい狼煙が上がらない為、作物の枝や蔓等を固めた物体を一緒に燃やす。水分を含んだ植物は瞬く間に白い煙を上げ、その高さをグングン伸ばしていく。
作戦開始。杏奈チームはまず中の状況を探る為体の小さいラジが先行。万が一見つかったとしても子供故油断すると考えて本人がその役割を買って出た。テントの中に人が居ない事を確認すると村の中心部へ向かって歩みを進める。
村と言っても中央に小さなオアシスがあり、テントが数十個あるだけと言う規模である為油断は禁物。そもそも杏奈は見張りが居なかった事自体に疑問を抱いて居た。
作戦開始から数分後、杏奈は人影を発見しラジとファハドに手の動きで知らせると、距離を詰めてナイフを構える。近づいて来る足音に合わせ飛び掛かる準備をしたのだが、相手方も杏奈に気づいたのか急に気配を消す。
テントを挟みながらゆっくりと近づき、意を決して飛び出しナイフを突きつけようとしたその相手はハーシムであった。
ハーシムの驚く顔に驚いた杏奈はすぐさまナイフを降ろし小声で話し始めた。
「こっちは見張りを含めて誰も居ない。そっちは?」
「こっちもだ。」
テントの中と言い人の気配が全く感じられないこの現状から、一行は誰も居ないのではないかと考え、手分けして全てのテントを探す事にした。
結果から言えば予想通り。抵抗して殺されたと思われる者以外誰一人として村に残っておらず。全員が何処かへ行った様だ。
「アンナ。多分・・・」
ラジがそう言いかけた瞬間、全員が連れ去られた事を理解しそれ以上は言わなくて良いとラジの口にそっと指を当てる。
「あいつには辛い結果になるが言わない訳には行かない。そもそも何処へかって岩れりゃ一カ所しか無いな。」
そう言うとアキールはその辛い結果を伝えに行くのは俺だと言わんばかりに狼煙の方面へ歩き出した。その一方で杏奈達は亡くなった人達を埋葬する為、ラジに穴掘りを任せ四人は遺体の回収を行った。
三日後、アクスヴィルへ戻った一行は王国へ向かう事を決心し、作戦を立てる事にした。
「メンバーは同じで良いな?」
少数精鋭が一番であると考えたアキールは今回と同じ六人で向かう事を確認する。王国までの道は元護衛である四人がある程度までは分かっており、本来ならば参加させたくはないが本人の希望でどうしても参加すると言って聞かないラジもメンバーに入っている。
「王国は石で出来た塀で覆われてる。これは侵入者防止の為だ。ただし塀だけ、つまりこの上を巡回している兵士は居ない。入れさえすれば塀の近くは逆に安全かもしれない。問題はどうやって入るかだが。」
「この樽の中に入るって手もあるが、商人装っても中を見られたらお終いだな。」
等の言葉が飛び交う中、杏奈は『石で出来た塀』と言う言葉に注目した。
「その塀ってレンガ状?それとも自然石?」
「でかいレンガ状の自然石だな。大体これ位の大きさの石が交互に並べられてる。」
そう言ってハーシムは六十から七十センチ程の幅を手で表す。
「地面は?土だっけ?」
「あの辺りは岩だ。辺りの岩を加工して使ってる。」
「う~ん。そうなると穴を掘る訳にはいかないし・・・って岩なら登れたりしない?」
杏奈の言葉に四人は王国の塀の形を思い出す。
「うん。登れる。誰も登ろうとしなかったから気が付かなかったな。」
この世界に居る人間はそんな単純な事にも気づかなかったのかとツッコミを入れたくなる杏奈ではあったが堪える事にした。
「登れるなら夜の内に忍び込む。後は情報を収集して何が行われているかを確かめる。攫われた人優先でね。その後、事と次第によっては懲らしめる。これで良い?」
「そうだな。現場を見てからの方が分かる事があるし。俺はそれで良い。」
ファハドの言葉を皮切りに全員が同意する。
「じゃあ出発は明日。各自体を休めて置いて。」
作戦会議が終わった。この行動がこの世界の歴史に刻まれる出来事になるとは今の杏奈は知る由も無い。
王国までの道は今までで最も険しい。今まで渡ったのは土砂漠のみで、そのまま進んでも礫砂漠が見えるかどうかと言うレベルで岩砂漠等一度も見た事が無い。つまりだだっ広く見渡せる限りの砂砂漠を幾ら見回しても視界に入らない程度の距離は離れていると言う事。
一行はアクスヴィルから東に向かって歩き続け、途中廃村となったオアシスでほんの少しだけ残った水や作物を入手しつつ歩き難い砂漠を一週間以上歩き続けた。
「この辺りから地形が変わって来てるな。って事は王国までもうすぐって事だ。」
礫砂漠から岩砂漠に変わり始めた地点でハーシムが元気付けようとメンバーに声を掛ける。もうすぐと言ってもまだ確認できる場所に居ない為、一度岩の影に入り休憩する事にした。その際、樽を開け水と食料を確認するのだが、共に底を突くまで秒読みと言って良い程残り僅かとなっている。
「せめて水があれば良いがこの辺りは作物どころか植物が無いからな。今日中に手に入れば良いんだが・・・」
弱気な事を言わないリヤードが珍しくネガティブな事を口にする。一週間以上歩き続けた疲労と無くなっていく水への絶望が弱気にさせてしまっているのだ。
そんな中ラジだけは辺りの地面を見てウロウロと歩き回っており、少し離れた場所に移動し何かに気づくと急いだ様子で帰って来る。
「ソリの痕見つけた!多分こっちが王国だよ!」
そう言われ杏奈は先程までラジが居た場所まで移動すると、そこには確かに無数の線が複数同じ方向へ向かっているのが分かる程の痕が残っており、心なしか岩も通りやすいように移動させられて道の様にも見える。
これだけはっきりとした痕がある以上、商人とすれ違う事になるかもしれないとの事で、使用して来たソリはこの場に放置し鞄に入る分だけを移し、残りは全て胃袋に入れる事にした一行はソリの道を警戒しつつ進む事に。
すると三十分もしない内に明らかな人工物が顔を覗かせる。説明されなくてもこれが王国である事は誰でも分かる程の大きさ。砂漠の王国と言うだけあり村と街の間程度ではあるが、これだけの大きさを持つ居住地は他にはない。
このまま正面から行けば確実に見つかる。そこで考えた作戦は王国の左側から侵入すると言う事。王国は影の向きからしてやや南東を向いている為、夕方になれば向かって左、つまり西側は眩しくて見づらい状況となる。幸いにも日が傾きそろそろ夕方と言う所。一行はこのチャンスを逃すまいと足早に移動を始める。
「本当に塀の周りには誰も居ないのね。出入り口だけってどんだけ不用心な国なのここ。」
塀の目の前まで到着した杏奈は王国の警備体制に呆れるのだが、その呆れる警備体制のお陰で自分達が侵入出来る為完全に否定する事も出来ない。
岩は加工され四角にはなっているが、大きさも大小様々で斜めになって居たりと『レンガ造り』と呼んで良いのかは微妙なライン。だが、その不規則な並び方で登るとなると少々て手こずる。
最初に登ったのは色々な山をで登攀の経験のある杏奈。なるべく音を立てない様に登り終えると、塀の上からロープを左右に降ろし、アキール達が掴んだ事を確認すると塀の向こう側へと懸垂降下を始める。
侵入後、杏奈は辺りに見張りを始めとする目撃者になりうる者が居ないかを確認し終えると同じ要領で次はラジが塀を超えさせ、全員が侵入に成功する。最後の一人だけはロープを使った懸垂降下は出来ないので塀を自力で降りる羽目になったのだが、初動が大切である為仕方がない。
王国の建物は辺りに岩がある事から岩を加工して作った物が多く、今杏奈達が居る場所も塀から数メートル程の距離に一般家屋がある状態。この隙間から辺りを覗き王国が今どんな状態であるかを確認する。服装は同じ様な物なので誤魔化しが聞くであろうが、誰一人として顔は隠していない為、隠せば返って目立ってしまう。
「そう言えば、何時だったか俺が村に居た時に暗殺者が居たが俺の事は全く見てなかったし、この間の男も『黒髪を殺せ』としか言われてないから杏奈以外は案外顔が割れてないじゃないか?」
アキールの言葉を聞き、人質が取られた村の事を思い出した。アキールはあの時既に村の中に居たらしく、その際暗殺者は杏奈以外全く眼中に無いと言ったような行動を取って居た。だが、それは最優先にする標的が杏奈だったと言うだけで他のメンバーが暗殺対象に入っていないと言う理由にはならない為、半ば賭けと言って良い。
「情報収集も食料の確保も両方出来なきゃどの道俺達は死ぬ。ならこの賭けに出るしか生きる方法はないだろ?」
せめて王国に協力者が居れば匿ってもらえるのだが、今のメンバーに知り合いとも言える者は居らず。アキールの言う通り行動を起こす以外今考えられる道はない。
「分かった、でも十分気を付けてね。」
ここで有意義な情報が得られねば来た意味も無くなってしまう為、意地でも情報を入手必要がある。そんな気持ちの中、杏奈からの了承を得ると五人は笑顔で返事をし二組に分かれ王国内へと歩き出した。




