エピソード A 準備
自分が今居るのは異なる世界。その真実を知った杏奈は暫くの間呆然と夜空を見つめていた。自分の帰る場所がない。家族とも会えない。友達にも会えない。寂しさと悲しさを合わせた辛いと言う気持ちが彼女を押し潰している。
「嬢ちゃん、もしかしてなんだが・・・髪の色は?」
そんな事を聞いてどうするんだと思いながらも杏奈は男の質問に答える様に黙ったまま頭に巻いていたタオルを外し頭髪を見せる。すると男は「やっぱりか。」と妙な納得をした。
「黒髪。まさか本当に居るとはな・・・。」
男は一呼吸置くとそのまま杏奈へ自分の知っている『黒髪伝説』の話をし始めた。
「黒髪は何十年かに一度現れると言われる存在だ。人を助けたり殺したりと色々な噂はある。ここ最近だと十年近く前か?山を吹き飛ばしたとか言われてるな。他にも西大陸じゃ病気の人間を治したり、サイカミレだか何とかって言う金属を見つけたとか本当に居るのか怪しい話だ。んで、その黒髪は少なくとも嬢ちゃんじゃ無さそうだな。」
「その人達はどうなったの?」
「それが分からないんだ。処刑されたって話もあれば急に姿を消したとかで行方知れず。だからこそ実話なのかどうかって伝説なんだ。」
それを聞いてより混乱する杏奈だが、丁度その時うなされる様に大汗をかいていたデススコーピオンに刺された男が目を覚まし自分の状況を確認する。
「何で俺倒れてんだ?」
するとその問いに答えたのは治療している男。
「気づいたかファハド。お前はデススコーピオンに刺されてこのお嬢さんに毒抜きして貰ったんだよ。その痛みで気を失ったみたいだが。」
ファハドと呼ばれた男はそれを聞いて自分の脚へ視線をやると自分が治療されている事を確認し、水を奪おうとした自分を助けた杏奈へ謝罪をする。
「さっきの続きみたいになるが嬢ちゃん。俺はあんたを信じるよ。こんな場所で救いの手を差し伸べてくれた子に剣は向けられねぇ。」
すると残りの二人も「俺もだ。」と声を上げる。どうやら三人共完全に敵意は無く信頼していると言う発言は真実らしい。
「俺はハーシム。そっちの倒れてるのがファハドで、能力使ってるのがリヤードだ。今は辛いだろうが嬢ちゃん、気を落としちゃ駄目だ。そっちの子も家族を失ったんだろ?」
それを聞いて自分がラジと似た様な立場に居る事を自覚した杏奈。自分と違うのはまだ会える可能性があるかどうかで、ラジもかけ外の無い存在を二度も失っている。それに比べれば自分はまだマシだと考え方を変え、一度自分の頬を両手で叩くとスッキリしたような顔で男達の方を見始めた。
「もう大丈夫。ラジには今みたいな顔は見せられないもんね。」
「・・・無理はするんじゃないぞ?何かあれば俺達を頼ってくれ。これ以上子供に辛い思いはさせたくない。」
「ありがとう、私は杏奈って言うの。所で、さっきは仕事が無くなったって言ってたけど、何か心当たりとかある?」
気を取り直した杏奈はそのまま続けてハーシムへ質問をする。先程は大して気にしていなかったが、『職を失った』事で野盗紛いの行動をするに至る事に疑問を抱いた様だ。
「俺の想像だが多分水不足だ。ここ最近どうも水が無くて壊滅する村が多くあるらしい。故に交易する人間も少なく、逆に略奪に走る奴が増えた・・・さっきの俺達みたいにな。」
治療を止める事無く答えたリヤードの話によると、今現在での水の価値は爆上がりしている様で『水の一滴は血の一滴』が当たり前になっている様だ。
「水の枯渇って事?」
「体よく言えばそうなる。が、王国には水が大量にあるとも言われてる。ここらの区域だけなのかどうかは砂漠を超えてないから何とも・・・」
現在杏奈達がいるのは『砂砂漠』と呼ばれる場所で一般的に砂漠と言われて想像する様な地質をしている。が、砂漠と一言で言っても『土砂漠』や『礫砂漠』『岩石砂漠』等、多数の種類がある。彼らの話によると王国と呼ばれる場所は遠く離れた岩石砂漠にある様で、水不足になっているのは砂砂漠のみの可能性があるとの事。
「う~ん。因みにここから一番近い別の砂漠ってどっち?」
「北の方だな。・・・まさか調べに行く気か?!」
「行きたいのは山々なんだけどね。水だけじゃ生きていられないし食料を先に確保かな。」
つまり食料さえあれば調べに行くと言う事らしい。この言動に対し呆れに近い感情が芽生える男三人。見知らぬ地でお人好しにも程がある。その行動は確実に命を落とす行為であると説けば「何もしなければそれこそ死を待つだけだ。」と言う輪を掛けたお人好しな反論に「自分達が守らなければ本当に危険だ。」と杏奈の身を案ずる。
翌日。杏奈は残った食材をリュックから取り出しているとポロポロと何かが零れた事に気が付き調べて始めた。白い粒が塊の様に重なっている物体や、茶色の砂粒の様な物。このような物に心当たりが無いか記憶を思い返していると、初日に痛みが速いだろうと肉類から調理した事を思い出した。その日の夜は小腹が空いたので生野菜をそのまま齧りついていたのだ。つまりこれはその時に零れた野菜の種と言う事になる。これを育てる事が出来れば食材の確保に繋がると考えた杏奈は早速水場付近へ行き種を植える事に。
ただ問題は砂砂漠である事。水捌けが非常に良く、野菜を育てるのに十分な水分が得られるのかは半ば賭け。取り合えず踏み荒らされない様にと辺りにロープを引き立ち入り禁止状態にする。等としていると、ファハドが杏奈に気が付き脚を引きずりながら近づいて来る。
「何かの儀式か?」
「畑だよ!砂だからそうは見えないけど。せめて近くに植物が育っていれば水分量とか推測出来るんだけどね。それより脚は?」
「あぁ、歩くと痛みはあるが歩けない程じゃない。お陰様で生きてるよ。」
そう言うとファハドは水源の水を手で掬い三度程飲み込む。
「美味い!本当に綺麗で良い水だ。」
コップを使用しない事から食器の存在について気づいた杏奈。
「そう言えば食器も無いもんね・・・せめて粘土があれば何とか出来るのに。」
「粘土か。確かにここらでは見ないな・・・と言うか畑はその位置で良いのか?」
ファハドが言うには今の水面は昨日より高くなっているとの事。このまま水面の上昇が続けば種は全て水浸しになってしまう。
「そんなに水量が多いんだ。だとすると今私達が使ってる岩場にも水が来ちゃうね。」
「そうだな。何でこんな場所にこれだけの量の巨大な岩があるのかは分からないが取り合えず砕いて水をせき止めるなり居住地を作るなりしないとだ。」
せっかく植えた種も暫くお預けかと考えた杏奈だが、それは普通に植えた場合である。リヤードの能力を使えば若しかしたらと彼の元へと急ぐ。
「発芽させる?・・・やってみよう。」
リヤードは『時を進める』能力である為、休憩しつつ繰り返し行えば短期間で収穫が出来るのではないかと考えたのだ。ただ、それには一つ疑問があり、時を進めると言う事であれば十分な日光も必要になる。その為種は一度回収し日当たりの良い場所で水を掛けながら行う方式とした。
数時間後、結果から言えば成功である。見事に発芽しこのままいけば収穫も夢ではない事が分かった。しかしそれは能力を使っていたリヤードがグロッキーになると言う当たり前の事を忘れていなければの話。後はタッパーに残った汁や砕いた乾パン等を撒き、高すぎる気温から守る為すぐに日陰が作れる様にとテントを改造しサンシェードを製作すれば体力の回復次第で栽培が可能となる。
なお収穫まで数日を要するのだが、途中見慣れない植物が育成されており収穫間近になりそれがリヤードの服に偶々くっ付いていたスイカであった事が判明した。
収穫した植物はトマトとピーマン、そして一つだけのスイカである。肥料になる物が殆ど無かったせいか色は黄色に近く決して良い色とは言えない出来ではあったのだが、これは紛れもなく久しく口にしていない生野菜。種用の分を分別すると一行は一斉に齧り付く。
ピーマンの食感やトマトの瑞々しさに感動さえ覚え全員は喋る事無く自分の分を食い尽くすとそのままハイタッチを交わした。
「これを何度も繰り返せば食糧問題は暫くは大丈夫。リヤードお願い出来る?」
「かなり辛いが生きる希望が見えたんだ。喜んでやらせて貰うよ。」
実際栽培したのはリヤード一人と言っても過言ではないのだが、その間他のメンバーもただ待っていた訳では無い。岩を削り居住区の様な穴を掘ったり、その岩を適当な大きさにし竈等を作っていたのだ。ここまでやっているとどうしても欲しい建材が出て来る。
「やっぱり絶対に必要だね、粘土。」
先程まで使用していた畑以外にも、能力無しで育てられるか複数個所に種を植える作業中に呟く杏奈。実際、粘土さえあれば不安定な竈をレンガ製に出来るだけでなく、炉を作る事により焼き物を作る事が出来る様になる。そうすれば食器だけでなく保存用の壺や瓶を作る事が出来る等利用個所は非常に多い。
この事から最初に向かうのは土砂漠。持てるだけの粘土を持ち帰るのは当面の目標とし、次の収穫が済み次第出発すると言う計画を立てた。そしてその計画も日を追う毎に確実に近づいて行き、十日で準備をする事が出来た。
リュックにはタオル等で包んだ食料をメインに、入れ物には水を入れる事で数日程度ならば何とか出来る量を詰め込み、一緒について来ると聞かないラジは防寒着や調理器具等の軽い物を余った素材で作った鞄に入れる。更に二人では危険だとハーシムも付いてくるとの事なので、自分達が使っていたテント等の嵩張る物を担当する事となった。
「それじゃあ行ってくるね。」
そう言って杏奈達は水場と畑をファハドとリヤードに任せ教えられた来た方向へと歩みを進め、いくつもの砂丘を数えるのが嫌になる程超えて行く。
暫くし日が暮れ、その日は早めの休憩を取る事にした一行なのだが、何やら違和感の様な妙な予感が横切った杏奈は食材の準備をハーシムに任せ一人警戒する様な目つきで辺りを見渡す。
するとその時である。明らかな視線を感じ、野菜を切り分けているハーシムに声を掛けたと同時に杏奈の耳元を素早く何かが通り過ぎた。それが何なのかはハーシムの方が先に理解し、杏奈の目線の先へと走り出す。一体何なのかと考えている余裕はない。その視線以外の感覚を背後に覚えた杏奈はラジを庇う様に声を上げながら左腕で抱き寄せ、腰に装備していたサバイバルナイフを引き抜く。
そこに居たのは漆黒の刃を持つ短剣手にした灰色の影。影は杏奈が自分を認識していると理解したのか、短剣を振り下ろそうとしたその瞬間、大きな声が耳に入った。
「伏せろ!」
後ろから聞こえたハーシムの言う通り伏せると、先程の何かが突き刺さり影はその場に崩れる様に倒れ込む。検めてそれが何なのかを見てみれば、突き刺さっているのは矢。つまりハーシムが弓を使ったと言う事になるのだが、そんな武器は出発時に持って来ていない。
右肩に矢が突き刺さった影の正体は全身を灰色の布を纏った男であった。食料を狙った野盗だと考えた杏奈が矢を引き抜こうと手を伸ばすと、男は急に苦しみ出し数秒後にはその活動を停止した。
「そいつもか・・・」
気が付けばハーシムが男の傍に来て脈を確認していた。彼の話によると最初に矢を放った音であると確信し射手の右腕を剣で突いた。その後再び斬ろうとした瞬間倒れ、同時に杏奈の声が聞こえた為弓矢を奪い放ったとの事らしい。なお、弓は得意でないらしく下手したら杏奈に刺さっていた事を後に告げられる。
死因を調べていると両者とも口から泡を吹いており、即効性の猛毒、それも神経系の物を服用したと考えた。何故食料を奪うのに毒をと疑問を抱くのだが、食料が目的でないと言う考え方をすれば自ずと答えは導き出せた。
「私達の命を狙った?」
「そう言う事だろう。」
襲ってきた男達の持ち物はと言えば、先程の弓矢と短剣、その他手の平に隠れる程の短いナイフがあった。これらを見て杏奈が想像するのは唯一つ。
暗殺者である。




