力のルイーザ
重い足取りで帰ってきた響也の話を聞いた女将とカレンも「残念だった」と言うと、何事も無かったかの様に響也へ仕事の話をする。
それは、落ち込んでいても仕方が無いと言う事と、次の機会があるまでここで働いていて言いと言う女将なりの励ましだった。
三日経ったある日の事。
ハンバーガーを作成してからは宿よりも食堂に用のある者が多くなり、注文が殺到する。しかし、ミンチを作るにもすり鉢は薬草やハーブ用なので片手で持てる大きさしか無いので大量生産が非常に難しい。
そこで、注文していた石製のすり鉢が完成したので加工屋に取りに来てくれと加工職人から連絡が入る。昼の部が終了した為、洗い物をカレンに任せて響也が向かう事にした。
仕事が終わった後は散歩をして町の地図を頭に入れていた響也に取っては加工屋の場所も最短距離で辿り着く事が可能である。自分が宿屋の役に立っている事が嬉しいのもあり、暖かな日差しと頬を撫でる風を楽しみながら悠々と歩いていく。
町の東に位置する加工屋。ここでは木、石、鉄等を加工しており、スプーンやフォーク等の食器や料理器具も生産している。
店先に出された直系五十センチ程の大きな石すり鉢とすりこぎ棒。この大きさならば一度でキロ単位の肉もミンチに出来るだろう。
代金は既に支払い済みなので持ち帰るだけなのだが、ここで響也は大きな誤算をしていた事に気づいた。直径五十センチ、高さ三十センチのすり鉢状とは言え、石の塊なので優に五十キロはある重量である。
こちらの世界で荷物搬送を行っていると言っても、宿までの距離を持ち辛い石製のすり鉢を抱えるのは響也に取っては至難の業。駄目元で持ち上げてみようとするが、何をやっても上手く行かず、腕と腰にかなりの負担が掛かり諦めてしまう。
すると響也は後ろから「情けねぇな」と声がしたので振り向いてみると、そこにはバサついたセミロングで真紅の髪に、褐色掛かった肌をしており、響也を超える長身の女が立っていた。
女は鎧と言うには粗末な防具に筋肉質の身を包んでおり、背中には木製の鞘に収められた百五十センチ程の大剣を装備している。
石すり鉢を掴むといとも簡単に持ち上げて「何処に運ぶんだ?」と響也に尋ねる。驚きの余り一瞬言葉を失った響也に対し「言葉分かるか?」と続けて話しかける女。響也は我に返って言葉は通じると返答する。
彼女の名前はルイーザ。苗字は無いらしく、アレス族と言う筋肉が発達した部族の人間らしい。響也も元の世界に触れない程度の自己紹介をする。
アレス族はこの町に殆ど居ないので珍しい存在だが、黒髪をしている響也は更に珍しい存在である為、ルイーザも興味を持ったらしい。
響也は遠くの国から来て宿で世話になっている事を伝えると、今度はルイーザ本人が担いでいるすり鉢に興味を持ち聞いてくる。
食べ物を作る道具と答えようとするが、食べ物と言う単語を聴いた瞬間に言葉を遮って興奮し始めるルイーザ。どうやら食いしん坊らしく、どんな料理が作れるのか、他にも料理はあるのか等を次々を質問する。
運んでもらったお礼にご馳走すると返答されると、善は急げと言わんばかりに走り始めるルイーザ。彼女の場合は『善』ではなく『膳』ではあるが。
宿に到着するとキッチンにすり鉢を設置し、ミンチを作成ながらルイーザの紹介をする響也。慣れてきたのもあり、一つのハンバーガーを作るのに五分程度で終える程にもなった。
ルイーザも一つ口に運ぶと「うめー!」と叫びながら瞬時に三つのハンバーガーを平らげてしまう。その後は勿論おかわりを要求。
追加注文を作成しようとする響也に冒険者ギルドを覗いて来るよう女将に言われる。
冒険者ギルドとは冒険者やギルドに向けてクエストを依頼、紹介、要求をする場所で、『冒険者やギルド向け紹介所』等では長いので短くして呼ばれる。因みに響也が宿を紹介してもらった場所でもある。
女将の経営する宿屋ではハンバーガー人気に当たり、食堂が忙しくなってきた為人手不足に陥ってしまった。現在は響也を含めた三人で切り盛りしているが、どうしても食材不足になるので途中で買い物に行ったり、給仕の手伝いをして貰いたく依頼を出していたのだ。
響也は女将とカレンに食堂を任せると駆け足で冒険者ギルドへ向かうことにした。こちらの世界に来てからと言うもの、毎日走っているなと考えながらも目的地を目指す。
到着するとクエストボードを確認する。自分達で出した依頼以外にも、職を探している冒険者が自分を雇ってくれと依頼を出している場合もあるのだ。
響也はこの世界に来てからある程度日数もあり、簡単な単語なら読める様になっていた。特にクエストボードによく書かれている『討伐』『護衛』『協力』を初めとする戦闘系、『採取』『募集』『製作』等の日常系はすぐに覚える事が出来た。
一通り目を通してみたが、めぼしい物は無く、逆に日給千マルクや、ここから北に位置する王都ダミアバルまで十マルクで馬車に乗せろ等の無茶な依頼をしている『ジョゼット』と言う世間知らずな人物の方が印象に残る。
仕方なく宿に帰ってくる響也。往復に二十分は経ったにも関わらずルイーザのテーブルへ未だに料理が大量に運ばれている。
響也は女将に依頼は無く、暫くは三人で働くしかないと報告すると、ルイーザが働き手が居ないのかと質問をしてくる。それに対し、女将は人気になったのは良いが、大量に作るとなるとどうもねと返答する。
カレンと女将は兎も角、響也さえも力仕事が出来ない事を悟ると、金の代わりに食べ物を貰えるなら自分が働くぞと名乗りを上げるルイーザ。彼女ならば力仕事は可能で、一度に大量の食材を購入しても運搬が可能である。
まさに渡りに船。女将はすぐに承諾すると明日から来てくれと言うが、ルイーザは食べ終わったら働くと言って目の前の料理にかぶりつき始める。
不定期ではあるが、この日よりルイーザが従業員の一人として迎えられた。素性の分からない人でも雇ってくれる女将の寛大さに改めて関心する響也。彼もこの女将が居なければどうなっていたか分からない。