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記憶の道  作者: 桐霧舞
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エピソード A  喪失





 水を手に入れれば今度は食料。人は水無しで三日、食料無しで一週間が限度と言われているが、それは砂漠で歩き続けると言う状況下ならもっと少なくなるだろう。持って来た食糧は残す所買って一度も使っていない保存食のみとなった。


「ラジ、この近くに人が住んでる所とか知らない?」


「分かんない・・・。僕が昔居た所ずっと遠いし。」


 昔居た所と言う言葉に疑問を抱いた杏奈は先日まで居た所とは違うのかと問う。すると、ラジは元々違う村に住んでおり、その村が野盗に襲われ奴隷として捕らわれた。移動の際に母親が何とかラジだけを逃がし一人彷徨っている所を先日のキャラバンに拾われ家族として育てられたと言う。


「お母さんも、キャラバンの家族も良い人だね。ごめんね、悲しい事思い出させちゃって。」


 そう言って杏奈は一度ラジを抱きしめると今まで麻痺して気にもしていない事を思い出す。


「あ!ごめん、私臭かったよね?!もう二日もお風呂に入って無いし。」


 急いでラジから体を離すと杏奈はいそいそと鞄からタオルを探し始める。それに対し「臭くないよ。」と答えるラジだが、一度自分がそう思ったら居ても立ってもいられなくなる杏奈には何の意味も無い言葉であった。


 折り畳みの四角いバケツとタオルを探し当てた杏奈は直接水に浸かれば飲み水として不衛生になると考え体を拭くと言う方法を取る事にする。その際ラジに対し「拭いてあげようか?」と問うが本人は否定。昨夜の事で少し照れが生まれたらしい。






 その夜、ランタン型の電灯の明かりの中で乾パンを食す二人。食べ慣れない食感に戸惑いつつも食べやすく美味しいとラジもご満悦、特に氷砂糖の甘さには虜と言うレベルではまり込み、なるべく飲み込まない様ずっと口の中を砂糖水で満たし糖質を味わっていた。


 乾パンを五つ程食したラジはふとキャラバンの事を思い出す。こんなにおいしい物を自分だけ味わって良いのか。更に言えば綺麗な水もここならば手に入る。そんな考えから意を決して杏奈へと相談を始める。


「ねぇアンナ。皆もここに呼んじゃ駄目?」


「皆ってラジの家族の事?」


「そう、ここなら水が飲めるから。」


「確かにここなら水は飲み放題ね。う~ん、それじゃあ明日になったら戻って皆を連れて来ようか?ここが皆の村になる様に。」


 杏奈の返答に嬉しくなったラジは再び喜びの舞を踊り始める。それを見た杏奈は「本当に良い人達に育てられたんだなぁ。」と感傷に浸る。


 踊り終えるとラジは乾パンの缶を杏奈へ「皆で食べよう。」と返却する。それに対し同意した杏奈は乾パンをタッパーへと移し替え、寝る準備を始めた。


「明日は一日中歩くから覚悟してね。」


 と少し意地悪に言う杏奈へ「「うん!」と元気よく返事をするラジ。そんなやり取りからか杏奈自身もラジへ家族に近い感情が芽生え始めていた。





 翌日、一日だけのパッチテストから飲んでも問題が無い水と判断しペットボトルや水筒等に水を入れ出発の準備を始める二人。朝ご飯はこれだけで良いとラジは氷砂糖を口に入れ笑顔で杏奈へと報告する。


 歩いてきた道。自分の足跡を辿ればキャラバンに着くと思い砂丘を登るのだが案の定と言うべきか、風により自分達の足跡は完全に砂に埋もれている為帰り道が分からないと言う事態になってしまう。


 取り合えず目立つ様にと杏奈が着替えた薄緑色のシャツを結び付けたテントのポールを深々と突き刺し目立つ様にする。砂漠での風は中々に強い為、着き刺した本人も飛ばないかと言う事だけは心配している。


 さてどうするかと考えるよりも先に、杏奈はふと目の前にある砂丘が気になりふらふらと進み始める。すると次はこっち、その次はこっちと次々に超えて行く姿に少々の不安を覚えるラジだが、その度「大丈夫。」と自分に言い聞かせ杏奈の後をついて行く。


 途中で休憩を挟みつつ半日歩いていると、ふと風上から一般的には嗅ぎ慣れない匂いがする事に気づいた杏奈はラジを自分から離れない様に手を握りつつ歩みを進める。近づくにつれその匂いは徐々に強くなり『嫌な予感』が脳裏を横切った。


 杏奈はラジに目を瞑る様に指示し、砂丘を超えた先にキャラバンを発見するのだが『嫌な予感』の通り、離れたこの位置から見ても分かる位悲惨な状況が待っていた。


 つい二日前まで話していた人、杏奈が分けた食材を喜んで食べていた子等、キャラバンに居た人達は全て惨殺された状態で発見する。その現状に歩みを止めた杏奈に反応して目を開けてしまったラジは彼女の手を離し数歩歩くとその場で泣き崩れてしまう。


 二度目の家族の喪失。その気持ちは想像以上の辛さであろう事は確か。一方杏奈は辺りを警戒し唯一武器になるサバイバルナイフをいつでも取り出せるようにベルトへと取り付ける。しかし辺りからは誰かが近づく気配は無く、ラジの声に反応し襲ってくる者は居ないと判断し一先ずの安全を確保する。


 ラジが泣き止んだ頃、アンナは大きな穴を掘っていた。この人達、それもラジの家族をこのままにしておく訳には行かず、せめて土葬をしようとしていたので、気づいたラジも手伝いを始める。


「良いんだよラジ。今は家族と居てあげて。」


「大丈夫。皆と約束したんだ。皆の為に強い人になるって。だから泣いてちゃ約束破る事になるもん。」


 只管前向きで他人の為に頑張る姿に思わず頭を撫でる杏奈は真っ赤になったラジの瞳を見ながら微笑みながら話しかける。


「ラジは立派だね、皆の事は辛いと思うけど、今日から私がラジの家族になる。だから辛い時、泣きたい時、どうしようもない時、私の事を頼ってね。」


 そう言うと杏奈はラジを抱きしめ自分の顔からはラジの顔を見えない様にする。即ち『泣いている姿は誰も見ていない。』と言う状態になり、ラジは声を出さない様に再び涙を流し始めた。


 掘った穴へ一人一人運んでいくと、体に残された傷口が恐ろしく鋭い刃物で迷いなく斬られている事に気づいた杏奈。それだけでなくキャラバンのテントも傷が無く、食料等にも一切手を付けた形跡がない事から野盗等の物取りの仕業ではなく、確実に殺す為に来た存在が居る事を把握する。


 普段からこの様な順番で寝ていると言う位置で穴の中に入れると、ラジは自分が寝ていた位置に当たる場所へ自分が大切にしていたと言うガラス玉を置き、向こうで食べてねと、家族全員の胸元へ乾パンと氷砂糖を乗せた。


 全員を埋め終えると杏奈は手の平を合わせ深くお辞儀をし、その姿をラジも真似る。陽が落ち辺りが暗くなってきた為、二人はキャラバンのテントを利用させて貰う事にした。この日、杏奈は自然とラジを抱きしめながら眠る事に。小刻みに震えていたラジも安心したのか、物の数分で眠りにつく。




 翌日、皆が住んでいた証であるキャラバンのテントはそのままに、ラジが皆といつも囲っていたと言うオイルランプだけを持って二人は再び水場へと帰る事に。行きとは違い、重い足取りで進んでいた為、水場へ到着する頃には既に夕方になっていた。


 昨日自分達が使っていた岩へと向かおうとしたその瞬間、杏奈はラジの手を強引に引き寄せその場へと倒れ込んだ。何が何やら分からず混乱状態のラジだだったが、先程まで自分が居た場所に矢が突き刺さっていた事に気づくと急いで立ち上がり武器代わりに持っていたテントペグを構える。同時に杏奈もラジの手を掴んで安全な場所へ移動しようとするが、投げかけられた声に反応し足を止めてしまう。


「死にたくなければ食料を置いて行け!」


 杏奈が気づかない位置から正確に矢を放つ程の腕の持ち主である為、下手に動けば確実に当たると言う考えの元、杏奈はゆっくりと顔を上げる。すると確認出来たのは三人。剣を持った男が二人と、弓使いが一人。隙を見て逃げるにも砂の足場は走るのに全く適していない為得策ではない。


「ん?お前女か?こんな砂漠に珍しいな。」


 三人の男達は近づきつつ二人の姿や装備を確認している様だ。


「小僧、手に持ってる物を捨てろ。」


 そう言われたラジは杏奈の助言もあり手を上げつつ足元へと落とした。


「ん?女、お前短剣を持ってやがるな。ゆっくりと外して捨てるんだ。」


 今度は杏奈のベルトに装備されたナイフに気づき命令する。杏奈も今殺される訳には行かないので弓使いの顔を見つつベルトに手を伸ばしたその時、弓使いの後ろに大きな『何か』が居る事に気づき大声で叫ぶのだが、男たちは「そんなものに引っかかるか。」と言わんばかりに笑い飛ばしている。


 この時杏奈の言う事を聞いておけば良かった。そう思わせるかの如く『何か』は長く太い尻尾を弓使いに突き刺した。


「デススコーピオンだ!」


 剣を持った男達は弓使いが倒れた事により初めて状況を把握する。杏奈もデススコーピオンと言われすぐに蠍の事だと分かったのだが、目の前の光景は理解するの一瞬戸惑う。何故なら、その蠍は杏奈が知っているサイズを優に超えており、尻尾の高さだけでも一メートルを超えているのだ。


 男達は慣れた手つきでデススコーピオンを討伐するのだが、問題は刺された弓使いである。通常の蠍でさえ刺されれば命を落とす可能性が高いのにも関わらず巨大サイズと来れば文字通り桁違いだろう。


 男達が戦っている間に杏奈は弓使いの元へと向かいナイフで衣服を斬りながら刺された箇所を確認する。幸いにも内臓類ではない左大腿部ではあったが、ここには太い血管がある為杏奈は即座に頭を覆っていたタオルで脚を縛り、刺された場所にナイフを突き刺し非常に乱暴な方法で毒を排出する。


 討伐完了した後、弓使いの声に反応した男達は杏奈へ剣を向け「離れろ!」と叫ぶが、杏奈は何も聞かずラジへ水を汲んで来るように指示を出す。


「女!聞こえなかったのか!そいつから離れ・・・」


「煩い!死なせたくなかったらあんた達も協力して!」


 杏奈の怒号に困惑する二人に続けて「リュックから救急セット出して!」と言われ若干狼狽えながらも杏奈のリュックを漁り始めた。


「キューキューセットとやらはどれだ?」


「赤い奴!」


 男達は指示に従い救急セットを持って来ると、杏奈は素早く中から消毒薬を取り出しこれまた雑としか言えないレベルで傷口へとぶちまける。


「あんた達、そこに虫よけスプレーがあるから辺りに撒いて。」


「何だそれは?」


 道具を何も知らない二人に杏奈はリュックから虫よけスプレーを取り出すと男へ投げ渡す。


「上の部分を押して、中には吸わないでね。」


 そう言われ男は恐る恐るボタンを押すとガスと薬液が噴射し驚いて手を離してしまうが、横目で見て来る杏奈の視線に気づき急いで拾い上げ噴射を始める。こそへ水を汲んできたラジが到着し、弓使いの脚へかけながら汚れを落としていく。


「スプレー!」


 今度は噴射し続けている男へ手を伸ばしながら要求。男もいそいそと手渡し杏奈が何をしているのかを改めて確認する。噴射し続けたスプレーは減圧により氷の様に冷えており、杏奈は切った部分にガーゼを当て、その上にスプレーを三角巾で縛りつけた。


「超が付くほど物凄く雑な応急処置だけど取り合えずこれでオッケー。」


 そう言いながら血で汚れていない手の甲で汗を拭いながら二人へ報告する。


「治療したのか?!」


「一応はね、でも医者に見せた方が良いよ。私も蠍毒に詳しくは無いし、そもそもあんなでっかい蠍見た事無いし。」


 血をラジが汲んできた水で洗いながら会話を続ける杏奈に男二人は顔を見合わせると礼を言いだした。

「お礼なんか要らないよ。さっきも言ったけど私は詳しくないの。早くしないと手遅れになるかもしれないんだから早く医者に・・・」


「医者なんか居ねぇよ・・・。居ても俺達の事なんか見てくれる訳がねぇ。」


 男の言葉に言葉を詰まらせる杏奈。確かに急に人を襲う野盗の様な連中を見てくれる医者がこの辺りに居るのかと言われれば疑問である。


「分かった。取り合えずこの人を安静に出来る場へ運んで。」




 日が暮れ、焚火を囲う五人。その内弓使いは消毒薬辺りの痛みで気を失っており、未だに目覚めないでいた。食事を済ませると疲れからかラジはすぐに眠りについたため、杏奈は残った男二人と話し始めた。


「聞くけど、あなた達最近誰か襲ったりした?」


「いや、ここ何日も誰とも会ってない。お陰で水も食料も無く彷徨ってたんだ。」


「そしたらここで水を見っけたもんで俺達の縄張りにしようとしてたらあんた達が来たって所だ。」


「そう・・・。じゃあ誰にも会って無いし襲ってないのね。」


 杏奈は大きく深呼吸をすると安心感を覚え緊張を解いた。


「実はね、あの子の家族が襲われたの。」


「・・・そうか。」


「元々いた村が襲われてお母さんが逃がしてくれたんだって。そして流れ着いた先の家族も・・・。こっちも聞くけど、村を襲ったりは?」


「それは無い!俺達は元々キャラバンの護衛をする傭兵だったんだ。それが最近砂漠を渡る連中が減って稼げなくなって彷徨ってたんだ。」


 男は少し大きめの声で杏奈へと豪語する。その眼を見た杏奈は「疑う様な事言ってごめんね。」と謝る。


「いや、謝る必要はねぇ。確かに俺達がやった事は野盗と一緒だ。だがこれだけは信じてくれ。俺達はあんたを信頼してる。許してくれるならあんたの剣になっても良い。俺達は仲間を大切にしてる、助けてくれたなら俺達も助ける。」


「気持ちは嬉しいけど・・・この人はまだ助かったって訳じゃないから。応急処置をしただけで毒も全部抜けたか分からない。あとはこの人の体力や抵抗力に頑張って貰うしかないから。」


 そう言いつつ杏奈は弓使いの傷から出血が無い事を確認する。


「どうにか出来ないのか?」


「どうにかってッて行っても。血清だのペプチドだの手に入らないなら時間経過ぐらいしか・・・」


 時間経過と言う言葉を聞いた男は「なら俺が。」と立ち上がり弓使いの足元へ座り三角巾に手を当て始めた。


「何するの?」


「俺の能力だ。時間を進める事が出来る。」


「へぇ時間をねぇ・・・え!?」


 素っ頓狂な声を出した杏奈は文法も滅茶苦茶に『時を進めると言うのはどういう事なのか』を質問する。


「そのままさ。少しばかり遅いが進められる。だからこいつ等が怪我した時は俺が時を進めて治してやるんだ。」


「へぇ・・・そんな魔法みたいな事が。」


「能力だから魔法じゃないけどな。魔法だって才能が無いと覚えられないし。」


「え?!魔法覚えられるの?!」


「何か随分変な反応するな。何処から来たんだ?」


「日本。って言うかココどこ?何で日本語喋れるの?」


 今になって日本語が通じる事を思い出した杏奈。


「俺達はそんな国知らないし、そんな言葉も喋ってない。あんただってこっちの言葉喋ってるじゃないか。」


 混乱して頭を抱える杏奈は一つ仮説を立てる事にした。今自分がいるのは外国ですらない別の場所。それならば男達が道具を何も知らない事にも納得がいく。


「ここってまさか・・・」


 到着して五日目。杏奈はようやく自分の状況を理解し始めた。





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