記憶の道 エピソード K
馬車に揺られる事数時間。ジントリムへ向かう一行は昼の馬車に転がり込んでから以前馬車で王都へ向かった時の話に花を咲かせていた。
「この辺りこんな綺麗な景色だったんだなぁ。」
「あの時の響也は放心状態で私が何を言っても聞こえてなかったからな。」
王都へ来る際、兵士になる為の推薦状を燃やしてしまった時の事を持ち出すルイーザに「それを言うな。」と言えばドッと笑いが生まれる。ここまで行きと帰りで空気や雰囲気が違うと言うのもある種の違和感としてセルジュを除く三人は奇妙な感覚さえも覚える。
「それじゃあ帰りは響也が推薦状を燃やしポイントを巡礼しないとね。ある意味、そのお陰で僕は出会えた訳だし。」
更に責めるセルジュにも一言言ってやろうと思った矢先、一理あるなと納得し怒るに怒れなくなった響也は当時のジョゼについて話す事にした。
「背は低いし体が華奢だとは思ったけど、まさかあの時の協力者がジョゼだとは思わなかったなぁ。今思えばその時から鍼は使ってたし水面も飛んでたな。」
「はい、私人見知りですから!」
何故か胸を張って威張るジョゼ。だが、彼女をここまで馴染ませて冗談に近い事が出来るようになったのも響也達に出会えたから。皮肉にも、あの時に推薦状を燃やしてなければ二人と会う事も無いのは勿論、一緒にクランを作ったりもしていない。まさに始まったばかりのターニングポイントでもあった。
もし兵士となって居ればどんな生活をしていたのか。馬小屋ではなく詰め所で寝泊まりし、ひもじい食事ではなくある程度マシな食事をし、毎日を任務で動き回らず常に訓練をしていたのか。そう考えると響也は今の生活が合っており、寧ろ燃えた事に感謝した方が良いのかと考える。
賑やかな馬車内に興味が生まれたのか、御者が一行へ振り返る事無く背中で話しかけて来た。
「お前さん達、王都でギルドに所属でもしてたのかい?随分と仲が良いみたいで聞いてるこっちまでにやけちまうよ。」
「あ、すいません煩くして。」
「いやいや、どうせ暇な馬車の移動。賑やかな方がありがたいわい。そこの兄ちゃんの言う通り、人生何があるか分からん。あの時違う選択をしていたらどうなっていたのか何て誰も分からん。だがその切っ掛けのなった部分、それだけは忘れちゃなんねぇ。」
その言葉に感銘を受け自分のターニングポイントに確りと心の中で感謝する響也。辛く厳しく疲れる世界ではあるが、何だかんだ日本では決して味わう事の出来ない体験をする事が出来て、今までの事がこれからも心の支えになると事は紛れもない事実である。
「お、見えて来たぞ。あの林の先にある川だ。」
そう言ってルイーザが指を指したのは、泥棒が逃げ込んだ林。推薦状を燃やしたのはこの林の反対側にある川である為、徐々に近づくと言う感覚から何故か緊張する響也とは逆に早く現場を見たいとワクワクが止まらないセルジュ。
数時間後、日が暮れ始めた頃に川へ到着した一行。
「ここだ。懐かしいな。この辺りに竈があったんだ。」
「俺はこっちから走って来て。」
「キョーヤさんから逃げる推薦状。」
「そしてここに飛び込んだと。」
コントの様な出来事をその場で再現した事により御者を含めその場にいる全員が笑い出す。
「コレは面白い。今度催し物で披露しようよ、人気間違いなしだよ。」
「確かに。そう言えばこっちじゃ舞台で何かやるってのは無かったな。日本じゃ今みたいなコントは勿論、漫才や落語って言う話で笑わせる場所があったんだけどな。」
セルジュの提案に応える響也の発言に対し「なら作ろうよ。」と続いた為、再び笑いが起きる。
「でも一理ある、娯楽は大事だ。俺が居た日本にはそりゃもう娯楽が沢山ある。歌を歌う場所や絵と文字を使った本。それに遠くの物や人を映す機械。」
「遠くの人を映す?」
「映すだけじゃないぞ。記録された映像を見たりも出来るんだ。」
「へぇ。まるで響也の過去視みたいだね。」
「あぁ言われてみれば。って誰が機械だ!」
そんな止まらない会話をしながらも竈の準備を始める響也とセルジュ。一方でルイーザは来る時に林で拾ってきた木材を素手で燃えやすい大きさに折り、ジョゼは火打ち石で火口へ着火を試みる等、口と同時に無意識レベルで動く体に何の違和感も無かった。
「手際が良いクランだ。ここまで仲が良い奴らを見るのは久しぶりだよ。良し、今日はちょっと良い物を出すとするか。」
自分が水を汲んできている間に出来上がった竈を見て感心した御者は、桶をその場に置くと馬車の中に入り、数十秒後手に何かを持って戻って来る。
「酒は飲めるかい?」
「僕は平気だけど三人は?」
「俺は未成年。」
「私はお酒苦手です・・・」
「じゃあ二人の分は私が貰おう。」
この世界には未成年の飲酒を禁ずる法律は無いのだが、心は日本にある為か離れていても守る響也。と言っても響也自身、祝い事等で口にした事はあるのだが、ひな祭りで酒粕を使った甘酒を間違えて出された最に一口で目が回る程酒に弱い事が判明。その弱さたるや運ぶのが面倒だから成人しても飲むなと友達に言われた程。その為、アルコールが極少量でも含まれていれば絶対に口にしない様にしていた。
「そう言えば急いで来たから真面な食材が無いな。」
調理器具を準備しながら自分の鞄に全く荷物が入って無い事を思い出した響也だが、セルジュとジョゼは「大丈夫。」と自分の鞄を広げて見せた。
「任務を済ませて昼食を食べていたって言ったでしょ?茸なら沢山取ったし、ギルドに向かいながら幾つか買ってたからね。」
そう言われ改めて鞄を覗き込むと、大多数は茸に埋もれており、野菜類は二階からの着地の衝撃で割れたり折れたりしている物が殆どであった。とは言え、その量はジントリムまでの道のりには十分である・・・あの二人が暴食しなければの話だが。
「生憎ゴブレット何て洒落たものは無いが。」
そう言って御者はワインを木で出来たコップに入れてセルジュとルイーザへ手渡すと、一緒に持って来たジンジャーブレッドを切り分け皿へと載せ始めた。
「私は見た目より味だ。洒落など要らない。」
とだけ言うと受け取ったワインを一口含み舌で確りと味わうルイーザ。すると余程好みだったのか、すぐさま残りを一気に飲んでしまう。「もっと味わえ。」と言えば「これが私の味わい方だ。」と返答する為馬の耳に念仏である。
今日の夜食は塩で味付けをしただけの茸入りオートミールと、茸のスープ。そして枝で突き刺して焼いた茸と、茸尽くしなメニューにルイーザも舌鼓を打つ。
翌日。朝になればジョゼによる鍼投げ漁での魚捕りや馬車を襲うゴブリン等、来た道をなぞる様な行動と出来事に馬車の中が静かになる事は無く、ジントリムまで賑やかな馬車旅が続いた。
「到着だ、お疲れさん。またお前さん達の話が聞ける事を願うよ。」
そう言って御者はジントリムの北入り口で四人を下ろすと馬車で町の中へゆっくりと入って行く。久しぶりのジントリムの光景に暫くその場を動かず感傷に浸る響也を置いて三人も馬車を追う様に歩いて行く。
「そう言えば大事な事忘れてた。」
響也が目を丸くして追い付いた矢先に立ち止るものなので三人も何があったと響也の近くへ戻る。あまりに真剣な表情をしている為、一大事だと感じたセルジュは響也の両肩を掴みもう一度聞き返す。すると出て来た言葉は次の様だった。
「土産買ってくるの忘れた。」
確かに一大事ではあるが、真剣な顔をするまでもないと三人は何事も無かったかのように再び響也をその場に歩き出す。
数十分後。響也が世話になった女将とその娘カレンが経営している食堂を兼ねた宿へ到着すると、一切立ち止まる事なく扉を開き、
「ハンバーガー十個頼む!」
と、まだ入り口に居るにも拘らず店内に響く声量で注文をするルイーザ。
「はい、ハンバーガー十個・・・え?!ルイーザ?!」
「久しぶり。席開いてる?」
夕食時でそこその人が込み始めた頃なのだが、ルイーザを知っている者も店内には少なくなく、詰めるからこっちの席を使えと四人掛けのテーブルを譲って貰えた。
「本当に久しぶりね。後ろに居るのは友達?同業者?」
「仲間さ。こっちのデカいのがセルジュ。小さいのがジョゼだ。」
大分乱暴な紹介をされつつもルイーザの横に立ち自己紹介をするセルジュ。しかしカレンの首と目は未だに動いており誰かを探している様だ。
「あぁ、大丈夫だ。響也も一緒に来てる。ただ、土産を買い忘れたから顔を出し辛いといじけて居てな。」
「別に要らないのに・・・。まぁ立ってても疲れるし座って座って。」
カレンは譲られた席に三人を案内すると、厨房へ行きルイーザ達が帰って来た事を女将に伝えるのだが、ルイーザの馬鹿でかい声は十分聞こえていたそうで女将も既にハンバーガーの製作に掛かっていた。
「どうせ十個じゃ足りないだろうからね。カレン、今の内に少し買い出しお願い。」
そう言われルイーザの食欲を思い出したカレンはクスりと笑うと笑顔のまま買い出しへと出かける為エプロンを外し出入口へ向かいながら、
「良かったらステーキも食べて行って。私が帰って来るまでに食べつくしちゃ駄目だからね。」
とルイーザに釘を刺しつつ扉を開いた。
「流石。ルイーザの事よく知ってるね。」
「当たり前だ。私もここに居たんだからな。」
「うん。それを含めてもだよ。ただ問題はジョゼもいるって事なんだよね・・・。」
片肘を付き頭を抱えるセルジュに対しジョゼは全く意味を理解していない様で、キョトンとした表情で見つめている。そんなやり取りを楽しんだルイーザは席を立つとカレンのエプロンを付け厨房へと入り込む。
「女将さんただいま。手伝うよ。」
「おぉルイーザ、おかえり。それじゃあラム酒を三つ奥のテーブルへ持って行って。」
そう言われたルイーザは慣れた手つきで樽からラム酒をコップに移し奥のテーブルへと向かう。約半年程前の様な光景を目の当たりにする店内に居た冒険者は「つまみ食いしてないだろうな?」等のお決まりの冗談を交わす。
暫くすると客足は次第に増え始める。どうやらルイーザが帰って来たと聞きつけて話を聞きたい冒険者が次々に押し寄せているらしい。そのルイーザも「今は給仕だから話は今度だ。」と断るのだが、客が減る事は無かった。
その客の合間を揉みくちゃにされながら厨房へ向かう男が一人。人を分けて何とか到着するとフードを外して挨拶を始める。
「女将さんお久しぶりです。ただいま戻りました、申し訳ありませんがお土産を買ってくるのを・・・。」
「あぁ響也、ルイーザだけじゃ捌ききれないから手伝っておくれ。はい、このハンバーガーはあんたの所。」
感動の再会とは果てしなく遠い再会に戸惑いつつも響也は言われた通りハンバーガーをセルジュとジョゼの元へ持って行く。
「あれ?響也?いつの間に・・・。って言うか響也も手伝い?僕も何かしようか?」
「いやいい。俺とルイーザは元々ここで働いてたからな。動きを覚えないと反って大変になるぞ。」
「分かった。じゃあ僕達は先に頂いてるよ・・・で、コレは何?」
「俺の居た世界の食い物だ。在り合わせの材料で作ったけどこれでも十分上手いぞ。そのまま手掴みで喰え。」
ハンバーガーを机に置くと厨房へ戻りつつ顔だけ向けた状態の雑な説明を受けたセルジュとジョゼは各々手に取るとジロジロ眺め、これがどういった食べ物なのかを考察し始めた。
「肉を挟んだパンか。似た様なのがバーウィックにもあるけど結構違うね。」
「美味しいですよ。もう一つ頂きますね。」
「もう食べたの?!一緒に見てたよね?!」
ここに来るまでの食事で満足していなかったのか、本来なら量を食べる速度が遅い筈のジョゼがルイーザに匹敵する速さで食事をしている。これに対し先程カレンがステーキを勧めた理由を理解したセルジュは黙々とハンバーガーを食す姿を見ながら自然と笑みを浮かべる。
「夜の部終了、って事で俺達も飯にしようか。」
あれから数時間後。最後の客を見送った響也はエプロンを外しながら皆に声を掛けるのだが、振り向けば既にルイーザは右手にハンバーガー、左手にチキンレッグの二刀流スタイルで食している事に気づき呆れを通り越して無表情のまま女将が居る食堂へと足を運んだ。
「連絡も無ければお土産も無くすみませんでした。」
そう言って頭を下げる響也に対し女将は「そんなのはどうだって良い。」と調理の手を止めぬまま響也へ続きを話し始める。
「無事で何よりだよ。まぁ確かにカレンは随分心配してたけどね。それにお仲間を二人も連れて来るなんて随分成長したじゃないか。王都じゃこっちと違って黒髪で苦労したろぅ?」
「まぁソコソコには。それで結構前に送った手紙だけど・・・」
「あぁ、兵士になれなかったって奴ね。でもギルドに入ったとか書いてあったし私としては心配はしてなかったよ。若しかしてギルドでの生活が辛くなったとか?・・・ってそんな訳は無いね。それなら仲間なんて連れて来やしないよ。」
何もかも見透かされたような女将の意見に頭が上がらない響也は本題に入る事にした。
「実は王都で賢者に会って、何と言うか、妙な薬を作るのに協力したんだ。でもその薬は結構危険な物だったらしく、俺達の事も狙われたんだ。それで・・・」
「成程ねぇ、まぁ安心しなよ。この宿には『黒髪の従業員』が居るってのは知ってる人も少なくない。仮に王都の集が来てもずっとここに居たって言えば大人しく帰っていくだろうさ。」
喋っている途中で遮られつつも響也の身の安全を第一に考えた女将は最後まで話を聞く事無くこれからの自分の行動を教え安心させようとする。王都の者がクス可能性はゼロでは無いと言うを伝えられずとも女将にはそこまでもお見通しの様だ。
「はい、今日の最後の分のハンバーガー。これのお陰で売り上げも上がって大助かりだよ。後は人参とトウモロコシで良いかい?」
「ありがとう。俺はそれで充分だけど、まぁ足りなかったらルイーザには我慢して貰えば良いよ。」
女将から皿を受け取った響也は厨房からホールへ出るとカレンが三人と仲良さ気に話している姿が目に入り「相変わらず馴染むのが早いな。」と感心しつつ席へと食事を運んだ。
「あ、響也、おかえりなさい。お店バタバタしてて全然話せなかったねぇ。」
「俺達が連絡もせず勝手に来ただけだからカレンが気に病む事は無いよ。って言うかジョゼ、お前まだ食ってたのか。」
「はい!ここの料理は全部美味しいです。」
最初に席に着いた時から今まで食事を続けていたジョゼの食欲には逆に関心さえ覚えた響也は、ハンバーガーを一つ取ると残りをテーブルの中央へ置き、反対側の席から椅子を引きずり『お誕生日席』状態で座る。
「それにしても面白い人達を仲間にしたんだね。戦場を飛び回りつつ最前線で戦う子と巨大なゴーレムを操る秀才だなんて。」
尾ひれが付いている事を指摘しようとした響也だが、どことなく満足気に聞いている二人を見て行っても無駄だと判断し言葉を飲み込む事にした。
その後、最後の皿を持って来た女将を交えた六人はランタンの油が残り僅かになるまで何をしていたのかと言う冒険劇を語り、気が付けば町で灯りが点いているのはこの家だけになっていた。流石にもう遅いと言う事で、今日は誰も泊まっていない貸し切り状態の部屋に案内された一行だが、響也だけは使い慣れた物置が良いと一人一番奥の扉まで歩いて行く。
「カレンも女将さんも良い人だね。」
「あぁ、俺が最初に会ったのがカレンじゃなかったら今頃はどうなってたのやら。」
流石に自分一人で一部屋使うのも気が引けるとセルジュは響也と共に物置に居た。響也から渡された毛布を寝袋の如く体に巻き付け芋虫の様な状態になりつつ横になっていると、棚の中に見慣れない物を見つけ問い出す。
「響也、あれって?」
「うん?あぁ何か懐かしいな。俺がこっちに来た時に来てた制服だ。」
響也は棚にしまわれた制服を手に取ると化繊の懐かしい感覚を楽しみ、ズボンを広げる。
「こっちとは全然違うね。見た事も無い繊維だよ。」
「ポリエステルって言ったっけな?向こうじゃ当たり前に出回ってる素材だよ。ワイシャツも懐かしいな。こっちじゃこんなに艶があって硬い生地無いからなぁ。」
とセルジュに返答するのだが、当の本人からは相槌の一つも無く疑問に思った響也は振り返ると静かに寝息を立てている事に気づいた。爆発の次は馬車の度。流石に疲れが溜まっていたのだろう。
制服の懐かしさにもう一度着てみようと響也は約半年ぶりに袖を通す。下に着ていたTシャツ、その日履いていたボクサーパンツ。そして切れるとまずいと言う事で出発前に置いて行ったベルト。これらを身に付けた響也はこちらの世界へ来た当日の事を思い出す。
気が付けば響也の脚は自然とこの世界へ来た時に横になっていた丘へ向かっていた。何故来ようと思ったのか。久しく着た制服を無意識の内にサイコメトリーでも発動して誘導でもされたのか。それは今の響也にも分からなかった。
丘の上に来れば一本の木。自分が来た時にこんな物あったっけ?と思いつつも響也は幹に寄りかかりそのまま座ると星が広がる夜空を見上げた。そこには煌々と綺麗に光る月。生憎満月では無い物の、満月の夜は船の上に居た事もあったなぁ、あの時は日本の夢を見ていたなぁ等を思い返していると木を挟んだ背後から気配を感じ念の為にと持って来た刀を片手に回り込むと、そこには目を擦りながら歩くセルジュの姿があった。
「セルジュ・・・起こしちまったか?」
「いや、何か眠いけど眠れなくてね。急に目が覚めてここに来たくなったんだ。何でだろ?」
「俺も似た様な感じだ。制服のせいかな?」
「普段の恰好も良いけど、それよく似合ってるよ。横良いかい?」
響也の制服姿を褒めたセルジュは先程の響也と同じ様に木の根元に寄りかかる。そんな姿を見た響也も先程と同じ場所へと戻る。セルジュとは九十度近く角度は傾いている物の、会話をするには十分な距離なので響也はこの場所から来た事等を話し始めた。
「成程、ここがそうだったのか。」
そう言うのはルイーザ。相変わらず気配の消し方が上手く全く気付かなかった二人は驚きで眠気が何処かへ行ってしまい、耳にまで聞こえそうな心音を立てながらルイーザを迎え入れる。
「聞いてたのかよ。」
「まぁな。もっと遠い場所かと思えばすぐ近くじゃないか。」
「全く、居るなら声かけろっての。」
「だそうだぞカレン、ジョゼ。」
ルイーザの言葉に反応し木の後ろから顔を覗かせるカレンと、木の上から降りて来るジョゼに対し笑いしか出て来ない響也は一笑い済ませ深呼吸をする。ここに居る皆が一緒に戦った事のあるメンバー。ここまで来たら徹夜覚悟で最初から今まで何があったのかを語ろうと口を開く。
この世界では何故か言葉は通じた事。緊急招集で初めて戦った事。マルセロから兵士の推薦状を貰ったが燃やした事。ジョゼに会った事。クランを作った事。友人を失った事。セルジュに会った事。キメラと闘った事。温泉街に行った事。ドワーフに会った事・・・
「ん?寝ていたか。響也、話はどこまで・・・」
朝日に照らされたルイーザは目を覚ますと響也が座っていた場所に目をやる。言葉が途中で止まったのは目線の先に彼が居なかったからだ。トイレか何かで居ないのか。それならば寝てるとは言えルイーザが気づかぬ筈も無い。
響也の居た場所。そこには一口の刀のみが静かに幹へもたれ掛かっていた。
「おい!大丈夫か?!起きろ!」
何やら大きな声が聞こえる。この言葉は自分に投げかけられているのかと目を開くと、そこには心配そうな顔で自分の顔を覗き込む男の姿があった。
「目ぇ覚ましたか。駄目だよ兄ちゃん、こんな所で寝てちゃ。熱中症かと思ったよ。」
そう言われ自分が何をしていたのかを思い出した少年は「すみません。ちょっと休憩してただけなんです。」と立ち上がり、声を掛けて来たサラリーマン風の男にお礼を言うと裏路地から表の道へと歩き出す。
手にはスマートホンが握られており、どうやら五分程寝ていたと確信した少年は暑さを我慢しながら自宅まで急いで帰る事に。
数十分後。汗だくになりつつ帰宅した少年はエアコンの電源を入れ、冷蔵庫から昨日買ってきたコーラを取り出し口の中へと流し込む。飲み慣れた筈の炭酸飲料なのだが、何故かその刺激の強さに涙を出しながら噎せる。
「なんか忘れてるような気がするんだよなぁ。」
少年はテレビを眺めつつ冷房の効いた部屋にて今日の出来事に疑問を抱き始めた。五分程寝ていた筈なのに五カ月程違う所に居た様な気分に混乱した少年は制服を脱ぐと風呂場へと向かった。
そこでも湯船にお湯が入っていない事に疑問を浮かべ、出た後も何故か着替えではなくもう一度制服を手に取る。まるでこれが当たり前だったかの様に体が自然に動いてしまう事に不気味さを覚えた少年は、これまでの事をノートへと書き記す事に。その内容はお姉さんぶった子、力自慢の姉御肌、臆病な小動物、博識の間抜け面等、漫画か何かの様である。
気が付けば日が落ち辺りは薄暗くなっていた。七月半ばであれば陽が長い為、この時間になると晩御飯が出来たと母親が部屋まで呼びに来る。食後は先程飲んでしまったので飲み物が無い事に気づき小銭だけを持って外へと飛び出す。
日が暮れても暑い物は暑い。額の汗を袖で拭うと、少年はふと空を見上げる。そこには綺麗な三日月。見ていると吸い込まれそうな感覚になるが、何かが思い出せそうな気がする。
忘れてはいけない様な、忘れてしまってはいけない様な、そんな何かが。
家へと帰って来た少年は三日月を見ながらノートへ続きを書き始める。自分の記憶にある微かな内容を。まるでその中に自分が居たかの様な内容を。
王道の様な話。目的の為に近道をしようとしたが反って遠回りな道を通る事になった事。二手に分かれどちらの道を進むか決めた事。時には立ち止り寄り道をし、道化の様に人を笑わせた事。
それがこの少年が通って来た『記憶の道』である。
記憶の道 エピソード K(響也)




