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記憶の道  作者: 桐霧舞
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兵士の門


 次の日、響也はいつも通り井戸で洗い物をしているとカレンから来客が居るので中に来て欲しいと声が掛かる。

 響也は手を止め、洗いかけの食器をその場にカレンと共に宿に入ると、そこには討伐時隊長をしていたキャバルリーの姿があった。

 食堂の椅子には座らず、睨む様な目付きで待っていたキャバルリーは響也の姿に気付き名を名乗る。

 キャバルリーの名は『マルセロ・エスコバル』。彼は身分を明かした後続けて用件を言い始めた。

 以前の戦闘にて隊長のマルセロを助けた事による金一封を持って来た事と、助けた時の剣技を活かし兵士への勧誘。マルセロの話によると、響也の剣は非常に荒削りで上半身と下半身の動きでさえバラバラだが、教え込めば立派な兵士になれるとの事。

 初めて剣を持った青年が初戦闘で戦果を上げたと言っても、映像に合わせて剣を動かしただけの事であって偶然以外の何物でもない。そう思った響也だが、昨夜の話にもあった『兵士になると言う事は王家で抱えている賢者に会える確率が高くなる』と言う利点も考えた。

 元の世界に帰るには、その方法を知っている者の知識が必要である。そしてこの世界は階級社会。平民風情が上流階級の賢者に会う事は不可能である上、その方法を知っているとも限らない。しかし、響也の思いつく限り賢者以上の知識者は居ない。

 昨晩は結局答えが出ぬまま寝てしまった響也は再び悩む。しかし兵士に勧誘されたとなれば、兵士の道が一番の近道だと思い返答しようとするが、緊張や不安が原因なのか口が動かない。

 悩んでいる様子の響也を見てマルセロは今答えなくても近い内に城門の前に居る兵士に話せば響也を兵士として歓迎すると言い残し宿を後にした。

 マルセロの馬の蹄鉄の音を聞きながら動かぬ響也。

 女将はカレンに響也と散歩して気分転換してきなと言うと、キッチンへ戻っていった。

 カレンも震えた響也の手を取り、宿を出る。響也が来た日から晴れが続いており、今日も太陽がこの町を照らしている。

 宿から徒歩十分程の場所、花壇には花も植えられており、公園としても使用されている広場にやってくる二人。

 ベンチに座るとカレンが魔法を使えなくなった話を喋り始めた。

 昔は非常に強力な魔力を扱えたが、今では火種になる程度の火を出すのが精一杯になってしまったらしく、普段なら響也と同じ様な存在だと言う。

 何故魔法が使えなくなったのか尋ねる響也に、能力が原因だと伝えるカレン。

 ここに来て聞かなかった単語が出てきたので今日やは能力とは何か再度質問する。

 カレンはキョトンとした顔をした後、はっと気づく。

 この世界では生を受けた瞬間に何かしらの『能力』を持って生まれる。その能力は他人から言われて気づくものや、何かが影響して発動する物等様々であるが、特殊条件下で発動する能力もあるので、自分の能力を自覚している者は人口の三分の二程の割合で、残りは分からぬまま一生を終える。

 その話を聞いた響也は身に覚えがあった。討伐の時に見えた映像、あれは何かの能力が発動した物と考えた。

 戦闘下、又は武器で発動する能力では無いかと予想した響也は兵士でもやって行けると思い、兵士から階級を上げようとした。しかし、世話になった女将とカレンに対し急に兵士になると言って出て行くのも気が引ける。

 カレンは響也の心境を悟り、自分達の事は気にしないでくれと言う。

 そう言われた所で、はいそうですかと納得できる訳も無く言葉に躓いてしまう響也。

 響也の何か言いた気な雰囲気を感じ取ったカレンは料理のレシピも教えてもらったし、偉くなったらその時にお礼として宿に何かしてねと笑顔で意地悪に言い放つ。

 これには響也も笑うしかない。

 偉くなって二人を貴族にすると決意した響也は、自分の心を伝えるべく宿に戻ろうとするが、カレンはこのまま城へ行こうと提案する。

 戻って説明するよりも、今の気持ちを持ったまま門を叩いた方がマルセロにも一目置かれるだろうと説明され、同意する響也はカレンにお辞儀をすると一直線に城を目指した。

 城の場所は町の真ん中で、高い建物なので始めてこの世界に来た時にも確認している。

 あの時はまさか自分がこの城を訪ねるとは思っても居なかった響也だが、一歩ずつ近づく度に不思議と自信が沸いて来る。自分の『能力』があれば大丈夫だと思いながら着実に城への道を縮めて行く。

 推定八メートルはある大きな塀。その塀には三メートル程の高さがある扉が取り付けられている。堀で囲まれているこの城へ入るにはこの門以外通じる道は無い。

 堀に架かる石橋を渡り響也は門の前に立つ。近くで見ると城門の大きさに少し呆然するが、ここで立ち止まっては進めないと気持ちを入れ直して門番に話しかける。

 マルセロ・エスコバルの紹介だと話し始めると喋っているのにも関わらず「君が隊長の言っていたキョーヤか。」と遮られてしまう。マルセロは先程言っていた通り、兵士に話を付けていた為話が早かった。

 城門前の兵士は中に居る兵士に訓練場まで連れて行くようにと命じると、拳を握ったまま右手を左胸に付け、右腕を水平にする。咄嗟に響也も真似をして返す。この姿勢がこの世界の敬礼なのかと思いながら中に居る兵士の後を付いていく。

 兵士に案内されたのは門を潜って右に進んだ先の学校のグランド程の広さの訓練場。隅の方には立っていたり藁が巻いてあったりと多種多様な丸太が設置されている。

 剣や盾がぶつかり、辺りに響き渡る音で現在訓練中な事を理解した響也は足を止めて見ていたが、案内をしている兵士に呼ばれて駆け足で戻る。

 案内兵が足を止め、あれを見ろと指を指し示した先にはランスで三人の兵士を薙ぎ倒すマルセロの姿があった。

 「エスコバル隊長。兵士志願者を連れてまいりました。」と案内兵が声をかけると、マルセロは待っていたと言わんばかりの笑顔で響也の元に来る。

 近い内にと言ったのに当日に来るとは思わなかったと一笑いし、近くの兵士に装備一式を見繕う様に言って響也と共に武器庫に向かわせる。

 渡された装備は前回の防衛線で使用した物と同じプレートメイル、タセット、ロングソード。更に脛を守るシンガードと腕を守るガントレットが増えた。やはり最下級の兵士には兜は支給されないようである。

 装備を整えるとすぐさま訓練場へ引き返す響也。装備が増えた分重量が嵩み、思っている以上に体力が奪われる。

 到着と同時にマルセロは剣の手合わせとして自らが相手をすると言って中央付近に立つ。本来ならば体力を付ける訓練等を行うが、以前の戦で剣の才能があると睨んだマルセロは、まずどれ程の腕なのかを確認したかったようだ。

 響也が中央に到着するとマルセロは剣を抜いて構える。響也も慣れない手付きで剣を鞘から引き抜き威嚇を始める。

 響也の剣は所々に刃こぼれが目立ち、何度も訓練で使用された痕跡がある。この町では兵士の装備に金をかける気は無いようだ。

 剣を振り上げるマルセロに対し、響也は戦場での感覚を思い出すように集中するが、あの時にみた映像が目に浮かばず。気が付いた時には響也の剣は宙を舞い、マルセロの剣が響也の首元一センチ手前で止まっていた。

 気を抜くなと叱り、再戦を行う二人だが、この後三戦全てで響也は映像を見る事無く終わった。

 これにはマルセロも呆気に取られ、現在の状態では体力が無い上に剣の腕も無く、兵士になったとしても最初の戦場で命を落とす可能性がある為、勧誘したにも関わらず兵士志願を断る事にした。

 兵士になって賢者になると言う計画が完全に崩れた響也は装備を返却し、とぼとぼと帰ることにする。

 カレンにも応援して貰って情け無いと涙が溢れ、石橋を渡り終えると隅で膝を抱え込んでしまう響也。涙で塗れた頬が風に吹かれ冷たさを感じながら今後どうするかを再び考える事となった。


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