dream
木が燻る匂いと大砲部屋から船底まで貫いた大穴を除けば異常の無くなった船内。これらが最大の異常である事は当人達も重々承知しており、寧ろ船底が抜けなかった事の方が不思議だと笑い話をする始末。
セルジュは大砲に挟まれた左腕を自身で診察し、骨折も無い唯の打ち身で済んだ事を報告すると、最初に反応したのはルイーザであった。
「不幸中の幸いだな。私なら兎も角、一度折れた骨は使える様になるまでかなりの時間を要するらしい。」
「お前の回復が早すぎるんだよ!普通の人間なら数か月まともに使えないぞ!」
過去に幾度となく折れては治ったルイーザの回復力にツッコミを入れた響也は続いてこの船が今何処に居るのか知る必要があると提案し、一行は船主側の階段から甲板へ出る事にした。
「霧は無くなったが・・・」
「真っ暗で何も見えませんね・・・」
現代日本であれば灯台の灯り位は見えるだろうが、この世界にあるのは炎を灯した高台と言うレベルの灯台と呼ぶには粗雑な建物しか無い為、霧が晴れた所で陸地の方向など全く分からない。これにはルイーザとジョゼがつい声を漏れてしまい、どうするのか頭を抱える響也。
「船なら羅針盤とか無いの?」
「羅針盤か・・・あるにはあるが壊れてるんだよ。」
セルジュの質問に頭を掻きながら答える響也であるが、ここで何もせずに居ても仕方がないので船尾側操舵室へ向かい、敗れて使い物にならない海図と壊れた羅針盤を見せる事にした。
「確かに、これじゃ何の役にも立たないね。こっちの望遠鏡も割れてるし・・・ま、元より使わないけど。」
手に取っては諦めて元の場所へ置き直しため息を附くセルジュに対し、ジョゼは船が動くのかと言う方に興味がある様で首を傾げながら舵棒を見ていた。
「舵は動くのでしょうか?」
そう言って梶棒を左右に動かそうとすると、梶棒は軋む音を立て左右へとゆっくり動かす事が出来た。これにより操舵する事が可能と分かった為、日が昇れば帰れるかもしれないと言う希望が湧く。ただし、肝心な方角は分からないので陸地が目視できる場合に限る。
「そう言えばさっきはすぐ下の階に降りたが、奥にもう一つ部屋があったな。」
響也の言う通り操舵室のすぐ後ろに階段があるのだが、先程は合流を一番に考えていた為、その奥に大きな部屋がある事に気づいていなかったのだ。その部屋が何の部屋なのかは大体の察しが付く。
「船尾で大きな部屋となれば、当然船長室だよね?」
「だろうな。だが鍵がかかってて開かないぞ。」
セルジュの意見に同意しながら取っ手に手を掛ける響也だが、扉は押しても引いてもビクともせず行く手を阻む。
「ここまで破壊したんだ。このドアも破壊しても問題ないだろう?」
悪魔の囁きの様な事を言い出すルイーザだが、彼女の言う事も一理ある。既に船には大穴が開いており、今は無事でも船底が抜ける可能性も否定できない。その為響也は扉の破壊を許可する事に。
「だが船長室だから慎重に・・・」
言うのが遅いと言わんばかりに鍵どころかヒンジまで破壊して取っ手部分だけで扉を持ち上げ、開いた事をアピールするルイーザに響也は一度首を落とすと何となくそうなる予感はしていたので気を取り直して船長室に入る事にした。
中をランプで照らすと部屋の中心にはボロボロの絨毯が敷かれており、その奥には船長が使っていたと思われる立派な机と椅子が置かれていた。壁には錆の塊となったカトラスやフリントロック式のピストル等、人が海賊と聞いて想像する様な物がいくつも飾られていた。
「結構古そうだね。海水に晒されてないとしてこれだけ錆びるなんて。」
「確かに。大砲でも思ったが銃があるぐらいだ。それ程古いのか、東大陸の船なのか・・・ってコレはルイーザから教えて貰った事だけど。」
「東大陸の船なら大砲があっても不思議ではないね。だとしてもこれだけの重武装だし、海戦が当たり前だった時代の物かな?」
ピストルとカトラスを見ながら火薬の談義する響也とセルジュに対し、ルイーザとジョゼは船長の机の上に置かれた一冊の本に興味が集まっていた。窓や扉をしめ切っていた為か本へのダメージは大きくなく、辛うじて文字を読む事が出来る。
「・・・へ航海中、・・・より攻撃を受けた。我が船も・・・対抗・・開始した。敵戦力を減らした所で相手の・・・の代わりに・・受け取った。」
その本は航海日誌だったようで、読み上げるルイーザの元へいつの間にか二人も集まっており、ルイーザの話に耳を傾けた。
「・・・日目。立ち寄った港にて有力な・・を耳にした。ここより西の大陸に新しい・・が作られ、そこに我らが・・んでいたエリク・・ルを作成・・した者が居ると言う。その場所の・・・は・・・ル・・・駄目だ。肝心な場所が特定出来ない。」
読める個所を繋げれば大体の意味は分かるが場所の特敵が出来ない事に落胆する一行。何故落胆しているのかと言えばルイーザが読み上げた文章の中に重要な事が書かれていたからである。
「これ、もの凄く気になる単語が入ってたんだけど。」
「ですよね。出来過ぎてるってタイミングだったので反応が遅れました。」
セルジュとジョゼも気づいている。その単語は勿論『エリクシール』である。文字が欠けているので仮に違ったとしてもその単語に近しい物は何も思い浮かばない。これが本当の事であるならば西大陸にエリクシールが存在していたと言う証拠でり、響也が元の世界に戻るのに一歩近づいたとも言えるだろう。
「まぁ西大陸にある事だけは確かなんだ。しかも『ル』だけは分かった。後は虱潰しにでも探せば・・・」
「待て!次のページが最後の様だがとんでもない事が書いてある。」
次からの行動を説明しようとした矢先、響也の言葉に被せる様にルイーザが遮り真剣な表情で日誌を睨みつけていた。
「あの時・・・・・を受け取ったのは失敗だった。船員が宝物庫にて火を・・・てしまい、その灰が船を覆った。これに・・・船員は皆狂気に陥り・・を始めた。私は・・・しか無く、殺めてしまった。残ったのは私・・・だけ。全員を弔いこの部屋で・・・いる。本当にすまなかった。全て私が招いた・・・。せめてもの・・・しよう。」
話が終わると全員の背筋が凍りつくような感覚を覚える。分かるのは何かを受け取り、宝物庫で火に関する事を行い、結果的に灰に覆われて船員が狂気に陥った。全員を弔ったと言う事は船長以外全員が死、或いは船長が殺したと言う事。そしてそれに対する謝罪である。
「・・・なぁ、気になってたんだが。船長の椅子って後ろ向いたままだよな?」
響也の言葉に全員の視線が机の奥で後ろ向きになった椅子に集まる。椅子の背は高めで地上から百四十センチ程ある。つまり、座っている状態であれば体部分が完全に隠れてしまう位の高さ。
「僕が行こう。」
「いや待て。・・・俺が行く。」
椅子の正面を確認しようとするセルジュを止め自らの目で見る事にした響也。日本人である彼にとってまず見る様な事は無い光景が待っていたとしてもリーダーとして他の人に任せる訳にはいかないと言う覚悟の元。
響也が椅子の正面に回りそっと目線を椅子に向けると、そこには右のこめかみ部分が無くなっている骸が鎮座していた。長い間ここに居たのか、肉は完全に無く骨が服を着ている状態になっており、足元には自決用に使用したと思われるピスト理が一丁転がっていた。
確認が済むと響也はそっと手を翳しサイコメトリーを発動させる。これには予想外だったのか他の三人も一瞬戸惑うが、数秒後何事も無かったかの様に三人の元へと戻って来る。
「・・・何が見えたんだ?」
ルイーザの問に対し響也は見たものを話し始める。灰色の束の様な生き物の様な物を受け取り、宝物庫へ保管した事。船員が転びランプとその脂が保管した箱に引火してしまい、そこから大量の霧とも言える灰が発生した事。その灰を吸った物が味方に剣を向け、船員同士で殺戮が始まった事。取り押さえようとしても力が強すぎて船長自らが船員を殺すしか道が無かった事。船員を水葬し船長室へ向かい日誌を書き、その後ピストルを取り出した事。日誌の内容は分かるのだが、簡単な文字しか読めない響也にとって何が書かれていたのかは分からないままだった。
「灰色の何かを受け取った事が失敗。それが燃えた事で霧が出て殺し合いになった・・・。日誌の内容とあってるよ。」
日誌に書かれていた事は紛れもない事実であり、この幽霊船でそれ程まで狂気に駆られた事が起きていた等誰もが予測しておらず、話が終わると響也は両手を合わせ頭を下げる。それを見たルイーザも左手を胸に当て、続けてジョゼは両手を組み膝を付き、セルジュは右手の指を額に当てたのち腹に手を置いた。
「船長だけ弔われないのも悲しいもんな。本来なら船長も水葬すべきなんだろうけど、船と共いた方が本望かもしれない。・・・どう思う?」
「同感だ。海へ身投げもせずこの部屋を死に場所に選んだ、それが理由だ。」
「私は仲間であった皆さんと同じ弔い方の方が良い様な気もしますけど、そう聞くとそうなのかもしれません。」
「船に火を付け共に沈む事ではなく、命を絶って漂う事を選択した。これは彼にとっての償いなのか、ケジメなのかは分からない。ただ、死んでも自分を苦しめる為に・・・とも受け取れる。彼の過去を見て来た響也に従おう。」
戦士としての意見を言うルイーザ。仲間の事を思うジョゼ。自分への戒めと考えるセルジュと全員の意見はバラバラなのだが、セルジュの最後に言った『彼の過去を見て来た』と言う言葉で全員が響也の出した結論に従う事にした。
暫しの沈黙の後、結論を出した響也はどうするのかを話す。
「霧も無くなって能力も戻った。つまりあの灰は全部消えたって事だ。化け物も倒したし、この船にはもう脅かす存在は居ない。船長がこの船に残った理由はセルジュの言っていた様に部下を殺した償いなのかもしれないけど、サイコメトリーが終わる直前にこの部屋を眺めていたんだ。多分、船長にとってこの船は自分で火を点けれない程大切な物だったんだと思う。なら、この船から離れるのは寂しいんじゃないかなって・・・」
ここで言葉が詰まり喋りが止まってしまった響也に対しセルジュは「分かった。船長はこのままにしよう。」と言うと、ルイーザとジョゼも頷き、四人はそっと船長室を出て行った。
甲板に出るとこれからの行動について会議を始める事にしたのだが、陸地が見えなくてはどうしようもないと言う事で、疲れもたまっていたのもあり睡眠を取ると言う事で即座に終わる。場所は広く道具や荷物の少ない船首側の部屋。ジョゼとセルジュが最初に入った場所にて四人は各々眠る場所を決めると物の数分で眠りについた。
何かが聞こえる。何が聞こえるのか。いつも通りなのに何か懐かしいそんな音。更には自分を呼ぶ声と腕を揺する感覚も伝わって来る。
「起きろ響也・・・」
その声に導かれ目を覚ますと何人もの人の注目が自分に集まっている事に気が付く。ぼやけた目を擦り前を見ると眼鏡をかけた角刈りの中年男性が不機嫌そうな顔で睨みつけていた事で自分の状況を理解した。
「随分気持ちよさそうに寝てたな?俺の授業はそんなにつまらないか?」
その問いに「とんでもありません!」と答えると全員が一斉に笑い出した。授業中に居眠りしてしまった事で怒られるかと思ったが、クラスの皆が笑った事で怒る気も失せたらしく角刈りの先生は「次は無いぞ。」と授業を再開した。
「お前あいつの授業で寝るとかありえないだろ?」
授業が終わり、先程響也を起こした隣の生徒が声をかけて来た。
「さては徹夜でゲームしたな?ちょっと前に大型のアップデートあったし。」
「ちげぇよ。何か最近疲れてたんだよ。山登ったり船乗ったり。」
クラスメイトと他愛のない会話。いつも話していたのに何処か懐かしい。その後も昼食の時間になれば弁当やパンを食べつつ携帯ゲーム機で一緒に遊び、放課後になれば帰宅部の響也は「明日な。」と友達に行って一人先に帰宅する。
強い日光に照らされシャツもびしょびしょになった響也は自販機を見つけスポーツドリンクを購入した。喉を潤すだけでなく、失った水分塩分も補給し、糖分を摂取した事で疲労した体が再び蘇る。
今度は食べ物ではなく飲料を作ってみようと思いついた。しかし長い間飲んでなかった飲み物、食べてなかった弁当。何故飲まなかったのか、なぜ食べなかったのか。そう考えていると眩暈がして来たので近くの壁に寄りかかる事にした。
何か前にもこんな事があった。何時だったか。そう考えながら再び手に持っているスポーツドリンクを飲むと何となく思い出してくる。誰に何の為に作るのか。何故飲まなかったのか、いや飲めなかったのか。何故なら存在しないから。何故存在しないのか。存在しない世界だから。その瞬間、響也は壁の中に吸い込まれる感覚を覚えた。背中を支えるものが無くなり、そのまま地面へ背中を打つと言う瞬間、その衝撃だけを残し他の感覚は全て消える。
ガタンと音を立て地面へ叩きつけられる様な感覚で目を覚ました響也は今自分が何処で何をしているのかを把握する為上半身を起こした。
波の音、潮の香り、揺れる体、照らす日光。自分の脚に乗っているルイーザの脚。そのルイーザに抱き抱えられる様な体制になっているジョゼ。そして先程まで自分が枕代わりにしていたのがセルジュの脚であった事を確認する。
そんなに狭い部屋では無かった筈なのに何故こんなに密着しているのかと辺りを見渡す事で全てが発覚。自分達は大型の船に居た筈なのだが、今居るのは来る時に使用したマウリツィオの小舟である事を。
おかしいそんな筈は無いと少し体を動かすと船に乗っていたオールに腕が当たり、その音で他の三人も目覚める。
「あれ?何でこんな所に?私等を運んだ?」
「んな訳あるか。俺だって今起きたんだよ。船はどこ行ったんだ?」
寝ぼけたルイーザに正論を言いながら乗って居た筈の船を探す響也だが、セルジュが近く船が無い事と、近くに港町が見える事を伝えて来たので進路をそちらに向け漕ぎ始めた。
「あれはバーウィックだ。一晩も漂っていたら普通全然違う場所に出る筈なんだけど・・・ま、いっか。」
見える港町がバーウィックである事を確信したセルジュはこの不思議な体験を自分でも理解出来ないが深く受け止めておらず『そういうモノだ』と考え、オールを手に取る。
それから一時間程すると漁に出る船とすれ違いつつ出発した桟橋まで到着。まるで来る事が分かっていたのかの様にアレッシオも桟橋に来ており、四人を出迎えた。
「随分早かったのう。船は見つからなかったのか?」
その質問に「解決してきた。」と返され驚きを隠せないマウリツィオは大笑いし、朝飯を食っていけと自分の家へ招待する。勿論断る理由も無ければ食事にありつけると言うありがたい行動に感謝しつつ一行は家へと向かった。
元々が老人の一人暮らしである為、買い置きしている分も少なく、用意出来る食事はどちらかと言うと貧しい物ではあったのと、タダで貰うのも悪いと一行は持っていた食材を使用し朝から中々豪勢な品が並ぶ事になった。中には響也お手製のフガフガとした天ぷらモドキも含まれる。
食指中は幽霊船の話で持ち切りになり、お互いがどの様な光景を目にしどう感じたかを話していると、スペクターを倒す切っ掛けとなった武器として響也はジャマダハルを引き抜きマウリツィオに見せた。
「コイツのお陰で助かったんだ。見て、この鱗粉。これの妖精の鱗粉を付けたジャマダハルで切ったら効果抜群。そこをルイーザが真っ二つ!」
響也の話にはかつての敬語は無く、意気揚々と話す姿を見てマウリツィオも楽し気に聞いていたのだが、ジャマダハルの話になると急に悲しいような目で見つめ始めた。
「そうか・・・よくやったな。これからもこの人を守るんだぞ。」
そう言ってマウリツィオはジャマダハルの握り部分を撫でると、亡くなった自分の息子へ声をかける様に慈しみの感情を露わにした。これに対し響也も無くなった息子へ感謝の言葉をかけると辺りはしんみりとした空気で満たされた。
食事が終わるとマウリツィオは燻製にした魚を手土産として持たせ、町の入口まで見送りをする。何から何まで世話になったと何かお礼をしたいと言う響也に『土産話を持って来てくれれば十分。』と優しい言葉で返す。次来る時はもっと面白い話を持って来る事を約束した一行は王都を目指し出発する。その足取りは軽く、ここまで清々しい気分になるのは久しぶりだと会話が止まらない。
夕日が街を照らし始めた頃、王都へ到着した一行が最初に目指したのは銭湯である。海風でギシギシとなった髪を洗い、汗と埃塗れの体も綺麗にしていく。浴槽へ浸かると自然と声が漏れ、いつも通り縁に頭を預け体を一気に脱力させる。
やっぱり日本人は風呂だよなと思っていると、今朝の事を思い出す響也。自分が見ていた物は夢。それも日本に居た頃に似た様な経験をした物。一緒に居た友人やガミガミと説教の長い教師、普段ならいつも食べていた弁当やパン。日本へのホームシックに近い感情を抱いて居ると、響也の横へセルジュもやって来る。
「ローアケルドも良いけど慣れてる銭湯も悪くないよね。」
そう言ってセルジュも肩まで浸かり天井を見上げる。そんな彼を見て分かってはいたが考えないようにしていたある事実を考えなくてはいけなくなった。
元の世界に戻ると言う事は、三日月の三人だけでなく、先程まで居たマウリツィオ、ジントリムに居るカレンと女将、更にはサイドアームのメンバーとも二度と会う事は無いと言う事。
帰りたいが、響也は何だかんだとこの世界を気に入っており、ゲームや漫画が無い代わりに肉体労働と命を預けられる仲間が居た。元の世界にも仲の良い友人は居るのだが、彼と三日月を天秤に掛けるのは両者に失礼。しかし、響也は必ず選ばなければならない。残るのか、戻るのかを。
「取り合えずギルドに戻ったら報告して、そのまま部屋代の支払いで良いよね?あとはエリクシール。やっぱり賢者に会うしかないのかな?だとするとランクを上げるしか・・・。」
提案したと思えば悩み始めるセルジュを見て、結論を出すのは今じゃないかなと先延ばしにする事にした響也。今は仲間との時間を大切にしよう。そう感じながら。




