キメラとの戦い
翌日、早朝から出る馬車に乗り北にある『サエノ村』を目指し出発した一行は、到着の間での間各々好きな様に過ごす。響也はセルジュと共にチェスを打ち、ルイーザは昼寝。ジョゼは日記を付けている。
つい先月のジントリムからダミアバルに来た時の様な喉かな風景。馬車の客は響也達しか居らず、のんびりとした時間だけが馬車と共に進んで行く。
「セルジュ、サエノ村から目的地まではどれぐらいだ?」
「歩いても半日かからない程度かな。逆に村が襲われてないって方が疑問になる距離だ。」
セルジュは響也のポーンをビショップで取りながら返答する。
「確かに、王都のクエストボードにあるぐらいだしなぁ。」
今度は響也がルークでセルジュのナイトを取りながら会話を続ける。セルジュの予想では村の中にキメラが嫌がる物があるのではとの事。生物の中には火や煙だけでなく、一種の花の匂いを嫌う者も多く居る為、仮説としては一番有力と思われた。
昼になれば馬を休めつつ昼食を取り、夜になれば野営の準備。朝になれば出発と言うサイクルを繰り返し二日後の昼に何の問題も無くサエノ村へと到着する。
「ずっと座ってたから尻が痛いな。」
次馬車に乗る時はクッションを用意すると心に決めた響也を先頭に一行は馬車を降りると客ではあるが乗せてくれた小さな親切として村の入口まで馬車の荷物を運ぶ。
村はRPGにある様な小さな物で、住民も50人を切っている過疎地域と呼べる。とは言え、馬車で通る限りこの辺り唯一の村である為それなりに交易があるらしく、村人は暮らしに不自由している様子は無い。
「この辺りは昔珍しい鉱石が出たんだけど、今じゃ普通の鉱石や石炭しか出ないから過疎化したんだ。」
説明を求めてはいないが、響也が疑問に思った事を一方的に喋るセルジュ。聞けば『サミカレメ』と言う舌を噛みそうな名前の金属が採掘されていたとの事。その希少性故、サミカレメ製の武具は一国の王レベルの者にしかお目に掛かれない代物である。
村の入口に置いた荷物は四、五十代であろう白髪交じりの金髪をした男がテキパキと仕分けをしており、その動きは年を感じさせない程素早く正確な物。響也達も世話になるついでに手伝おうとするが、知らない人間が手を出した所で却って遅くなると一蹴される。
「見た所探鉱狙いじゃなさそうだな。かと言って観光に来る様な所でもない。軍でも無いとなると、魔物か?」
仕分けをある程度終えた男は最後に運んだ箱に腰を掛けると、響也一行を見て質問をする。種族もバラバラで武器を持っている事から結論付けたものだろう。実際その通りなので男の推理は完璧である。
「この付近にキメラが出たと聞いたが、ここの人間が依頼したんじゃないのか?」
討伐依頼を出しているのなら質問に矛盾が生じる為、今度はルイーザから男へ質問を返す。
「キメラか、確かに出てても不思議じゃねぇな。この辺りは昔から大型の魔物が多くてな。しかしどういう訳か村の中まで襲いに来るなんて事はねぇんだ。」
「つまり、村の外に居た人間が見かけたと言う訳か。」
男の返答から推理するセルジュ。それを聞いた男は「だろうな。」とだけ言って立ち上がると村の奥を指さし宿屋の場所を教える。同時に、仕分けした荷物を持って行ってくれと言う『本題』を受け、響也達はついでにと木箱を宿屋まで運ぶ事にした。
宿は昔人が大勢居た名残か一部屋がやや広い造りになっており、優に八人は入れる程の面積を持っている。常に三人は同じ所で生活をしている為抵抗なく受付に来るが、セルジュは二部屋にするべきではと意見をする。
一度は金がかさむと言う理由で却下されたが、「何かあった時に血を見るのは俺達だ。」と言う響也の言葉に説得力を感じ借りた部屋の中に入り込む。
目的地までは歩いて半日。今から向かえば最悪真っ暗の中戦う事になる為、今日一日は村で過ごす事にした一行は嵩張る荷物を置いて村へ繰り出す。通行人は漏れなく四十代以上で若者の姿は見当たらない。
「今じゃ石炭と銅の鉱床だからねぇ。若い人は王都へ行ったんじゃないかな。」
「寧ろ若い奴程力があって向いてるんじゃないのか?」
「採掘よりもクランの方が稼げるからね。サミカレメがあった時代とは別物だよ。」
歩きながら会話をする響也とセルジュ。何処か寂し気な村になってしまった理由を聞き己さえも寂しく感じる。
昼食にと入った店は村の人がチラホラと存在し、各々テーブルを挟んで会話をしていた。この村では肉類が殆ど無く、殆どの料理は野菜と穀物のみである。それを聞き、肉を食いたいルイーザは不満気だったが、大豆のハンバーグを食すと手の平を返した。
翌日、武具の点検を済ませた一行はキメラ退治をする為、村の東にある炭鉱を南から迂回するように上り始めた。目的地は数十キロ先ではあるが、山道となると歩き難く思うようにペースが上がらない。結果、目的地に到着するには約五時間を要し、帰るまでに暗くならない事を祈る他無かった。
到着した一行は散らばりキメラが居た形跡を探し始める。標準的な体の大きさからして存在するならば確実に目立つ痕跡がある筈だとやや広くなった岩山の上を探索する事五分、ジョゼが真新しいキメラの足跡を発見する。
足跡から推察するに体長は五メートル近くの大型。象の大きさが約五から六メートルである事からして、足の長さは違えど殆ど同じ大きさの体躯である。
「ついさっきまで居たって感じの足跡だね。」
足跡の分析をするセルジュ。分析通りと言えば良いのか、その調査は即座に打ち切られる事とは思いもしていなかった。
「荷物を置け。構えろ。」
全員に聞こえる程度の声量で自分達の置かれている状況を伝えるルイーザ。真新しいと言う事は先程まで居たと言う事。なら何故居なくなったのか。獲物を狩る為か、響也達を警戒してか。またはその両方か。
「響也とセルジュは右、ジョゼは左だ・・・散れ!」
ルイーザの掛け声と共に各自武器を抜きその場から一斉に移動を開始する。ルイーザはその場で振り返り大剣を構えながら一気に突撃を開始。背後から近づいていたのは予想通りキメラ。それも予想通りかなりの大きさである。
全員が動いた事によりキメラも自分の作戦がバレたと分かったのか視線を左右に動かした後、正面にいるルイーザに標的を定め前足で攻撃を繰り出した。その足の大きさは四十センチはあるであろう幅に十五センチ程の長さの鉤爪があり、熊が比較にならないレベルと言える。
鉤爪は服に引っかかるだけでもアウトだが、運良くルイーザは元より軽装な為引っかかること無く回避する事が出来た。しかし、避けた所で次に待っているのは牙。ライオンの二倍以上の大きさである為有効距離は通常のライオンより遥かに長い。
大剣の平で防ぐ体制に入ったルイーザだが、キメラの力には遠く及ばず。牙からは逃れたが、その拍子に大剣が自分の胴体目掛け反って来た為弾き飛ばされる形で先程まで調べていた足跡まで後退する。
その一方、キメラの左側に回り込んだジョゼは鍼をライオンの目玉に投げつけるが、まるで分かっていたかの様に回避されてしまう。
同時にキメラの右側セルジュも地面に右手を当てニメートルのゴーレムを召喚し戦闘に備え、響也はそのまま走り抜け後ろ側に回り込む。これによりキメラの四方を完全包囲した。
セルジュのゴーレムは右腕を振り被り一気に振り下ろすが、キメラはこれも軽く交わし次の目標がゴーレムへと変更される。その瞬間、尻尾の蛇と目が合ったジョゼは少しばかり視線を上げた。
「まさか・・・」
視線の先ではまるで微笑んでいるかの様に口角が上がったヤギがジョゼを見ている。キメラの注意点はライオンだけではなく、背中の山羊、そして尻尾の大蛇。つまり全方向を見る事が出来ているのだ。
「視野です!キメラは全方向見れます!」
ジョゼの言葉を聞き少し考えれば分かりそうな事を何故分からなかったのかと気づいた三人は同時に攻撃を仕掛けるしか無いと言う結論に至る。
視野を奪うにはジョゼの鍼が一番確実ではあるが、鍼を構えただけで山羊はジョゼを凝視し『投げればお前を襲う』と言わんばかりの威圧感を放つ。勿論、自分が囮になると言う手もあるが、開けた岩山では壁や天井は勿論、木さえも真面に生えていない為逃げる場所が無い。加えて、ジョゼは長いローブを身にまとっている為、鉤爪に触れれば確実にやられる。尚、ローブの下も大して変わらない服を着ている。
『考えが甘かった』
全員の頭にその言葉が浮かぶが、そんな事を考えている暇があればどうにかして打開策を思いつかなければならない。こちらの武器は大剣、鍼、ゴーレム、片手剣。どう考えても『全方向を見れる大型のキメラ』を相手にする装備ではない。
しかし、考える間もなくゴーレムに対し攻撃を開始するキメラ。幸いにも岩で出来たゴーレムは相性が良く抉られた爪の跡がくっきりと残るが少し蹌踉めく程度で倒れはしない。
「僕が囮になる!」
そう言うとセルジュは左手を地面に付き二体目のゴーレムを召喚する。本来一番囮に向かない『召喚術師』が囮を引き受けた事で狼狽えていた自分を恥じた響也はキメラの右腹部へと突撃を開始。それと同時にルイーザも左脇腹へ突き進む。
左右からの同時の攻撃に対し一度後ろへと退避しようとするキメラだが、その後方からはジョゼが鍼を投げていた。前後左右と逃げ場が無くなったキメラだがもう一つ逃げ場がある事を忘れていた。上である。
外した鍼はゴーレムに直撃すると辺りに散らばり、お互いに目が合った響也とルイーザは咄嗟に剣の軌道を変えギリギリの所で交差する事が出来た。だが安心するのはまだ早い。羽を持たない生物が跳んだ場合、次は落下が始まる。
上を見上げれば既に落下を始めているキメラ。ライオンと大蛇は確実に響也とルイーザをロックオンし体で押し潰すつもりである。剣の切っ先を上に向けた状態で放置すれば自重で突き刺さると言う作戦も脳裏をよぎるが、そんな事をしていては自分が逃げ遅れ剣と共にお陀仏だ。
しかし下を見ていたのが仇になったか、ライオンの頭にゴーレムの拳が直撃する。ただ拳と言っても岩の塊なので厳密には違う。
ほんの一瞬だが、落下速度が遅くなった事により間一髪回避に成功した響也とルイーザは地面を転がりながらも素早く戦闘態勢に移行した。この事で完全に怒ったのか、キメラは咆哮と共に巨大な炎を吐き始めた。岩に炎は利かないと言ってもその熱波を直撃したセルジュは手を地面から離してしまう。すると魂が抜けたようにゴーレムもその場へ倒れ込む。
普通ならばセルジュの元へ行き安否を確認するのだが、命が掛かっている以上まずは倒す事が先決。残された三人はキメラへ一斉に攻撃を開始する。
最初に到達したのはジョゼの鍼。意志の大本となっているであろうライオンはゴーレムに注目しており、その間辺りを見る山羊や蛇の視界が邪魔ならば先にそちらを処理しようと六本の鍼を同時に投げた。蛇もそれに気づいたものの、ライオンがゴーレムに威嚇をしている為まともに動けず蛇の胴体部分に二本、右目に一本刺さり、残りの鍼はキメラの腿や山羊の首へと命中する。
その次はルイーザ。狙いはキメラの腹部で内臓を傷つければ大なり小なり行動が怯むと言う考えである。しかし、ジョゼの鍼の影響と、山羊の目によりライオンの意識もゴーレムから左右の響也とルイーザへ移っており、身を九十度反転するように右方へ向けると再び炎を吐き出す。
だが、右方向へ向いたと言う事は同時に尻尾が響也の方向へ向いたと言う事。幸いにも蛇の右目は潰れており、響也の事を認識出来ているのは背中の山羊のみ。今の状態で真っ先に狙うのは蛇。響也は鱗に覆われた蛇の胴体に力の限り剣を叩きつけ尻尾で言う根本付近を太さ三分の二程切断する。
尻尾が斬られた事で火を噴く事を止め響也へ攻撃しようと態勢を変えるキメラだが、その間にもジョゼは鍼を次々投げ山羊の意識を奪っていく。結果、響也を見つける頃には十二本以上の鍼が刺さっており怒りのピークに達したキメラは再び飛ぼうとする。
が、再び息を吹き返したゴーレムがそれを阻止する。振り下ろされた拳が直撃した山羊は首があらぬ方向へと向く。怒りに任せ炎を辺りに拭こうとしたその瞬間、ルイーザの剣が右腹部から右腋へと切り裂き、炎のない強大な咆哮が辺りに響き渡る。
その間も攻撃の手を緩めない響也は剣を左脇腹に突き立て着実にダメージを与える。鍼を全て投げてしまったジョゼも後ろ腰からナイフを取り出し腹部へと刃を立てる。が、咆哮を終えたキメラは息絶え、その場に倒れ込む。その際食い込んだ刃が抜けず、咄嗟に手を離した為、響也の剣はキメラの下敷きになるような形になってしまった。
暫くの静寂。動かなくなったキメラを見て討伐に成功したと感心した一同は歓喜の声を上げる。二週間近く前のキングトロール戦とは違い、今度は誰も犠牲者が出る事無く戦闘が終了した。・・・と思われた。
キメラの胴体部はルイーザの大剣が肺と心臓を切った事により動かなくなったが、切断寸前になっている尻尾の蛇が文字通り牙を向き後ろから回り込もうとしていたルイーザの右前腕に噛みつく。同時にルイーザは大剣をその場に落とし倒れ込んでしまった。
異変に気付いたジョゼはすぐさまナイフで蛇の頭部へ刃を立てるが、ナイフの扱いに慣れていない事と、ふらふらと出鱈目な動きをする蛇に当てるのは非常に困難。ジョゼの異変に気付いた響也も現場に到着し、仲間の光景を目の当たりにする。しかし呆然ともせず、響也は落ちていたルイーザの大剣を拾い上げると、尻尾の根本へ斬り上げ蛇を完全に切断する。
「無事か?!」
「私は大丈夫です。でもルイーザさんが蛇に噛まれました。」
二人の会話に対し完全に死角になっていたセルジュも急いで駆け付ける。
「何だこれは?!まさか毒を持ったキメラだったのか?!」
セルジュの知るキメラの蛇は全て無毒の物であった為、ルイーザの右腕の傷跡を見て唖然としてしまう。
「セルジュ、解毒剤は無いのか?!」
「毒の成分も分からないし解毒剤何て便利な物は無いよ。でもこのままじゃまずい・・・急いで村へ戻ろう!」
セルジュは持っていた布切れをルイーザの右肘関節部できつく縛り、噛まれた部分を持っていたナイフで切り、血をある程度出すと先に下山するよう二人に伝える。自分は残って武器や毒のサンプルを回収する為、後から追いかける旨を伝えると切断された蛇を調べ始める。
ジョゼはルイーザを背負い、響也の腕を握るとそのまま飛んで一気に下って行く。これにより村へは三十分程で到着する事が出来た。
体力を全て使い果たしたジョゼはルイーザの体を響也に預けるとその場で倒れ込み全身で息をする様に大きく小刻みに震え出す。そんなジョゼを心配ながらもルイーザの命に係わる為、その場で医者が居ないかと村全体に響くような大声を上げる響也。
何事だと顔を出す村人だが、キメラの毒と言う聞いた事も無い症状な為打つ手なしと絶望が浮かぶ。その時、王都から来た馬車が到着した。
『今からこの馬車で王都へ帰れば助かるのでは?』と思った響也はルイーザをその場に寝かせると急いで馬車の元へと走り出す。
「頼む!今すぐ王都へ向かってくれ!」
御者に何一つ説明せず怒鳴る様に頼み込む姿を見て中に乗っていた冒険者も疑問に思い顔を出す。響也が慌てながら事情を説明すると、その冒険者は載っていた鞄を掴み下車し「案内しろ。」と村の中へ入った。