サイドストーリー 1 執事とスリ (飛ばしても大丈夫です)
『新居と埃と今の目標』
『盾と月』
『打ち解け』
に関わるサイドストーリーです。
読み飛ばしても問題ありません。
西大陸の西側に位置する都『シェルジェブール』
東の王都ダミアバルとは違い科学分野が発達している事と鉱山が近くにある為、街には鉄を使用した物が多く、一部蒸気を使用した機械が存在している。
しかし何処の都でも変わらぬ事がある。それは身分の差。身分の上の者を否定する様な事があれば即処刑される事も珍しくは無い。中には通行の邪魔だと言う理不尽な理由で牢獄に入れられる事も。
ある日、一人の青年が下級街の市場を歩いていると一人の少年の悪行を目にする。少年はすれ違う人々の懐や腰から財布をくすねる言わばスリを行い人ごみの中へと消えて行く。
気になった青年は少年を追いかけ人ごみの中へ飛び込むと、見失わない様必死に前へと歩みを進める。しかし、そんな行動をした為か逆に少年が追跡されている事に気づき脇道へと逃げ込む。だがそれは賢明な判断とは言えなかった。
脇道へ入り込んだ瞬間、大柄な男が少年の胸倉を掴み持ち上げると壁へ叩きつけながら叫ぶ。
「俺様の金に手を出すとは良い度胸してるガキじゃねぇか。」
少年はそのままの状態で体を揺すられ持っていた物をその場に落としてしまう。そこには財布以外にパンや干し肉と言った食品も含まれており、少年が貧しい暮らしをしている証拠の品々。
それに気づいた大柄な男は拾おうと目線を下げた瞬間、少年は掴まれたまま地面に足を着き、素早く男の顎へ頭突きをお見舞いすると即座に逃げ出した。
少年はそのまま市場を抜けた先の川に架かっている橋の下へ移動すると上がり切った息を整える為大きく深呼吸をする。が、その時気配を感じ振り返ると追跡していた青年の姿があった。
「素晴らしい身体能力だ。先程、大男と対峙した際何があったのか教えてくれないか?。」
「何の話だ?俺は走るのが趣味なだけだ。」
青年の質問に嘘で答える少年だが、勿論青年もそれを理解している。
「失礼。私には男が腕を下げたと言うより『下げさせられた』様に見えた物でな。更にそこから相手をかく乱させるのに一番な顎を狙うと言う件名な判断。さぞ・・・」
「煩いな。俺は何も知らないって言ってるだろ。それに知ってたとして何で君にそれを言う必要があるんだ。」
青年の言葉を遮る様に言い放つ少年。しかし内心、先程の行動が見られていた事により焦っていた。それを悟られる様強めの言葉で反発する。
「確かに、だが安心して欲しい。私は別に捕まえるつもりも告げ口をするつもりもない。純粋に興味を持っただけなのだ。」
青年はそう言いながら肩に背負っていた鞄からサンドイッチを取り出すと半分に千切り「一緒に食べよう。」と少年へ差し出す。
少年はそんな誘いに乗るかと警戒するが、男は差し出していない方のサンドイッチをその状態のまま一口齧る。
「この通り毒なんか入って無い。・・・まぁどうしても要らないと言うのであれば私が全部食べるが。」
それを聞くと少年はジリジリと距離を詰め青年からサンドイッチを奪う様に受け取ると再び距離を取る。余程空腹だったのか、少年はその場でがっつく様に食べ始めると青年は再び質問を再開する。
「一人なのか?仲間や友人は?」
「居る訳ねぇだろ。俺は何年も一人で生きて来たんだ。」
「そうか、スリは生きる為に?」
「説教なら聞かねぇよ。特に飯を寄越して善人気どりの偽善者の言葉はな。」
少年は川の水を手で掬って喉を潤すと厄介払いの様に青年を突き放す。
「まぁそう言うな。確かに私は偽善者だ。屋敷の執事をしているのも仕える事で自分の身分を立証する為に行っている事。否定はしない。」
「今度は身分自慢か?大層なお人で。」
「常々感じていた事がある。貴族は口に合わなければどんな食材であろうと捨てる。この食材を食べたくても食べられない者が居ると言うのに。」
「今度は食い物の自慢かよ。よっぽど話相手がいねぇんだな。」
「その食事。まぁ言わば残飯になってしまうが。これを分け与える事が出来るのではと。」
その瞬間威嚇していた少年の表情が変わる。
「私が食料を持ってきたらスリは止めるか?」
そんな上手い話がある訳ない。少年は貧乏人を馬鹿にしているのかとその場から逃げるように立ち去る。その背後からは「明日ここで。」と投げかけられるが脚を止める事は無かった。
翌日、いつもの様にスリを行おうと市場へ足を向けるが、昨日の言葉が気になってしまい建物の影から川を覗き込む。そこには人影が一切なく、遠くから監視をしている様子も無い。どうせ奴は居ない、そう思いながらも橋の下へ向かうと青年は居た。
「来たな。今日は一齧りしただけで残したステーキと手を付けすらしなかった野菜だ。」
そう言って青年は鞄から取り出すと少年へ見せつける。因みにステーキは皿等無く、布で包むと言う方法で持ち運ばれていた。
干し肉以外の肉を久しく口にしていない少年は青年から奪うと即座に口へと運ぶ。青年はその姿を見ながら一方的に話し始める。
「私が食事を持って来れるのは昼だけだ。長い時間抜ければ御主人に目を付けられてしまう。後は雨の日も抜け出るのは難しい。だが、私がこうして食事を持ってくる間はスリをしないと約束してくれないか?」
しかし少年は答える事無く食事を続けており、青年を見る事は無かった。
その姿を見た青年は立ち去ろうと後ろを向くと逆に少年から声を掛けられる。
「名前は?」
青年は立ち止ると再び少年の顔を見る。今度は確りと目を見ており、その瞳には若干ながら光を感じる。
「ラキオ。しがない執事だ。」
「ディーノだ。明日、雨じゃなかったら待ってる。」
その言葉に笑みを浮かべたラキオは振り向いて後ろ向きに手を上げるとその場を去っていく。
この出来事以来ラキオはディーノだけでなく貧しい者へと食材を渡す生活が続き、気が付けば貧困層からの信頼も得ており、現場を目撃されそうになると全員で匿い誤魔化す事もあった。
しかし、そんな日々も突如として終わる時がある。本人はしがないと言っていたが、執事長と言う貴族の側近に近い存在であった為、度々の外出に疑問を思った別の執事によりラキオの行動が明るみに出てしまう。
これにより責任を問われたラキオは執事その物をクビにされ即刻上級街からの退去を命じられた。住み込みの執事であった為行く当てもなく、金も無い筈なのだがラキオの表情は何処か満足気で数少ない荷物を纏めると館を後にする。
「普段から良い思いをしていたのに残念だったな。」
館の門にてラキオは声のした方向に顔を向けると彼の行動を報告した男が立っていた。妙な笑顔で勝ち誇った様な表情に不愉快になったラキオは口を開く。
「あなたが思っている程執事長と言うのは簡単では無いし良い身分でもありませんよ。」
「少なくとも俺よりは良い思いをしてたんだ。はっきり言って目障りだったぜ。精々乞食のガキと仲良くするんだな。」
「それは奇遇ですね。私もあなたが嫌いだ。お得意の胡麻擦りでもして御主人に気に入られる様頑張る事ですね。」
お互いに皮肉を言い合うと門を開け出て行くラキオ。彼の言った言葉の通り、この男は執事長と言う立場のラキオを気に入っておらず、御主人の横にいるだけで自分より高い給料を貰っていると思い込んでいた。今回の報告もラキオが居なくなれば自分が執事長に慣れると思っての行動だった。
翌日、宿で休んでいたラキオは扉を乱暴に叩く音で目を覚ます。何やら叫んでいる様だが、寝起きな事もあり聞き取る事は出来ず扉を開ける事にした。
「お前がラキオだな?」
扉の前に居たのは上級街にいる兵士だった。その奥には複数の兵士の姿も確認が出来る。心当たりの無いラキオはそのまま何も喋らず頷くと兵士は続きを話し始める。
「お前にはダニエル執事長殺害による逮捕令状が出ている。一緒に来てもらおう。」
ダニエルはラキオの執事仲間で非常に気が利く為一番信頼していた相手である。そのダニエルが殺害されたと言う事だけでさえ驚きなのだが、問題はその殺害した犯人が自分であると疑いをかけられた事だ。
「分かりました。私は無実なので兵舎にて説明をさせて頂きます。」
「無実かどうか等はどうでも良い。私には関係の無い事だ。」
仕事と割り切っている兵士に連れられ兵舎まで来ると椅子へと座らせられる。この国では裁判に近い制度が採用されているが、上級民の一方的な意見がまかり通る形だけの裁判に等しい。
ラキオを連れて来た兵士が真横に移動すると椅子の前にいる兵士長らしき人物が令状を読み上げる。
「昨日夕刻。容疑者ラキオは執事をクビにされた事に腹を立て、執事長に決まったダニエルを殺害し逃亡した。間違いないな?」
「間違いしかありません。」
「戯けた事を言うな!現場にいた者が供述しているのだ。」
ダニエルが殺害された事さえ知らないラキオの殺害した瞬間を見たと言う男。それは勿論、昨日門で皮肉を言っていた男。自分が固執している執事長に慣れると思っていたが、ダニエルが選ばれた為嫉妬に駆られ殺害に及んだと言う所だろう。
「彼の言う事は信用に値しません。何故なら・・・」
「発言を許可した覚えはない!以上の事から容疑者には死刑を言い渡す。」
全く聞き耳を持たない兵士長。執事長と言う身分を剝奪されたラキオも今は唯の下級民。上級民の執事と言う立場の人間にかなう筈も無く、その場で手枷を取り付けられると公開処刑場へと誘われる。
この時ラキオが感じていたのは絶望や怒りでは無かった。純粋な無。不平等、理不尽な結果に対し疑問さえも抱く事は無く『なるようになった』と言う無の感情。ここで騒ぎ立てても結果は変わらず、ただ一匹の動物が死ぬだけ。
石で出来た高さ一メートル程の舞台。その中央には茶色く鉄錆の腐臭を放つ液体に塗れた木製の台が置かれている。この街では処刑が珍しい物ではなく、定期的に因縁を付けた貴族が余興として行ったりもしている。今日はそんな日だった。
台の上に首を置き目を瞑るラキオに対し大斧を持った男が問いかける。
「最後に何か言いたい事はあるか?」
「いや、何を言っても無駄な無能共に言葉など必要ない。」
ラキオの返答に鼻で笑うと男は斧を振り被った。その瞬間である。
「何でだよ!悪い事なんかしてないじゃん!俺達に残飯をくれるのが悪い事なのか!?」
観衆の奥から少年の声が聞こえた。今では聞きなれた声。ラキオが目を開くと遠くから人ごみを分けてディーノが駆け寄って来る。
「何してるディーノ!来るんじゃない!」
そんなラキオの叫びも空しくディーノは処刑台の最前列まで身を乗り出した。
「そいつは俺達みたいな貧困層に飯をくれた人だ!殺されるような事は絶対しない!」
ディーノは処刑人に対し言葉を発するが、気づいた兵士がディーノを取り押さえる。この国では処刑を妨げる行為をする者は如何なる者でも万死に値する。当然処刑人の手を止めたディーノは重罪となり、そのまま縄で縛られ処刑台の上へと転がされた。
「まずはこのガキから処刑する。それで宜しいか。」
処刑人は処刑台の横に居る兵士長に確認を取ると、兵士長は無言のまま頷いた。
「ふざけるな!殺されるのは私一人で良いはずだ!そいつは関係ない!」
「執行中の舞台に口出ししたんだ。関係はある。」
ラキオの訴えも全く聞き入れられず、男は転がっているディーノの首に照準を合わせ斧を振り上げた。その時観衆の一番奥で見ていた金髪の男が即座に処刑台へと飛び込む。
振り下ろされた斧は金髪の男が持っていた盾に当たり金属の鈍い音と共に完全に停止。その男は当時ににやりと笑うと処刑人に対して話しかけた。
「おいおい、この国ではこんな小さい者でも処刑するのか。腐っとるのぅ。」
再び処刑が邪魔をされた。しかも武装していると言う事で処刑台の周りに居た兵士が総出で金髪の男を囲む。そんな中一切気にも留めずディーノに対しでも話しかける。
「小さいの。怪我は無いか?」
目線がディーノに向いた事で隙が生まれ、先に動けないラキオの処刑を行おうと兵士が剣を振り下ろすのだが、その剣も首に達する事無く停止した。
金髪の男は斧を受けている盾とは逆の左腕で剣を受けていたのだ。しかし剣は腕を切る所か食い込む事さえ出来ず無情にもその場に固定されている。
「真に腐っとるのぅ。処刑待ちの若いの、お主の本当の気持ちを言ってみよ。」
急に話を振られ一瞬何の事なのか理解出来なかったラキオだが、金髪の男を目を見て今まで失っていた一つの感情が浮かび上がって来る。
『悔しい』
「私は悔しい!食材を無駄にする貴族が!貴族の言いなりになる兵士が!そして何より、何も出来ない、しようとしない自分が!今分かった、私は悔しかったんだ!」
「良い目をしておる。ならやれるな?」
金髪の男はラキオの返答を聞くと左腕と盾を動かし二人の持っている武器を弾き飛ばすと、ラキオの手枷の鍵を素手で破壊。そのまま縛られたディーノを左腕で担ぎ「ついて来い。」と言わんばかりに舞台から降りて走り始めた。そんな彼に遅れまいとラキオも追いかける。
目的地はシェルジェブール正門。途中騒ぎを聞きつけた兵士の妨害もあったが、金髪の男は盾を駆使し何事も無かったかのように走り続け、気が付けばシェルジェブールを飛び出し追っ手さえも追いかけて来ない所まで避難する事が出来た。
「助かりました。でも何故こんな事を。」
「さっきも言ったが腐っておったからのぅ。儂はあの手の者を好かんのじゃ。」
肩で息をしているラキオの質問に息切れを大して起こさず金髪の男は返答する。
「あの盾使い、お見事でした。それ程の腕ならば聞き覚えがあるかも知れません。宜しければお名前をお教え戴けませんか。」
「畏まった喋りをするのぅ。儂は唯の旅人じゃよ。」
名乗る程の者ではない。彼はそう言いたい様だ。
「失礼。私はラキオ、唯の死刑囚です。」
ラキオの態度に笑いが零れた男は「これは参った。」と、担いでいたディーノを降ろしラキオの目を見ながら答えた。
「礼儀には礼儀で返さんとな。儂の名はピエール。自由気ままに生きている浮浪者じゃ。」
聞けば出鱈目に旅をしており、街へ入って最初に目にしたのが処刑の直前だったらしい。その為前後の話を聞いていないのだが、処刑を邪魔した子供を殺すなどあってはならぬ事だと動いたとの事。
「子供だガキだって言うけど、俺は背が小さいだけでラキオと同じぐらいの年なんだぞ!」
縛られたままのディーノがモゾモゾと動きながら講義する。忘れていたと急いで縄を解くとディーノはその場で立ち上がりピエールに礼を言うと冷静になりこれからの事を考える。
「でもこれからどうしよう。行く場所も金も食料も無い。」
「なに、食料は森で探せば良い。行く場所は風の向くままに進めば良い。儂はこっちへ行くつもりじゃが、お主等はどうする。」
そう言ってピエールはシェルジェブールとは逆方向を指さしながら二人に問いかける。答えは勿論「一緒に行く。」である
それから数週間後、三人は『ラダウィッチ』と呼ばれる街に到着する。ここへ来るまでに生きる為の術をピエールから学んだ二人は一度この街で別れる事を決意した。
次に会う時は肩を並べても恥ずかしくない人間になっていると約束をして。




