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記憶の道  作者: 桐霧舞
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一日目

 異世界に来たら何をするか。

 元の世界の知識を使って金儲けするか。

 ヒーローとなってこの世界を救うか。

 女の子にちやほやされるか。

 

 否


 特に才能がない人間は明日の命さえも怪しくなる。

 こちらの世界に持ち込めた物は財布のみで、スマートホンや学生鞄は元の世界に忘れてしまったか、こちらの世界に来る時に途中で落としてしまったらしい。

 響也がまず確認した事は言葉が通じるか否か。文字も読めず言葉が通じなければ道具はおろか食べ物も買う事は出来ない。

 町に入って左側のパン屋と思わしき店前に立つ。

 「こんにちは。」と挨拶を掛ける響也に対して「いらっしゃい。」と返答が帰ってくる。理由は不明だが言葉は通じるらしい。

 財布にある小銭を見せて使用が出来るか尋ねたものの、見たことの無い通貨は使用できないと軽く遇われる。

 しかし、金が無くては路頭に迷う。響也は小銭をどうにか換金出来ないかと相談した所、今いる道を右に進み、一つ目の道を右に曲がった先に骨董品屋があるので買い取ってくれると言う。

 礼を済ませた響也は、見慣れない服に身を包んでいる為か町中の人からの視線を感じながらも教えられた通りに道を歩く。

 看板の字は読めないが、古い物が道からも確認できる。カウンターには白髪交じりの金髪と髭を生やした店主と思わしきお爺さんが本を読んでいる。

 埃っぽく少し錆の匂いのある店内に入り話しかける響也と、その声に反応して本を閉じるお爺さん。

 少量の小銭と札を広げ買取が出来ないかと尋ねると、お爺さんは虫眼鏡を取り出し査定を始める。響也の予想通り、このお爺さんは店主だった様だ。

 響也は店主を横目に店の商品を眺める。古い壷に錆びた鎧や剣。使われなくなったアクセサリー等、RPGの様な世界に来た事を改めて痛感させられた。

 暫くすると店主から声が掛かり、響也は店主の下へ歩む。

 鑑定の結果、十円玉の銅と珍しいが数が少ない一円玉のアルミで二百マルク。五百円玉や百円玉の白銅で百マルク。千円札は五十マルク。合計三百五十マルクである大銅貨三枚と銅貨五枚を受け取った響也は次に物価を調べるため店を後にする。

 最初に話しかけたパン屋でパン一つ幾らなのかを聞けば凡その物価が分かると考え来た道を戻りパン屋を探すが、歩いて一分と掛からない場所なのですぐに見つけることが出来た。

 一般的に食べるであろう少し大きめのコッペパンの値段は一つ八マルク五グランで販売していた。額を十分の一単位で区切り、一つ八十円程と考えると三百五十マルクは三千五百円程になると計算した。

 財布は合計二千円も無かったので少し儲けた状態に少し歓喜するが、今はこの額が全財産だと理解すると少しばかり背筋が凍る。

 響也は十マルクである銅貨を渡すと一回り小さい銅貨一枚と四角い小さな銅貨五枚が返却される。この四角い小さな銅貨が一グランと言うらしい。この国では一番下の通貨のみ呼び名が変わると言う効率の少し悪い作法を採用しているらしい。

 パンを購入した響也は続けて職を探している事を伝えると店主は店を左側へ真っ直ぐ進んでいけば左手に見えてくると教えてくれる。

 響也は再びお礼をし、教えてもらった場所に歩いていくことにした。

 五分程歩いた先には張り紙が張られた掲示板が多数ある店があった。RPGで言うクエストボードの様なものだと理解は出来たが、響也にはこの世界の文字を読む術が無いので奥に居る店主らしき人物に話を聞く事にした。

 店主曰く、ここは長期の職を募集する場所であって短期の職は扱っていないとの事。

 三百四十マルク程の金額で生きていける程甘くない世界なのは重々承知している為、長期でも良いから身寄りの無い自分を採用してくれる場所は無いかと食い下がる。

 すると店主は決して高くないが、住み込みで働いて欲しいと言う宿屋の話をする。親子二人で食事やベッドメイクを行っている小さな宿だが、男手を必要としているらしい。

 響也は住む所までも有るので是非紹介してくれと頼むと、店主は茶色を帯びた紙にペンを走らせるとそのまま手渡してくる。

 文字は読めないが紹介状を書いてくれたらしい。

 店の正面の道を進み、二つ目の道を右に曲がった先にある宿屋に到着すると、響也は先程手渡された紹介状を手に扉を開いた。

 外見と同じく中は木製で出来た居酒屋の様な建て住まいになっており、正面にはカウンター、その右側には各部屋になっているであろう対象に設置されている扉が四つ確認出来る通路が見える。丸いテーブルの数は三つで、椅子が四つずつ添えられている。

 響也はカウンターの奥の調理場で鍋の前に立つ女将に声を掛け紹介状を見せる。

 女将は持っていた木製のレードルを鍋の脇にあるまな板の上に乗せると響也の下へと歩き、紹介状に目を通すと大笑いしてから響也に話し掛ける。

 紹介状には響也が字が読めない事や奇妙な服を着ているのが特徴等、少しばかり馬鹿にした内容が書いてあるとの事。事実、文字が読めずに紹介状を持ち込んでいる為、響也としても複雑な心境である。

 しかし女将は行く当ての無い人間は放って置けないと、数日間の研修期間を設けてくれた。勿論、この期間で使い物にならないと判断した場合は雇わないと言う条件付。

 コンビニのレジや、食堂のウェイターのアルバイトを経験していた響也に取っては、ベッドメイク以外なら問題無くこなす事が出来る。その為ベッドメイクの仕方を教わりに奥の部屋に居ると言う娘に会うことにした。

 正面の通路を進み、ノックをしては扉を一つずつ開いていく。すると、右側の奥の部屋にて娘を発見した。

 娘の名前はカレン。歳は響也より少しばかり下に見える。背中まで伸びた金色の綺麗な髪と、同じく透き通る様な瞳をした品格を感じられる少女である。

 カレンは響也に気が付くと、いらっしゃいと挨拶をしてくる。

 響也は自分が客ではなく従業員である事を伝え、軽い自己紹介をするとすぐにベッドメイクの説明を受ける。

 二時間後、昼食を取るためキッチンに入る二人。元の世界の午後四時頃にこちらの世界に来た響也に取っては夕食に近い。

 メニューは大きめのレモンの様なパンを横に切り、中にレタスとトマトと薄く切ったハムを挟んだサンドイッチ、少し水っぽいコーンポタージュ。

 響也の居た世界では世界各国の食材が流通したのは十九世紀頃。しかし、更に昔と思われるこの文明でこれだけの食材が揃っているのは異世界ならではである。

 昼食を済ませると客と思わしき者が三名宿に入ってくる。彼等は冒険者と呼ばれる者で、町や国を転々としながら生きていく。日本では流浪の者と言った所。

 冒険者達の三名はラム酒と豚肉のステーキを所望し、響也は注文を女将さんに伝え、出来上がるまでの間冒険者達の話に耳を傾ける。

 ここより西にあるラダウィッチと呼ばれる町から王都であるダイアバルに向けて旅をしているらしく、この町ジントリムには通過拠点として寄ったらしい。

 冒険者の一人がカレンの居るカウンターに歩いて来て部屋の予約をする。部屋には二つのベッドが置いてあるだけだが、金を浮かせるため一部屋に三人で泊まるとの事。

 女将から受け取ったラム酒を冒険者達のテーブルに持っていくと、待っていましたと奪い取るように瓶を取って素早く全員のコップへと移す。

 ラム酒は乾いた喉を潤し、疲れきった体に染込むように流れいていく。見ているだけでも体が水分を欲していた事が分かる飲みっぷりに響也は圧巻された。

 一杯目こそ一気飲みだったが、それ以降は少しずつチビチビと飲んでいく。先程の予約の様に金を節約している為、ラム酒は一瓶しか注文していないのだ。

 ステーキは完成した後二つのトレーに分けて置かれていた。一枚しか乗せていないトレーをカレンが、二枚乗せているトレーを響也が持ち配膳する。

 こちらもナイフで端を切ると確りと噛み締めながら食べていく。響也の世界のようにニンジンやコーン等は付属しておらず、茹でたジャガイモが添えられているだけであった。

 食事を済ませた後は疲れているらしく、部屋に篭った。響也は空になった皿とコップをキッチンに持ち込み洗浄しようとしたが、水道らしきものが無い。

 女将さんに案内され、勝手口を出ると自前の井戸があるので水を汲んで置いてくれとの事。井戸を使った事の無い響也だが、桶を落とすと反対側のロープを引っ張ってみる

 明らかに水が入っているであろう重みが響也の腕に伝わってくる。五秒もすれば水の入った桶が現れ、井戸の横にある瓶へと移す。満水にするには後四回程必要である。

 瓶に水を移し終わると、金属製の柄杓を使いながら皿とコップを洗う響也。洗剤は見当たらず、藁を丸めた物で擦っていると後ろからカレンが話し掛けた。

 瓶の横にある蓋の付いた桶に灰汁が入っているのでそちらを使わないと油が落ちない事を伝えると、少し首を傾げながら質問をする。

 身なりこそ奇妙だが、汚れもしていない肌をしているのに何故皿洗いすら知らないのかと言うものだった。

 響也は少し考えたが、何れは話さなければいけない事なので、皿を洗いつつ少しずつ話していく事にした。

 まず自分は異世界の人間である事。勿論カレンは信用するはずも無く行きつけの医者を紹介すると言い出したが、響也は唯一の持ち物である財布をカレンに見せる。

 この世界には存在していないであろうポリエステル製の側に店のポイントカードや診察券等を目の当たりにすると、カレンも少しばかり動揺する。

 そして何より目を引いたのは中型自動二輪の免許証に付いている写真である。この世界ではまだ写真が存在せず、色つきで鮮明な絵としても用意するのは非常に困難な物。

 洗剤やスポンジの作り方が分かれば実践して証明したいが、響也はそれらの知識を持っていない為不可能だった。

 その後、更に二人の客が宿泊しただけで夕方になる。

 夜になれば食事をしに客が来るとの事で、女将にも空いている内に異世界人である事を話す事にした。

 カレンからの説得もあり、女将は少しばかり溜め息を付くが、半分は信じてくれた様で分からない事は遠慮なく聞くようにと響也に言う。

 女将は文字も読めないと言う時点で響也をこの国の人間ではない事は理解していた。しかし、そんな人間が泥一つ付けず、痩せこけもせずこの町に来る事は不可能である事が信じた一番の原因である。

 女将はカレンに金を持たせると響也と一緒に服を買いに行くように命じる。遠慮する響也だが、この服は目立ってしょうがないとの事で、二人は宿を出て服屋に向かう。

 服屋は宿を出て左に向かい、一つ目の道を左に曲がった先にあった。この時町全体が中央の城を囲うよう放射型になっている事に響也は気づいた。

 服屋に着くとカレンは各サイズのチュニックを持ってきて響也に宛がう。その中の一つを選ぶと頷き、続いてズボンを選び始める。

 まるでデートをしている気分になり少し口元が緩む響也。改めて店を見渡すが、見慣れたマネキンに様な物は無く、棚に衣類が置かれているだけと言う質素な雰囲気が漂っている。

 カレンはブレーと呼ばれる膝下から窄まったズボンを持ってくると更衣室と言う名の白いカーテンで遮られただけの場所に響也を連れて来て着替えるように言う。

 響也も渡された服を受け取りそそくさと更衣を始める。カーキ色のブレーを履き、白のチュニックに袖を通す。ベルトは付属していなかったので、制服をベルトを代用する。

 更衣室から出ると三十センチ程の大きさの鏡を持ったカレンが待ち構えていた。銀を磨いた鏡なので少し暗いが、そこに写っていたのはRPGの町人そっくりな自分の姿であった。

 気に入った事をカレンに伝えると、まだ寒いからと藍色のベストを手渡す。響也も言われてから肌寒い事に気が付きベストを着込む。

 鏡に映った自分は藍色のベストにより町人から映えてサブキャラに見える立派な雰囲気があった。

 代金を払うと、着ていた服を手に店を後にする二人。この店に来るまではじろじろと見られていたが、今では少し見るとすぐに視線を戻す状態になった。おそらく見られる理由は響也の髪色である。この町に入ってから色々な人を見たが、黒髪は響也しか居ないに等しい。

 宿に戻るとキッチンで夜の部の仕込みをしている女将から良い男になったと褒められ照れくさくなる響也。

 すると、店のドアが開き一人、また一人と飲食を目的とした人が入ってくる。夜の部が始まった。

 この食堂での一番人気はラム肉のステーキ。肉の腐敗に関して心配した響也だが、肉の入っている石で出来た箱には青く光る石が入っており、この石が冷気を出しているので腐らない仕組みになっている。

 町の東には海があり、新鮮な魚介類も多い。大きな海老や赤身の魚は日本だと幾らになるのか想像するだけでも懐が寒くなる程。

 五時間程経つと最後の客が食堂を出て行き、本日の仕事は終わりである。

 響也に取っては深夜帯までも働いたと同然なので強烈な眠気が襲ってくる。一笑いすると女将は正面の通路の右にある扉が倉庫にも使用している空き部屋なのでその部屋を使えと響也に伝える。

 若干ふら付きながら扉を開けると響也はそのまま倒れ睡眠に入る。


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