再会と廃屋と二つの扉
隙間だらけの馬小屋に差し込む朝日で目を覚ます響也。この日は廃墟の探索と言う任務があり、早めの出発をする為瞼を袖で擦りながら起き上がる。
昨夜ルイーザが買ったリンゴと愛用の剣を片手に馬小屋から出ると、全身が日光に照らされ体温が上昇。そのまま背伸びをしながら軽いストレッチの様な動きを始すると、持っていたリンゴを食べながら逆の手で鞘を帯に差し込む。日課にしているサイコメトリーの訓練と、体に剣を覚えさせる鍛錬である。
サイコメトリーで剣の記憶を呼び出し、映像<ヴィジョン>として目の前に投影させたら前の持ち主と同じ様に振る事で自分の物にする。とは言え、前の持ち主が戦った魔物でしか戦闘時のサイコメトリーは発動せす、更に言うと素振りをしない人物であれば一切役に立たないのだが、響也は自分が最初に立ち寄った街『ジントリム』の骨董品屋の店主から譲って貰ったこの剣が気に入っている。
リンゴを食べ終えた響也は芯を上へ放り投げると、すぐさま右手で鞘を掴み芯を凝視する。重力に従い落ちてくる芯に対し剣を引き抜きそのまま斬りつけるが、刃は芯に掠りもせず地面へと落下した。
「随分変わった剣技だな。不意打ち用か?」
毎度素振りをすると何時起きてきたのか分からないルイーザが見慣れない剣術に疑問を抱く。
「あぁ、『居合斬り』って言う俺達の国では有名な剣術なんだ。・・・不意打ち用と言われると、確かにそうなのかも。」
居合。流派によって意味は異なるが、現在では抜刀術の事を指す剣技。世界的に見ても珍しい剣技である為ルイーザは疎か、この世界の住人全員が知らない唯一の術となる。が、サイコメトリーにも無い響也本人による見様見真似の我流抜刀術である為、精度はお察し。
「本来は刀を使ってやる物だし、今の俺じゃ自分を斬っちまうかもな。」
そう言いながらサイコメトリーを発動し、素振りを再開響也を見ながらルイーザも胡桃を素手で砕いては食べ始める。
時計が無い為正確な時間は不明ではあるが、響也の体内時間で八時になると素振りを止め、昨夜の内に用意して置いた鞄を肩から下げルイーザに出発の声をかけると、食べかけの胡桃とリンゴを口に運びながら「分かった。」と籠った声の返事が帰って来る。
今日の予定は夕方までに廃墟に到着し、陽があれば探索。そうで無ければ野宿をし、朝から探索したのち夜にはこちらに到着と言う中々のハードスケジュールとなっている。
勿論この予定は理想であり、本人達も一日延びる程度は覚悟しているが、報告までの日数はこの行程が現在の最善策。
馬小屋の扉を閉め、大道に出ると壁に体重を預ける様にもたれ掛かっている人物が目に入る。その人物は二人を待っていたかの様に体重を自分の両脚に戻し歩き始めた。
通常ならば不信に思い何時でも戦闘が出来る様に構えるのだが、この人物は二人にとっても所縁のある者だったので自然と警戒もせず迎えた。
「久しぶりだな。元気だったか?前に川で助けて貰った時のお礼がちゃんと言えなくてモヤモヤしてたんだ。」
響也がフレンドリーに話しかけた相手、それは川で流された子供と響也を救出し、馬車で王都ダミアバルに来る際同行していた全身をローブで覆った協力者であった。
「そっちから出向くとは珍しいな。何かあったの?」
いつの間にか居て、いつの間にか消える協力者が敢えて自分達に接触するのが疑問に思ったルイーザが質問するが、協力者は何も言わず二人の前に立ったまま沈黙が流れた。
「あ、悪いけどこれから任務があるから行かないとだ。でもお礼したいからまた近い内に顔を出してく「わ・・・」」
響也の言葉を遮る様に協力者が声を出す。しかし、二人には誰が発したのか分からず、辺りを見渡すと再び聞こえ出す。
「私も・・・」
今度ははっきりと分かった。が、脳は理解が追い付かず軽いパニック状態になりかける響也。何故なら、その声はまるで少女の様に高く、片手で響也を持ち上げる事が出来る人間とは同一人物に思えないからである。
「私も連れて行ってください!」
響也より背が低い為、近づき上を向いたので深く被った白いフードから見えたその顔の輪郭は想像していた物より遥かに滑らかで筋肉のゴツさを一切感じない。寧ろ、声からして至って普通の少女としか考えられなくなってしまった。
「今お礼がしたいって言ってましたよね?なら一緒にクエストクリアして報酬の分け前をください!」
やけに耳に残る元気な声に少し圧倒される響也。
「えっと、この前まで一緒に居た協力者だよね?」
「はい!ルイーザさんに魚を捕ったりもしました!」
話の辻褄が合う為遂に否定を出来なくなってしまった。この愛らしいとも思える元気な声の持ち主が、一緒に居る時は一切口を開かなかった頼りになる協力者であるのは間違い無い。
「あ、フード被ってるから信用してくれないんですね?」
響也の「違う、そこじゃない。」と言う言葉を待たずしてフードを背中の方へ卸すと協力者の顔や髪型が露わになる。
そこには左側面部のみを耳元まで三つ編みにし、ややウェーブ掛かった薄ピンク色の髪を襟元までお下げにした少女の姿があった。大きめの綺麗な紫色の瞳がより一層幼い顔付の印象を引き立たせる。
「分け前と言っても私等も金に困って居てな、実際今の住居は見ての通り馬小屋だ。」
「大丈夫です!私の住居は屋根の上とか屋根裏です!」
ルイーザに訳の分からない張り合いをする協力者。自分の方が貧しい暮らしをしていると言いたいらしい。
その時、軽い地響きと思えるような音が辺りに響く。何の音かも理解出来ない響也達は再び辺りを見渡す。
「ごめんなさい、もう三日も食べてないので・・・。」
音の原因はまたしても協力者。屋根の上に住んで三日も食べてない為空腹が限界になったらしい。
「そもそも何で俺達なんだ?クランやギルドに行けばもっと仕事があるだろ?」
当然の疑問を抱く響也に対し、手を腰に当てつつふんぞり返って
「私、人見知りなんです!」
と豪語する協力者。威張る事ではない。
「人見知りなのに良くここが分かったな?誰かに聞いたのか?」
次の質問に映るルイーザ。
「昨日の夕方に二人を見かけて・・・」
「そういや、その時間帯に何か視線を感じたな。誰か近くに居なかったか?」
「私が二人の持ってる食べ物を良いなぁって見てました。」
「視線の犯人はお前かよ!」
昨日の視線の正体は協力者であり、殺気ではなく食い気で見ていた事が判明した。
今の話を聞いて顔を見合わせる響也とルイーザ。肩で返事をするルイーザを見て響也も今回の任務への同行を許可する事にした。協力者の武器は運良く忍びが使用していた千本の様な鍼なので、聖水も大量に使用せず、万が一戦闘になったとしても不足する事は無いと睨む。
「それより名前だよ。俺達はもう知ってるよな?」
「はい!キョーヤさんとルイーザさんですよね?私はジョゼって言います。」
そう笑顔で答えるジョゼ。表裏の無い素直で元気な態度にどうも嚙み合わない響也だが、ジョゼの実力を知っているので仲間になってくれれば非常に心強い為断り辛いのもあった。
このやり取りが原因で出発時間が遅れた一行は目的地に近い西門に向かいつつジョゼの話と廃墟での作戦を話しながら歩き出す。その間空腹により鳴り響くジョゼの胃袋は留まる事を知らず、あまりの煩さに途中パン屋によって予定外の出費をする羽目になってしまう。勿論代金は報酬から差し引くつもりだ。
ジョゼの胃袋も鳴き止み、西門から廃墟を目指す一行。背の低いジョゼの歩行速度に合わせているので夕方までに着くのは絶望的と言える状態に響也は溜息を附くが、その表情は何処か笑顔になっており、今まで二人だけで居たパーティに可愛い新人が増えた事による喜びが勝っている。だが実力が一番低いのは響也である。
廃墟に着くまでには時間がある為、ジョゼの身の上話を聞く事にした二人。何でも普段は宿代も無いので人目に付かない場所に寝泊まりし、木の実や魚を自分で捕る事で飢えを免れていたらしい。ジョゼ程の実力があるのならば討伐任務等楽に行えると思われたが、先程自分で言っていた通り人見知りが酷くギルド内にも入れなかったのが原因。ジョゼの人見知りは飢えを天稟に掛けても取ってしまう程酷い物らしい。
当然と言うべきか陽が完全に落ちた頃に到着する一行。松明の灯りから見る廃墟の様子はと言うと、建物としては屋敷と言うより大きい教会に近く、尖った屋根が特徴的な形状をしている石造り。風によりガラスの無い窓枠が辛うじて繋がっている蝶番と共にギィギィと不気味な音を立てているのもあり、響也からしたらお化け屋敷その物と感じられる。
「うん、今日はもう暗いし明日にしよう。それが良い。」
「何を急に言い出す。時間が無いんだから見れる所は見ておいた方が明日が楽になるんだから行くぞ。」
退路を断たれた響也。話の段階ではまだ大丈夫ではあったが、いざ目の前にすると恐怖心が勝ってしまい足が進まない。
一方ルイーザは地面に松明を刺すと、鞄から予備の松明を取り出し火を点け始める。その動きには一切の躊躇もなく、彼女が幽霊の類に対し恐怖感と言う物を抱いていない事が分かる。
「ここを集合地点にしよう。何も無ければここに・・・」
「バラバラで探索するの?!」
ルイーザの作戦提案中に大声を被せる響也。唯でさえ夜の廃墟への恐怖心で一杯な中、単独による探索言う罰ゲームに近い形に酷く反対する。
「こう暗いと廃墟自体の大きさも分からない。散らばった方が効率的にも・・・」
「広さが分からない上に中の状態も分からないんだから、もし床が腐ってて動けなくなったり物が上から落ちてきたりした場合、万が一の事を考えて全員で動くのが一番じゃないかと思う。」
急に口数が多くなる響也。とは言え内容は正論も含まれている為、ルイーザも右腕で空中に頬杖を付き三秒程すると響也の案に同意する。その言葉に心の中でガッツポーズをし、訳の分からない自信が響也の気持ちを高ぶらせる。
「では隊列だが・・・、私が先頭で行こう。続いてジョゼ、最後尾は響也、頼んだぞ。」
説明をする為顔を見合わせるルイーザだが、途中何も喋っていないジョゼを見ると瞳に光がない様な表情でこちらを見ていた為、一番安全であろう中央に配置する。どうやらジョゼも恐怖心に煽られている様だ。
窓は壊れているのに確りと閉じられた玄関のドアノブを握るルイーザ。油が切れている為か少々手応えのある感触と共にノブは捻られ扉を押し込んでいく。錆び付いた蝶番の擦れる音と痛み切ったドアの軋み音が一行の耳を刺激する。
「松明よりもカンテラを持って来れば良かったな。」
ドアの先はテニスコート大の広間の様な空間が広がっていた。教会の様な見た目ではあるが、長椅子等は無く、宿屋とも受け取れないこの建物は何が目的で作られたのか皆目見当が付かない。ただ窓や扉から入り込み妙な風音と軋み音がより一層不気味さを演出している。
中に入ると窓が割れていたせいか、玄関に向かって吹く風で松明の灯が揺れる。火の粉が飛んで火事になっても大変なので扉を閉めると、中の様子がより鮮明に見える様になった。
先程まで見えなかったが、広間の奥には大き目の暖炉を中心とし、その暖炉を中心左右の離れた位置に奥の部屋に入る為であろう扉が配置されている。建物自体は暗くて外観が分からなかったが、玄関から見て縦長な作りをしている様だ。
「見た所左右に扉があるだけだな。こういう時も右から開けるのか?」
響也は過去に漫画で知った『人は迷った時に左を選ぶ』と言う左側パラダイスの法則を教えていたので疑問に感じたルイーザが問う。しかし恐怖心と闘っている響也からすれば左右どちらを選んでも怖いので言葉が詰まりまともな返答が出来ない状態になっている。
「なら、左側から入るとしよう。扉も見た感じ左側の方が奇麗だしな。」
そう言って広間を歩き左側へ向かうルイーザと、まるで夜中トイレに行けない子供の様に震える体を松明を持っていない左腕で抱えながら追いかける響也とジョゼ。
左側の壁から五十センチ程の距離に位置する扉の前に立ち、向かって左側に付いているドアハンドルを下げるルイーザ。錆び付いていたのか擦れる金属音と砂を潰したような音混じった不協和音が三人の耳に入る。そのまま押し込み木の軋み音とヒンジの金属音を鳴らしながら扉を開くと、そこには出鱈目に積み上げられた木箱や樽が散乱しており、物置になっている所を誰かが荒らしたような形跡が残っていた。
「見た感じ何もないな。この様子では箱や樽も空だろう。」
「うん、そうだな。何もなかったな、よし調査終わり!」
早々に切り上げようとする響也だが、勿論右側の扉も調べてないので即却下される。
「あ、あの・・・ルイーザさん。気のせいじゃなかったら良いんですけど、その右手・・・」
と、か細い声でルイーザの右手を指摘するジョゼの言葉に反応し、自分の手の平を松明で照らして確認するルイーザ。その右手には鉄臭く赤黒い液体がベットリと付着していた。
驚きの余り後ずさり広間の方まで下がる響也とジョゼ。しかし、その瞬間ひんやりと冷たい何かが二人の首元を通る。嫌な予感がした二人は完全に硬直し、振り向く事さえ出来なくなる。
「伏せろ!」と言いながら左手に持っていた松明を二人に向け投げつけると同時に右手で背負っていた大剣を抜くルイーザ。二人はルイーザの声と、松明に反応し咄嗟にしゃがみ紙一重で回避を成功させる。
「ゴーストだ!響也、聖水を出せ!」
地面に落ちた松明を合図に地面から無数のゴーストが湧いて来る。急いで聖水を取り出し、武器に掛ける一行。この世界のゴーストは相手の恐怖心を糧としており、ほぼ全ての物質を透過するが、僅かながら質量さえも持つ厄介な存在である。
聖水を所持していると気づくと否や、響也の腕に体当たりをし聖水の瓶を叩き落し始めるが、既に聖水を帯びたルイーザの大剣が近づくゴーストを切り裂いていく。
剣に聖水を掛けられたルイーザと響也に対し、ジョゼは地面に零れた聖水に鍼を擦り付ける。その間、ジョゼを守る形で剣を構える二人。ゴーストも分が悪くなったと感じたのか一定の距離を保ち近づこうとしなくなった。
しかし、ゴーストにとって誤算なのは、ジョゼが鍼と言う飛び道具を使用する事。聖水を塗り込んだ鍼をしゃがんだ姿勢のまま投げ次々と撃ち落とし始める。その間に響也も左手で鞄を漁り聖水の瓶を探し始める。
「優勢だが気を抜くなよ。」
とルイーザが口を開いた瞬間、三人は突如背中に衝撃が走る。それもそのはず、三人は壁に背を向けた状態で対峙しているので、壁を抜けられるゴーストからすれば背面はがら空き状態となっている。
ゴーストに突き飛ばされた三人は中央の暖炉の前まで転がり、ジョゼは手に持っていた鍼を全て落としてしまう。一方転んだ衝撃で響也の鞄に入っていた聖水の瓶が飛び散り、辺り一面に聖水の水溜りが出来る。
聖水を失った事で絶望感を覚える響也だが、「恐れるな!奴らの思う壺だ」と言うルイーザの言葉に恐怖心を糧とする事を思い出し、まともに言う事を聞かず震える手足に力を込めて立ち上がる。
「地面に零れたのは運が良いと思うんだ。奴らは地面からも来る」
ルイーザの言う通り、出現したゴーストは地面からだったので地面に聖水が撒かれている以上、地面から攻撃を仕掛けるのは不可能になっている。それを聞いて響也は一つ案が浮かぶ。
「ルイーザ。奴らは聖水に触れられない。それは間違いないよな。」
「あぁ、聖水に対して免疫が無く振れれば消える。」
「って事は、聖水を体に付ければ攻撃されないって事か?」
その言葉を聞いて目を合わせるルイーザとジョゼ。その反応で察した響也は零れた聖水の上に転がり、全身に聖水を帯びた状態になる。まさに形勢逆転。三人が立ち上がる頃にはゴースト達は逆に怯えたのか一カ所に集まりだす。
「よし、勝負ありだ。」
そう言って剣を振りかぶる響也だが、その剣を振り下ろす前に正面から突き飛ばされる。何が起きたのかも理解できないまま、糸の切れたマリオネットの様な響也の体は暖炉の中に叩き込まれる。
その正体はゴーストの集合体から突き出た腕。背景が透けるぐらい薄かったゴーストの姿は完全に質量を持った存在に化けていた。
「まさかファントムか!」
複数のゴーストの質量を持った集合体こそがファントムの正体。その事実を知らないルイーザは青白く光る三メートルはあるファントムの姿に焦り、剣技が乱れてしまう。体に付いた聖水を恐れる事無くファントムは剣を回避するとルイーザの右腕を掴み、そのまま野球のボールの如く暖炉へルイーザを投げ込む。
残るはジョゼのみ。戦闘と言う事もあり、屋敷や幽霊の類の恐怖心は完全に消えたが、目の前のファントムへの力不足と言う恐怖心が露わになる。その恐怖心に気づかない筈も無いファントムは徐々に形態を人型へと変えて行く。ジョゼと天井ギリギリまでになったファントムの体躯はまるで子供と巨人。その圧倒的な衝撃にジョゼの恐怖心は更に大きくなってしまう。
「逃げろジョゼ!」
暖炉の灰まみれになった響也がルイーザの下敷きになりながら叫ぶが、ジョゼはその場に縫い付けられたかの様に微動だにしなかった。
逆に、声に反応したファントムが唯一赤色を持った瞳をジョゼから目を逸らすと左手を伸ばしゴーストの集合体らしき物を暖炉に向け発射する。未だに方向感覚を取り戻せないルイーザを抱えて暖炉から脱出しようと試みる響也だが、間に合わずにゴーストの直撃を許してしまった。しかし打撃の様な衝撃は無く、何があったのか理解できていない内に響也とルイーザの体は青白い炎に包まれてしまう。
その姿を見たジョゼは今まで動けなかったのが嘘の様に素早く暖炉へと走り出し響也の腕を掴むと片手で二人を暖炉から引きずり出す。その姿はファントムが先程のルイーザにしたかの様な怪力である。
着ていたローブを脱ぎ二人に叩きつける事で消火を試みるジョゼだが、ファントムはそんな暇を許すはずもなくジョゼの両腕をローブごと掴むとそのまま持ち上げ自分の顔の前まで持って行く。ジョゼを吟味しているのか、余計な事をするなと言いたいのかは不明だが、真っ赤になったファントムの瞳がジョゼを睨み続ける。しかし、暇を与えないのはジョゼも同じで、左足首を動かすと履いていたブーツの先端から鍼が顔を覗かせる。確認させる隙も与えず赤い目に対し蹴りを放つと明らかに拒否反応を起こし、ファントムはジョゼの腕を離すと反対の腕で目を守る様な体制を取り始めた。
この時、ジョゼはファントムの弱点は目なのではと閃き、まだ体に炎が残っている二人に向かい叫び伝えた。
「だとしても、どうやって目に攻撃するんだ?今の攻撃でジョゼを警戒してるし、俺達も迂闊に近づく事も出来ないぞ?!」
窒息消火を行いながらジョゼに返答する響也。実際、ファントムの頭の位置は三メートル程の高さに位置し、響也の片手剣は届くはずもなく、頼みの綱であるルイーザも先程投げられた衝撃で利き腕である右腕が在らぬ方向へ曲がってしまっている。
相談しようとする一方で時間を与える筈もないファントムは再び左手からゴーストを発射し始める。今現在分かっているのは『赤い目が弱点』と『左手から燃えるゴーストを発射する』と言う二点。となれば勿論右側から攻めるのが得策ではあるが、『恐怖心を呷るファントムがそんな分かりやすい方法で倒せるとは到底考えられない。何かまだ隠している筈だ』と推理する響也。
右腕が折れても手放さなかった大剣を左手に持ち替え威嚇をするルイーザ。一番警戒されているであろうジョゼ。この二人が思うように動けない今、自分しかこの状況を打破する者は居ないと感じた響也は地面に手を触れサイコメトリーを発動し、手がかりを探す。
響也の瞳に映ったのは何れもファントムと闘い敗れた者の姿。しかし建物の記憶で尚且つ時間が経っているせいか、非常に薄くぼやけて見える程度。そんな中集中し攻略の糸口は無いかと見ていると、ファントムの右腕には棒状の物、恐らく剣が握られている事が判明した。迂闊に右側から攻撃を仕掛けなかったのは得策であった。だが分かったのはそれだけで、どう考えても勝ち目はない。それもその筈、倒していないからファントムが今目の前に存在しているのである。
「一か八か私がやります!あの左手を何とかしてください!」
そう言って背を向けて走り出すジョゼに対し動揺する二人ではあるが、その背中に照準を合わせ左手を向けるファントムの姿を見てジョゼにどんな算段があるかは分からないが左手を封じる為、懐に飛び込もうと駆け出す響也。
ファントムの視野に入ったのかジョゼよりも響也を優先しゴーストを発射し始める。先程食らって分かったのは『当たったら燃えるが、数秒ならば耐えられる』と言う事。青白い炎に包まれながらも突進を続けた響也はファントムの左手を貫く事に成功する。
この行動に対し堪忍袋の緒でも切れたのかファントムは右手を振り上げ初め、それを待っていたかの様に響也がルイーザに向かって叫ぶ。
「右手は剣だ!」
響也の言葉を瞬時に理解したルイーザは懐の響也しか見えていないファントムの右側面に回り込み左手一本で大剣を振り上げ人間で言う上腕三頭筋付近を切り裂く事に成功。手筈は済んだ。
「ジョゼ!」
そう言いながら走り出したジョゼの方向を見ると目を疑う様な光景がルイーザの目に飛び込む。
そこには五メートル近い壁を駆け上がり、天井を地面の様に走っているジョゼの姿があった。遠心力や慣性の法則、摩擦等を考慮すれば壁を少し走る事は出来たとしても天井を走る事は確実に不可能である。
ジョゼはそのままファントムの頭上付近に来ると天井を蹴り急降下すると共に、後ろ腰に差してあった刃渡り約二十センチ程の短刀を引き抜き赤い目に突き立てると、体を反転しファントムの肩を利用し宙返りを繰り出し着地をする。
見事なジョゼの技に対し、一方で炎に包まれ足元で転がり消火活動に専念している閉まらない男な響也。
ファントムはこの世の物とは思えない声を響かせると、赤い瞳は光を失い体を作っていたゴーストもバラバラになり存在を消していく。弱点である赤い目を突くだけと言う言葉にすれば何て事の無い行動ではあるが、魔法を使わず体長三メートル程の大きさのあるゴースト属性を退治するのは至難の業。響也達一行は見事ファントムの撃退に成功したのだ。
だが喜んでいる暇もなく、脱いだローブを拾い上げ響也を叩き窒息消火を始めるジョゼと、取り合えず力づくで叩きまくるルイーザのお陰で何とか炎を消す事は出来た。ゴーストの炎の癖に倒しても燃えるとは卑怯な奴だと感じる響也である。
ゴースト退治も済んだので一件落着、とも行かず。そもそも今回の任務は調査任務であり、討伐任務ではない。つまり、まだ右側の扉を調べなければ調査したとは言えない。
「でもさぁルイーザ右腕折れてるし、俺も黒焦げだし、ジョゼも頑張ったし、万が一右側にもゴーストが居たら太刀打ち出来ないぞ?」
「え?」
響也の話に耳を傾ける事も無く勝手に右側の扉を開いているルイーザ。しかし目線を扉の中に向けると表情が暗くなる。
「これは・・・恐らく全員犠牲者だな。」
ルイーザの目の前に広がって居たのは何人分かも分からない無数の白骨化した骨であった。恐らくゴーストにやられた者で、この部屋を開けた時の恐怖心を招くのが目的だったのだろう。
「バラバラに混ざり合ってしまっているが、このままでは可哀そうだ。埋葬してあげよう。」
そう言って二人を招く。関わりたくないが自分達も一歩間違えばこの骨と同じ運命を送っていたかもしれないと感じた響也は埋葬に賛成する。
「でも夜中に穴掘って埋めるってのは、傍から見たら死体遺棄だぜ?」
「任務の報告までの期限が短いんだ。今の内にやらないと間に合わないぞ」
「分かったよ。取り合えずルイーザは右腕使えないし、片手で穴でも掘って置いてくれ。」
「じゃあ私は左の部屋から使えそうな箱持ってきますね。」
会話が終了すると応急処置をし、物置内にあったボロボロのスコップを手に建物の右側へ行くルイーザ。残った二人は物置から使えそうな箱を探し始める。
役割は穴掘りがルイーザ。箱の運送がジョゼ。箱に詰める作業が響也となり、箱の中には出来るだけ近い位置にあった骨を入れ、五往復を要し埋葬が完了した。
この世界でも埋葬時に使うのは十字架の様で、箱の廃材で作った十字架を埋めた穴の上に立てて、その周りを石で囲む。
ルイーザは左手を胸に当て、ジョゼは両手を組んで片膝を付き、響也は合掌と言う各々の宗派で一分間の黙祷を捧げると、ルイーザが口を開く。
「さて寝るか。」
「寝れるか!」
全員は正確な時間を知る由もないが、時間にすると深夜二時頃の出来事であった。