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記憶の道  作者: 桐霧舞
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青色の空


 『サイドアーム』の調査から三日経った頃。響也とルイーザは相も変わらず馬小屋の隅に居た。抵抗のあった獣臭には完全に慣れており、寧ろこの匂いで寝床に来たと言う安心感さえある。

 『サイドアーム』の一件はギルドへ報告し、残りのメンバーもすぐに病院へ向かうように指示を出したらしい。次の日に上の空になっていた二人へ一命を取り留めたと連絡が入ったが、顔を合わせたくない二人は病院に向かうことなく淡々と任務を行っていた。

「今日は西の森で茸の採取だっけな。飯を食ったらすぐに行くぞ。」

 ルイーザに対し全く張りの無い声で喋りかける響也。御者は気にするなと言っていたが、はい分かりましたと納得できる筈も無く、二人はサイドアームの一件を引きずったままでいる。

「いや、今日は良い。今すぐ行こう。」

 そう言って立ち上がるルイーザ。二人が馬小屋を出ようとした矢先急に声を掛けられた。

「はぁ~い、お二人さん。手紙が二通届いたから持ってきたわよぉ。」

 何処か妖艶な声の主はこの馬小屋を貸してくれている『ペガサス』のクランマスター『ジェイナス』であった。言葉通り右手には二枚の封筒が握られており、アピールするようにヒラヒラと振りかざしている。

「片方はギルドからだけど、こっちを最初に読んだ方が良いかもねぇ。」

 そう言って差し出したのは茶色の羊皮紙を糸で結んだだけの質素な手紙。問題はその差出人で、手紙の裏には『サイドアーム』の文字が書かれていた。が、文字が殆ど読めない響也はすぐルイーザに読み上げるよう頼んだ。

「え~っと。無名の二人組へ。ギルドに問い合わせてもお二人の居場所を教えてくれなかった為手紙にて失礼します。先日調査依頼を出したサイドアームのトーマスと申します。救助を行って頂いた二人ですが、命に別状は無いと診断されました。この言葉通り二人は目を覚まし、救助して貰えたお礼を直接言いたいと言って聞きません。かくいう自分も同じ意見です。二人が自分達の件で気を落としていると言う噂を聞き手紙を書こうと思った所存。自分達は命のある喜びを噛みしめています。あなた達は命の恩人です。気に病むことは一切ありません。もし宜しければ病院へ足を運んでください。まだ一週間は居ると思います。二人へ感謝を込めて。サイドアーム、トーマス。」

 手紙を読み終わる頃には心の中の曇りが消え晴れ晴れしい気持ちになっていた響也とルイーザ。自分達の力不足を悔やんでいたが、サイドアームは全く気にしておらず、それどころか感謝しかしていない。そんな言葉へ逆に感謝をする。

「私も結構気になってたのよねぇ、あんた達ここ数日元気ないし。で、次はこっち。」

 手紙への気持ちでジェイナスの存在を忘れていた二人は急にもう一枚手紙が来ている事を思い出した。こちらはギルドからの手紙であり、実力不足で調査任務を引き受けた事に対する罰の出頭命令書かと思い、封蝋を開ける手が震えだす。

「読むぞ?・・・この度、サイドアームの救助を行い、同時にトロールの討伐を行った実力を認め、クラン結成の提案を行う。」

「クランだって?!でも最低三人必要な筈だろ?」

 ルイーザの読み上げを邪魔する響也。実際クラン結成は最低条件が三名である事が義務付けられている為、過去に申請した時に却下されている。

「続きを読むぞ。通常なら無ランクではあるが、この度の件で既にランクEを取得できる条件スコアを満たしている為、不足している人数を補えば結成後のランクをEとする。手続きはこの手紙を受け取って一週間とする。だってさ」

「一週間で一人増えればランクEからスタート出来るって事か。そうすればギルドで部屋も借りれるな。」

 喜びを隠しきれない響也はギルドが運営する宿、通称『寮』の一室を借りれる事で頭が一杯になっていた。

「って事は出て行っちゃうのねぇ、寂しいわぁ。」

 残念そうな顔をするジェイナスだが、すぐに顔は一転。

「嘘よ。あなた達は何時までも馬小屋に居る人じゃないわ。これからも頑張ってらっしゃい。」

 笑顔で門出を応援するジェイナス。しかし喜ぶのは三人揃ってからだと言う事を忘れかけており、三人目のメンバー探しと茸採取任務を並行して行う事になる。

 仲間の募集はギルド内で行う場合もあれば、ギルドからの紹介もある。兎にも角にもギルドへ行く事が先決だが、二人が最初に向かったのは病院である。サイドアームからの手紙の返事代わりに直接会いに行き、救助した二人の様子も確りと確認したいと言う気持ちもあった。

 病院へは現在位置から歩いて十分もしない場所。馬小屋を出た二人の足取りは軽く、背負っていた何かを降ろし、晴れ晴れとした気持ちが見ている人間にも伝わる程で、ジェイナスも二人の気持ちを理解し笑顔で見送る。



「この病院だよな、何か緊張する。」

 病院の扉の前まで来て二の足を踏む響也に対し、「ここまで来て何やってんだ。」と扉を開けるルイーザ。気持ちの整理も落ち着く間も無くグイグイと手を引っ張られ院内に入って行く。

「サイドアームの二人の病室は?」と、ぶっきら棒な言い方で受付を困られるルイーザを横へ押しやり前に出た響也が

「前に二人を救助したギルドの人間です。今サイドアームの方はどちらに?」

 と丁寧に質問する事で簡単に物事が進んでいく。受付の人も運び込まれた当時院内に居たらしいが、急患の対応で二人の事は知らなかった為、「あの時の。」と少し嬉しそうな顔をする、

「左側奥の二号室に居るよ。皆会いたがってたから早く顔を見せてあげて。」

 そう受付の人に教えられた部屋の前まで到着する二人。もしかしたら感謝すると言って呼び出し落とし前を付けられる可能性もと考えたが、もう後には引けない所まで来てしまった。今にも心臓が口から飛び出そうな気持ちでドアノブにそっと手を触れる。

 ノックをする事さえ忘れた響也は扉を開くと、そこにはベッドの上で体中に添え木や包帯が巻かれ、まるでミイラの様になった二人と、その二人に食事をさせている一人の少年の姿があった。

「あ、食事中に失礼。実は・・・」

 そう言いかけた響也の元に少年は持っていた器を乱暴に机に置き駆け寄り

「二人を助けてくれた方達ですよね?!」

 と響也とルイーザの手を取りながら大きめの声で質問される。事実その通りなので肯定をしようと口を開くが、

「ありがとうございます!お二人が居なかったら今頃は・・・」

 と泣き出してしまう少年。その握った手は震えておりながらも力強く、二人の行動を許さなかった。困った響也はルイーザの顔を見るが、ルイーザも首をかしげて状況を上手く脳内処理が出来ていない様子。

「その声、聞き覚えがあるぞ。トーマスの言う通り、俺達を助けてくれたのはあんた達だな?」

 ベッドに居た男が響也に言い放つ。響也もその声に反応しベッドの上を見ると、あの日とは比べ物にならない程血色の良い顔になった二人の姿を確認する。しかし、気になるのは彼らの包帯の量である。それを見た瞬間響也の脳に一つの悪い予感が横切った。

「ん?コレか?何、命があるのが第一だ。」

 男がアピールするかの様に持ち上げられた右腕は、左腕の長さに比べて明らかに短い所で包帯が終わっている。

 悪い予感は的中。そのショックに言葉を詰まらせる響也に対しベッドの男は少し乱暴な口調で話し出す。

「何だ?俺が生きてるのが気に食わなかったのか?」

「そうじゃない・・・あんた右腕が・・・」

「命があるのが第一と言っただろ?片方無くたって生きていけるし、ギルドからの援助金もあるんだ。生きる分には全く問題ない。俺が今のままで満足してるのにあんた等は俺に不満があるのか?」

 勿論不満等無い。純粋に助けた人間が片腕を失うと言う日本ではまずあり得ない出来事を目の当たりにした事が気落ちした理由である。

「意地悪な事を言うなよジェフ。あんた達もすまないな、こいつは『責任は全部俺達にあるから気にするな。』って言いたいんだ。実際その通り、俺達は自分のミスでこんな状態になった・・・いや、あんた達が助けてくれたから『この状態になる事が出来た』って言うのが正しいか。」

 ベッドに居たもう一人の男が口を開く。どうやら先程まで喋っていた男はジェフと言う名前で、手を握ってきた少年は手紙の送り主であるトーマスの様だ。

「つまり、俺達は感謝はしても恨みはしてない。だからあんた達が気に病むことは無いんだ。ジェフの言う通り、俺達は今回の結果に満足している。ジェフが言いたいのは、あんた達が気に病むって言うなら、俺達はそれを『俺達が死んだ方が良かった』って意味で受け取るぞって事だ」

 続けてジェフが言いたい事を要約して話す男。話を聞く限り三人共心の底から二人に対し感謝しかしていないらしい。気に病むことが悪い事と言われた響也は気を取り直し三人に微笑む。

「生きてて良かった。本当のことを言うと、あの時助からないと思ってたんだ。」

 肩の荷が全て降りて安心したのか微笑みながら話し出す響也の頬には一滴の涙が流れていた。「何でそっちが泣くんだよ。」とジェフにツッコミを入れられる事で、ここが病院であると言う事をすっかり忘れ笑い出す五人。

「そうだ、名前を教えてくれよ。俺はジェフ、こいつがゴードンで、そっちの小さいのがトーマスだ。」

 小さいのは余計だと怒り出すトーマスを見て一笑いすると、響也達も自己紹介を始める。

「俺は響也。」

「ルイーザだ。響也の言う通り生きていて良かった。」

「二人が助かったのはルイーザのお陰なんだ。ルイーザが居なかったら俺は止血の方法すら分からなくて死んでたと思う。」

 急に持ち上げるので照れるルイーザ。

「流石アレス族だ、戦闘だけでなく応急処置にも詳しい。で、そっちの兄ちゃんは『黒髪』だな?」

 ジェフの一言に団欒から一転緊張した空気が張り詰める。ここ一月まともに散髪も行っていない響也の髪はフードからはみ出た黒髪がジェフの目に留まったのだ。

「へぇ、黒髪って実際に居たのか。初めて見た。」

 ジェフに続きゴードンも黒髪について追及する。大人な二人は事を荒立てない様静かに会話を続けるが、少年であるトーマスは全く異なる。響也の黒髪を確認すると素早く手を離し、その髪を指で指しながら大声で叫び出した。

「黒髪・・・本当に居たんだ・・・。」

 これまで会った人間が異常なだけで、忌み嫌われる黒髪を見た時の反応はこれで正しい。今までが上手く行き過ぎていただけである。

「サインください!」

 トーマスの突拍子もない言葉にズッコケるルイーザ。聞けばトーマスは無類の幻獣好きで、珍しい生き物に目が無いらしく、龍や鬼を見た事はあっても黒髪は噂さえ全く流れない言わば『レア中のレア』だとか。

「お、おぅ。」

 一方全く想像にしていなかった反応だけに今一状況が呑み込めない響也だが、いつの間にか差し出されていたメモ帳に『仁岡響也』の文字を書いていた。この時響也は気が動転していた事もあり、書いた文字が日本語である事に気づいていなかった。

「黒髪ともなると俺達が知らない文字を書くんだねぇ。」

「ん~?でも似た様な物をどっかで見た事がある様な・・・」

 トーマスのメモ帳を見せて貰ったジェフの一言が和らいだ空気を再び固める。何処で見たのか尋ねても全く覚えていない様で、数年前にボロボロの小屋で見た様な気がすると言う曖昧な言葉しか返ってこなかった。

「退院したら辺りを周って思い出し旅をするよ。どうやら大事な事みたいだしな。」

 命の恩人が求めている答え。今にも消えそうな記憶から思い起こすのを助長する為今までに行った事のある場所を再び訪れる事を約束するジェフ。勿論トーマスとゴードンも同意見らしく、二人の助けになる事を嬉しく感じている。

 その後も長々と会話をしていたが、夕方までに終わらせる茸回収を思い出し病院を発つ事にした二人は「また来るよ。」と扉を閉めようと手をかけた。

「もしエドワードとアランって奴に会ったら俺達の名前を出してくれ。『サイドアーム』のメンバーだから絶対力になってくれる筈だ。」

 ジェフの言葉に「分かった。」とだけ返事をすると扉を閉める響也。朝から茸を探そうとしていたので時間が惜しく駆け足で森へ向かう二人であった。

 それから数時間、判別が出来ない二人は鞄が悲鳴を上げそうな程の茸をギルドに納品する。しかし、持って来た茸の半分は可食に向かない物ばかりだった為、報酬金は四百マルクと割に合わない額となってしまう。

 だが二人は『今生きていける分』の額であると言う事で不満は無く、この日は久々に豪華な夕食として普段は口にしていない料理を注文。久々のラムステーキはジントリムを思い出し、一口一口確りと噛みしめ味を楽しむ。

「王都に来た時は美味い物ばっか食べられると思ったが、全然食べれなかったからなぁ。干してない肉の味が本当に懐かしい。」

 普段ならあっという間に平らげてしまうルイーザさえも響也同様丁寧に食べている。中々見る事の無い光景に目を点に見ていると「要らないなら貰うぞ。」と自分のステーキを狙ってくるので、大事にしたいが早めに食べないと取られる事を理解した響也である。

「明日はゴブリンの討伐にでも行くか?」

「そうだな、やはり採取任務は私達には向かないようだし。」

 食事を終えた二人はクエストボードの前に立ち相談を始める。危険な為、気落ちしていた時期は戦闘系任務を避けていたが、現在は逆に任務への意欲で溢れていた。

「何だこれ?調査任務なのに高報酬だ。」

「どうやら廃墟の調査みたいだ。場所は南西の廃屋。過去に調査を行ったが帰って来なかったり全員が怯えて一言も喋らず帰ってきたらしい。」

「この世界にはゴーストとか居るのか?」

「勿論だ。もしゴーストが居ると言うのならば私等じゃ対応するのは難しいだろう。何せ浄化魔法を使える者が居ない。」

 ゴーストに対し恐怖心の欠片も無いルイーザの反応を見て生まれつきの戦闘種族である事を再確認した響也ではあるが、当の本人は幽霊の類は決して得意とは言えず、精々ホラー映画が見れる程度しか耐性が無い。

「やっぱり、ゴーストって言うと僧侶とか聖水とかが良いのか?あとは銀とか。」

 何とかRPGの知識だけで語る響也に対し「良く知ってるな。」と感心するルイーザ。モンスターの知識はRPGと同程度らしい。

「と言っても銀はゴーストに効果は無い。アレはワーウルフや悪魔だ。」

 流石に銀イコール聖属性とはいかないらしい。しかし、聖水を直接かけたり剣に聖水を付けるだけでもゴースト相手なら倒すことが出来ると言う情報も上げられた。今この任務を受けるとなると大量の聖水が必要となる。

「聖水代も馬鹿にならないし、今回は見送るか。」

「聖水は大体一瓶十マルクだな。」

「案外安いなオイ。」

 とは言ったものの、先程の夕食代で残った金は多くない。報告期限は五日後と言う物もあり、二人の出した結論は『この任務を引き受けつつ別任務で聖水代を貯める』である。

「取り合えず明日は北の森でゴブリン退治、その金で聖水を買う。でどうだ。」

「私なら問題ない。少しでも多く稼ぐために明日は早くから出発しよう。」

 二人の意見も纏まり、受付に任務受理の承諾を行う。

「この任務は調査任務となっております、って前にも話したわね。調査なので前回の様にモンスターを発見しても倒す必要はありません。ただし、中がどんな状況であったかを正確に伝えて頂く必要があります。」

 前回は居なくなった二人の調査だったが、今回は建物の調査。怯えて真面な報告が出来ていないのが現在の状況。ゴーストを物ともしないルイーザが居れば倒す事は出来ずとも調査のみは行えると踏んだ響也は既に任務完了を前提とした家計簿を頭の中でつけていた。

 二人は任務内容を了承すると帰路に就き、早朝からの出発と言う事で早めの就寝を取る事にする。何時もの馬小屋の隅で。




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