茜色の大地 (ここから読んでも大丈夫な様にしています)
生まれると同時に一つの能力を持つ世界に転移し、サイコメトリーを得た高校生『響也』は、
元の世界に戻る方法を探す為、王都ダミアバルを目指し移動していたが、
兵士になる推薦状を事故で燃やしてしまう。
兵士になれない響也は力と体力のあるアレス族の女性『ルイーザ』と共にクランを作り、賢者に会うと言う選択をした。
異世界に来たら何をするか。
元の世界の知識を使って金儲けするか。
ヒーローとなってこの世界を救うか。
女の子にちやほやされるか。
否
特に才能がない人間は明日の命さえも怪しくなる。
王都ダミアバルの西門の近くにある輸送ギルドに所属するクラン『ペガサス』の所有する馬小屋の隅。そこに二人は居た。
クランに所属しようとギルド内を探し回ったが、戦闘力やスタミナを持つ者は何処にでも居るので必要とされず、そもそも災いを齎すと言われる黒髪を隠す為フードを深く被った怪しい人間に不信感を持たないクランは居ない。
結果、何処のクランに所属する事無く数週間経った。
その間行ったのは誰でも受けられる任務、それも近所のケルベロスやゴブリンの討伐のみで、力がありふれたダミアバルでは非常に安い賃金となっている為路頭に迷う事となる。
不憫に思った『ペガサス』のマスターの厚意で馬小屋に止めさせて貰っていると言うのが現在の状況である。
「もういっその事私達でクラン作れば良くないか?」
「俺もそう思って申請したけど人数が最低でも三人居ないと認められないんだってさ。」
ルイーザの質問に答える響也。クランのランクを上げなければ上流階級になれず、賢者に会うと言う目的が果たせなくなる。日雇いのアルバイトの様な任務ばかりを行っている現状では上流階級など夢のまた夢。
「とりあえずクエストボード見に行くぞ。」
「腹が減って動きたくない。」
「働かなきゃ飯は永遠に食えないぞ。」
そう言われたルイーザは不貞腐れながら渋々立ち上がり響也の後を追い始めた。新しく分かった情報として、ルイーザの前向きな性格は食い気から来ているものと判明。空腹が続くと中々面倒な性格になる。
馬小屋から徒歩十分。冒険者ギルドの建物内にあるクエストボードの前に普段は見ない人だかりが出来ていた。不信に思った響也は人をかき分けながら前へ前へと進み、何とかボードを見れる位置まで来る。
「任務・・・。クラン『サイドアーム』のメンバーがウェルダミア鉱山にオーク討伐の任務で向かったが一向に帰らない為調査に迎え、か」
この世界に来て数か月にもなるのでクエストボードレベルの文字を読む事が出来る様になった響也はボードの内容に対して何故人だかりが出来るのか疑問を抱いた為、周囲の人間に尋ねる事にした。
「『サイドアーム』の連中はDランク何だが、そこそこ強い奴が居てな。そいつらがやられたとすると、オーク以外にも何か居るんじゃねぇかって話だ。」
オークと言えば響也達が最初にいた街ジントリムの緊急任務で戦った相手である。騎士隊長のマルセロと互角の戦闘力を持ち、ルイーザも左手を脱臼した上に大剣を曲げられた。あの時は働き先の宿屋の娘カレンの魔法により難を逃れたが、ジントリムに残った為、今回はカレンが不在である。
「報酬は五千マルクか・・・、一週間は飯に困らなそうだな。ルイーザが暴食しなければ。」
「別に暴食はしていない。腹いっぱい食べているだけだ。」
「それを暴食と言うんだ。」
ルイーザへツッコミを済ませた所で二人はこの任務を受ける為受付へ向かう。既に冒険者としての登録を済ませているので流れはスムーズに行われた。
「響也さん、ルイーザさんの二名で受理されました。この任務は調査任務となっておりますので、何も情報が得られなかった場合は報酬は得られない事を了承してください。なお、万が一死亡しても当ギルドは責任を負いませんので悪しからず。」
初めての調査任務なので聞いた事のない言葉に驚く響也だが、『自己責任』と言う意味で受け取り納得をする。因みにこの任務の依頼主は『サイドアーム』の留守番係からで、当人は実力が皆無な為依頼したらしい。
「俺達以外に受けた人は?」
「いません。料金に見合わないと言って話だけはしますが受けたのはあなた達のみです。」
流石王都となると物価も高い為五千マルクははした金も同然。更にウェルダミア鉱山へは徒歩で半日は掛かるので割に合わないのも納得である。
「飯を食ったらすぐに発とう。ルイーザ、朝飯を・・・」
と隣のルイーザに話しかけたつもりの響也だが、そこにはルイーザの姿は無く、既に食卓で朝食を食べ始めていた。冒険者ギルドの本拠地であるこのギルドでは何時でも任務を受けられるようにする為の食堂と、クランの寮とも呼べる部屋の提供を行っている。
「お前、この代金はどうした?」
「昨日の稼ぎ全部。どうせ大金が手に入るんだから今使っても問題無いだろ?」
「何も無かったら報酬ゼロだぞ?!」
「その時はその時。失敗を恐れてたら前には進めないぞ。」
有り金を全部使ったルイーザに対し怒りを覚えた響也だが、ルイーザの言う事も一理ある為、一呼吸すると自分も着席しルイーザの買ったパンに齧り付く。因みにパン以外は胡桃、ウインナー、卵焼きのみで、非常に食事のバランスが悪いメニューであった。
食事を済ませた二人はウェルダミア鉱山に向けて出発する。場所は現在地の王都ダミアバルから北西に位置する鉱山で、主な収集品は鉄や銅の生活用品を生成する物や小型の魔石等もある。
「馬車が使えりゃ楽だったのになぁ・・・。」
「そうだな、誰かさんが推薦状を燃やしたりしなければ馬車に乗れたかもな。」
歩きながら愚痴を言う響也に会心の一撃が入る。今では『推薦状焼却事件』も笑いの種に出来る程傷は癒えてはいるが、心の隅では現在の貧乏生活も無かったのになぁと言う考えがあった。しかし、貧乏故この世界で生きる方法を身につけたと言うのもあり、少しばかり複雑な気分ではある。
道中ケルベロスやゴブリン等の今ではお馴染みの魔物を倒しつつ経験を積んで行く響也。剣の稽古は毎日欠かさず行なっており、能力のサイコメトリーも使いこなせる様になっていた。
「もうこの辺りのモンスターは敵では無いみたいだな。私の背中を預けても問題無さそうだ。」
「そりゃルイーザ先輩のご指導のお陰様で。ただそれ以外のモンスターは戦ってないし油断は大敵だぞ。」
ルイーザに対し皮肉を込めて返答する響也だが、後半の言葉通り頻繁に出会う魔物には引けを取らなくはなったものの、オーク等の大型魔物とは直接な戦闘経験は無い。もし戦闘となった場合は現在使用している剣が戦いに使用された事を祈るばかりである。
馬車で移動したり人の脚で踏み鳴らされた草原の道を道成に進んで六時間程経った頃、ウェルダミア鉱山を目の前にし食事を取る事にした。と言ってもジントリムから持ち込んだ食材は残っている筈も無く、朝食時に取って置いたパンと食べ残しの胡桃のみで食事とは言えないような物。
「日が暮れたら唯でさえ暗い鉱山内は本当に何も見えなくなるだろう。既に日は傾いているし今日の探索は入口から近いエリアのみにしよう。」
ルイーザのアイディアに同意する響也。木の棒に油を含んだ布をグルグル巻きにしただけの松明に火打ち石で着火し中に入る準備をする。自分がこの先見るのは魔物に殺された『サイドアーム』のメンバーなのか、落盤でも起きて立ち往生しているメンバーなのかと言う不安を隠す事が出来ない。
お互いの松明を確認しアイコンタクトをして鉱山入口の洞窟に入る二人。中はやや湿っぽく、遠くから水の滴る音が反響している。しかし血の匂いはせず、入り口付近で事件があった訳ではない事が判明した。
洞窟内の通路を右へ左へと歩き始めて二十分程経った頃、急にルイーザが立ち止まる。
「血の匂いだ。モンスターだけじゃない、恐らく人間も交じってる。」
その言葉に入り口で人の死体を見る覚悟はしてきたつもりの響也に緊張が走る。嗅覚が鋭くないが一歩近づく度に緩い向かい風に乗った鉄臭い血の匂いが鼻を刺激していく。
「匂いの正体はコイツか。」
通路を抜け広い場所に出ると、そこには腹が切り裂かれ顔が歪な形に変形したオークが倒れこんでいた。『サイドアーム』のメンバーが倒した物と思い調査を始める。もしオークと闘い相打ちとなった場合、近くに『サイドアーム』のメンバーが居た痕跡が見つかるはず。そんな考えの響也と異なりルイーザはオークの傷口を調べていた。
オークの傷で分かった事は、斬りつけられた傷の周りはとても鋭利とは言い難い物によるもの。顔の変形は巨大な鈍器な物でないと不可能なレベル。そして、オークその物には焦げや剣による切り傷が見つからない事。これらから導き出される答えは・・・。
「響也、退避だ。」
とルイーザが声を出した瞬間に二人が入ってきた方面とは逆側から地響きが近づいて来る。
「コイツはサイドアームが倒したんじゃない!恐らくトロールだ!」
松明の炎で既にトロールにバレたと判明したルイーザは響也にそう叫びながら松明を捨て、背負っていた大剣を引き抜いた。それと同時に響也も腰の剣に手をかけサイコメトリーを発動する。
「クソッ!暗くて映像<ヴィジョン>が見えない!」
サイコメトリーも万能ではなく、自分の視界に剣の記憶を映像<ヴィジョン>として映し出す為、視界が良好でないと十分に発揮できないのである。
「油を撒け!」
そう言われた響也は松明にも使用している油の入った瓶を取り出し辺りへ出鱈目に撒くと松明を地面に擦りながら移動を始める。するとその火は油へ着火し徐々に燃え広がり辺りの光景を移し始めた。
非常に薄暗いものの、トロールの姿を確認する事が出来る様になる。その体はオークをも超える身長と、巨大な両腕を持った大型の魔物。オークと違い灰色の肌をしており、鉱山では保護色となっている様だ。
しかしトロールが確認できると言う事は逆を言えば、トロールからもこちら側が確認出来ると言う事。火に反応したトロールは獲物を横取りされると思ったのか、それとも単純に食材にしようとしたのかは不明だが二人に照準を合わせると、一メートルはあるであろう巨大な拳を向かって振り下ろした。
少し離れていた響也には拳は届かなかったが、その衝撃は凄まじく、風圧と振動でバランスを崩す。同時にルイーザは右方向に回避し、響也と挟み撃ちの状態に持ってくる。
拳を叩きつけた衝撃で目標を見失っているトロールに対し、ルイーザは大剣を脇腹に向かって突き刺す。しかし、トロールの硬い皮膚を貫いても分厚い脂肪に阻まれ大剣は三十センチ程食い込んだ所で停止してしまう。自分に攻撃をされた事を理解したトロールは防衛本能なのか両腕を振り回し何人たりとも近づけない様にし始め、その腕がルイーザの大剣に当たる事で抜け、それと同時にルイーザまでも弾き飛ばされてしまう。
とっさにルイーザの元へ駆け寄ろうとする響也だが、ルイーザの「来るな!」の声に反応し立ち止る。
「今固まれば同時にやられる!お前はお前が出来る事をするんだ!」
ルイーザの正論に納得をした響也は自分に出来る事の意味を考え始める。『映像<ヴィジョン>』が使えない状況下で戦闘能力の低い自分が出来る事、囮ではない。ルイーザは他人を囮にする人間ではない。では何か。その時一つの可能性を閃く。
響也は大声を上げたルイーザに向かって行くトロールに気づかれないよう炎の近くに来ると地面に向かってサイコメトリーを発動した。するとそこにはこの鉱山を掘ったであろう人の姿がぼんやりと見え始める。その映像は非常にモヤがかかっており、ギリギリで口元が動いている程度しか角煮が出来ない。しかし集中して見ていると、手に何かを持っているのが見えた。
「これだ。」と確信した響也は集中してその人物の行き先を目で追う。だが、問題は火の傍でないと暗くて見えなくなってしまう問題が残っている。その為、その人物が向かった方向のみを確認すると同じ方向へ一気に走り始めた。
持っていた大剣が自分に害を及ぼしたと理解したトロールはルイーザを標的にしている為、響也の移動には目もくれず。そのお陰でルイーザもトロールの背後で響也が何かしている事は理解できた。
響也が向かった先では石の壁が待っており、手を伸ばし感覚で壁や地面を調べる。少し進んだ場所で木製の板が立てかけている所を発見し、重点的に感触を確かめる。するとその木の板は今にも朽ち果てそうな扉と判明し、取っ手を探し当てると強引に扉を開く。
「うわぁ!」
と、正面から叫び声が聞こえ響也自身も驚き同時に叫び声を上げた。
「誰か居るのか?!」
響也は叫び声が人間の男であると思い暗闇の空間に声をかける。
「あ、あぁ。俺は人間だ。『サイドアーム』って名前のクランに所属してる。」
響也の頭の中では『サイドアーム』のメンバーは全員トロールに殺された物として考えていた為その返答はある種予想外であった。
「俺はギルドからの依頼であんた達を探しに来た。今トロールを仲間が抑えてくれている。ここにあると思うんだが、爆弾が無かったか?」
「あるぞ、明かりがあった時に見つけたんだ。でも何でここにあるって知ってるんだ?」
「話は後だ、俺の声がする所まで持って来てくれ。」
中の人物に爆弾の催促をする響也だが、帰ってきたのは「それは無理だ。」と言う返答だった。
「俺は今、脚と手をやられちまってる。もう一人いるんだが、そいつはもう動けねぇ・・・。こっちに取りに来てくれ。」
何故こんな場所で今まで居たのかを察した響也は一呼吸着くと壁に掘られた小部屋と思わしき所に足を踏み入れる。何があるのか分からない為「ここだ。」の声を確かめながら摺り足で進んで行く。
「この箱の中身全部がそうだ。」
男が案内した先には六十センチ程の幅がある箱が存在していた。箱の中に手を伸ばすと、そこには約二十センチ程の筒状の物が複数本確認出来る。分かりやすく言えばダイナマイトではあるが、この世界ではまたニトログリセリンは無く、黒色火薬を筒状にし携行出来る様にしただけの物である。が、そんな事を響也は知る筈も無く、そもそも爆弾であれば何でも良いのだ。
推定五キロはある箱を持ち上げると「助けに来るがそれまでは耳を塞いでいろ。」と言い残しトロールの元へと向かい走り出す。火がまだ残っている為先ほどまでいた場所が分かったのは幸いである。
まだ燃えている油の前に到着すると箱から一つの爆弾を取り出し着火の準備を始める。一つの爆弾の破壊力はたかが知れているので箱ごと爆破させる必要がある。勿論自分も巻き込まれない様に退避する為、トロールが目の前にいる状態且つ、自分達は遠くに居ると言う確率が殆どない状態にしなければならない。
「ルイーザ!そいつを爆破する!どうにか誘導してくれ!」
トロールの攻撃を回避しながら時間稼ぎをしてくれているルイーザに向かって叫ぶと筒の先端に付いた導火線をいつでも着火できるように準備をする響也。タイミングを間違えればここにいる全員が死ぬ事となる為手は疎か全身が震えだす。
ルイーザによる丁寧な誘導を頼りに導火線へ着火をする響也。素早く爆弾を箱の中に戻すとルイーザへ耳を塞ぎながら出来るだけ遠くへ逃げる様に指示をする。明かりが照らす場所から遠ざかる事で出来るだけ自分たちの姿を目視出来ない様にしながら退避すると両手で耳を覆い爆破に備える。
トロールも不信に思ったのか二人を追いかけようとしたが、足元から匂い経つ異臭に気づき視線を落とした。その瞬間、足元で異臭を放っていた導火線の火は爆弾へ到着。とてもない爆音と衝撃が辺り一面に轟く。その爆発力は強固なトロールの皮膚や骨を吹き飛ばし内臓までも辺り一面に撒き散らせる程であった。
だが、洞窟内で行き場所を失った衝撃波は辺りに反響し音の振動は響也達にも牙を向く。耳を塞いでも意味が無いとしか思えない轟音と、心臓や骨を貫きそうな振動、そして破裂により一瞬にして跳ね上がった気圧は肺を圧迫し放心状態になった響也の目は開いているが視界に入るのは暗闇で、口も開いているが呼吸さえも出来ず唯々虚無の空間を見ているしか無かった。
永遠とも感じる闇からどれだけの時間が経ったのかは分からないが、響也の耳には遠くから何か聞こえ始める。同時に目に微かだが光が見え始めた。
「起きろ響也!」
声の主がルイーザの物だと分かった響也は今自分がどんな状況なのかを思い出し頭を上げる。
「体中が痛てぇ・・・。」
全身を針で刺された様な激痛を覚えた響也はルイーザに対し礼を言う前に自分の痛みへの感想が出てしまう。どうやら鼓膜は破れなかった様で会話が出来る程度の聴覚も残っているようである。
「気が付いたか!全くアホな作戦を思いついたもんだ。私じゃなかったらそのまま死んでたぞ。」
ため息をつき立ち上がったルイーザはそう言うと持っていた松明で辺りを確認し始めた。話によると最初に目を覚まし松明を見つけて着火し響也を発見したので介抱したとの事。
「トロールは完全に死んでる。皮肉にも自分で殺したオークと瓜二つの死に様だ。」
トロールに近づき生死を確認するルイーザ。その時響也は奥の小部屋に生存者がいる事を思い出しルイーザに告げると、二人で扉を探し始める。
しかし、見つかったのは吹き飛んだ扉。爆発の衝撃で部屋内に押し込まれてしまったらしく、ヒンジ部分が完全に捥げていた。衝撃に耐えて生きている事を願いながら声をかける響也。だが、返事が返ってくる事は無かった。
せめて遺体、若しくは所持品だけでも回収しギルドへ届けようと部屋の中に入り辺りを探索していると、部屋の隅で横たわっている二人の影を発見する。
「私に任せろ。お前は慣れていないだろうし。」
そう言ってルイーザは松明を響也に渡すと倒れている人の手首に指を当てた。
「ん?・・・生きてるぞ!」
すぐさま隣の人物の脈も確認する。
「こっちも生きてる!」
二人の生存を確認したルイーザは、脈の弱さから素早く治療しなければならないと、一人をおぶり響也から受け取る。響也ももう一人の人物を背負うとルイーザの先導で出口を目指し駆け出した。
徐々に辺りの景色が目視出来る様になり視界が開けてくる。あまりの出来事だったので何も考えていなかったが、明るい所に来て響也は目の前のルイーザが背負っている人物と自分の背中から感じる違和感の正体に気づく。
「響也、今は気にするな。外へ出てから治療する。」
違和感を覚えながらルイーザ従い外に出ると辺りには薄く赤い夕陽が照らされていた。景色を堪能するまでも無く、急いで背負っていた二人を地面へ卸す。
響也の感じた違和感。それはルイーザが背負っていた人物のシルエットと、背負っていた人物の重さである。ルイーザが背負っていた人物は左脚が明らかにおかしい方向に曲がって、胸部から大量の出血をしており、響也が背負っていた人物は右腕に深い切り傷と大腿部からの出血である。体の軽さから既に血液は殆ど残っておらず、傷口からは微量だが出血が止まらずにいた。
鞄の中から適当な布を裂いては関節部で強く縛り上げるルイーザ。響也も必要だと添え木になる木を探しに洞窟入り口を離れる。太すぎても細すぎても役に立たないので辺りを探していると、遠くに馬車を発見する。どうやら先程の爆発音が気になり近くを通っていた馬車が確認に来たようだ。
まさに渡りに船と喜ぶ響也は大きく手を振りながらこちらへ来てくれるように誘導すると、近くの木を拾いルイーザの元へと戻る。
「ルイーザ、馬車が来る。応急処置の具合は?」
「出血が酷い。本当に急がないと手遅れになる。」
響也は持っていた添え木をルイーザに手渡し、包帯代わりになる布を裂いて馬車の到着を待っていると馬の蹄鉄の音が背後に迫って来る音を耳にした。
「どうしたんだ?!モンスターか?」
「オークとトロールだ。頼む、ダミアバルまで乗せてくれ!」
御者の質問を答えると同時に頼み込む響也。御者も「早く乗せてるんだ。」と二人を馬車に載せる手伝いを始める。
『サイドアーム』の二人と響也、ルイーザの計四人を乗せると、馬車は大急ぎでダミアバルに向かう。揺れまくる馬車の中でさえもルイーザと響也は傷口を直接抑え込み止血を施していた。
徐々に弱まっていく脈。十秒が一分にもにも感じられる程の焦り。医学の知識が殆ど無い二人にとってこれ程長いと思った時間は今まで無かった為か、汗は止めどなく吹き出し、ただ抑えているだけなのに息も上がってしまう。
ダミアバルに到着したのは一時間以上経ってからの事。辺り一面が真っ赤な夕焼けに照らされ、抑え込んでいる包帯もこの夕日に引けを取らない程赤く染まっている。最早、病院に間に合ったとしても持ちこたえられるかと聞かれれば何も答えられない状況にまで状態が悪化していた。
門番の兵士に「急患だ。」と伝えると、馬車内を覗き込みすぐに病院へ向かう様指示をしてくれる。場所は北西部であり、現在の西門から徒歩なら十分もしないでたどり着く為馬車ならより早く到着する。御者が病院に入り急患である事を告げている間に二人を降ろす準備を始める響也とルイーザ。
圧迫していた手を離すと凝固した血液と張り付いた布がベリベリと音を立てて離れる。この病院では担架を切らしているのか、医者と共に二人の男が二メートル近い板を持って馬車に駆け寄る。板の上ににそっと一人を載せると病院内に入り、暫くすると再び綺麗な板を持って帰って来る。
無事二人を病院に届ける事は出来たが命の保証は一切なく、二人は病院の入口扉をじっと見つめていた。
「助かると良いがな・・・あんた達のお仲間さん。」
そう御者に言われ我に返る響也。彼が通らなかったらこれほど早く到着は不可能だったのにも関わらず、まだ礼の一つもしていない。
「本当に助かりました。ありがとうございます。」
頭を下げて礼を言う響也。
「困った時はお互い様だ。それよりあんた・・・その頭は。」
お辞儀の文化の無い世界で頭を下げ、更にボロボロになったフードから見える黒髪に反応する御者。響也も慌ててフードを被りなおそうとするが、その後の「別に恐れちゃいないよ。」の言葉に安堵する。
「仲間の為に必死になってたんだ。黒髪だろうと同じ人間だろ?変わり者ってなら俺も変わってるしな。」
響也の行く先々の人物は黒髪を気にしない人に多く出会う。女将やカレンを始めとするジントリムの顔馴染み。ダミアバルまで来る馬車の行商人と随行した協力者。そして今回の馬車の御者である。
「あ、仲間って訳じゃないんですよ。ギルドの調査任務で見つけただけで。」
「赤の他人って訳か。なら一層立派な事じゃないか。言い方は悪くなるが、万が一助からなかったとしても救助しようと動いたんだから気に病む事は無い。」
「・・・はい。」
御者に対し空虚な返事を返す響也。ふと横を見ると普段から呑気なルイーザも拳を握り締め、全く緊張の解けていない筋肉がプルプルと震えていた。自分と同じく何とも言えない悔しさを感じていると思った響也は声をかける事が出来ず唯々時間だけが過ぎて行った。