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記憶の道  作者: 桐霧舞
14/63

リスタート


「もうすぐ着くぞ。日が暮れる前で良かった。」

 王都ダミアバルを目前にした行商人が馬車にいる三人に声をかける。だが返事をしたのはルイーザのみで、響也に至っては目が死んだ状態になっていた。

「大丈夫だって。王都へ着いたらジントリムへ手紙を出してもう一度郷友に書いて貰えばいいんだから。」

 そうルイーザが響也に伝えるが帰ってくるのは生返事のみ。手紙を出すにもにしても来るにしても、その間泊まる宿にしても全てに金が要る。響也達の手持ちではどう節約しても三日持つかどうかと言った所。この世界では手紙は毎日配達する物ではなく、数日分貯めてから別の町へ届けられる。つまり、手紙は下手をしたら数週間届かない可能性も出てくるのだ。

 響也が悲観的になっているのはこの為である。

 一度ジントリムへ戻るにしても馬車代は持っておらず、ジントリム行きの護衛任務もあるとは限らない。如何せん、今回の任務でジントリムへ向かう馬車とは一度もすれ違っていない為、護衛任務の存在は絶望的である。

「とりあえず宿を確保だな、今日行くには遅すぎるし。」

「何でお前はそう楽観的なんだよ。」

 鞄の帯を締めながら話しかけるルイーザに疑問をぶつける響也。

「無くなった物は仕方がない。何をしていても戻る訳でもない。なら、別の方向に向かって行くしかないだろ?私達の故郷ではそう教わるんだ。」

 普段からの切り替えの早さは小さい頃からの教えが由来。日本にも似た様な言葉で『心機一転』と言うものがあり、気持ちを切り替える重要性も担っている。

 それを聞いた響也は何時までもウジウジしていても仕方がないと、ルイーザを見習い顔を上げる。馬車の中を見つめていた為気づかなかったが、外は夕焼けが赤く辺りを染めており、今が夕方である事を示していた。

 馬車の後ろから身を乗り出し進行方向を確認すると、目的地ダミアバルの南門が迫っていた。その門は高さ十メートルはあろう壁と、七メートル程の高さでアーチを描いた存在感のある扉が取り付けられている。

 石畳を転がる車輪の音が止まり、行商人の「着いたよ。」の一言を合図に馬車を降りる三人。門の前には兵士が三人おり、一人の兵士が行商人の元へ来て話をしている。

 兵士は手渡された紙を眺めると数秒後には行商人に返しながら「通って良し。」と言い残すと持ち場であろう門の横へ戻って行った。

 通行の許可が下りたのを確認した後、行商人の元へ行くと

「警備ありがとうね、今回はあんまり問題無くて良かったよ。君も紹介状無くして大変だろうけど、諦めないで兵士になるんだよ。」

 そう言いながら三人に小さな袋を手渡し、そのまま門を潜ってダミアバルの中へと消えて行った。

「そう言えば護衛任務だったな。ショックですっかり忘れてた。」

 手渡された袋の中身は百マルク大銅貨が七枚、十マルク中銅貨が二枚、計七百二十マルク。ルイーザの分を合わせれば千四百四十マルクにもなる。ダミアバルの物価はまだ分かっておらず、宿代でいくら差し引かれるのか今の響也達には見当もつかない。

「取り合えず大事に使わないとな。それから、あんた・・・あれ?」

 袋に金を戻した後協力者にお礼を言うため顔を上げるとそこには姿が無く、何も言わずに立ち去ってしまった。変わった人だが何となく気になっていたので最後に言葉を交わせなかったのは心残りだが、暗くならない内に宿を探す為二人はダミアバルの中へ入って行く事にした。

「ここから一番近い宿屋ってどこにありますか?」

 門を抜けてすぐの衛兵に声をかける響也だが、衛兵は一瞬響也を見ると視線を前に戻し微動だにしなかった。その姿はイギリスの近衛兵を彷彿させる。

「宿までどれくらい?」

「ここの通りを入って二つ目の十字路を右に行けば見えてくる。」

 ルイーザの質問には問題無く答える衛兵。自分が男だから答えなかったのかよと若干呆れ顔で教えられた通りの方へ向くと、近くを通る者が全て響也を見ると目を逸らし速足で歩き抜けていく姿を目撃する。

 ここまで来てやっと自分が黒髪である事を思い出し、防寒用にと買っていたフードを鞄から取り出し被り始めた。種族や地域によっては忌み嫌う者の象徴である黒髪を少しでも見られない様にする為非常に深く被っているその姿は、まるで先程まで一緒にいた協力者の様であった。

 宿を目指し足早に移動した甲斐があって物の数分で到着する。念の為にルイーザに受付を頼み、響也は入口から少し離れた角で目立たぬ様じっと待機する事にした。

「一泊一部屋八百マルクだってさ。」

 流石王都だけあって宿泊代も非常に高い。ジントリムの宿では一泊三百七十マルクなので、倍以上の値段となっている。日本で言う旅館と民宿よりも格差があるレベルである。

 現在の手持ちは先程の収入を含め二人で約二千マルク。謝礼をそのまま丸々使っても赤字なので頭を抱える響也。

「別に私は道端でも構わないから響也だけでも泊まったらどうだ?」

 いくらガサツで自分よりも強いと言ってもルイーザは女である為、それだけは絶対駄目と響也は頑なに拒否する。

「ここより安い宿ってあるの?」

「そりゃあるが安い所はオススメ出来ないぞ。これは商売敵だからとかじゃなく、お前達の為だ。宿代が安い所は基本的に治安が悪い。王都とは言え兵士が立ち入らない地域もあるからな。」

 受付の男から話を聞くルイーザ。彼が言わんとしている事は何処にでもある『暗黙の了解』の地域、分かりやすく言えばスラム街の様な物。そんな場所に行けば身包みを剥がされたり、命さえも無くす場合もある。

「なら仕方ない、では一部屋を二人で使えば良いんじゃないか?」

 ルイーザの言葉に驚く響也。いくら筋肉が発達していると言ってもその引き締まったウエストや無駄な肉が殆ど無い背中等、ルイーザに魅力が無い訳でもなく、あたふたしていると、「私なら気にしないぞ、そもそもお前にそんな甲斐性は無いし、あってもどんな目に合うか分かっているだろうし。」と言いながら、肝を冷やす所か内臓まで抉られそうなオーラがルイーザの目線から伝わって来る。

「一人部屋を二人でかぁ、なら二人で千マルクで良いよ。こっちも商売なんだ、少し位貰っても良いだろ?」

 と言う事で千マルク払って宿に泊まる事にした二人。宿内は吹き抜けの二階建てになっており、一階は中央に受付と食卓、その受付を囲う形の八部屋、二階は受付の向かって右側の階段を登って九部屋の計十七部屋。今回泊まる部屋は一階階段横の部屋となる。

 受付の男から受け取った鍵を使い扉を開ける。室内は木製の土台にクッション性が殆どないマットレスの代わりの布にシーツを被せただけのベッド、、椅子一脚、ランタンが置かれた小さなテーブルが一つと言う、とても八百マルクもするとはお世辞にも言えない内装だった。

「ベッドはルイーザが使ってくれ、俺はジントリムで床に寝るのは慣れてるから。」

 そう言いながら外したフードを椅子に掛ける響也。そのまま鞄を下ろし、ベルトに差していた剣も壁に立てかけると椅子に座って深呼吸を始める。

 ルイーザも響也の一通りの行動を見た後荷物を下ろし、ベッドに敷かれていた掛け布団を手に取る。

「私は寒暑に慣れてるから掛け布団は使って良いぞ。」

 と響也へ差し出す。ジントリムと気候は大して変わらないが、夜は冷える日もあるので受け取る事にした。

 その後ルイーザは「食い物買ってくる。」と言って宿を出ていく。ゆらゆらと揺れるランタンの火が照らす部屋に独りぼっちになった響也はその空間で今日あった出来事を思い出す。あの時鞄を持って出ていれば、協力者に馬車へ残って貰っていたら、もう少し速く走れていたら等の考えが頭を過り首を垂れる。

「パンと人参と葡萄ぐらいしか手に入らなかった・・・って寝てるのか?」

 自分を追い込んで時間を忘れるまで落ち込んでいた響也に声をかけるルイーザの手には今言った食材が入っているであろう麻布が握られている。だが同時に食いかけのライ麦パンも目に入る。この食い気のお陰で『心機一転』を思い出し、くよくよと考える事を止めた響也は立ち上がり麻布を手にする。

 中に入っていたのはライ麦パンが二つと約十センチ程のやや貧相な人参が七本、そして疎らな付き方をしている葡萄が一つだけ。

「後は持ってきた干し肉でもあれば良いだろ?」

 そう言って自分の鞄から干し肉を取り出し手渡すルイーザ。この性格のお陰で明るくなれる響也は、ある意味ルイーザを癒しだと思い始めた。


 翌日、東の窓から差し込む日の光で目を覚ます響也。ここ数日風呂に入っていないので汗とゴブリンの血の匂いを放つシャツを着替え朝食代わりにジントリムから持ってきた胡桃を口に放り込む。

 この世界と言うより元の世界でもだが、風呂に毎日入ると言う人種は非常に少なく、代表に日本人がいる。その日本でも毎日入浴する様になったのは第二次大戦後から何年も経った高度経済成長期以降の話。それまでは銭湯に通う以外入浴は不可能で、銭湯その物も毎日通う物では無かった。幸いにも、この世界での風呂は古代ローマ式とも異なる浴槽とシャワーが存在する日本式になっている。

 胡桃の咀嚼音に反応したのか目を覚まし状態を起こすルイーザ。しかし目は半開きで寝ぼけている様にも見えなくない。昨日の夕飯の礼もあるので響也は「胡桃食うか?」と持っていた胡桃をハンカチごと差し出す。すると片手で持てる分だけ鷲掴みにし一口で全部平蹴るルイーザ。

「塩欲しい。」

「食い終わってから言うな。目が覚めたなら城に向かうぞ。」

 ルイーザが掴み損ねた胡桃の余りをそのままハンカチで包み鞄にしまい込みながら言う響也。このまま無事兵士になれれば賢者の元への近道になるので善は急げと準備する。

 鍵を受付に返却し、宿の外に出る二人。既に店は開いており、通行人も徐々に増え始めている。城の場所は門を潜った時に確認しており、街の中心に位置する。しかし敵が押し寄せた時の為か一直線にはなって居らす、ジグザグな街並みを超えて行く必要がある。

 困ったら上を見上げを繰り返しながら途中の行き止まり等を含め三十分以上を費やし城へと到着する。

「ここはダミアバル城である。貴公等何用で参られた。」

 城門前で兵士に問いかけられた響也はマルセロによる推薦で来たが、肝心な紹介状を紛失した旨を伝えた。

「確かにエスコバル騎士隊長から有能な人材を紹介すると言う文は届いている。しかし、推薦状でもある紹介状を持たぬ貴公等がその人物である証拠は無い。したがって入隊の許可は出来ない。」

「でも特徴とか書いてませんでしたか?能力とか・・・」

「諄い!推薦状はその者が本人から直接受け取り持ち込む事で意味を持つ。騎士を目指す者がそれ程大切な文を紛失して置きながらまだ引き下がらぬか。これ以上口を開くのならば切り捨てる。」

 兵士の強い言葉に何も言えなくなった響也はもう一度マルセロに紹介状を書いて貰う手紙を書く為踵を返した。

「貴公、親切で教えておくがエスコバル騎士隊長は現在ジントリムを離れアクスヴィルに向かった。推薦状を貰うのはほぼ不可能だ。」

 そう響也の背中に言い放つと兵舎に入って行く兵士。それと同時に、たった今移行したプランが即座に使えなくなり脚が止まる響也。兵士になれなければ賢者に会う機会は無くなる上、応援してくれたカレンと女将に会わせる顔も無くなった。

 気持ちの悪い汗が一機に吹き上がり、心音も耳が壊れると思いたくなる程の轟音を立てる。あの紹介状が燃えてしまったばかりにと響也の瞳から光が消える。

「アクスヴィルか、どこだか知らないが馬車に乗り継いでいけば何とかなるだろう。」

 ルイーザは立ち止った響也に気づかず誰も居ない所に話かけていた。返事が無い事で今の状態に気づき強引に手を引っ張る。

「響也、昨日も言ったが過去は変えられない。前を見ろ。落ち込む暇があるなら何をすれば良いか考えるんだ。」

 歩きながら響也に活を入れるルイーザ。石橋を渡っている丁度その時、橋より下の方から叫び声が聞こえた。

 その声に反応したルイーザは橋の下を覗き込むと、そこには声の主であろう子供が川で踠きながら流されており、何時沈んでもおかしくない状況になっていた。

 橋から飛び込もうと大剣を外すルイーザだが、先に飛び込んだのは荷物を持ったままの響也であった。先程とは違い、その瞳には光があり一心不乱に子供の元へと向かって泳いでいく。

 沈み掛けた子供の手を取り自分の頭より高い位置に子供を担ぐ。しかし、川の流れは街内を流れる川とは思えない程早く、岸に向かって泳いでも中々近づく事は出来ない。プールとは違う流れのある水は牙を向き次々と響也へ襲い掛かる。

 せめて子供だけでもと子供が常に呼吸が出来るよう持ち上げるが、響也の体力も限界に達し遂に沈み始める。が、急に子供の感覚が消えた。それは川へ沈んだと言うよりも引き上げられたと言う感覚。子供が居なくなり浮力が戻った響也は完全に脱力し水面へ顔を出す。そこには昨日まで一緒に居た協力者の姿があった。

 協力者は川に立ったまま響也の息を確認すると、そのまま十メートル以上の距離を一飛びし岸に子供を寝かせる。少し水を飲んだらしく咳き込むが、命に別状は無いと判断すると再び川へ飛ぶ。目的は勿論響也の救出である。

 片手で響也の腕を掴むとそのまま岸まで飛ぶ。その感覚は不思議で、水から出る時の抵抗や重力さえも柔らかく感じる程『当たり前』の様な動きであった。

 岸に着いた響也は協力者に礼を言うと子供の元まで近づき外傷の確認をする。幸いにも傷は無く、水を飲んだ事にる咳と、怖かったと言う鳴き声が辺りに響いていた。それと同時に「大丈夫か?」と一連の流れを見ていた通行人が近づいてくる。

「今の時間帯は危険だからなぁ。無事で良かったな小僧。」

 泣いてる子供の頭をぐしゃぐしゃにしながら撫でる通行人。響也ももう一度礼を言おうと振り返るが、そこに協力者の姿は無かった。

「今の冒険者も凄いな。水の上に立ってたぞ。名のあるクランの人間だろうなぁ。」

「クラン?」

 ギルド同様にゲームで聞き覚えのある単語に反応する響也。

「クランを知らないのか?ギルドに居る冒険者の集まりさ。アレだけの事が出来るんだからランクB辺りかなぁ。」

「ランクもあるのか。」

「兄ちゃん田舎者か?王都じゃあクランなんて何十、いや百以上あるぞ。と言っても名が売れたクランは上流階級になるからこの辺りには少ないが。」

 そんな会話をしていると泣き止んだ子供の元へ走って来る女性の姿が見えた。どうやら母親らしい。子供を抱きしめると何度も響也へ礼を言うが、自分が助けたわけじゃなく、一緒に居た奴が助けたと説明。それでも礼を止めない母親。

「二人とも無事だったか?!」

 ルイーザも駆け寄り合流する。響也は笑顔で「おぅ。」と答えると立ち上がる。

「ルイーザ。クランって知ってるか?」

「冒険者ギルドのチームみたいな物だろ?それがどうした?」

 クランのランクが上がれば階級も上がる。兵士の階級ではなくクランのランクを上げる事でも賢者に会えると睨んだ響也はルイーザに説明をする。それを聞いていた通行人達も「お前なら出来る。」と賛同する。

 響也達の新しい目標。それは『クランに入り高ランクなる』と言う物になった。




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