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記憶の道  作者: 桐霧舞
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良いとは言えない匂い



 朝食後、火の始末を済ませ出発の準備に入る一行。馬車に乗り込むと距離が近づいたのもあり、妙に魚臭い匂いが馬車の後部を包む。匂いに対しルイーザに一言言おうとする響也だが、自身も汗やゴブリンの血の匂いを発している為言うに言えなかった。

 昨夜の内に近づいてきた魔物は居なかった様で、馬や貨物も無事な状態で出発する。移動する景色を持ってきた干し肉や煎り豆を食べながら眺めるルイーザに対し、ツッコミを入れる気も失せた響也は鞄の中にしまって置いた紹介状を手に取って眺めた。この紹介状は一番大切な物なので紛失しない様にと、確認を済ませたら鞄の中にしまい込む。

 「後どれぐらいかかるんだ?」

 手持無沙汰な響也はルイーザに尋ねる。

 「私も王都には行った事が無いから何とも言えないが、今日の夜か明日の朝には着くと思うぞ。」

 それを聞いてより一層気が滅入る響也。この何も無い時間が二十四時間も続くのは想像もしたくない出来事である。今までなら料理の準備や宿の掃除で休む暇も無かったのにと逆に暇への愚痴を言いたくなったが、この時元の世界の事を全く思い浮かばなかった事に対し『この世界に慣れ過ぎたかも』と言う考えの方が強く表れた。

 普段の響也は体育の成績は良い方ではあるが部活動には入っておらず、休みとなれば一日中家でごろごろとゲーム三昧の日々を送っていた。そんな生活も一月あれば忘れており、今では遠い記憶の様にも感じている。

 この日は洗濯日和とも言える程の快晴。その為か馬車が出発し二時間程した頃、集中力が切れ睡魔に襲われた響也は居眠りを始めてしまう。ルイーザと違い殺気で起きる訳では無い為、何かあった時はルイーザ頼みである。が、響也達が目を覚ます理由は殺気とは全く別の出来事であった。

 けたたましい音が鳴り響くのと同時に馬車の角度が急に傾く。積んでいた荷物は進行方向右側に寄り、重い木箱が幌を破って外へ飛び出し、荷物が無い部分に居た響也とルイーザも同じく幌へ叩きつけられる事で、幌を固定している鋲が外れ馬車外へ放り出された。

 「何が起きた。」と地面にぶつけた頭を摩りながら辺りを確認する響也。辺りを見渡したが、響也と同じく頭を摩っているルイーザ以外人影は見えない。進行方向左側で荷物の真横に居た協力者の姿もなく、馬車内に居るものと思い声をかけると何事も無かったかの様に馬車の後部から降りてくる。

 「大丈夫か?!すまん、ウトウトしていたもんで道を見てなかった。」

 急いで降りてきた行商人が三人に声をかける。馬車が傾いたのは、道のへこみに右前輪を落としてしまい、その衝撃で右側の車輪が両方共外れてしまったのが原因。馬車の車高その物は高いとは言えないが、三十度近く傾いている。

 外れた車輪は馬車の近くに倒れているので、まずは車輪が破損していないか検査を始める行商人。その間、三人は落ちた木箱から散らばった中身を回収する事にした。

 落ちた箱は三つで、内容物は南瓜、ジャガイモ、群青色の布地。全てジントリムの特産品である。その他にも酒や燕麦等も荷物として積んでいたが運良くそれらは落ちる事は無かった様で安心する行商人。

 「ジャガイモと南瓜は大して傷ついてないし、布地も叩けば問題ないだろう。」

 今現在の日本で聞いたら問題以外の何物でもない発言ではあるが、この世界では日常茶飯事である。

 「スポークが一本折れたが問題ない。ただ、丸太が無いから馬車を持ち上げるにはどうしたものか。」

 スポークとは車軸部分から外周部を繋ぐ棒状の部品。車輪が回転するバランスこそ乱れるものの、十二本からなるスポークは一本折れた程度では十分再利用が可能である。そして丸太はてこの原理を使用する為に必要な物。

 「さすがにルイーザでも馬車は持ち上げられないよな?」

 少しの希望を持って聞く響也に対し「出来るぞ。」と簡単に返すルイーザ。すぐさま「出来るのかよ!」とツッコミをする響也だが、内心本当に持ち上がるのか不安で仕方が無かった。

 一度馬車に戻り工具を持ってくる行商人。車軸に車輪をはめ込み、はみ出た車軸を横から杭を打つことで固定すると言う単純な仕組みである為、持ち上げて車輪さえ差し込んでしまえばすぐに装着出来るとの事。

 「持ち上げるぞ。」

 そう言って馬車の右側面を掴むと、いとも簡単に持ち上げた。まずは大きい後輪を響也が差し込み行商人が杭を打つ。前輪は操舵用に車軸が曲がる為、協力者が車軸を掴み、響也が車輪を差し込む。

 「良いぞ!」

 杭打ち終了後、響也の合図でゆっくりと馬車を下ろすルイーザ。手に着いた砂や埃を払うため手を叩くと「思ったより重かった。」と報告する。積載物込みで三百キロを軽く超えるであろう馬車を『重かった』程度で持ち上げる事が出来るルイーザの腕力に対し呆然とする響也であった。

 外れた鋲を打ち直し、荷物を積み込み直す頃には馬も落ち着いており、一行は再出発をする。車輪は一瞬ギシッと音を立てるが、音はその時だけで問題無く回転していく。

 「警備なのに寝てたから罰でも当たったかな?」

 「バチとはなんだ?」

 日本人の言う罰は主に仏罰の事で、仏教が無いこの世界ではこの言葉に準ずる言葉が存在しない。その為口に出したはいいが、正しい意味を理解していない響也は説明に困る事になった。

 「お前が住んでいた地域の宗教の様な物って事か。」

 取り合えず悪い事としたら自分に返ってくるものと言う説明に納得するルイーザ。実際、前日ゴブリンが来たのも響也が眠っている時なので説得力がある。

 「あんたは何処から?そろそろ話してくれても良いんじゃないか?」

 地域の話ついでに協力者へ話題を振る響也だが、協力者は右手を少し上げ手の平を一瞬見せるとすぐに下す。どうやら話はしたくないらしい。検めて見ると手も小さく、低い身長からして女か子供、或いはその両方の可能性も感じられた。しかし、その若さで年上であろう響也より戦闘技術を身に着けている辺り『旅をする』と言う行為が如何に危険な物なのかを物語っている。

 「橋が見えてきたぞ。」

 行商人の声に反応し荷物の隙間から前方を確認する響也。朝出発してから見る事の無かった川に長さ三十メートル程の橋が目に入る。行商人の話によると、この橋はダミアバル寄りに設置されているので早ければ今日の夕方には到着できるとの事。逆に夕方になっても着かない場合は、安全の為キャンプをし翌日の到着となる。

 「少し早いが休憩にしよう。」

 橋を渡ってすぐに停車し三人に告げる行商人。朝食を済ませてから行なった行為は昼寝と車輪の取り付け、荷物の積み直しだけなので空腹を感じていない響也ではあったが、この世界では『食える時に食う』をしないと最悪丸一日食事にありつけない事もある為無理にでも食事を行う必要がある。

 馬車から外した馬は川沿いで水を飲みつつ、行商人が用意した切り藁を食んでいる。そんな行商人を横目に火の準備をするルイーザ。近くに落ちていた枝を集め、火打ち石を使い着火用の草に火が付き始める頃、川とは逆方向の小さな林から木材を集めてきた響也と協力者が到着する。

 「俺達が来てから着火しろよ。」

 「食事は早い方が良い。空腹こそ最大の敵だ。」

 全く答えになって居ない返答に困った響也だが持ってきた枯れ木をその場に置くと、馬車に積んでいた鍋で水を汲みに川へ向かう。昨日も使用した鍋だが、これは行商人の持ち物であり、自分の分も料理すると言う約束で使用させてもらっている。

 汲んできた水の入った鍋をルイーザが即席で作った竈、とも言い切れない石を積み上げて段差を作っただけの場所に載せると、二人は馬車に積んだ鞄から食材を取り出し鍋に入れ始めた。

 昼食の内容はもうお馴染みの干し肉と乾物の茸を水で戻したスープ。干し肉に含まれている塩分で、気持ち薄味ではあるが非常に食べやすい味付けになる。毎回ルイーザが相当な量を食す為、鞄に残った食材は半分を切っており、王都に着いたらまず買い物だと考える響也だが、『王都』の言葉に不安を覚え招待状を再度確認する為馬車へ向かい始める。

 馬車へ歩いている途中、馬車から物音が聞こえた為、また協力者が馬車の中に居るのかと声をかけた。

 「煮えれば飯だぞ。お前には助けて貰ってるんだから食べて良い・・・」

 と、そこで言葉が詰まる響也。

 目に飛び込んできたのは協力者ではなく、継ぎ接ぎのフードを被った盗賊が響也の鞄を漁っている姿であった。

 盗賊の男は響也の存在に気づくと馬車の前から脱出しようと移動を始めた。「待ちやがれ!」と響也も馬車へ乗り込もうとするが、回り込んだ方が早いと思い、左側から馬車の前へ向かい退路を潰そうとしたが相手の方が一枚上手。男は移動を始めた響也を確認すると、そのまま反転し馬車の後部から脱出を済ませていた。

 「どうした~?」

 響也の声に反応したルイーザ。竈の位置から馬車を見ると丁度男が出てくる所を目撃する。男の手には響也とルイーザの鞄が握られており、川方面とは逆の方向へ逃げ出し始めた。

 「泥棒だ!」

 大声を上げて追いかける響也と、続くルイーザ。素早い身の熟しをする協力者が追いかけるのが一番だが、荷物を盗まれた二人は気が回らず自らの脚で距離を縮めていく。

 因みに協力者は木材調達の為、再び林に居たので結論から言うと初めから追いかける事は出来なかった。

 食事も運動も出来ている二人と、物取りでしか飢えを凌ぐ事が出来ない盗賊では足の速さは歴然の差である為、林に入ってすぐに追いつかれていた。ボロボロになったブーツのせいか、根っこの段差に足を取られ転び、鞄の中身を辺りにばら撒いてしまう。

 捕まりたくない盗賊の男は鞄をその場に捨てて林の奥へと走り去っていく。二人は追いかけようとはするもの、辺りに散らばった自分達の荷物が気になり足を止める。

 「次に会ったらタダじゃ済まさないぞ!」

 逃げる男の背中に叫ぶとルイーザは荷物の無事を確認を始める。尚、ルイーザの荷物は九割が食材で、残りが生活用品である。

 上がった息を整えながら自分の荷物を確認する響也だが、何度見ても一番大事な物が見つからず慌て始める。

 「紹介状がない!ルイーザ、そっちを探してくれ!」

 それを聞いて響也とは逆の方向を探し始めるルイーザ。二人にとって実質王都での暮らしを約束されたチケットである為、目を皿のようにして探索する。が、見つからず。

 その時、林に突風が吹き、辺りの木や葉が音を立てて揺れる。それと同時に一枚の封筒が二人の間を通過した。二人が探していた間にあったと言う不運。だが、不運は続く物で飛ばされた紹介状はそのまま高度を上げて林を抜けて川の方へ飛んで行った。

 「荷物を頼んだ!」

 そう言って見失わない様必死に追いかけ始める響也。しかし封筒は響也との距離をどんどん引き離して行く。見失えば終わり。川に落ちればインクが滲み、読めなくなるのでどちらにしろ終わり。

 封筒が見えなくなりそうになった時、運が味方をしたのか、高度が落ち始める。幸いにも自分質がキャンプをしている場所に向かっている。川に落ちる様子も無くなったので一安心とスピードを少し緩めた響也だが、嫌な予感が脳裏を横切った。

 運は決して見方をしていた訳では無かった。高度が落ちた封筒の着地地点、それは昼食の準備をしていた竈である。今までの人生で初めてと言うぐらいの速度で竈に向かう響也。だが鍋と石の隙間に吸い込まれるかのように入っていく封筒。

 羊皮紙は現代の紙に比べれば燃えにくい物ではあるが、流石に竈の火に耐えれる物ではなく、見る見るうちに燃えていく。竈へ到着した響也は作りかけのスープをそのまま引っくり返し消火をするが、時すでに遅し。封筒の大部分が燃えており、封蝋も完全に判別不能な状態になっていた。

 その時に吹くそよ風。ギャグシーンの一コマの様に灰になった封筒はバラバラになりながら風に乗って飛んで行ってしまう。

 残ったのは濡れて飛ばなかった封筒の端と台無しになったスープと燃やした羊皮紙特有の鼻につく匂いだけであった。


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