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記憶の道  作者: 桐霧舞
12/63

協力者


 ジントリムを出て数十分経った頃、遅めの朝食を取る事にした二人は袋からカレンが作ったサンドイッチを取り出す。レタス、トマト、焼いたベーコンを挟んだ物で、この世界では一般的な具材である。ただし、パンは日本でよく見られる食パンではなく、棒状のパンを横に切って挟むサブマリンサンドイッチと呼ばれる形状をしている。

 響也の袋には三つ、ルイーザの袋には六つ入っており、二人の胃袋の差を考えている辺り流石だと感心する響也。一つ掴んでは大口を開けて齧り付くルイーザを尻目に響也もサンドイッチを一齧りした。

 まだ水分を持っているレタスのシャキシャキとした歯ごたえを感じていると、咀嚼音以外の音が聞こえ疑問に思う響也とルイーザ。馬車の後部で最も外に近い響也とその隣に居るルイーザよりも奥から聞こえて来たその音の発生源は協力者からの物。ベタな展開だと感じながら響也は手に持っていたサンドイッチを咥えた状態で袋から二つ目のサンドイッチを取り出し、咥えていたサンドイッチを逆の手で持ちながら協力者の方へ身を伸ばす。

「腹が減ってるんだろ?一つやるよ。」

 そう言って差し出し出されたサンドイッチを協力者は一言も喋る事無く、ロングフードで隠れていた白くロングな手袋を着用している手を伸ばし受け取ると少しずつ毟る様に食べ始めた。

 手はかなり細めで剣や拳を扱う者とは思えず、魔法を主体にした戦闘をするのかと推測する響也。しかし何故空腹なのに少しずつしか食べないのかと言う疑問も抱いたが、ギルドが言っていた『変わり者』と言う言葉が頭を過り何となくだが納得する。

 響也が二齧り目に入る頃には二つ目のサンドイッチを平らげていたルイーザだが、「残りは取っておく。」と袋を自分の脇へ置いた。どうやら協力者の食べ方が普段から食事が出来ていない様で食が進まないらしい。

「食い足りないなら私のをやるから言いな。」

 そう言ってルイーザは腕を後頭部で組んで馬車の壁に寄りかかり昼寝の体制に入る。護衛の任務だが、ルイーザはある程度の殺気に反応が可能なので普段からこの状態である。

 約四時間後、休憩を取ると言う事で馬車を停止させ、飼い葉の入った樽を一つ下す行商人。少し歩けば川辺があるので馬を含め食事を取る一行。

 今の所は何も起きていない事に胸を撫で下ろす響也と、逆に辺りをキョロキョロと見渡している協力者。一方ルイーザは煮沸用の火起こしを行っていた。

「水を飲むだけなのに一々煮沸しないといけないのは大変だよなぁ。」

「響也の所ではそのまま飲むのか?」

 沸騰したお湯を見ながら言葉を漏らす響也に質問をするルイーザ。

「俺の所では水道って言って水を送る管があるんだ。水は消毒済みだから安全な水が何処でも飲めるんだよ。」

 実世界の事を伏せる様に言葉を濁らせて話す響也の話に興味を持った行商人は「兄ちゃんひょっとしてアクスヴィル出身か?」と尋ねる。

 聞いた事も無い地名に言葉を詰まらせる響也だが、

「隠さなくて良い。俺も行商人やってるから色んな噂は聞いてるんだ。大層昔、黒髪が水源を掘り出した何て言われてるからな。兄ちゃんがその末裔だとしても驚かないさ。」

 今になって黒髪に驚かない行商人に気づく響也。ジントリムに居た人が黒髪を差別しなかっただけで、元より黒髪には良い噂が無いと言う事をすっかり忘れていた。

「図星かな?まぁ俺は黒髪は怖いなんて思ってないし気にもしない。寧ろ何をするのか楽しみでもある。」

 行商人によると黒髪が行った行為は世界をひっくり返す様な事ばかりだったらしく、『街一つを地図から消した』『湖や川を蒸発させた』等の消滅系の話から『何もない所から水を出した』『ドワーフに新しい技術を与えた』等の生産系の話まで千差万別。

「そろそろ移動しよう。馬は大丈夫か?」

 三十分程の会話の後、煮沸し終わった白湯を水袋に移しながら行商人に尋ねるルイーザ。全員で分けたカレンのサンドイッチが入っていた袋を名残惜しそうに見ながらも片づけ作業を行っている。

 一行が馬車に乗り込むと馬車が動き出し川辺から離れていく。昼の日差しは強く、日本で言う七月の陽気に近い為か響也の瞼は次第に重くなっていた。

「起きろ響也。来たぞ。」

 ルイーザの声で目が覚める響也。やや寝ぼけており、目を袖で擦りながらルイーザに何があったのかを訪ねる。

「小さな集団だ。恐らくコボルトかゴブリン辺りだろう。」

 そう響也に伝えると行商人に馬車を止める様に指示するルイーザ。馬車の停止を確認すると馬車を飛び出し剣を抜く。

 響也も慌てて馬車を降りるとルイーザが向いている馬車の左側へ目をやると、そこには微かだが土煙の様な物が上がっており、目を凝らすと人型の者が人間の速度とは思えない速さで近づいて来ていた。

「ゴブリンだな。斬り損ねた奴は頼んだぞ。」

 数は六体。響也も過去に戦った事もあるので戦闘要員としては数に入るが、協力者は馬車の後ろで立っているだけで動こうともしていない。

 馬車から五十メートル程の距離で接触。ルイーザの大剣が横向きに薙ぎ払われ、二体のゴブリンを切断するが逃れたゴブリンが二体響也に近づいていた。更にルイーザの目の前にも錆びきった槍を構えるゴブリンが残っている。

「任せたぞ響也!」

 後ろまで振り抜いた大剣を手首で軌道修正し縦振りへと変化させ一体のゴブリンを地面ごと真っ二つにするルイーザだが、残った一体はその隙を確実に突いて来る。

 右方向から胸に対する突きに対しルイーザは一度剣を離し、そのまま体を捻りながら右手の籠手で槍の軌道を変え、左手で地面に刺さった剣を引き抜く。捻った上半身から遅れて来た左手を強引に引っ張り、持っていた大剣でゴブリンの体を斬る事に成功する。

 同時刻、斬り残りを任された響也は剣に集中しサイコメトリーを発動させる。前回同様に戦えると思っていた響也だが、一つ誤算があった。それは複数体を同時に相手した事が無い事。今の響也の実力では一体を相手にする事が精々である。

 だからと言って見す見す殺される訳にもいかないので一体だけでもと言う気持ちで戦闘を開始する。『槍の軌道を読み、剣でいなしてそのまま斬る』と言う前回と同じ方法を使うが、案の定もう一体の槍が響也の腹目掛けて槍を伸ばしていた。どうにかならないか映像に集中する響也だが、急に映像が途切れてしまう。

 自分が死んだのかと腹を抑えるが、血どころか痛みさえ無く状況を把握出来ない響也の耳に聞こえたのは「いい腕だ。」と言うルイーザの声であった。

 響也は自分に対し槍を突いてきたゴブリンを確認すると驚きの余り声を失う。

 ゴブリンの額からは直径三ミリ程の鉄で出来た棒が突き出ていた。これは日本でも『千本』と呼ばれ、忍者が暗器として使用していたとも言われる鍼である。勿論響也は鍼等は扱えず、消去法で行けば協力者が投げた物と推測される。

「まさか、あんたがやったのか?」

 ゴブリンの元へ歩いてくる協力者は響也からの質問に答える事無く、鍼を引き抜くと再び馬車へ戻って行った。

 魔法を使うと予想してだけあり全く異なる戦闘方法に驚きっぱなしの響也だが、冷静に考えると馬車から響也までの約二十メートル程の距離で、響也の体で隠れそうな位置に居ながらゴブリンの額へ正確に鍼を投げる技術に唯々感服する。

 背も低く体も細いと言う見た目だけで魔法しか使えない人物だと早合点していた響也は馬車に戻ると礼を言う。しかし協力者は何も聞いていないが如く無反応で片膝を立てた状態で座っていた。武器から察するに暗殺者の様な存在で、声さえも聞かれない為に無口なのだろうと納得をする。

 それから再び馬車を走らせ、日が落ちそうな時間になると川沿いに馬車を停止させ、キャンプの準備を始める事にした一行。ルイーザが火打ち石で火を点け、響也が干し肉やオートミールを取り出す。行商人は干し葡萄とニシンの干物を提供し、全員が食材を持ち合わせる。が、協力者は馬車から降りもせずにじっとしていた。

 二十分後。干し葡萄入りオートミールの粥、焼いた干物と干し肉が完成し食事を始める。暗殺者故他人が作った物を口にしないのかとも思ったが、昼間サンドイッチを疑いもせずに口にしていたので先程の礼もあるので馬車へ食事を持って行く響也。相変わらずの無反応だったので食器事馬車に置いて焚火の元へと戻る事にした。

「お前の鞄の中、肉とオートミールしか入って無いじゃねぇか。」

「当たり前だ。腹いっぱい食わなきゃ力も出ないからな。」

 女らしさの欠片も無い言動に少し呆れるが、それがルイーザらしいと逆に安心する響也。ふと空を見上げると奇麗な星空に目を奪われる。北斗七星でもあれば方角が分かるのにと思い探すが、勿論この世界に北斗七星は存在しない。ほんの一月程前まで学校へ通っていた筈なのに、今はファンタジーな世界でキャンプをしている。そんな非日常をいつの間にか受け入れて生きてきた事を思い出し、暫くの間空を眺め続ける。

 ルイーザも普段ならば「食べないなら貰う。」と言ったノリも何かを察し自重すると、一緒に空を眺める事にした。

 寝る時はテント等はなく、毛布で体を包むのみ。流石に夜は冷えるなと焚火を絶やさないよう落ちていた枝をくべる響也に対し、何処でも寝れるルイーザは川辺の大きな石の上で熟睡している。行商人が馬車の中で寝る為、馬車の車輪に寄りかかったまま寝ている協力者を見て自分も神経が図太ければ何処でも寝れるのになと感想を持つ響也であった。

「起きろ響也、朝飯の準備だ」

 いつの間にか寝ており、自分も神経図太かったなと思いながら準備に取り掛かる響也。その時、綺麗にされた食器を見て協力者が食べた上で洗浄した物とすぐに理解する。無口で愛想の無い者だが、信用しても良さそうだと心を少し許す事にした。

 朝食のメニューはライ麦パンと焼いた干し肉、そして行商人が分けてくれた紅茶と胡桃である。明らかにビタミン不足ではあるが、この世界では日持ちしない野菜も早々食べれる物ではなく、移動中は専ら乾物が中心である。

 食べ終わるとルイーザは立ち上がり川の方へ行き何かを探し始めた。

「何してんだ?」

「食い足りないから魚でも居ないかと思ってな。」

 その言葉に反応した協力者は川に向かって走り出し、そのまま飛び上がる。その高さは優に五メートルを超え、空中で鍼を投げると複数の魚に命中させると言う人間離れした身体能力を見せつけるが、それ以上に驚くのはその後の動作である。

 足から川に落ちると思いきや、着水と同時に再び飛び、鍼の刺さった魚を次々に回収し始めた。何が起きているのか分からない三人は、全ての魚を回収し終わった協力者が目の前に来るまで何も言葉を発せなかった。

 ルイーザに対し魚を渡すと協力者は自分用に作って貰った食事を食べ始める。

「多分、朝飯のお礼じゃないか?」

 響也の言葉に納得したルイーザは袋からナイフを取り出し腸抜きを始める事にした。味付けは小瓶で持ってきた塩のみで行い、ウグイの様な魚はあっという間にルイーザの胃袋に押し込められた。


 

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