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記憶の道  作者: 桐霧舞
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出発

「火傷用の軟膏、傷口用の薬草、胃薬。あと何か必要な物ってあったか?」

「肉。」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった。」

 街の東側に位置する薬屋にて必要な薬の品定めをしている響也に的外れな意見を出すルイーザ。

 傷の治りが早いルイーザにとって薬は無用の長物。薬その物に興味すらないので、入り口から店内を覗きながら暇そうにしている。

 逆に、現代人である響也は衛生概念の低いこの世界では免疫力、抵抗力が殆ど無い為薬が命綱となっており、何時に無く真剣な表情をしていた。

「やっぱりこっちの世界でも薬は高いよなぁ。」

 そう呟きながら勘定を済ますと暇過ぎてジト目で睨んでいたルイーザの元へ行き、次に向かう場所を相談する。が、勿論ルイーザの意見は保存食。否定すると今にも噛みつかれそうなので乾物屋に舵を切った。

 薬屋から歩いて数分の乾物屋には干し肉だけでなく、この街から北東に位置する港町『バーウィック』で取れた魚介類の乾物も常備しており、予想以上の品数に驚き関心する響也。ルイーザは乾物だろうと味が良ければ何でも良いと言う姿勢なので、肉類を中心に品物をカウンターへ置いていく。

「王都へは二日、長くても三日なんだからそんな量は要らないだろ。」

「寧ろ一日分にもならないぞ。それに、王都へ着いたからと言ってすぐに城へ入れる訳では無いのだろ?」

 意外な正論にぐうの音も出ない響也。ルイーザの言う通り、王都の城へ行った所で即戦力として配備される確証は無く、数日は宿に寝泊まりする可能性もあるのだ。

 響也の持っている物の二倍近くあるルイーザの鞄は乾物で満杯になり、他の物は一切入れる事が不可能な状態に呆れ気味なため息をつきつつ響也は勘定を済ませる。

「保存用の水ってある?」

「水は川なり泉なりで汲んで樽に入れてきゃ持ち運びは出来るぞ。ただ、加熱しないと腹を壊すが。」

 現代の日本では水道水はそのまま飲めて当然だが、浄水と言う概念が無い世界では煮沸する事で殺菌するしか無い。樽は馬車に載せる場所が無い為、仕方なく水筒を使いながら水場でこまめに水分補給をする事にした。

 しかし、この辺りでは竹が存在しない様で、羊や鹿の胃袋や鞣した皮を丁寧に縫い合わせた水袋しか手に入らない。昔の水筒と言えば竹と言う先入観があった響也は水袋を見ても一瞬理解出来ず、思わず「何これ?」と言葉が漏れてしまう。

「ダミアバルまでは川もあるし一日分の水が手に入れば問題はない。水袋二つで十分だろ。」

 そうルイーザに言われ、念の為大きめの水袋を二つ購入した響也。カレンのお陰で浮いた金だが、既に残りは五百マルクを切っており、これ以上の出費はダミアバルで生活するにも厳しくなる。

「これで準備は完了だ。宿に戻って最後の仕事に戻るか。」

「そうだな。しかし、最後となると寂しいものだ。」

 二人は買い物を終え、荷物を抱えながら歩き始める。自分が再びこの道を歩く事は恐らく無いのだろうと言う思いが込み上げ、胸に空洞が出来た様な何とも言えない気持ちが沸いた響也は、一歩一歩忘れない様に足に伝わる石畳の感覚を覚えて行く。

 宿に到着すると、昼の部が既に始まっており騒がしい状態になっていた。

「おや?帰ってきたのかい。荷物置いたらすぐに手伝いに来て。」

 女将にそう言われ自分の部屋として使っている倉庫に買ってきた物を置き、駆け足で厨房へ向かう二人。響也は今出来ている料理の配膳。ルイーザは不足している食材を倉庫へ取りに戻る。

「おぅ響也、明日から王都へ行くんだってな。立派な兵士になって来いよ。」

 今では顔見知りになった客に応援をされる響也。一月前までは呪いでも持っている様な黒髪としか思われていなかったが、新しい料理と真面目な勤務態度で常連客から信頼を得ていた。

 昼の部で出るのはハンバーガーは勿論、ステーキやチーズ等の定番の料理が主な物で、昼間から酒を飲む者はワインやラム酒を呷っている。

 数時間後、客が居なくなり休憩時間に入る四人。まかない料理を口にしながら「こうやって四人で遅れた食事を取るのも今日が最後なんだな。」と少し感傷的になる響也。一方ルイーザは全く気にせず大口で料理に齧り付いていた。

「必要な物はもう全部揃ったのかい?足りないなら良いなよ?」

 女将の心遣いに感謝する響也。しかし、先程の買い物で殆どの物が揃っているので問題無いと返答。

 食事が済んだら夜の部の準備。これがこの街で行う響也にとって最後の仕事となる。

 次の日。いつもより早い時間に目を覚ました響也は今まで部屋として使用していた倉庫を片付け、持ち物を全て鞄への詰め込みを始める事にした。その中には前の世界で使用していた制服のズボンとYシャツも含まれており、この制服に再び袖を通す日を楽しみにしながら鞄の一番奥へしまい込む。

 衣類、薬、食料、そして紹介状。忘れ物が無いよう三度に渡り確認をすると剣だけを持ち裏庭に向かう。

 磨かれた鞘から奇麗な銀色の刃となった剣を引き抜き意識を集中する。響也の能力であるサイコメトリーの訓練である。

 目の前にボンヤリとだが、剣を持った腕が現れる。マルセロの言った通り、経験を持つ物ならばその記憶を読み取る事が可能。この剣は前の持ち主らしき人物が素振りにも使用していた様で、響也は映像に重なるよう素振りを始めた。

 一回振る毎に少しずつだが映像と重なるようになって来ている。この世界に来る前の響也ならば精々五十回も振れば乳酸が腕に溜り疲れ果てていただろう。しかし、働く事により筋肉が付いた今ならば百回振った所で筋肉痛にすらならなくなっていた。

「朝から性が出るな。」

 裏口から入る為に来ていたルイーザから声を掛けられる響也。

「少しでも戦闘経験を積まなければ魔物に襲われた時に対処が出来なくなるからな。」

 今回王都へ向かう馬車は金を払って連れて行ってもらうのではなく、金を貰い護衛をすると言う『任務』である。更に一緒に居る人物も危険な奴と聞いているので誤審は重要になる。

 それを聞いたルイーザは「ふ~ん。」と腕を組んで聞いていたが、急に背中に背負っていた剣を抜き、そのまま片手で響也に斬りかかる。

 視野ギリギリで全く違う動きをする映像に反射的に合わせる響也。ルイーザを剣をいなし、即座に剣をルイーザに突きつける。行き成りの状況で少し混乱する響也だが、対照的にルイーザの顔には笑みが浮かんでいる。

「咄嗟にソレだけ出来れば上等だ。」

 男でも扱うのが難しい大剣を響也に当てる事無く寸止めしていたルイーザ。「先に入ってるからな~。」と大剣をしまい、陽気に宿の裏口に向かって行く。この一件は護衛任務すると聞いて、響也にそれだけの力があるかのテストであった。

 普段は単なる大食らいで、仲間となれば頼もしいルイーザの力が自分に向くとどうなるかを知った響也は急に汗が吹き出し全身の力が抜け座り込んでしまう。

 しかし、これが現実。いつ何処から襲われるかも分からない世界で生きていくには常に気を張っていないと死につながる事もある。テストとは言え、今の一振りはそれを教える為のルイーザなりの優しさでもあった。

 今になって手足が震え出し、上手く剣を鞘に納める事が出来ず、一度汗を袖で拭い深呼吸をする響也。ケルベロスやゴブリンとの戦闘経験はあったが、映像のお陰で助かった上、戦闘が続行していた為アドレナリンが大量分泌されていたのも原因で命のやり取りをしていた事を忘れていた。

 呼吸が落ち着く頃には手足の震えも無くなり、鞘に剣をしまい込む。響也は剣用のホルダーを所持していない為そのままベルトに差し込んだ。

「おはよう、出発の準備は出来てるのかい?」

 裏口から宿に入ると女将から挨拶をされる響也。まだ早い時間なのだが、既にカレンも起きており、手に持っていた袋を手渡す。

「朝ご飯食べる時間無いでしょ?サンドイッチ作っといたから馬車で食べといてね。」

 最後の最後まで世話になる二人にお礼を言うと響也とルイーザは荷物を持って表口の扉を開く。この扉を再び通る日はあるのか、次に通る時はどんな自分になって居るかと脳裏に過りながら通過すると、再び「ありがとう。」と言い扉を閉める。

「さぁ、北門に向かうぞ。」

 そう言うルイーザの手にもサンドイッチ入りの袋が握られていた。いつもならその場で食べてしまうのだが、しばらく会えない相手からの贈り物なので大切に食べたいと言う思いがあった。

 今二人が要る宿は街の南東に位置するので、北門への移動時間は約三十分。この街では正確な時計がある訳でもなく、朝に集合と言われれば朝食を食べてすぐと言った所である。

 途中、井戸で水袋へ給水等で時間を要したが、何事も無く北門へと到着する二人。門の前には準備が整った馬車と依頼主である行商人、協力者であろう全身を覆う長いローブのフードを被った者の姿があった。

「依頼を受けた響也です。こっちは仲間のルイーザ。」

「あれ?女の人も居たの?ギルドは響也が受けたって連絡があったが。まぁアレス族なら丁度良かった。」

 本来はもう一人護衛がいたのだが、直前になってキャンセルされので護衛が二人だけでは不安だったらしい。元より一人では不安だとギルドに言っているので少しばかり心配症な依頼主だった。

 馬車は約五メートル程の長さで馬二頭で引くタイプの物で、雨風を防ぐ為の幌まで付いている豪華仕様。馬車を街中で見かけた事はあっても乗るのは初めてな響也はどこか浮き足立っていた。

 馬車の後ろから最初に乗り込んだのは全身ローブの人物。大きいフードを深く被っており、性別や体形が一切分からない状態である。ただ分かっているのは百五十センチにも満たない低身長と言う事だけ。

 ルイーザが続き、響也が乗り込む。馬を叩く鞭の音がすると馬車は徐々に加速していき北門が少しづつ小さくなっていく。短い期間ではあったが第二の故郷であるジントリムを後にし、一行は王都ダミアバルを目指す。


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