旅立ちの準備
響也の能力がサイコメトリーだとした場合。古い文献、今で言う考古学を扱う賢者ならば必要とされる可能性が高い為、王都『ダミアバル』の城への紹介状を書くと言って出入り口のドアを開くマルセロ。
響也の目的は賢者に会う事であり、願っても無い話に喜びを隠し切れず口元が歪む。
「では私はこれで。紹介状は三日程経ったら城まで取りに来てくれたまえ。」
そう言うとマルセロは宿まで乗ってきたであろう馬に跨り兵士と共に城へと戻っていった。
「賢者に会えるのか。これで元の世界に帰る手がかりが掴めるかも。」
そう女将とカレンに伝える響也だが、今の発言に疑問を持ったルイーザが問いかける。
「元の世界って?」
ルイーザは従業員ではあるが、響也が異世界から来たと言う事は話しておらず、何故響也が喜んでいるのかさえ理解できていなかった。
それに対し表情を凍らせた響也。隠していても仕方がない事だが、異世界から来たと言う誰が聞いても与太話にしか思えない事を説明しておらず、言わば仲間外れにしていたと言う事実にルイーザへ罪悪感が沸いた。
話すなら今だと考えた響也は、ルイーザへ全て話す事にした。勿論信じてもらえるとは思っていないが
「お前すげぇな。」
あっさりと信じて貰えた。
「お前が異世界人なら私が知らない料理を沢山知ってるんだろ?」
疑問より食欲が勝った事が最大の原因らしい。
気を取り直し、これからの日程を計画する響也。紹介状が貰えるのは三日後、剣が返ってくるのは五日後なので、六日後の朝の馬車に乗るのが一番と見通す。
「それじゃあ行くまでの五日間は今よりもっと働いて貰うからね。」
女将にそう言われ笑って返事をする響也。約一ヶ月世話になった宿とも後五日で一度別れる事の寂しさもあるが、女将への感謝を思いながら過ごす事にした。
三日後の昼、城の門前にて紹介状を受け取った響也だが、マルセロからルイーザも一緒に連れて行けないかと相談が来る。聞けばルイーザとマルセロは同じアレス族であり、お互いの事を『郷友』と呼び合っていたのはその為で、若くて見込みがあるアレス族に是非王都で活躍して貰いたいと言う話である。
紹介状には既にルイーザの事が書いてあるらしく、断る事を許さない状態での相談に対しルイーザが行きたいなら連れて行くと返答をする響也。実際ルイーザの剣技と力にはいつも助けて貰っているので寧ろ仲間が欲しいと思っていた所でもある。
「王都には手紙を配送済みだ。後はその紹介状を持ち、門を叩け。活躍を期待している。」
そう言って城へと戻るマルセロ。その背中に感謝の気持ちをぶつけながら見送った響也は、蝋で封がされた紹介状を肩から下げている布製の鞄にしまい込む。自分の人生がこの紙にかかっている重大さを忘れないよう抱えながら宿へと戻る。
宿へ帰ると夜の部に向けた仕込みをしている女将とカレンに響也はルイーザも招待された事を話す。ルイーザはこの店でも力仕事を担当しているので居なくなったら店が回転しない事を懸念していたが、女将からは
「二人も有名になるならこっちからお願いしたいよ。店の事は気にしないで一緒に行きな。」
と返答がくる。どこまで人が良いんだと感動さえ覚える響也。しかし、人数不足は火を見るより明らかなので、ギルドに求人の張り紙をしようと提案する。
「それじゃあ、年齢性別人種問わず。働きたい気持ちがある人歓迎。三人。でお願いね。」
「分かった。それじゃあ行ってきます。」
響也は女将が出した条件を頭に入れ、自分も世話になったギルドへ向かう。
ギルドに到着し、文字は書けないので口頭で店主に伝えて張り紙を作って貰う響也だが、その間暇なのでギルド内の張り紙を眺めていると王都への馬車の護衛募集の文字が目に留まった。護衛なので馬車の料金は要らない所か、逆に金が貰える好都合な物。幸いにもルイーザが居るので護衛には問題は無いと考え店主に伝える。
「あぁ、これか。既に一人引き受けた奴がいるんだが、依頼主が一人じゃ不安だって事で保留になってたんだよ。明日にでも出発出来るか?」
響也は剣が仕上がるのは明後日なので三日後の朝が都合が言いと伝えると、店主は先方に聞いてみるから夕方に顔を出してくれと返ってくる。
夕方に顔を出す事を約束し、ギルドを後にした響也。棚から牡丹餅な情報を伝えるべく宿へと急ぐ。
宿に入るなり、急にルイーザは響也の前に駆け寄る。
「私も王都に行けるんだろ?絶対に行くぞ。王都なら美味い料理があるはずだからな。」
「お前の脳みぞは胃袋にでもあるのかよ!?」
ツッコミを入れた後冷静になった響也はキッチンに目をやると、そこには笑い顔のカレン達が居た。ツッコミの文化も無いであろう世界で久しく日本的な事をしたと感じる。
如何にもルイーザらしい理由なのでそれ以上は何も言わず、四人は夕方の部への準備を始める事にした。
その後、夕方の部が始まる前に約束通りギルドへ到着した響也。明日でないと駄目と言われないかと内心ビクビクとしていたが、店主からの返答は三日後で問題無いが、その分荷物が多くなるので馬車内の快適性は皆無になると言う返事だった。
それを聞いて安心した響也は三日後の朝、街の北門にて依頼者及びもう一人の協力者に会うことを約束する。
「参考までに言っておくが、お前達と同行する協力者は身形も変わっていて、身元も不確かな怪しい人物だから注意しておいた方が身の為だぞ。」
ギルドのクエストボードに張り出される手配書は基本的に来る者を拒まずと言うのが暗黙の了解となっている為、一度引き受けたら例え命を失ったとしても責任は一切取らない物となっている。
その為響也は店主からの言葉を胸に刻み、何が起きても良いよう心身共に準備と覚悟を決める。
話が済んだので夕方の部へ向けて急いで帰路に就く響也だが、この時ギルドの影から見ていた人影に気づく事は無かった。
「あの黒髪の人が同行者・・・。運が良いな。」
そう呟くと、その者はギルドの建物から姿をくらませる。
それから二日経ち、響也とルイーザは剣を受け取る為鍛冶屋へ足を運んだ。ルイーザからすれば大事な相棒でもあるので気分が高揚しているのか若干駆け足になっている。
「仕上がってるぞ。響也の剣は錆も落として磨き直したし、ルイーザの剣は要望通り真っ直ぐにしておいた。」
二振りの剣をカウンターに並べ笑顔で話し始めるヘンリー。ボロボロだった響也の鞘も綺麗に磨かれており、まるで新品の剣の様に仕上がっている。ルイーザの鞘に付いているベルトや金具も腐食していた為新しいものに交換されており、ヘンリー曰くサービスだとの事。
「料金は『鍛冶屋泣かし』に免じて二振りで三千五百マルクに負けとくよ。」
この世界に来た当初の響也の手持ちでは到底持ち合わせは無いが、この一月の間に稼いだ額は居候の身でありながら二千マルク。ルイーザの場合は野宿なので三千五百マルク程賃金として貰っていた。
皮で作られた袋から入っている硬貨を全部カウンターにばら撒くルイーザだが、どう見てもおかしい事に気づく響也。
自分より賃金を貰っている筈なのに、一番目に付くのは十マルク銅貨。続いて一マルク小銅貨、百マルク大銅貨の順である。見間違いかと目を擦ってもう一度見直す響也だが、何度見ても千マルクあるか無いか程度の額しか無かった。
「お前、残りの金はどうしたんだよ?」
「これで全部だぞ。給料の殆どは食い物代だしな。」
呆れて首をガックシと落とす響也と乾いた笑いをするヘンリー。代金を払えないと言う事を避けるべく布製の財布をルイーザと同じ様に全部カウンターへ出し算出をする。
響也の全財産は千七百三十一マルク七グラン。ルイーザは八百九十四マルク五グラン。合計二千六百二十六マルク二グランと言う八百マルク以上足りないと言う事になった。
「凄いな、二と六しかないぞ。」
どうでもいい所に関心をするルイーザを横目に不足分をどうするか文字通り頭を抱える響也の後ろから聞きなれた声と共に一人の女性がカウンターに千マルク小銀貨を三枚置いた。
「念のために追ってきて正解だったわ。ルイーザの金銭感覚じゃ絶対に足りないと思ったから。」
声の主はカレンだった。流石宿屋の娘、自分の職場の従業員の特徴を理解している。
「でもカレン、こんな大金は受け取れないよ。」
そう言って返そうとする響也だが
「人の厚意はちゃんと受け取りなさい。それに薬とか保存食も買わないとでしょ?うちでは作ってないんだから。」
とカレンに図星を突かれ、響也は言葉を詰まらせてしまった。王都で賢者に会うと一言で言っても、王都までは馬車で二日程要する。道中魔物や賊が襲ってくる事も少なくなく、万全の準備は必要不可欠な要素となっている。
カレンに感謝し、無事剣を受け取った二人はカレンの話にもあった薬屋へ向かう事にした。
「二人は何処かに行くのか?薬とか言ってたが。」
「うん、王都へ。あの二人とはまだ一ヶ月ぐらいしか一緒に居なかったんだけど、何かもっと長い時間一緒に居たみたいで寂しくなるわね。」
「一ヶ月か。あの黒髪を見た時は驚いたが、人間すぐ慣れるもんだねぇ。」
カレンとヘンリーの何気ない会話。カレンは元より、ヘンリーも心なしか寂しさを感じており、歩き出した二人の背中を見送っていた。