このくだらない世の中での
続き考えようとして断念した作品。私の場合短編のほとんどはそれなんですが。
一校時目の始業のベルが鳴り響く。それを校舎の屋上に寝そべりながら聞き、流れる雲を馬鹿みたいにじっと見ながらため息をつく。
もはや授業がなんなのかさえ思い出せない。まだ一年の七月だというのに酷い話だろうが、そもそも入学する以前――子供のころから優劣というものがつけられなくなったのだ。何もかもが平等に興味がないという現実に誰しも頭を抱えてさじを投げるのだ。思い出せないというのも変ではない。
世の中は矛盾だらけで『正しさ』なんて存在しない。物語に出てくる『正義』も『悪』も言葉だけで現実に存在するのは『汚職』と『金』と『権力』による『正義』など。
こんな世界で夢と希望を持てと言われたところで持てない俺はこれからの人生もどうでもよく、また現在の自分すらも興味を失くして「何がしたい」『何をする』なんて考えられないのでこうして寝ている。
勧善懲悪なんてドラマの中。現実なんて悪が蔓延り日々人間同士で争い、くだらないことで殺人が怒りテレビやネットで挙げられる。
正味な話、それらを挙げたところで何の意味があるのだろうか。この世界でも、この国でも日々ニュースにならないだけで死亡してる人間がいるのだ。それらの中の一握りだというのにマスメディアは存外話題不足なのだろうかと思える位には無関心である。
死ねと言われたら喜び勇んで死ぬかもしれないなんて考える俺はそろそろお迎えが来てもおかしくないかもしれん。そう思いながら余りに暇で欠伸をする。
『正直者は馬鹿を見る』なんて世界がおかしいだろうに誰も気にしないことから察するに多少ウソを混ぜているのだろう。まぁ誰しも本音を隠しているのだから当たり前か。
俺の本音は『どうでもいい』。世界が今終わっても。親しい奴が皆殺しにあっても。こんなご時世だ。そんなことは普通に存在する。
完全に雲に興味を失くした俺は瞼を閉じた。
悲鳴が聞こえた気がしたので眠気が飛んだ。段々大きくなってる気がするが興味がなかったので動かないでいると、見事に俺の上に誰かが乗った。
落下して来たのか衝撃が全身に回り、俺の身体はくの字に曲がる。床も罅が入っており、俺がいるところがクレーターになった。
声が聞こえたのはすぐ後だったが、それを脳で処理するうちに気絶する羽目になった。
それか死んだ……かな。
「大丈夫ですか!?」
空から落下し少年に激突した少女は慌てて起き上がり少年をゆするが返事がない。
念のために心音を聞くために耳を彼の心臓辺りにつけて確認する。
「微かにまだ息がある! し、心臓マッサージを!!」
自らが犯したことを無かったことにするためか彼女は慌てて彼の心臓部に手を押し当て必死に心臓マッサージを行う。
行うこと数分。
彼の心臓が彼女が安心できる程度で動いてるのが確認できたのでほっと息を吐いてその場でへたり込むと、その少年が目を開けて体を起こした。
動きが固まる少女。その少女を見た彼は、腹部に痛みを感じながら平坦な声で言った。
「死ね」
「ごめんなさい!」
反射的に土下座体勢をとる少女。その際、彼女の背中に翼が生えているのが見えたが彼は気にしなかった。
そもそも彼女の服装が際どく豊満な胸などを強調しているのだが、彼は全く見向きもしなかった。ただ、腹部を押さえ苦悶の表情を浮かべながら少女の土下座を見ていた。
少年が言葉を発したのは、腹部の痛みを無視できるようになってからだった。
脂汗をにじませながらも平静を装った彼は「……で?」と質問した。
今更だが、彼の骨は折れておらずただ衝撃による激痛が襲っているだけである。
「え……はい?」
「そもそもの話、あんた一体誰だ?」
「あ、はいすいません! 私、天使のクローナと申します!!」
「天使……」
そう呟いてかれは土下座から正座に戻った彼女を眺めて納得し、「何の用でこんなところに?」と続けた。
聞かれた少女――クローナは目をぱちくりさせてから、遠慮がちに質問した。
「あの……驚かないんですか?」
対し彼は素っ気なく説明した。
「この世界は可能性が支えていると言っても過言じゃないんだ。天使だ悪魔だなんて昔は存在したと本気で思われていたし、今も思ってる奴らは居る。だったら実在してもおかしくはない。それだけだ」
話はそれだけか? と聞きたげな目を向ける少年。その鋭い眼光に一瞬怯えた彼女は「は、はい……」と力なく返事する。
その姿にを鼻で笑った彼は大きく息を吐いて呼吸を整え、話を進めた。
「もう一度聞くが、何の用があって俺の身体に落下して来たんだ?」
その質問で本来の目的を思い出したのか、彼女は「あ!」と声を上げたところで――
――一校時目が終わるチャイムが鳴り響いた。
いきなりの事に驚くクローナだが、少年は気にせずに立ち上がり、腹部を押さえながらフラフラとした足取りで屋上から出ていこうとする。
彼女はそれを見てたまらず「え、話聞かないんですか!?」と驚いた様子を見せると、「よく考えたらあんたが落ちてきた理由なんてどうでもよかった」と言い残し普通に屋上を出ていった。
残されたクローナは「えぇー……」と正座していた脚を崩してがっくりと肩を落とした。
放課後。
授業を終始サボった少年は、痛みが引いたのか元気に下校していた。
とはいえ、彼の表情が変わるわけではない。
はぁとため息をつきながら歩いていると、「まちなさい」と後ろから声を掛けられたので彼は振り返る。
そこには、百六十ぐらいの身長で両目の端が吊り上っているからか高圧的な印象を与え、口調もそんな感じで胸が平らな銀髪ツインテールの少女が腕を組んで立っていた。
「って何よその紹介!」
「……電波でも受信したのか?」
可哀想な目で少年は彼女を見る。見られた彼女は顔を赤くして「そ、そんなことないわよ!」と全力で否定してから少年を指さして叫ぶ。
「あんた、いい加減に授業サボるのをやめなさいよ!! 何のために学校に来てると思ってるの!?」
その問いかけに少年は少し考えてから背を向け、黙って歩き出してしまった。
当然少女は激昂する。
「なんで無視するのよ!」
下校途中の生徒達の視線の中心にいることに気付いてるのかどうかわからない少女に対し、視線を集めていることに気付いていた少年は背を向けたまま答えた。
「明日からはちゃんと授業を受けるから。それじゃ」
「ちょっと!」
少女は呼び止めたが、彼はそのまま人ごみに紛れ見えなくなった。
「世界はかくも可能性にまみれ、不平等が当たり前……なんて呟いたところでとやかく言われるだけだしな」
帰路に着いた少年は人ごみの中でそんなつぶやきを残す。
基本的に彼の中の世界とは『何をしても、何もなさなくても生きていける』という認識である。
夢破れ、惰性で生きてすらいけるこの世の中で真面目に取り掛かれる気力すらない彼は、心底どうでもいいと思えてしまっている。
なぜなら、自覚しているから。自分で自分の可能性を潰していることすら。
その事すらどうでもよく感じている俺は相当おかしな精神をしているのだろうと自己分析しながら歩くこと数分。
彼は閑散とした住宅街に立っている、古びたアパートの前に来ていた。
いつも思うが災害来たら壊れそうだよなと感想を抱きながら、彼は普通にその敷地内に足を踏み入れた。
「ただいま」
「おっかえりーたいちゃん」
「……またですか彩香さん。どれだけ不法侵入すれば気が済むんですか……って」
「あ、どうも」
「なんか困ってそうだったから連れて来ちゃた♡」
どうやら彼の家だったようで自分の部屋である『101』のドアを開けたところ、同じアパートに住んでいるのに羞恥心がないのかタンクトップ一枚にショートパンツ姿の歳上の女性が来ており、先程殺されかけた天使の姿も同席していた。
咄嗟に殴りかかろうと思った少年だったが大きく息を吐いてから「そうですか」と言って会話を終わらせる。
そんなタイトな反応に対しその女性は、「やっぱりたいちゃんは冷たいなー」と言ってから急に天使を抱きしめ「こんなに可愛い子がいるのにねー」と少年の前で頬ずりを始める。
天使は頬ずりされてテンパっているが、少年はそもそも見向きもせずにキッチンへ移動していた。
「あ、あの……すいません」
「ん? な~に~?」
いわゆる放置プレイを食らっている天使は未だに頬ずりしている女性に声をかけたところ、女性は器用に頬ずりしたまま返事する。
その際、少年がキッチンから「そういえば姉さんはまた仕事に駆り出されたんですか?」と問いかけてきたので女性は頬ずりをやめて「そんなこと言ってたよー」と答えた。
「そうですか」
「お姉ちゃんが心配なのたいちゃんはやっぱり?」
「んなわけありません。あの姉を心配するだけ損です」
どうせ撃たれても死にはしませんよ。そんなことを平然と言い切った少年に女性は苦笑いを浮かべる。あながち間違ってないことに対し。
本当に今更この部屋について説明すると、玄関を開けたらキッチンで、その仕切りの奥が六畳のリビングである。古い外観とは裏腹に綺麗な洋室であるこのアパートは、全部屋その仕様である。
姉と一緒に暮らしているらしいこの部屋の主である少年は、慣れた手つきでフライパンを操って野菜をいためていた。
もはや部屋にいる女性二人の事なんて、気にも留めていなかった。
淡々と調理を終わらせた少年は皿に盛り付ける。
時刻は午後五時二十分。夕飯の時間としてはそれなりにまともな時間帯に調理をする少年は主夫の鏡なのだろうが、二人としてはあまりにも多い量が盛り付けられていた。
その量を眺めてため息をついた彼は、お金の管理ちゃんとしてくれないからなと思いながら六人分ぐらいあるであろうその皿を片手で持ち上げてリビングの方へ持っていく。
「おーたいちゃんの料理だね! 待ってました!!」
「料理ぐらい自分でやってください彩香さん」
彩香と呼ばれたタンクトップ一枚で上半身を隠している女性は「えへっ☆」と舌を出して自分の頭を小突いた。
「つまみ食いしないでくださいね」
「分かってるよー」
「あ、あの」
「あ?」
「な、なんでもありません」
天使の問いかけを封殺した彼は一瞥してから再びキッチンへ戻る。
その時。
ドゴォォン!! と盛大な音とともにこの部屋の壁が壊れ、置いてあった棚やリビングの真ん中に置いてあるテーブルの上の野菜炒めが吹き飛び壁に飛び散った。
天使の方は臨戦態勢になったみたいだが、彩香の方はのほほんとこの光景を――見ておらず、小刻みに全身を震わせていた。
それは吹き飛ばした本人が漆黒の翼を背中に、尻の方に黒い尻尾を生やし、禍々しい気配を出しているから――ではなく。
「おい」
家を壊され、先程までの調理の時間がほぼ台無しにされ怒りの声を上げる少年の怒気に対して。
包丁を持つ手が震え、全身を震わせているその姿は今にも噴火しそうな火山を彷彿とさせていたが、壊した本人は勘違いしたようで笑みを浮かべながら喋ろうとした次の瞬間。
「」
口を開いたその瞬間、その少年は迷わずに悪魔の首を開いていた左手でつかみ、力を入れながらとても低い声で「なぁ」と声をかけた。
ギリギリギリとさらに力を籠められ、悪魔はもがき苦しむかのように手を動かすが、彼は気にせず続けた。
「いきなり人んち壊して登場とか何様のつもりだよおい。その上夕食時で料理一品造ったばっかって時に来るとか人様の迷惑すら考えてないだろ絶対よ? なぁそうだろ? そうだっていえよこのくそ悪魔」
さらに力を込める。もはや悪魔は白目をむきつつあるのだが、そんなこと関係ないのか今度は包丁を人間でいう心臓部分に近づけながら言った。
「あ、喋れない? 気絶寸前? そりゃそうだろうが。そうしてるんだからよ。テメェが壊したのを考えたらまだ足りないんだっての」
その後に首から手を離したと思ったら、すぐさま頭をつかみそのまま玄関から出ていった。
あまりの迅速な行動に、天使は目をぱちくりしてから隣にいる彩香に質問した。
「あの、あの人出ていきましたけど……」
「ああ、うん。大丈夫。ただ」
「ただ?」
顔色が悪くなっている彩香に首を傾げると、すぐさま外から叫び声が聞こえた。
「ど、どうしたんですか!?」
「……見ない方が良いよー」
「え?」
その間にもなおも響く叫び声。どうやら悪魔側がだしているようだが、一体何をしているのかはわからない。
ただ、少年があの時と違い本気で怒鳴りながら悪魔に説教をしているというのだけは理解できた天使だった。
数十分後。
叫び声がなくなったと同時に戻ってきた少年と悪魔を見て、怒ろうと思った天使は踏みとどまった。
なぜなら、悪の権化ともいえる悪魔が完全に怯えて目が虚ろっているからである。
一体何が……? ととても不思議に天使が思っていると、少年が悪魔の背中を叩いて「俺の目の前で正座」と言い悪魔が素直に従った。
「え!?」
「なに驚いてる。お前も正座だ」
「ええぇ!?」
とばっちりの様に言われたので驚いていると少年は無視して「彩香さんも」とこっそり逃げ出そうとしている彩香もターゲットに加わる。
言われて逃げ出すことが不可能であることを悟っているからか大人しく正座する。
それを見た天使のクローナは二人の正座姿を見て大人しく正座する。
それを見た少年は、何の脈絡もなく直球で言った。
「一人頭十万円」
「え、ちょっとたいちゃん……?」
「あの、それは一体…?」
悪魔が押し黙っている中彩香とクローナが問いかけると、少年は腕を組んでから「いや違うな」と否定してから悪魔、クローナ、彩香の順に指を差しながら金額を告げた。
「お前が二十五万。お前は三万。彩香さんと俺は一万ずつ」
そう言うと少年は自分の財布を取り出して一万円を問題がないキッチンの床に置く。
その行動を見た彩香はどこからともなく財布を取り出し、同じく一万円を同じ場所にそっと置く。
「えっと……どういうこと、ですか?」
何も分かってないクローナは再度同じ質問をしたので、少年はため息をついて説明した。
「壊れた壁、及びその付近にあったものの弁償代だ。責任の重い順に金額が高い」
「あ、え、私も払うんですか!?」
「元凶その二だから当たり前だろうが。お前が来なかったらこんなことにならなかったんだぞ」
「あの……」
クローナが悲鳴を上げそうになったところに悪魔が恐る恐る手を挙げる。それを視線で少年が促すと、「私、お金持ってません……」と蚊の鳴きそうな小さな声で言った。
対し、少年は一言告げた。
「バイトで稼げ。選択肢はない」
そう言ってどこからか紙を一枚取り出し、悪魔の前に落とした。
悪魔はその紙を恐る恐る拾って中身を確認し、「これ、おかしくないですか?」と質問する。
「一ヶ月働けば弁償代+お金がもらえるんだ。文句言うな。それともお前、文句が言える立場にあるとでも……?」
「誠心誠意やらせていただきます!!」
悪魔が土下座をするというのもシュールなものだが、それをさせるほど少年が『何か』をしたという事実が先行してクローナはあまり驚けなかった。
「おいクローナ」
「は、はい!」
「金は?」
「この世界の通貨ですか?」
「この国の通貨だ」
えっとと思い返しながらお金がどのくらいあるのか考えてみる。
……全然足りなかった。
冷や汗を流しながらどう答えようかと考えていたところ、ヒラリ、と一枚紙が目の前に落ちてきた。
そこにはバイト募集の要項と勤務場所が書かれていたのが見えた。