かわいい けだもの しろい エイラは デヒの せなか(2)
い ねいら くほ ぁうく
いった か でひ き たす ぁわす ぇふぉじ
(えき)
かわいい けだもの
しろい エイラは デヒの せなか
(2)
1
エイラと ズージ
それと タククと こどもたちは
獣と 旅を していた
「けだ もの ゆれるー」
3人の こどもたちは
タククの 獲物と いっしょに
獣の 背中に 乗って いた
もう 獣を 怖がる ことも なく
居眠り したり
すっかり なじんで いた
「ベテ おれ なんか どきどき する」
「また ベテと あるける なんて」
タククは 獣の 顔の そば
みんなの いちばん 前に いた
「あたしも そう」
「すごく うれしい」
ズージも 獣の たてがみを なでながら
どんどん 進んで いった
獣は あいかわらず ゆっくり
小さな エイラの 足に 合わせて いた
「みんな げんき だね」
「あのとき より げんき みたい」
「この ちょうし なら」
「ここのか くらいで つく」
ズージは 歩き ながら
空を 仰いで 両手を 広げた
「みて」
「きれいな ゆうやけ」
空は 赤く 染まって いて
雲が 輝き ながら 流れて いた
「ほんと きれいだ」
タククも 空に 見とれた
「エイラも みて ごら…」
エイラは タククや ズージと 違って
ずっと 前を 向いた ままだった
見て いるのは
獣の 顔 だけ
その 獣も
前を 向いた まま 歩いて いた
タククも 元気が なくなった
「エイラ… どう したの…」
タククは 心配そうに 覗きこんだ
「ごめん なさい」
「あたし ゆうひ きらい なの…」
「そう だったのか」
「きれい なのに」
「あたし ね…」
エイラは うつむいた
「ゆうひ みながら はしって にげた」
「つかまら ないか」
「こわくて さむくて」
「ふるえ てた」
広げた ズージの 手が
だんだん 下がって いった
「タクク と ズージ」
「ゆうやけ きれいに みえる のは」
「しあわせ だから」
獣が 重い 声で 言うと
二人は 振り向いた
「エイラと デヒに とって」
「ゆうやけ いやな もの」
「いやな おもいで」
「それと」
「よるが くる しるし」
「あたし…」
エイラも 小さな 声で 話した
「ここに くる ときも」
「ディヒに しかられて」
「ひとりに なった」
「さむくて こわくて」
「あたし ないてた の…」
エイラは 初めて
心の 内を 明かした
それは
仲間が いるから 言える
本当の エイラ自身の つぶやき だった
「デヒ よく わかる」
「エイラの きもち」
「よる は エイラ いじめる」
「ぜったい にげ られない のに」
「まいにち やって きて」
「エイラ つかまえる」
「でも エイラ」
「もうすぐ みんなと いっしょに」
「あれ ながめ られる ように なるよ」
「デヒ ぜったい そう おもう」
獣の 声を 聞きながら
タククと ズージも
昔を 思い 出していた
今と なっては
きれいだと 言える 夕日も
あの ころは
いやな 夜が 来る
前兆でしか なかった
特に ズージは
エイラと 同じ ように 叱られて
闇の 中に 置いて いかれた
その ことが
重く 鮮やかに 甦って きた
「きゅうに しずかに なった」
「みんな よる こわい の」
「デヒ いるから」
「こわく ない でしょ」
獣は 夜の 闇 よりも
沈んだ 仲間の ほうが
もっと きらい だった
「デヒ いつも おと きいてる から」
「だれも ちかよれ ない」
「それに」
「デヒ より おおきい けもの」
「いない でしょ」
「だから みんな あんしん」
「そろそろ やすもう か」
「インニ タータ つかれて くると」
「しずかに なる から」
獣は 立ち止まって
地面に 伏せた
ズージは 眠そうな こどもたちを
獣の 背から 降ろした
「おれ えもの わける」
「ズージ たきび つくって」
それは いつもの ことの ようで
タククと ズージは
慣れた 手つきで したくを 始めた
「エイラ みず もって こよう」
「あれ もって」
「せなか のって」
エイラは うなずいて
獣に またがった
「ちょっと いって くるよ」
「しか やいて まってて」
獣は そう 言うと
すぐ 走った
暗く なって きた 森を 通って
坂を 下って
迷わず 進んで 行った
「エイラ つかれた?」
「へいき」
「あるくの なれた みたい」
「でも ディヒの せなかも」
「きもち いい」
「デヒの せなか」
「こども たちで いっぱい」
「ディヒ おもく ないの?」
「すこし おもい けど」
「デヒ あし よっつ あるから」
「なんとも ない」
「それに しか たべた ら」
「すごく かるく なる でしょ」
「デヒの せなか」
「やくに たって よかった」
「ディヒ」
「ほんとに いい けものさんね」
「エイラ…」
「なに?」
「あんまり いいたく ない けど…」
獣の 脚は
ゆっくりに なった
「どうしたの ディヒ」
「あのね」
「ひがしに ついたら…」
「ついた ら?」
「いやな こと」
「くるしい こと」
「たくさん おこる かも しれない」
「けが したり」
「みんな たすけ だせないで」
「おわる かも」
「それでも いい? エイラ」
「いいわ」
エイラは はっきり 言った
「そう か よかった」
「デヒ ちょっと きいて みたかった だけ」
「あたし」
「もし つかまりそうに なったら」
「かみついて やるの」
「しか つかまえた とき みたいに」
「エイラ…」
「ディヒ いって くれたわ」
「どうして なにも しなかったの って」
「だから あたし」
「こんどは とびかかって みる」
「あたしに できるの」
「それ くらい」
「わかった エイラ」
「デヒも ちから いっぱい」
「ついて いくよ」
「いま そう きめた」
「ありがとディヒ…」
「それと」
「この さき ゆれる から」
「つかまっ てね エイラ」
すぐ そこに 小さな 崖が あり
その 下に 川が 流れて いた
「ディヒ かわ みつけるの」
「はやい のね」
獣は エイラが しっかり
つかまって いるのを 確かめると
一気に 駆け下りた
「ここに くる とき」
「デヒ かお ふってた でしょ」
「あれ おと きいてた から」
「あんな とおくから?」
「そう かわの おと」
「いちばん ちかい ところ さがした」
「ディヒの みみ すごいね」
「けものは ふつう そう だよ」
「それで ね」
「ちかくの もの は」
「においで しらべる」
「みずの におい する し」
「みず のみに きた いきもの たち」
「たくさん におい のこって る」
「やっぱり ディヒ すごい けもの さん」
「あたし ここまで こないと」
「みずの におい わからない」
獣は 川の ほとりで 伏せて
エイラは 降りて 水を くんだ
エイラが 見上げると
夕闇の 中に 獣の 目が
黄色く 光り始めて いた
「ディヒの め」
「ひかってる」
獣は 何回か まばたき した
「けものの め」
「ひかる のが おおい」
「そういう けものは よるでも みえる」
「あたし のは?」
「エイラの」
「インニ タータの め」
「ひから ない」
エイラは 水を 飲んでから
獣の 背中に またがった
「どうして ひからないの?」
「それは…」
獣は もぞもぞ 言った
「ほんとは むずかしい こと だけど」
「それは エイラ よる にがて だから」
「あたし みえない から」
「よる きらい なのよ」
「そう だけど…」
「こまった なあ」
獣は 崖を 登り
森を 走った
「ディヒ みたいに」
「ひかる めに なれば」
「あたし よる こわく ない」
「そう だけど」
「エイラ め とりかえ られない でしょ」
エイラは 黙った
「だから これ だけは」
「あきらめ てよ」
「からだ とりかえ られない」
「でも エイラの からだ」
「すごく よく できてる し」
「それに かわいい でしょ」
エイラは 獣に しがみついた「エイラ」
「でもディヒ…」
「ディヒ おおきな けもの さん」
「つよくて」
「おとも」
「においも」
「よく わかる」
「ひかる め」
「あったかい けがわ」
「みんな もってる」
「あたし なんにも ない」
獣の 脚は
だんだん 遅く なった
「もう わすれ たの」
獣は うつむいた
「デヒ なんでも できる」
「ほかの いきもの たすけ いらない」
「これ さみしい こと」
エイラは あのとき
この 獣が 涙を 浮かべて
話して くれた ことを 思い出した
「エイラ たくさん なかま いる」
「エイラの ために」
「あせ ながして くれる」
「そんな いい なかま」
「たくさん いる」
「デヒ には いない」
獣の 脚は
さらに 遅く なった
「だから」
「にじゅう にんの インニ タータ」
「デヒの だいじな ともだち」
「それに」
「エイラ たすける ため なら」
「なんでも する」
「デヒ やくそく した」
「ひかる め ほしい なら」
「ふたつ あげる よ」
エイラは 震えて いた
「ごめんディヒ…」
獣は 首を 上げて
エイラの 手に ほおずり した
「かわいい エイラ」
「おもい だして くれた の」
「デヒ うれ しい」
「ディヒ…」
エイラは 小さな 声で つぶやいた
「ディヒ いつも」
「あたし まもって くれた」
「さむい よる」
「あっためて くれた」
「ディヒ あたしが」
「よる きらい なの」
「しってて くれた から」
「ディヒは さむく ないのに」
「あたし あっためて くれた」
「やさしい けもの さん…」
「あたし もう」
「けがわ ほしがら ない」
「ひかる め とか けがわ より」
「ディヒの ほうが すき」
獣は ついに 立ち止まった
「デヒも エイラ すき」
「でも エイラ」
「みんなの ところ もどら ないと」
「それに すこし くるしい よ」
エイラは 慌てて うでを 緩めた
「ごめんディヒ」
「くび ひっぱる から」
「デヒ とまった」
「どうする エイラ」
エイラは 獣の 首を 押した
「きゃっ」
獣は 土を 蹴って 走り
すぐ みんなの 所に 着いた
そこには
ズージの 作った たき火が 燃え
タククの 獲物の
いい 匂いが 漂って いた
2
「ベテ!」
「おれの えもの くって くれ」
タククは うれしそうに
鹿の 肉を 差し出した
「おいし そう」
「こんなに くれる の」
「ああ!」
「すきなだけ くって くれ」
「ほんと?」
「ベテ たくさん たべる から」
「きっと ぜんぶ なくなる よ」
「いいじゃ ないか」
「また とって くるから」
「そう だね」
「タクク かり じょうずに なった」
タククは うなずいて
たくさん 肉を 抱えると
獣の 足元に 置いた
「エイラ?」
ズージが 振り向いて
枝を いくつか 差し出した
「つかれた でしょう?」
「たくさん たべて」
げんき だしましょ」
獣は そっと エイラの 背中を 押して
ズージの そばに 座らせた
「エイラ たべ なさい」
「うん」
ズージは 焼けて いる 肉を
エイラに 渡して
焼き ながら
こどもたち にも 食べさせた
エイラは うつむいて
元気が なかった
でも やがて
いつもの けだもの さん に なった
鹿は どんどん 小さく
すぐ 骨だけに なった
みんな 満足そうな 顔
水を 飲んで
たき火の 周りで 横に なった
「タククの えもの」
「おいし かった」
「やっぱり ぜんぶ なくなった でしょ」
「ああ そう だな」
「ほんと いうと」
「ベテが あんなに くう なんて」
「おもわな かった」
「そう?」
「ベテ たくさん たべる と」
「なんにち か たべない でも へいき」
「インニ タータ はんにち で」
「おなか すいたって いう けど」
「ベテ べんり だな!」
獣は あくびの 後
ぶるぶるっ すると
たき火の そばで まるく なった
「ねむく なった よ」
「みんな も ねれ ば」
タククは 獣の 目が
とろんと なったのを 見て
そばに 行った
「ベテ ねむい?」
「おれ かんがえたん だけど」
「さくせん かんがえた ほうが」
「いいと おもう」
「ひがしに ついた とき」
「どう するか」
「みんなと そうだん したい」
獣は 目を 開けた
ズージと エイラも
タククの まじめな 話し声に
聞き入って いた
「それは いい かんがえ だね」
獣は 小さく うなずいた
「ズージ」
「こども たち かして」
「え?」
ズージは ちょっと 戸惑い ながらも
もう とっくに 寝込んで いる こどもを
ひとり ずつ 抱き上げて 獣に 渡した
獣は こどもたちを 抱いて
まるく なった
「あした いい かんがえ」
「きかせ てね」
獣は 目を 閉じた
「ベテ?」
「ねちゃった の?」
タククは 手を 伸ばした
「おねがい」
「ディヒ おこさないで」
エイラは タククの うでを つかんだ
「どうして? エイラ」
「だって…」
「ディヒ ねむい って」
「それに」
「ディヒ かんけい ないわ…」
「え!」
「べ… ディヒ いないと」
「はなし すすまない のに」
「でも ディヒは あたしたちに」
「ついて きて くれてる だけなの」
「えーっ!」
タククは 大きな 声を 出して
信じられない と 言わん ばかりに
へんな 顔を した
「タクク…」
ズージは 上を 向いて つぶやいた
「あなた もう わすれてる」
「どうして すぐ アッカ よぶの」
そう 言われて
タククは 黙り込んだ
「わかった わね」
「あたしたちで きめるの」
「アッカに そうだん するのは」
「その あと」
「まだ なんにちも あるの」
「あわて ないで タクク」
タククは 下を 向いた
「ごめん」
「おれ はずかしい」
「ベテ きいてたら おれ くった かも」
「タクク?」
「アッカの みみ みてごらん」
「しっかり きいてる みたいよ」
獣は 耳を ぴくぴく させた
「うわ!」
「ベテごめん いまの なし…」
エイラは 始めの うち
タククの 話し方に 不安を 感じて いた
でも だんだん
おもしろく 聞こえるように なって きた
「では タクク エイラ」
「かんがえ ましょ」
ズージは そう 言って
たき火に 枝を いくつか 入れた
「まず ひがしの こと」
「いやな おもいで でも」
「がまん して おもい だして」
「しってる ことを はなしましょ」
ズージは 火を 見ながら
静かに 話し 始めた
「あたしが しってる のは」
「はちねん まえの こと」
エイラは そばに 行って 見つめた
「あたし せまい ところに いた」
「かたい かべに かこまれて」
「その なかに ろくにん いた」
「たかい ところに ほそい まど」
「ひかりは そこから だけ」
「はんたい がわに とびらが ひとつ」
「あさに なると そこから」
「ちいさな つぶが ゆかに まかれて」
「あたしたち それ たべた」
「あじも ないし」
「のど かわいた」
「あとは なにも すること なかった」
「ときどき にほんあし のぞきに きて」
「なんにちか すると つれて いかれた」
「へんな におい ふきつけ られて」
「その あと おぼえて ない」
「きが つくと もとの へやに いた」
「むねが いたくて」
「くびと うでに ちが ついてた」
「からだ おもたくて」
「なにも できなかった」
「さむい ふゆの よる」
「なかま ふたり しんだ」
「にほんあし ながい ぼうで」
「ふたり つきさして」
「ひきずって いった」
「あたし こわくて」
「みんなと かたまっ てた」
「ひとり つれて いかれて」
「もう もどって こなかった」
「あたし ちいさい ときから」
「そこに いた」
「ひろい ところ なんて」
「おもい つかなかった」
「はじめ から せまい へや」
「いつも おなじ こと」
「それしか しらない」
「あたし そと みたかった」
「ひかり みたかった」
「みんなに もちあげて もらって」
「じゅんばんに ほそい まどから」
「そとに でた」
「あかる かった」
「かぜも はじめて かんじた」
「ひかりに むかって はしった」
「うしろで なかまの ひめいが きこえた」
「ふりむいて みると」
「あの まどの したで」
「きいろい ものが あばれてた」
「あたし こわくなって はしった」
「にげられ たの あたし だけ」
「そう おもった」
「けだものに おいかけ られて」
「きに のぼった ことも あった」
「おちてる もの たべながら」
「なんにちも まっすぐ あるいた」
「くさの なかから」
「おおきな けだものが はしって きた」
「すごく おおきくて」
「あたし こわくて うごけなかった」
「その けだものは」
「くちを あけて がーふ!」
「それが アッカ だったの」
ズージは 振り向いて
獣の 前足を なでた
「だから あたし」
「ほとんど なにも しらないの」
「でも」
「あの せまい へやから」
「だして あげれば」
「みんな きっと いきて いく」
「だって あたしが そうだった もの…」
ズージは そう 言って
タクク エイラ そして
獣と こどもたちを 順に 見つめた
「タクク あなた は?」
「おれは…」
タククも 火を 見ながら
話し 始めた
「おれが まだ ちいさい ころ」
「おぼえてる いちばん むかしの こと」
「やっぱり せまい へやに いた」
「ほかにも よにん」
「おれと おなじ くらいの こが」
「くびと あしに くさり つけてた」
「ちいさい うちは」
「なにも すること なかった」
「あさ つぶ たべて」
「ずっと ねてた」
「ときどき にほんあし が」
「おれたち つかまえて」
「くさい へやの ゆかに ねかされた」
「さんにんの にほんあし」
「おれ おさえ つけて」
「くび ねじって」
「ふとい はり くびに さした」
「ちが ふきだして」
「だんだん めが みえなく なった」
「その あと」
「にほんあし おれの くびわ つかんで」
「ひきずって」
「また せまい へやの なか」
「すこし おおきく なると」
「それ なくなった」
「その かわりに」
「まいにち ひろい へやの なかで」
「おおぜいの なかまと いっしょに」
「なにか つくら された」
「なんだか わからない けど」
「ねじ まわしてた」
「ねじ って いうのは」
「ものを つなぐ どうぐの こと」
「なんかいも おなじ こと した」
「この とき」
「なかま ことば おしえて くれた」
「その へや には」
「まど ついてた」
「ひろい そとが みえた」
「せまい へやに もどった あと」
「おれたち そうだん した」
「あの まど こわして にげよう」
「みんな どきどき した」
「つぎの ひ」
「まどに もの ぶつけて こわした」
「まど われて」
「それが ささって」
「なんにんも たおれた」
「おれ こわくて とびだした」
「にほんあし おいかけて きた」
「とおくから きいろい けだものが」
「はしって きた」
「おれ もう だめだと おもった」
「でも その けだもの」
「おれに むかって こなかった」
「うしろで なかまの こえが」
「ちいさく なって いった」
「もりの なかに はいると」
「もう おいかけて こなかった」
「にげ られたの さんにん」
「おれたち よろこんだ」
「しばらく そのまま かくれて」
「くらく なって くると」
「あるき はじめた」
「とちゅう」
「ひとり あるけなく なった」
「あしに まどの かけら ささって」
「ふくれて いたそう だった」
「その よる」
「けだものが きた」
「おれたち にげた けど」
「ひとり くわれた」
「もう ひとりは」
「あしの くさり ひっかけて」
「ころんだ とき」
「いしに あたま ぶつけた」
「なにを しても」
「もう うごかな かった」
「おれ このとき」
「ないたの おぼえ てる」
「なんにちか たって」
「おれ また けだもの みた」
「こわくて きに のぼった」
「たかく のぼって」
「となりの きの えだ」
「つかもうと したとき」
「えだ おれて」
「おちた」
「けだもの とびあがって」
「おれに かみついた」
「でも いたく なかった」
「めを あけると くさの うえ」
「けだもの きば みせて」
「がーふ!」
「それが ベテ だった」
タククも 振り向いて
獣を 見つめた
「おれ おぼえ てるの」
「これ だけ」
「おれ なかま たすけ たい」
「しぬ まえに」
「もう このこと わかって くれるの」
「ズージと エイラ だけに なった」
「ベテ つれて きた なかま」
「とし とって」
「みんな しんだ って いってた」
「どんどん しんで いく」
「みなみ でも ひがし でも」
「ベテ ずっと」
「それ みてた」
「おれ いきてる うちに」
「なにか したい」
タククは ため息を ついた
「エイラ は?」
「あたし ズージと おなじ」
「そうか…」
「おれたち ひがしの こと」
「ぜんぜん しらないん だな」
「でも」
「エイラが ズージと おなじって ことは」
「むかしから かわって ないんだ」
「どう する?」
ズージは 手で 小さな 輪を つくった
「みんなは いつも」
「せまい へやに いる」
「そこから だして あげれば」
「いいんじゃない?」
「そうね」
エイラも うなずいた
「おれ ひろい へやに いたよ」
「だから」
「ぜんぶの へやから だせば いい」
「そうね」
エイラは また うなずいた
「どう やって?」
「かべ こわす とか…」
「あの かべ こわせる の?」
「いくつも あるのよ」
「そう か…」
タククと ズージは 話を 進めて
エイラは うなずいて ばかり いた
「ひとつ こわして」
「みんな つれて くるのは?」
「にほんあしも あつまって くるわ」
「そう か… それなら」
「ひとつ こわして」
「にほんあし きたら」
「はんたい がわ こわす」
「それ うまく いきそうね」
「でも すこし しか」
「たすけ られない」
「そう だな…」
エイラは 座り 直した
「あたし…」
「あたしたち なかに はいるの」
「え?」
タククも ズージも
へんな 顔を した
「なかに はいって」
「ぜんぶの とびら あけるの」
「だって にほんあし くるよ」
「そう」
「だから はやく やるの」
「いくつか あけば」
「なかま たくさん できる」
「みんなで はしって」
「かみついて にげる」
「そうか!」
「かり すれば いいんだ」
タククは手を 叩いた
「それに しよう エイラ!」
「うん」
タククと エイラは
うれしそう だった
でも ズージは 下を 向いて いた
「ズージ?」
タククは のぞきこんだ
「あたし も」
「いい かんがえだと おもう」
「でも ね」
「あたし かり おぼえたのは」
「アッカに あって から」
「それまで かみつく なんて」
「おもい つかなかった」
「きっと かり するの」
「あたしたち だけに なる」
みんな だんだん うつむいて いった
「でも おれ おもう けど」
「なかに はいるのは」
「いい さくせんだと おもう」
「なかに いれば」
「きいろい けだものも こな…」
「そうか」
「にげても けだものに くわれる」
「だめ だ…」
タククは ため息を ついた
「そうだわ!」
ズージは 首を 上げて
大きな 声を 出した
「あの へんな におい さがして」
「にほんあしと けだものに」
「ふきつけて やれば?」
みんな その 考えに
手を 叩きそうに なった
「でもズージ…」
「けだものの きばの ほうが」
「はやい かも」
「それに ズージも ねむる かも」
みんなは また 下を 向いた
「いい さくせん」
「あんまり みつから ない」
「きょうは もう ねよう」
「まだ なんにちか ある」
「きっと なにか みつかる」
「あした ねむい なんて いったら」
「ひがしに つく まえに」
「ベテに くわれる から」
みんなは 周りの 草を 集めて
たき火の そばで
寄り添って 寝る ことに した
3
「うわー」
「けだ ものー!」
いちばん 早く 起きたのは
こどもたち
獣の 前足から 抜け出して
さっそく ズージを 起こし始めた
みんなも それに 気が ついて
ほぼ 同時に むっくり 起きた
いちばん 遅かったのは
まるく なって いる 獣だった
少しだけ 目を 開けて
そばに だれも いないのを 確かめると
そのまま 伸びを して
指先の 爪を 震わせた
「ぁあーおぅ…」
「まとぅが」
獣の 大きな あくびは
とても 気持ち よさそう だった
「おはようディヒ」
エイラは 獣の 前足に 抱きついた
ふわふわの 毛は
あの 暖かさで いっぱい だった
「エイラ さむ かった の」
獣は エイラの 髪を なでた
エイラは 首を 振った
「よく ねられ た?」
「うん…」
エイラは 獣から 離れなかった
「こまった なあ」
「デヒ たて ない よ」
獣は エイラの 耳に
鼻先を 押しつけて ささやいた
「ねえ エイラ」
「きょうの よる」
「もし かぜ よわかっ たら」
「デヒ エイラと いっしょ」
「ほんと?」
エイラは 目を 輝かせた
「デヒ うそ きらい」
獣は エイラの 気持ちを 感じて
そう 約束 した
エイラは すぐ 立ち上がった
でも いつも 獣の そばに いた
「もう あるけ る?」
獣は 立って ぶるぶるっ すると
みんなを 眺めた
「いこう ベテ」
タククも ズージも 元気で
こどもたち も
歩いて ついて きた
「なあ ベテ…」
タククは さっそく
きのうの ことを 話した
「いい さくせん」
「みつから なかった」
「そう か」
獣は 表情を 変えず
あまり 気にして いない ようだった
「タクク」
「かんたん には みつから ない」
「ベテ そう おもう」
「まあ そう だな」
「きの み と おなじ でしょ」
「かんたんに とれる みは」
「すぐ だれかに とられる から」
「なかなか みつから ない」
「いつまでも のこってる み」
「とるの たいへん だけど」
「うまく とれれば すごく おいしい」
「それに」
「いっかい とって みれば」
「やりかた わかって」
「つぎも また とれる」
いつの まにか
みんな 獣の 話に 聞き入って いた
「にほんあし も」
「たくさん かんがえて いきて る」
「それ たかい きと おなじ」
「みんなの さくせん」
「その き から」
「たくさん み とって くる こと」
「むずかしい けど」
「とる やりかた ぜったい ある」
「そう でしょ」
みんな うなずいた
「エイラ」
「いし なげて み とった でしょ」
「あの とき」
「エイラ たくさん かんがえて」
「やって みた」
「しっぱい あった けど」
「さいご には とれた」
「なかま たすける のも」
「おなじ ような こと だよ」
「たくさん かんがえた ほうの かち」
「でも」
「きの み と ちがって」
「あんまり しっぱい できない」
「だから みんな」
「さいご まで かんがえて」
「ちから あわせ ないと」
「きっと まける」
みんな 汗を かきながら
黙々と 歩いた
いろいろ 考えて いるのが
その 表情で わかった
こどもたちは
エイラに くっついて
遊び ながら 歩いた
やがて
はしゃぎ 疲れた のか
すぐ 獣の 背中に 乗っかった
日も 高く なった ころ
タククは 周りを 気に して
獲物を 捜し 始めた
獣は 鹿の 群れの 匂いを 感じたが
何も 言わなかった
「タクク あれ…」
初めに 鹿を 見つけたのは
ズージ だった
まばらに 木の はえた 丘に
鹿は 立って いた
ズージと タククは 立ち止まって
息を 止めて
じっと 鹿を にらんで いた
「よし…」
タククが ぴくっと 動いた とき
獣は 前に 出た
「タクク」
「どれが いちばんに にげるか」
「あてて ごらん」
いま 見えて いる 鹿は
6頭 いた
その うちの 2頭は
こっちを 気にして いる
ほかの 鹿は
そのまま 草を 食べて いた
エイラも 考えて みた
でも さっぱり わからな かった
「いちばん みぎ」
「こっち みてる ちいさい やつ」
タククは そう 答えた
「ねぉ」
獣は 首を 振った
「みぎの は」
「こっち みてる だけ」
「いちばんに にげる のは」
「その となり」
「そう なの? ベテ」
「タクク」
「ベテの いった しか」
「おいかけて ごらん」
「え! もう こっち みてる のに?」
「そう」
「ほかの しか きに しないで」
「つかまえ られなく ても いいから」
「あれ だけ おいかけ なさい」
「え…」
「わ…わかった」
「みんなは よく みてて」
「おいかけたい なら」
「やって みても いい」
「でも」
「ほかの しか おいかけない こと」
「わかった ら」
「はしれ タクク!」
獣に 押されて
タククは 走った
進んで 行くと
鹿は みんな 首を 上げ
耳と 尾を 立てて
敵 である タククを 見た
タククは まっすぐ
獣に 言われた 鹿に 向かった
それは 短く 吠えると
跳ねる ように 逃げ出した
他の 鹿は 首を 振ると
一斉に 動いて
散らばる ように 逃げて 行った
「ほんと…」
「あれ さいしょに にげたわ」
ズージは 獣の 横で つぶやいた
鹿は あちこちに 逃げ回り
タククの 足では とても 追いつけ なかった
間が どんどん 開いて いき
ほとんどの 鹿は
林の どこかに 消えた
「ぉおーーぉぅ…」
獣は 上を 向くと
長い 遠吠えを した
「エイラ ズージ」
「これ デヒの こえ」
「もう かえって きなさい」
「そういう いみ」
「タクク これ しって る」
「ことば より」
「とおくに とんで いく から」
「デヒ よく つかう」
タククは それに 気が ついて
振り 向くと
駆け戻って きた
「ベテごめん」
「しっぱい した」
タククは 息を 弾ませ ながら
獣の 前に 座り こんだ
獣は 手で タククの 頭を なでた
「しか とれな かった けど」
「タクク がんばった から」
「ごうかく」
「え…?」
タククは 獣を 見上げた
「とれない のは わかってた」
「つかまえ られなく ても いいって」
「いった でしょ」
「すこし やすもう タクク」
獣は そう 言って 地面に 伏せた
「みんな いまの みてた でしょ」
「なにか きが ついた こと ない?」
「あるわ!」
ズージが すぐ 答えた
「アッカの いう とおり」
「あの しかが」
「いちばんに にげたわ」
「そう だね ズージ」
「ほかに は?」
「あの しか」
「おおきくて はや かった」
タククは そう 答えた
「おおきい し」
「にげるの じょうず だった でしょ」
「ほかに は?」
みんな 黙って
よく 思い 出した
でも その ふたつ 以外は
いつもと 同じように 見えた
しばらく 考えた あと
エイラが つぶやいた
「ばらばらに なったわ…」
「え?」
みんな 振り向いた
「あたし おいかけた とき」
「しか おなじ ほうに にげたわ」
「でも いまは」
「ばらばらに にげた」
獣は それを 聞いて うなずいた
「エイラ よく みてた ね」
「どういう こと? アッカ」
ズージは ふしぎそうな 顔を した
「それは」
獣は 立ち上がった
「しかの むれ」
「みんなと にてる から」
「もし ここに デヒ いなくて」
「むこう から わるい けだもの」
「はしって きたら」
「インニ タータ なかよし だから」
「かたまって にげる でしょ」
「でも けだもの はや くて」
「ズージ つかまえ そうに なったら」
「みんな と こども たち」
「ばらばらに なる」
獣は ゆっくり 歩き 始めた
「さっき おいかけた しか」
「いちばん おおきくて」
「つよい やつ」
「タクク それ ばっかり おいかけた から」
「その つよい しか」
「あっち こっちに にげた」
「ほかの しか たち」
「それに ついて いけなく なって」
「すぐ ばらばらに なった」
「デヒ むかし」
「ばらばらの えもの」
「つかまえ やすい って」
「みんなに おしえた でしょ」
「さて」
「デヒの おはなし」
「これで おわり」
「あとは インニ タータ」
「かんがえ て」
「なにか おもい ついたら」
「いって ね」
獣は すたすた 歩き 始めた
みんなは その 後ろで
難しい 顔を して いた
「ベテ?」
「ひとつ だけ…」
「みつかっ た? タクク」
「まだ だけど…」
「あれ おおきい から」
「すぐ にげたの?」
獣は 歩き ながら うなずいた
「さっき は そう だよ」
「それは ね」
「にげる の へた だと」
「おおきく なれない から」
「おおきく なる まえに」
「ベテ みたいな けもの」
「つかまえる でしょ」
「だから ふつう」
「おおきい しか」
「つよくて なかなか つかまら ない」
「いきもの みんな そう だよ」
「それ なら」
今度は ズージの 質問
「おおきい にほんあし」
「つかまえ れば」
「ばらばらに なるの?」
みんな それを 聞いて
どきっと した
獣は 首を 傾げた
「ほんとは そう」
「でも しか みたいに ならない かも」
「どう して?」
「インニ タータも おなじ でしょ」
「そういう おおきい の」
「たくさん いる し」
「ちいさい のも」
「じぶん なりに かんがえる から」
「デヒ すぐ には」
「ばらばらに ならないと おもう」
「でも」
「にほんあしの むれ」
「よわく させる の」
「それが いちばん」
「そうか!」
タククは 大声を あげた
「ベテ きのう ね」
「あの せまい へや」
「なかから あければ いいって」
「エイラが おもい ついた」
「おれも それ いいと おもう」
「だから」
「なかに はいって」
「おおきい にほんあし さがして いけば」
「きっと うまく いく」
「どう かな…」
タククの 声は
だんだん 小さく なって いき
心配 そうに
獣の 顔を 覗き こんだ
「みんな は」
「それで いいと おもう?」
獣の 問いかけに
ズージと エイラも うなずくと
獣の とがった 耳が
ぴくっ と 動いた
「わかっ た」
「それ やって みよう」
獣が 応えると
タククは 両手を 広げて
大声で 叫び ながら 走り 出した
作戦の 中身は ともかく
自分の 考えを 認めて もらって
その ことが とても うれしかった
しばらく はしゃいだ あと
みんなの 所に 駆け戻って きて
そのまま 獣に 抱きついた
「ベテ!」
「おれ うれしい」
「どきどき する」
獣は 立ち止まって
タククの 顔を なめた
「よく おもい ついた ね」
「きっと うまく いく」
「でも タクク」
「よろこぶ の」
「みんな たすけた あとに しよう」
「あっ!」
「タクク あやまら なくて いいよ」
「たべたり しない から」
獣は また
慌てる タククの 顔を なめた
タククは 照れくさ そうに 笑った
「みんなも よく かんがえた ね」
「その ごほうび に」
「デヒ おはなし して あげる」
タククは 抱きつくのを やめて
立ち 上がった
「あるき ながらに しよう」
みんな 獣に ついて
静かに 歩き 始めた
「まだ いって なかった けど」
「デヒの ともだち とおくに いる」
「ずっと とおく」
「でも おはなし できる」
獣の 声は
少し 淋しそう だった
「デヒと おなじ くらい」
「おおきい けもの で」
「つよくて なんでも しってる」
「その ともだち」
「すごい こと おしえて くれた」
「それ は」
「いきものの なかに はいる こと」
「からだ じゃ なくて」
「もっと なかの もの が」
「だれかの なかに はいる」
「しか に はいった ら」
「デヒ しかに なった」
「あし も うごく し」
「しかの むれの なか あるけた」
「しんじ られない でしょ」
「デヒも はじめ そう おもった」
「でも ほんと だった」
「だから デヒ」
「どんな いきもの でも」
「なか はいって うごか せる」
「しか でも」
「インニ タータ でも」
「デヒ なんでも うごか せる」
みんなは へんな 顔を して
首を 傾げたり 目を こすったり
顔を 見合わせたり した
「デヒ そのとき ともだち に」
「こう おしえ られた」
「なかま と えもの に」
「つかっ たら いけない」
「だから デヒ」
「ずっと それ まもって きた」
「いま まで だれ にも」
「つかわな かった でしょ」
「でも みんな たすける ため なら」
「デヒ これ にほんあし に」
「つかっても いいと おもっ てる」
「だって なかま でも」
「えもの でも ない から」
「やっ ても いいか」
「こんど ともだち に きいて みる」
「デヒの おはなし」
「これで おわり」
獣が 話し 終わっても
みんな 黙って いた
獣は そうなる のを 知っていた ようで
気に せず 歩いて いた
「ディヒ…」
「やっぱり すごい けもの さん」
エイラは 微笑んだ
獣は 少し 安心 した
本当は こんな ことを 言うと
嫌われるの では ないかと
心配 していた から
「ディヒ なら」
「なんでも できるわ」
「それに あたし」
「ディヒ うたがわない って」
「やくそく した」
「そうでしょディヒ」
エイラは そう 言って
獣の たてがみを なでた
「そう だったね エイラ」
「それにディヒ」
「うそ つかない もの」
「そうだよ エイラ」
「なかま に うそ いけない」
「タクク と ズージ」
「うたがっ てる でしょ」
「ちっとも うごかない から」
タククは そう 言われて
気まずく なった
ズージも そう で
困った 顔を していた
「でも デヒ」
「それ よく わかる」
「デヒ も しんじ られな かった から」
「ちょっと とまって」
「ここで まって て」
獣は 背中の こどもたちに
気を つけながら
そっと 地面に 伏せた
みんなも 立ち止まって
心配 そうに 獣を 見た
「いって くる よ」
獣は 目を 閉じて
動かなく なった
(ききたい こと ある)
獣は 心の奥で 呼びかけた
(ええと 誰かな?)
(ああ ガーフだね?)
(どうしたの 浮かない声で)
返事は すぐに あった
(エナ ガーフ ともだち ふえた)
(それで ね)
(よく ない って わかってる けど)
(いきものに はいる の)
(ともだち に みせて あげたい)
(いい かな と おもって)
(いいよ)
(約束を守ってくれれば)
(あなたの自由に使っていい)
(あなたなら 妙なことはしないって)
(解ってるから)
(今までも そうだった)
(よかった ガーフ あんしん した)
(それと ね エナ)
(けもの らしく ない いきもの)
(こらし める ため にも)
(つかって いい?)
(ああ いいよ)
(狩り以外ならね)
(わかっ た)
(そう だ リエファ げんき?)
(元気だよ)
(まだ向こうで寝てるけど)
(そう か よかった)
(それ じゃあ エナ)
(ともだち まってる から)
(また こんど おはなし しよう)
(ああ ガーフも気をつけて)
(ありが とう…)
話し 終わると
獣は 目を 開けた
いつの まにか
みんなは 獣を 囲んで
のぞき こんで いた
「うわ! びっくり」
「なんで かたまっ てるの」
「まあ いい か」
「それで ね」
「ともだち いい って いって くれた」
「やって みる から」
「ここに いて」
「でも きっと びっくり する」
獣は すぐ 顔を 振って
森の 奥を 見つめた あと
静かに 目を 閉じた
みんな 何が 起こるか
どきどき していた
辺りを 見回し たり
動かない 獣を なでたり しながら
何も 言わず
その 時を 待った
しばらく すると
森の 中で 音が した
みんな どきっと して
一斉に そちらを 見た
でも みんなは
この 獣が 好き だから
不安は なかった
音は だんだん 近く なり
ついに 何かが 現れた
木の 間を 走って くる
大きな 黒い 生き物
その 脚は 速く
まっすぐ ここに 駆けて きた
それは 馬 だった
たてがみを なびかせ ながら
突き進んで くると
すぐ そばで 止まった
みんな 少し 後ずさり した
馬は 荒い 息を しながら
歩いて きた
つやつや 輝く 黒い 毛並みと
風に なびく たてがみが
みんなの 目の前に あった
みんな その たくましい 生き物を
ただ 見上げて いた
「くろい けだ ものー!」
こどもたちが 叫んだ
馬は その 周りを ぐるぐる 歩き
ぴたっと 止まると 鼻先を
冷や汗を 流す タククの 顔に 寄せた
タククは のけぞって
震えて いた
「ディヒ なの…?」
エイラは 馬に 近寄って
話し かけた
馬は 鼻先を エイラに 向けると
長い 首を 下げた
「ディヒ ね!」
エイラが その 顔を さわると
馬は 首を 曲げて
黒くて 長い 顔で
エイラに ほおずり した
みんな それで わかった のか
そっと 手を 伸ばして
馬の 体に 触れた
今まで 馬を 狩り倒す ことは あっても
こんな 近くに 立って いる
おとなしい 馬を 見たり
触ったり するのは 初めて だった
「うまうまー」
こどもたちも 獣の 背中から 降りて
馬の 長い 脚を 触った
ズージも 微笑んで
馬の たてがみを ぽりぽり かいた
馬は 気持ち よさそうに
首を 伸ばして ぶるぶるっ すると
静かに 後ずさり した
エイラが ついて 行こうと すると
馬は 首を 振って
体の 向きを 換えると
蹄の 音を 響かせ ながら
森に 走った
馬の 姿は すぐに
もと 来た 森に 消えた
足音が 遠く なり
聞こえなく なった ころ
獣は 目を 開けて 立ち上がった
「がふ?」
「ほら びっくり した でしょ」
「ディヒ!」
エイラは 獣に 抱きついた
「エイラ おもしろ かった?」
「きれいな けもの だった でしょ
「あれ うま って いう けもの」
「くさ とか きの えだ たべる」
「エイラ はじめて でしょ」
「うん…」
「それに タクク」
「すごく びっくり してた」
「デヒ なめようと したら」
「うしろ さがった でしょ」
タククは 照れくさ そうに
汗を 拭いた
「あんなのに にらま れるの」
「はじめて だった から…」
「そう だね」
「ふつうは うま にげる から」
「ズージ くび かいて くれた」
「きもち よかった よ」
ズージは あの時の ように 微笑んだ
「アッカ みたいに」
「あったかい たてがみ だったわ」
「すこし かたい たて がみ」
「デヒ そう かんじた」
「うまに なる の」
「おもしろい し」
「いろいろ わかる」
「デヒ いままで に」
「いろんな けもの に なって」
「たくさん おしえて もらった」
獣は みんなを 見回して
尾を 振ると
すたすた 歩き 始めた
「さっきの うま」
「もりの おくで みず のんで た」
「デヒ その なか はいって」
「ここ はしって きた」
「おわった ら」
「もとの ばしょに もどる」
「そう しない と」
「きっと うま こまる でしょ」
「あとしまつ と」
「いきものの こと かんがえ ない の」
「あたま わるすぎ って こと」
「だから デヒ」
「にほんあし あたま わるいと おもう」
「でも」
「インニ タータ よく かんがえる から」
「みんな もう わかった でしょ」
「だから みんなの さくせん」
「デヒ にも やらせて ね」
4
獣から
正式 参加要請が あって
みんな 盛り上がった のは 当然
あの ことに ついて
数え きれない ほどの 質問が
飛び交った のも 言うまでも ない
獣は 少しも 嫌がらず
全ての 問いかけに
いつもの 調子で
わかり やすく 答えた
「あたし にも おしえて」
エイラは そう 言ってみた
「ごめん ね」
「インニ タータ あれ でき ない」
「やっぱり そう なの…」
「でも」
「そのままの ほうが」
「かわいい よ エイラ」
みんなも それで 納得 した
文句を 言っても
どうにも ならない ことを
知って いる から
「ベテ いれば」
「にほんあし おれたちに」
「なんにも できない」
「でも ね」
「いっかいに ひとつの いきもの だけ」
「それと その とき」
「デヒ ねてる のと おなじ」
「だから よく かんがえて つかう」
獣と 話して いると
何かしらの 手がかりが
みんなの 頭に 湧いた
「へやの なかに はいって」
「アッカ おおきい にほんあしに」
「なって くれれば」
「きっと むれ よわく できるわ」
「そう かも しれない」
「デヒも それ かんがえ た」
「かんたんに できる はず ないから」
「うまく やらないと ね」
ひとつの 答えは
次の 思いつきに なって
それが 何度も 続いた
みんなの 知識も
これで だいぶ 豊かに なり
この けもの先生 が
なおさら 好きに なった
だから 今日の 旅は
かなり にぎやか だった
エイラは
この 獣には ぜったい かなわない
ますます そう 思った
みんなは 疲れも 忘れて
あれこれ 話し
作戦を 練った
「みんな よく かんがえて くれて」
「デヒ うれしい けど」
「それ ばっかり じゃ だめ だよ」
獣は 話の 途中で
そう 言った
「ひがしの ことも だいじ」
「でも いま は」
「ねる したくの ほうが だいじ」
「デヒ すぐ ねられる けど」
「みんな は たべる もの」
「なにも ない でしょ」
いつの まにか 日は 傾き
夜が 近付いて いた
みんな すぐ 静かに なった
「ベテごめん」
「おれ えもの さがすの」
「わすれ てた」
タククは 慌てて 耳を 澄まし
辺りを 見回した
でも タククも ズージも
そして エイラ も
その 気配を 感じ 取れなかった
歩ける人は 何とか 我慢 できるが
そうは いかない のが こどもたち
タククは 懸命に
獲物の 手がかりを 探した
しかし 何も なかった
さっき までの にぎやかさが
一転 して 静かな 旅に なった
「デヒ なかま と えもの に」
「あれ つかえ ない」
「しってる とは おもう けど」
獣は いちおう
みんなに 言って おいた
「すこし だけど」
「くらく なって きた」
タククは 空を 見上げた あと
振り 向いた
「おれ かりに いって くる」
「ちかくに えもの いない から」
「きっと ながく かかる」
「だから きょうは ここで」
「ねる ことに しよう」
「みんな ここで まってて」
「いい だろ ベテ?」
獣は すぐ 立ち止まって うなずいた
「タクク それ いい かんがえ」
「だから ごうかく」
タククは 軽く 笑って 森へ 走った
ズージは 地面の 平らな 所に
草や 枝を 積み上げて
たき火の したくを した
何も 言われ なくても
エイラは それを 手伝った
すっかり したく できると
エイラは 獣に 言った
「ディヒ みず どうする?」
「もって きた ほうが いいよ」
「ねる まえ みず のまない と」
「つかれ とれ にくい から」
「もりの なかに」
「ちいさい かわ ながれて る」
「すこし とおい けど」
「エイラ ひとりで」
「とって きなさい」
「え ひとり で…?」
「そう」
「きを つけて ね」
「あぶなく なったら」
「きゃーって いえば いい」
獣は 前足で 方角を 教えると
エイラの 背中を 押した
「がんばっ てね」
エイラは やがて 走り出し
木々の 中に 消えた
ズージは 寝ている こどもたちを
獣の 背から 抱き上げて
その 近くに 座った
獣も そこに 伏せた
「なつか しい アッカ」
「あの とき ふたりで」
「こう して そら みたわ」
「あたし おいて」
「アッカ いっちゃった」
「もどって きて くれたとき」
「ちょうど いま みたいに」
「むきあって はなした」
「アッカ おぼえてる?」
「あたし ないてたわ」
「アッカの いう とおり」
「よわかった のね」
「きっと あたしの エガ みたいに」
「なんにも しらない こ」
「あのときの あたし」
「アッカから みれば」
「まだ あたし も」
「よわい でしょうね」
「よかったわ アッカに あえて」
「いつも そう おもうの…」
ズージの 声が 震えて
涙が 白い頬を 伝って 流れた
「ズージ りっぱな おかあさん」
「ひとりで いきて いける ほど」
「つよく なった」
「やくそく まもる」
「アッカの かわいい おともだち」
「いま だけ」
「あの ころに もどろう」
「おいで ズージ」
獣は ズージを 抱いて
まるく なった
「あった かい アッカ」
「あの とき みたい…」
ズージは 獣の
ふわふわの 太い 前足に
顔を 押しつけた
「アッカ いつも あたし」
「みてて くれた」
「つよい てで」
「まもって くれたわ…」
「あたし うれしかった」
「ほんとに うれし かったの…」
獣は 静かに
ズージの 頭を なでた
「いい こ だね ズージ」
「あの ころも そう だった」
「アッカ いつ までも」
「どこに いても」
「ズージの ともだち」
「やく そく するよ」
5
獣は 前足で ズージを 抱き上げ
そっと 座らせた
獣も 同じ ように 座った
「しずか だね ズージ」
「め あかく なってる よ」
「あたし…」
ズージは 目を こすって
微笑んだ
「アッカ だいすき」
獣は 何度か まばたきを した
「アッカ も」
「だいすき たくさん いる」
「ともだちの インニ タータ」
「みんな そう いって くれた」
「アッカ むかし から」
「やさしかった のね」
ズージは そんな ことを 言いながら
獣の 鼻先を つついたり
あごの 下を かいたり していた
獣も また
その 匂いを 嗅いだり
咬みつく ふりを して 遊んだ
やがて 足音が 聞こえ
エイラが 戻って きた
「ディヒ みず あったわ!」
エイラは とても うれしそう だった
「エイラ こわく なかっ た?」
「すこし だけ」
「でも ちいさい かわ」
「ディヒ おしえて くれた ところに」
「ちゃんと あった」
「だから すぐ みつかったわ」
エイラも そこに 座って
のんびり 空を 仰いだ
日は さらに 傾き
影が 長く なって きていた
「タクク こないね…」
エイラは 心配 そうに
ズージの 顔を のぞきこんだ
「ふつうは こう なのよ」
「えもの なかなか とれないの」
「タクク かり して」
「あたし したく して まってる」
「これも あたしたちで きめた こと」
「タククも それ よく わかってる」
「あの ひと」
「いつ ベテに みられても」
「はずかしく ない ように って」
「そう いって」
「あたしと こどもたち」
「まもって くれたわ」
「アッカが つれて きて くれた」
「やさしい ひと」
獣は それを 聞いて
目を 閉じた
「みんな なかよく くらす こと」
「それ いちばん いい」
「デヒ そう しなさい なんて」
「おしえた こと ないのに」
「みんな じぶんで みつけて」
「うまく やってる」
「だから デヒ」
「インニ タータ すき」
「すき だから」
「たすけ たく なる」
「もし ちがっ てたら」
「インニ タータ デヒの」
「おいし そうな えもの」
「それ だけ」
獣と 話す うち
辺りは だんだん 暗く
寒く なって きた
「かえって こない」
「よるに なっちゃう」
エイラは 立って 周りを 見回した
でも 何も なかった
「エイラ あの ひと」
「よるに なったら」
「えもの なくても もどって くるわ」
「だから だいじょうぶ」
「そろそろ たきび つけましょ」
火が 燃えて
みんなを 暖かく 照らした
こどもたちも 目を 覚まして
食べ物を ねだり 始めた
やがて
暗くなった 森から
下を 向いた タククが
とぼとぼ 歩いて きた
「とれな かった…」
タククは がっくり 座り込んだ
「ごめん」
「ここの どうぶつ」
「すごく はやくて」
「おれ しっぱい した…」
ズージは うなだれる タククの
手を とって
火の そばに 連れて きた
「とれない ことも あるわ」
ズージは うなずいて
タククは 震えて いた
獣は ため息を ついた
「タクク と みんな」
「ひるまの こと」
「はんせい してる?」
みんな 下を 向いた まま
小さく うなずいた
「おれ ちょうし のりすぎた」
「しっぱい」
「あたし も…」
「また アッカに しかられ る」
「ディヒ いっちゃう の…」
「あるいても むだだ って…」
みんな そっと
獣の 顔色を うかがった
「こまった なぁ」
「こどもたち おいて いけないよ」
「ほんとに はんせい してる?」
「うん…」
獣は ゆっくり 立ち上がった
「いっちゃう の…」
エイラは 顔を 上げて
獣を 見つめた
「こまった なあ…」
「わかったよ」
「そんな かお しないでよ」
「ここで まってて」
獣は 土を 蹴り
すぐ 闇に 消えた
「おれ はずかしい」
タククは ぼそりと 言った
「あたしも」
その とき
森の奥で 木の 揺れる 音がした
「ベテ かな…」
タククが つぶやくと
すぐ その 後に
闇に 吸い込まれる ような 遠吠え
「ベテ おれ よんでる」
タククは 慌てて 立ち上がり
まっすぐ 駆けて行った
暗くて 木に ぶつかり ながら
タククは 走った
遠くに 光る 目が ふたつ
じっと にらんで いた
「ベテ!」
タククは 獣に 駆け寄った
「タクク すこし まえに でて」
「て のばして ごらん」
タククは 言われた とおり
少し 進んで 手を 出した
「もっと まえ」
「ひだり がわ」
「しゃがんで」
「そこで て さげて」
「なにか さわった でしょ」
それは 木の幹に できた
穴 だった
「ベテ その なかに」
「えもの おいつめた」
「タクク つかまえて ごらん」
「わかった」
「あな ふかい かも」
「うまく やらない と」
「て かまれる かも」
「きを つけなさい」
「わかったベテ」
タククは 暗い 森の 中で
もっと 暗い 木の 穴に
そっと 近付いた
指を 開いて
手を 突っ込むと
とにかく 何でも いいから
触った 物を つかんだ
硬い 毛皮と
震える 筋肉の 感じが した
きつく 握って
一気に 引きずり出すと
両手で 押さえるのと 同時に
咬みついた
それは 小さな 悲鳴を あげて
動かなく なった
「よろ しい」
「タクク ゆうき ある」
獣は タククの 頭を なでた
「えもの あわて てる すきに」
「すぐ つかまえ る」
「タクク それ しって た」
「ごうかく」
タククは そう 言われても
まだ 咬みついた まま
動かな かった
「これ タククの えもの」
「はやく かえろう」
「こどもたち まってる」
獣は 太い 爪で
こわばって いる タククの
あごと 手を 開かせて
獲物から 外した
「ほら ふるえて ないで」
「それ もって」
「ついて きなさい」
「くら くて」
「みち わからない でしょ」
タククは やっと 立って
獲物を つかみ
ついて きた
「タクク ほんとは」
「こわ かった でしょ」
「どんなに こわく ても」
「おわって みれば」
「やって みた ほう に」
「なにか のこる」
「その やり かた」
「じょうずに くふう した ほうが」
「かならず つかまえる」
「げんき だしなさい」
遠くに たき火の 明かりが
見えて きた
「ほら タクク」
「はしるよ」
タククは 狩り よりも
この 暗闇の ほうが
そして 獣に 置いて 行かれる ほうが
よっぽど 怖くて
懸命に 走った
そんな タククを
両手を 広げた ズージが 迎えた
「ズージ これ…」
タククは 火の そばに
獲物を 置いた
「まあ! おおきな ねずみ」
「ベテ みつけて くれて」
「つかまえ かた」
「おれに おしえて くれた」
タククは そう 言って 座った
「おとう さん けだ ものー!」
エルが タククの 顔を 見て 叫んだ
それは
獲物の 抜け毛と 泥が
血に 濡れて
タククの あごに
こびり ついて いた から
「はやく やいて たべ なさい」
「デヒ いらない から」
獣は 少し 離れた 所で
まるく なった
どうやら ズージは
この 獲物は 初めての ようで
うまく 切り 分けるのに
ずいぶん 困って いた
ついに 手 だけでは 足りず
脚と 牙まで 使い始めた
「おかあ さん けだ ものー!」
そんな 声に せきたて られて
やっと 獲物は 細かく なった
「おおきな ねずみ だったわ…」
「ほんと あたしも」
「けだもの ね」
ズージは 足元と 両手
そして タククの 顔を 見て
笑いながら 言った
みんな 火を 囲んで
獲物を 焼きながら
けだもの さん に なった
やがて
タククが 骨を かじる 音も 止んで
静かに なった
「さて もう ねようか」
「きょう すごい ひ だった」
「おれ きっと」
「いつまでも わすれ ない」
「そうね」
「アッカの すごい こと」
「また みつけた」
「そう それ と」
「おれ ひさし ぶりに」
「ベテと いっしょに かり した」
「おもい だした だけで」
「どきどき する」
「あたしも ひさしぶりに」
「アッカと ふたりに なった」
「むかしの こと」
「いっぱい おもいだして」
「なみだ でちゃった」
「そうか」
「いい いちにち だった」
「それじゃあ」
「おもいでと いっしょに」
「ねると するか」
タククと ズージは
草を 集めて ねどこを 作った
獣は その音で 首を 持ち上げ
光る 目を 向けた
「おいで エイラ…」
エイラは 呼ばれると すぐ 立って
転がるように 走った
獣は そんな エイラを
太い 前足で 受けとめると
そのまま まるく なった
「そういう ことか」
「いいな…」
タククは ぼそりと つぶやいた
ズージは こどもを ねどこに 入れて
その となりで 横に なった
「タクク?」
「あたしだって あったかいわよ」
「ご…ごめん」
「でも わかるわ」
「アッカ ベテ」
「やさしい おやと おなじ ですもの」
「それに」
「ひるま あたしに あれ やって くれたの」
「きもち よかった」
「そうなのー? ズージ」
「もう!」
「なにが あたしだって あったかい だ」
「ベテの けがわの ほうが」
「もっと あったかいよ!」
「ほんと そう だったわ」
「ちぇっ…」
6
みんなが 旅に 出て
9日 たった
病気に やられる ことも なく
遊び 狩り 水浴び お話し
たくさん しながら
優しい 獣と 歩き 続けた
疲れ よりも
楽しい ほうが 勝って いるから
いやに なる どころか
ずっと こうして 生きたいと
思う ほどだった
そんな 朝
獣は 歩きを 止めると
後足だけで 立ち 上がり
エイラを 肩に 乗せた
「エイラ ここ」
「みた こと ある でしょ」
目の前に 広がる 丘
遠くに 高い 柱が ひとつ
「あ…」
エイラは 下を 向いて
目を 閉じた
獣は エイラを 降ろした
「エイラ デヒ いるから」
「こわく ないよ」
「ディヒ…!」
エイラは 獣に しがみついた
「ベテ ここ…」
タククは そっと 遠くを 見た
「そう だよ」
「この むこう に」
「にほんあし いる」
「え!」
「まだ とおい けど」
「ついた ような もの」
獣は その場に 伏せた
「ここ なら」
「きいろい けだもの こない」
「それに まだ あさ はやい」
「どう する?」
獣が 見つめる
少し たって
ズージが 進み 出た
「いきま しょう」
「さくせん どおりに」
「やって みましょうよ」
エイラも 獣から 離れ
立ち上がって うなずいた
「いこう ベテ」
獣は みんなを 見回して
ゆっくり 立った
「わかった」
「はじめ よう インニ タータ」
獣は そう 言って 座り
爪で 体を ひっかいて
毛を ぼさぼさに した
「あぁ… きた なく なった」
「デヒ みずあび と」
「ぶるぶるっ したくて」
「むずむず する」
獣は この時の ために
わざと 体を 洗わず
抜け毛も そのままに しておいた
「「がるぅー!」」
「どう? わるい けだものに みえる?」
これは 作戦 だけど
エイラも タククも ズージも
この 牙を むいた 獣が
今にも 咬みつきそうな 気がして
本当に 恐かった
「み…みえるよ ベテ…」
タククは 少し 後ずさり した
「あ タクク こわい の?」
「よかった デヒ あんしん した」
「ほら インニ タータ」
「はやく それ ぬいで」
「したく してよ」
獣は 恐い 顔の ままだった
みんなは 何だか 叱られている ような
気分に なったが
獣の 話し方は いつもと 同じ だった
「しろい の きてる と」
「めだち すぎる でしょ」
みんな 服を 脱いで
獣の 周りに 座った
「なんにも いないわ」
「そう なにも いない」
「あさ はやい から」
「みんな へやの なか」
「いまの うち」
「ちかくに いこう」
「タクク は のこって」
「こどもたち みてて」
「デヒ もどって くるまで」
「ここに いなさい」
「わかったベテ」
獣は 身を 伏せて 歩き始め
みんなも 後から ついて いった
目の前には
血だらけの 毛の かたまりが
音を たてずに 進み
それは まさに
獲物を 狙う けだものに 見えた
やがて 建て物が
石を 積み上げて 白い 土を
塗り込んだ ような 壁の
大きい 建て物が 見えてきた
「エイラ あれ から」
「にげて きたん でしょ」
「そう…」
「ほんと だ」
「ほそい まど たくさん」
獣は そこで 止まった
「もう すぐ」
「うごき だす」
「インニ タータ みえ たら」
「はしる よ」
「いま は」
「きいろい けだもの へやの なか」
「つながれ てる から」
「でて こない はず」
じっと 待って いると
中で いくつも 音が した
獣は 耳を 立てて
その 音を 探った
「エイラ ズージ」
「とびらの あけかた わかった」
「とびら に ふたつ」
「でっぱり ついてる」
「それ ふたつ とも」
「おと でるまで よこに ずらす」
「わかっ た?」
「ええ わかったわ」
「すこし かたい かも」
「けが しない ように ね」
「あ でて きた」
「インニ タータ おとこの こ」
獣は 立ち上がった
「ふたり とも」
「はしれ!」
エイラと ズージは
まっすぐ 駆けて 行った
獣は 少しだけ 待ってから
その 後を 追った
ふたりが たどり着く ころには
男の子も どこかに 連れて いかれて
見えなく なって いた
「「がぁーーう!」」
「キャー!」
獣が 吠え
エイラは 叫びながら 駆け込んだ
中に いた ふたりの 敵は
何事かと 慌てた
「けだもの けだもの!」
エイラは 叫びながら
敵に 助けを 求めた
「「ががぁあーーうぅ!」」
獣は ズージが 奥へ 行ったのを 見ると
さらに 激しく 吠え立てた
敵は それに 驚いて
突き飛ばす ように
エイラを 中に 入れた
「ぐるる…る」
獣は 牙を 鳴らしながら 進んだ
ついに 敵は ふたりとも
ズージ エイラとは 反対がわに
逃げて 行った
(ああ よかった…)
獣は そう 思った
奥で 何か 聞こえる
「みんな にげるの はやく…」
それは ズージの 声で
扉の 開く 音も した
(よかった うまく いってる)
(にほんあし いなかったん だな)
獣は だいぶ 安心 して
音の 反対がわに 向かった
すぐに どかどかと
敵が 現れた
「うっ でかい…」
敵は 何人も いて
みんな 槍を 持って いたが
すでに 逃げ腰 だった
「「がぁーう!」」
獣は それを にらみつけ
進み 続けた
先頭の ひとりが 駆け出し
槍で 突いた
でも
獣の 牙のほうが 速かった
槍は 簡単に 折れ
獣の 口から 床に 落ちて
転がった
何人かが 一斉に 攻撃に でたが
結果は 同じような ものだった
獣は さらに 進んだ
敵は 下がり ながらも
槍を 構えた
「もう そのくらいに しなさい」
獣が 言うと
みんな へんな 顔を して
静かに なった
背後から そっと
獣に 近付く 者がいた
不意討ちを 狙って いるのだが
獣の 耳は とっくに
後ろを 向いて いた
獣は 後足で 蹴り上げ
敵は 遠くまで 吹き飛んだ
「おまえ たち かて ない」
「いちばん えらい の」
「ここに いるのか」
だれも 答えなかった
「「がぁーーう!」」
「こたえ なさい!」
みんな 震える ばかり
何も 言わない
「そうか それ なら」
「みんな くび ちぎる」
獣が 前足を 出すと
その中の ひとりが
奥を 指さして 悲鳴を あげた
「わかった」
「あんない しなさい」
「それ とも…」
獣の 爪の 音で
みんな 狂った ように
奥へ 走った
(ああ よかった…)
血を 浴びずに 済んだので
獣は ほっと していた
「ここだ… この なか」
敵は そう 言った
「そうか」
獣は 扉の 前に 立った
「それ なら」
「みんな はいり なさい」
敵が 戸惑ったのを 見て
獣は 鼻を 鳴らした
「けもの だまそうと しない こと」
「ここ だれも いない」
「いる のは となり」
「ほら はいり なさい」
「へんな こと したら」
「すぐ くび ちぎる」
獣は 扉を 開け
みんな 震えながら
その 部屋に 入った
「おとなしく してなさい」
獣は 鍵を かけて
隣の 扉に 向かった
ふと 見ると
向こうから ひとり
手を 振りながら 走って くる
「ディヒー!」
エイラは そのまま
獣に 抱きついた
「みんな にげたわ ディヒ」
「うまく いったわ!」
「そう か がんばった ね」
「みんな うれし そうに」
「ズージと はしって いった」
「あたし みたの」
「うれし かった ディヒ!」
獣は エイラに ほおずり した
「デヒ も」
「あと ひといき」
「にほんあし みんな」
「とじこめた」
「ほんとディヒ!」
「そこ に」
「みんな はいって る」
「みて ごらん」
獣は 床に 伏せて
エイラが 乗ると
立って 扉に 近付いた
エイラは 扉の
小さい 窓から のぞいた
「ほんとだディヒ」
「たくさん つかまえたのね!」
「そう だよ」
「デヒ さいごの しごと する」
「あぶない から」
「ここに いて」
「うん!」
獣は エイラを 降ろすと
さっきの 扉の 前で
後ろ向きに 立った
エイラは じっと 見ていた
獣の 後足が 動いたと 思ったら
すごい 音を たてて
扉が 砕け 飛び散った
「きゃっ!」
ほこりが 舞い上がり
かけらが 降って きた
「おまえの まけ」
「こうさん しなさい」
やっと エイラが 目を 開けると
獣は 割れた 壁に 向かって いた
「おまえ たち」
「わるい こと してきた」
「でて いきなさい」
「とおくに いく こと」
「こんど おまえ みつけ たら」
「その とき おまえ」
「くび ちぎる」
「それと」
「インニ タータ つかまえない こと」
「もし また やったら」
「おまえ たち ぜんぶ」
「くび ちぎる」
獣は 言い終わると
そのまま 尾を 振った
エイラは そこへ 走った
「エイラ みて ごらん」
「あれ いちばん おおきい にほんあし」
エイラは 何も 言わなかった
獣は 鼻先を 敵に 向け直した
「この こ」
「はじめに たちあがった」
「おまえたち より かしこい し」
「たくさん ゆうき もってる」
「おまえ この こに まけた」
「にがして やるから」
「すぐ でて いきなさい」
獣は そう 言うと
震える エイラの 顔を なめた
「エイラ がまん しよう」
「かみつき たい のは わかる けど」
「また こんどに しようよ」
「ね?」
「かわいい エイラ」
「ちだらけ にあわ ない」
「それに エイラ おおきく なったら」
「もっと きば のびてる から」
獣は 怒って いる エイラを
なだめ ながら
隣の 扉の 鍵を 開け
ゆっくり 歩き はじめた
閉じこめ られて いた 敵は
みんな 出て きて
壁の 壊れた 部屋に 入った
立ち去る 獣の 後ろで
何か 音が した
「ディヒ うしろ!」
エイラが 叫んだ
「わかって る」
「デヒ がっかり した」
獣は そのまま 歩き
エイラは 後ろを 気にして いた
「けだもの!」
さっきの 敵は 何かを 握って
それを 獣に 向けた
「デヒ ほんとに がっかり」
獣は 目を 閉じた
その とき
急に 敵は それを
自分の 頭に 当てた
大きな 音が して
血が 飛び散った
「きゃっ!」
エイラは 一瞬 目を そらした
敵の 頭は なくなり
細かい 肉が 壁を
血に 混じって 流れて いた
獣は 目を 開けた
「デヒ にがして あげた のに」
「だから デヒ」
「にほんあし きらい」
獣は そう つぶやいた あと
大きく 息を 吸い込んで
太い 声を 響かせた
「みつけ たら」
「くび ちぎる」
「そういう やくそく」
「おまえ たち」
「いちど だけ にがして やる」
「つぎ みつけ たら」
「くび ちぎる」
エイラは たくましい 獣が
涙を 流し ながら 叫ぶのを 見て
それが 目に 焼きつき
忘れ られなく なった
「いこう エイラ」
獣は 後ろを 気にする エイラの
手を くわえて
この 建て物を 出た
遠くの 木が そよ風に 揺れ
暖かい 陽射しが 注いで いた
「エイラ ごめんね」
「あんなの みせたく なかった」
エイラは 首を 振った
「ディヒの せいじゃ ないわ…」
「そう いって くれる と」
「デヒ うれ しい」
獣は エイラに ほおずり
エイラは 獣の たてがみを なでながら
ふたりは まっすぐ
仲間の 所へ 向かった
7
「けだもの!」
歩いてくる 獣の 姿に
何人かの インニタータは
慌てて 後ろへ 下がった
「だいじょうぶ」
「あの けだものは…」
「ちがう ベテ…じゃない…」
「ディヒは…」
タククは 急いで 説明 した
「アッカ! エイラ!」
ズージは 両手を 広げて
ふたりを 出迎えた
「ぅわ! びっくり」
「インニ タータ こんなに たくさん」
ズージも
みんなと いっしょに いる タククも
それを 聞いて 笑った
「ディヒ たべない でね…」
エイラは この 獣に 会った とき
たくさん いると たべたく なる
…と 聞いたのを 憶えて いた
「デヒ たべ ない よ」
「やく そく する」
「だから エイラ」
「なかま に デヒの こと」
「おしえて ね」
「うん」
「やくそく するわ!」
獣は 笑顔で 応えると
鼻先を タククに 向けた
「おいで」
「こんど タククの ばん」
「おとこのこ つれて くる」
「わかったベテ!」
タククは 待ってましたと ばかりに
飛び出した
「ベテ おれ どきどき する」
「そう?」
「それでは まず」
「ベテの せなか のって ごらん」
タククは 少し 下がると
走って 跳び上がり
獣の 背中に またがった
「タクク はやい」
「ごうかく」
「ほんと!」
「つぎ は」
「じょうずに ベテ うごかして」
「とおくの たかい はしら まで」
「いって ごらん」
「わかった」
タククは 獣に しがみつくと
その とがった 耳を 半分 ふさいだ
獣は 上を 向き
長い 遠吠えを した
そして 次は 首を 引いて
獣が 後足で 立ち上がった ところで
頭を 強く 押した
獣は 跳び上がり
そのまま すごい速さで 駆け出した
みんなは それを
ズージも エイラでさえも
驚きの 表情で 見送って いた
でも この おかげで みんなは
あれが 強くて
しかも 乗れるような 獣だと 解った
その 獣の 背中で
タククは ため息を ついて いた
「びっくり した」
「おれ おちるかと おもった…」
獣は 走りながら 笑った
「タクク つよく おした から」
「ベテ はしった」
「インニ タータ いちども」
「おとした こと ない けど」
「ベテも おとす かと おもった
「そうか ごめん」
「あのとき おれ おちてたら」
「さくせん しっぱい だった」
「つぎから きを つけるよ」
「おちな かった し」
「わかって くれた し」
「それに かっこ よかった から」
「とくべつ に ごうかく」
「ほんと!」
「さくせん うまく いった よ」
「おおきい にほんあし」
「くび ちぎれた」
「やった!」
タククは 獣の 肩を 叩いて 喜んだ
「あっ!」
獣は 急に 跳び上がり
タククは 慌てて しがみついた
「び…びっくり した」
「また おちるかと おもった」
獣は ちらっと 振り向いたが
そのまま 走り 続けた
「タクク とべ! って」
「たたいた でしょ」
「そうか わすれてた…」
「まあ いい タクク」
「ほら むこう に」
「あな みえて きた」
「ほんと だ」
「じめんに あな あいてる」
「あれ は」
「インニ タータ ほった あな」
「だけど にほんあしの あな」
「あの なかに いるの?」
「そう」
「あな すごく ふかい」
「ベテ! だれか でてきたよ」
「インニ タータ おとこの こ」
「みえる? なにか もってる でしょ」
「いし みたい だけど…」
「そう だね」
「ベテも ふつうの いしに みえる」
「でも」
「にほんあし あれ あつめ てる」
「どうして?」
獣の 脚は だんだん 遅く
歩きに 近く なった
「ベテ にも わから ない けど」
「にほんあし あの いし」
「すき みたい」
「いし あつめる ために」
「インニ タータ つかっ て」
「あな ほってる」
「なかま おくに いるんだね!」
「いる はず」
「くびわ と くさり つけて」
「いし ほってる はず」
「いこうベテ!」
「さくせん はじめ!」
「わかった」
「しっかり つかまって」
「つよそうに してて」
獣は まっすぐ 駆け込んだ
いちめん まっくらに なり
空気が 冷たかった
「ベテ? なにも みえない」
「へいき」
「その うち なにか みえる」
タククは 揺られ ながら
どんどん 下へ 降りて いくのを 感じた
「ベテ なにか きこえる」
硬い物を 叩く 音が
奥から 響いて きた
「あ… あかり…」
遠くで 火が ちらちら している
「さあ いくよ タクク」
「ベテ あばれる かも しれない」
「しがみ ついてて」
いくつかの 火に 照らされて
何かが 動いて いる
砂だらけの インニタータ が
石を 運び
敵は 壁に もたれて 座って いた
「「があぁーーお!」」
獣は 吠えながら 突き進んだ
敵は 慌てて 飛び起きて
集まり ながら 槍を 構えた
獣は 敵の すぐ そばで 止まると
長い 遠吠えを 響かせた
「みんな!」
タククは 手を 広げて 叫んだ
「おれは タクク」
「おぼえてる ひと いるだろ」
「たすけに きた」
「ここから でて」
「ひろい もりで くらそう」
「もう こんな ところも」
「つまらない しごとも」
「くびわも くさりも」
「これで おわりに しよう」
「ほかの なかまも」
「もう じゆうに なって」
「みんなを まってる」
声が 静まると
槍は タククに 向かって
一斉に 飛んできた
タククは 獣に しがみついて
目を 固く 閉じた
獣は 激しく 暴れて
木が 折れる 音と
何か 散らばる 音が 聞こえた
「もう こうさん しなさい」
獣の 声に
タククは 目を 開けた
さっきの 敵は
何も 持って いない
あの 槍の 束は
みんな 獣の 足元に あった
「えらい やつは くび ちぎれた」
「おまえ たち」
「まだ たたかう なら」
「おなじ ように くび ちぎる」
「おまえ たちの なわばり」
「これで おわり」
「いちど だけ」
「にがして やるから」
「ここから でて」
「とおくに いきなさい」
獣の 太い 声を 聞いて
敵の ひとりが 叫び ながら
向かって きた
獣は 耳を 伏せ
体を 傾けると
目にも とまらぬ 速さで
前足を 突き出した
骨の 砕ける 音が して
そいつは 倒れた
それは 肩から 上が えぐれて
血が 吹き出して いた
「こうさん しなさい」
「おまえたち かて ない」
獣は 上を 向いた
「とおぼえ おわる までに」
「でて いきなさい」
「のこって たら」
「くび ちぎる」
獣は 大きく 息を 吸い込み
長い 遠吠えを 始めた
敵は 慌てて
這う ように
見おろす タククの 横を 走って いった
静かに なり
獣が 目を 開けて みると
そこは インニタータ だけに なって いた
「インニ タータ…」
獣は 太い 声で
みんなに 話しかけた
「この タクク」
「くびわ して ない」
「ここから でて」
「くびわ はず そう」
「そう すれば」
「みんな どこでも いける」
獣は ゆっくり 向きを 変え
歩き 出した
少し たつと
みんな ささやき 始め
その 声は
だんだん 大きく
ついには 歓声に なった
みんなの 喜びの 声が
もう 見張りの いなくなった 洞窟を
獣と タククと いっしょに 登り
暗闇は すぐ 青空に 置き換わった
「タクク?」
ひとりの インニタータが 走って きて
そっと 覗き こんだ
「タクク なの か?」
「おれ だよ ミクーデ だよ…」
「ミクーデ…」
タククは その人を 見ながら
あれこれ 考えた
「おまえの うしろで」
「ねじ まわして」
「しっぽ たたき あった…」
「そうか!」
タククは 手を 叩いた
「ミクーデ おもい だした!」
「ベテ おれの なかま」
「いきて た」
タククは 嬉しそうに 獣に 知らせて
その人… 仲間の ミクーデを
手招き した
「よく いきてたな ミクーデ」
「でかく なって」
「おれ わからな かったよ」
「おれも タクク わすれてた」
「けだものに くわれたと おもってた」
「また あえる なんて」
「おれも だよ」
「それに まさか こんな けだもの」
「かい ならしてる なんて」
タククは 大きく 首を 振った
「ちがう ちがう」
「けもの たすけて くれたんだ」
「え?」
「そのうち わかるよ」
「これ ベテ とか アッカ とか」
「ディヒ って いう なまえ」
タククは 獣の たてがみを なでた
「ベテ」
「ミクーデ おれの なかま」
「おれ にがして くれたんだ」
「だから ちょっと だけ」
「のせ ても いい?」
獣は 振り向いて うなずいた
「やった!」
タククは 少し 恐そうな 仲間の
手を とって 持ち上げた
「きもち いいだろ ミクーデ」
「こんな つよそうな けものに」
「のれる なんて」
「おもわな かった だろ?」
「この ベテに あわな かったら」
「おれ とっくに しんでたと おもう」
タククと ミクーデは
獣の 背に 揺られ ながら
いろいろ 話した…
いや 話したかった が
すぐ みんなの 所に 着いて しまい
おあずけと なった
「タクク!」
いつもの ように
ズージが 手を 広げて
仲間たちを 出迎えた
「ズージ! うまくいったよ!」
タククは 獣から 飛び降りて
そこへ 走った
「ええと」
「おりられ る?」
獣は 地面に 伏せて
ミクーデが 降りるのを 待った
「よろ しい」
「ごうかく」
獣は そう 言ってから 立ち
エイラの そばに 行った
「エイラ よかった ね」
「なかま こんなに たくさん」
「うん…」
「これで もう」
「くるしい こと おわり」
「うん…」
「エイラ どう したの」
「ないてる の」
エイラは 首を 振った
「うれしい の あたし…」
「こんな こと できる なんて」
「うれしく て」
「すこし こわくて」
「ディヒ あたし…」
獣は エイラの ひたいに
鼻先を 押しつけた
「ねえ エイラ」
「うれしい とき」
「やっぱり よろこぼう よ」
「とおく から あるいて きて」
「いろんな こと やって みた の」
「この ため でしょ」
「ね?」
「それと デヒ」
「エイラに ふたつ おねがい ある」
「え…?」
「しろい の きてよ エイラ」
「インニ タータ たくさん いる」
「みんな まざる と」
「デヒ エイラ さがすの たいへん」
「なぁーんだ」
エイラは 獣の あごを ぽりぽり かいて
しゃがんで
白い 服を 着た
「やっぱり エイラ しろい の にあう」
「だって これ」
「ディヒが くれたのよ」
「そう だったね」
「ええと それと エイラ もう ひとつ」
「なぁにディヒ?」
「インニ タータ くびわ はずすの」
「てつだって くれない?」
「え? そ…そうね」
「きゅうに デヒ いくと」
「みんな こわがる でしょ」
「だから エイラ そばに いて」
「わかったわ ディヒ!」
エイラの 顔に 明るさが 戻り
獣の 前足を 抱えると
みんなの 中に 入って いった
「ええと…」
獣は 言い かけたが
そこ までで 黙った
「やっぱり こわがっ てる みたい」
「ねえ エイラ いってよ」
「うん」
エイラは 獣を なでながら
ぎこち なく だったが
首輪の ことを みんなに 説明 した
「ミクーデ! おまえ いちばんに」
「やって こいよ」
タククは 仲間の 肩を 叩き
その 首輪を つかんだ
「え…」
「さっき のせて もらった だろ?」
「こわく ないよ」
「おれだって とって もらった」
「ほら いこう!」
タククは 引きずる ように
仲間を 連れて きた
「ベテ ミクーデの くびわ」
「いちばんに とって くれ」
獣は 振り返って
タククと ミクーデを じっと 見た
「タクク… この けだ もの…」
ミクーデは タククの 手を 握って
震えて いた
「へいき へいき」
タククが せきたてて
「けもの さん やさしい のよ」
エイラが なだめた
獣は ミクーデの 前に 座ると
手を 持ち上げて
太い 爪を のどに 当てた
「インニ タータ うごか ないで」
「すぐ おわる から」
がたがた 震える ミクーデの 首輪を
獣は 両手の 爪で 引っかけると
すぐに 指を 曲げた
首輪は ねじれて 切れ
音を たてて 落ちた
「おわり だよ ミクーデ」
「くび さわって みろよ」
固く 閉じた 目を そっと 開けて
ミクーデは 首に 手を 伸ばした
「とれ てる…」
その あと
ミクーデも タククも
飛び上がって 喜んだ のは
言うまでも ない
これで みんな 安心 したのか
自分から 取って もらいに
獣の そばに 集まって きた
獣は 首輪 腕輪 脚輪の 全てを
引き ちぎり 外し 続けた
それは 数えきれない ほど 多く
獣の 横には くさりの 山が できた
昼を 過ぎて
終わった ころには もう
影が 長く なって いた
「あぁ つか れた」
「それに デヒ ねむく なった」
獣は 大きな あくびを すると
ごろんと 横に なって
目を 閉じた
8
獣が 起きたのは
暗く なってから だった
光る 目を 向けて 見ると
たき火が いくつか あった
みんなは まだ お話しに 夢中で
エイラも タククも ズージも
3人の こどもたちで さえ
その中に 混ざって 騒いで いた
獣は むっくり 立ち上がって
ぶるぶるっ すると
軽く 吠えて 尾を 振った
大勢の 中で
この 意味が 解る のは
3人 だけ
その 3人は
走って 獣の そばに 行った
「みんな たのしい でしょ」
「でも おなか すいて きた はず」
「ベテおれも みんなの ために」
「かり しようと おもった」
「でも この まわり」
「えもの いそうに ないんだ」
叱られない ように
タククは 慌てて 説明 した
「タクク たべものの こと」
「わすれて なかった ね」
「ごうかく」
「ほんと?」
「ここ に えもの すんで ない」
「でも ふたつ だけ」
「えもの いる」
「なんだか わかる?」
「えー?」
みんな 頭を ひねって 考えた
川も ないし 木の実も ない
いるのは にほんあし だけ
そう 思えた
「みんな こわがっ てた もの だよ」
獣は そう 言って くれたが
みんなには さっぱり 判らな かった
「「がるぅー…」」
「これで わかった でしょ」
エイラは 遠くを 見つめた
「きいろい けだ もの…」
獣は 目を 閉じて うなずいた
「え! あれ とるの?」
「そう だよ」
「みんなの きもち らくに なるし」
「あの けだもの おおきい から」
「たくさん たべ られる」
「でもベテ!」
「きっと あいつ すごく つよいよ」
「なんだ タクク こわい の」
「ベテ むかし きいた でしょ」
「きいろい けだものと ベテ」
「どっちが つよいと おもう? って」
「エイラ にも ズージ にも」
「これ きいた でしょ」
「みんな こたえ おなじ だった」
「だから へいき だよ」
「みんな つよそうに して」
「ついて きて」
獣は すたすた 歩き
みんな その 後を ついて いった
仲間の たき火から 離れて
だんだん 暗く なってきた
「なにも みえないよ ベテ…」
「インニ タータ」
「よる にがて だね」
「ほんと みえないわ」
みんな 獣の 毛を 握って
はぐれない ように していた
やがて 獣が 止まった
「この さきの へやに」
「けだもの いる」
「デヒ つかまえて くるから」
「ここに いて」
「いいね」
「こわく なっても」
「デヒ もどって くる まで」
「ぜったい うごかない こと」
「わかった」
みんなは うなずいて
獣と 約束 した
唸り声が ひとつ 聞こえたが
また 静かに なった
突然
ものすごい 声と
地響きの ような 音が して
みんな 震え上がった
それは 何度も 繰り返し
今にも 襲われそうな 気がした
目を 閉じて
抱き合って
じっと 終わるのを 待つ
みんな 生きた心地が しなかった
獣の 足音が 消え
静かに なった
しかし また
同じように 獣の 争う 声が
前より 激しく 響いて きた
獣を 信じては いるが
さすがに みんな 心配に なった
「ディヒ!」
エイラは 見に 行きたくて
助けたく なって
いらいら していた
それは タククも ズージも
同じ だった
でも みんな
獣との 約束を 守って
じっと がまん した
音は 少し 小さく なった
でも また
静かに なった
もう 唸り声も 何も ない
しばらく 静けさが 続き
やがて 向こうから
何か 引きずる音が 聞こえて きた
音は ゆっくりと 近く なり
すぐ そこで 止まった
血の 匂いが した
何かが 倒れ
息と 砂が
みんなの 足に かかった
「デ…ヒ も どっ て き…た」
獣の 声は
とても 苦しそう だった
「ディヒ!」
エイラは 声に向かって 走った
足に 暖かい 毛皮が 触り
それに 抱きついた
「エイ…ラ そ れ」
「デヒ じゃ な い」
「え…」
エイラの 足に
何か 巻きついた
「デヒ こっ ち…」
エイラは 慌てて その 手を たどり
獣の 顔を 探して 抱えこんだ
「ディヒ!」
「ディヒ どうしたの」
「けがわ びっしょり…」
みんなも 駆け寄って
獣を なでた
でも どこを 触っても
エイラの 言う ように
毛が 濡れて 貼りついて いた
「そ…れ けだ もの と」
「デヒ の ち…」
「けがしたのディヒ!」
「あわて ない で エイ ラ」
「たい し た こと ない よ」
「デヒ おね がい あ る」
「なにディヒ」
「デヒ つか れ た」
「え もの おも す ぎる」
「みん な つよい で しょ」
「はこ ん で…」
「わかったベテ」
「まかせて くれ」
「え もの デヒ の よこ ふた つ」
「すご く おも たい」
「いいわ あたしも はこぶ」
「アッカ やすんでて」
「ごめん ね」
「デヒ すご く つか れて…」
獣は 首を がっくり 下げた
でも すぐに 持ち上げて
立とうと した
抱きしめる エイラには
暗くて 何も 見えなかったが
獣の 全身の 震えと
のどの 奥で 詰まり 泡立つ
血の 音を 感じて いた
こんなに なったのは 初めて
きっと ひどい けがだと 思った
「ディヒやすんでて」
エイラは 獣の 頭を 押さえて
寝かせようと した
「デヒ も」
「は こぶ」
獣は やっと 立って
獲物を つかんだ
引きずる 音と
獣の 足音が ゆっくり 進んだ
みんな 獲物の 太い 脚を 持って
同じ ように 引きずった
それは 信じられない ほど 重く
力を 合わせて やっと 動かせる
大きな 獲物だった
獣も みんなも
運ぶのに 長く かかった
闇の 中を 何も 言わず
汗を たらし ながら
懸命に 引き 続けた
ようやっと たき火の 明かりが
見えて きた
仲間の 姿も 見える ように
なって きたが
みんな 疲れて くらくら していた
仲間たちは みんなの 帰りを 喜んだが
すぐに 静まって
後ずさり し始めた
獣は 火の そばで 動きを 止めると
そのまま 倒れた
「ディヒ!」
エイラも みんなも
獲物を 放り出して 駆け寄った
火に 照らされた 獣の 姿に
エイラは 目を 覆った
横たわる 獣は
顔も 脚も 傷だらけ
血が 湧き出して
全身を 染めて いた
「ディヒ… ディヒ!」
エイラは 怖くて 獣に さわれず
震える 声で 叫び 続けた
獣は やっと 目を 開けた
「エイ ラ え もの とれ て」
「よ かっ た」
「ディヒいたい?」
「ひどい けが…」
エイラは そっと 傷を なめた
獣は びくっと 動き
顔を 引きつらせた
「ごめんディヒ」
「いたかっ た…」
獣は 首を がくがく させて
苦しい 息と
粘った 血を 吐き出した
「エイ ラ デヒ ねむ い」
「おね がい あ る」
「なにディヒ」
「ズージ に も タク ク にも」
「おね がい」
「なに? なんでも いってくれ」
「みん なに え もの わけ て」
「たべ て」
「わかったわ」
「ねむ い ねか せて」
「さ わら ない で…」
「おね がい…」
みんなの 見守る なか
獣は 目を 閉じて
力が 抜けて
動かなく なった
エイラは うつむき 震えた
涙が 頬を 伝い
獣の 手に 落ちた
「ディヒ…」
みんな 押し黙って 動かず
風と たき火 だけが
ゆれて いた
やがて
タククと ズージが 立ち上がり
うなずき 合って
獲物に 手を かけた
ズージは
握る 獲物の 前足が
爪を 立てた ような 気がして
慌てて 放した
それは 目を 引きつらせて
舌を 垂らし
長い 爪を 押し出して 唸った
黄色い 毛皮が 震え
脚を 曲げて
地面に 突き立てた
みんな 離れた
でも タククと ズージは
そこに とどまり
逆に 近付いて いった
腰を 下げて
じっと にらみ つける
ふたりの 顔に しわが 走り
唇が めくれて
そこから 牙が 突き出た
見つめる エイラも
あごを 開けて
同じように 牙を むいて いるのに
気が ついた
タククが 土を 蹴り
ズージは 跳び上がって
黄色い 獲物に 突っ込み
その 首に 咬みついた
それは エイラも 同じ だった
毛皮の 下に
太い ものが 動いて いる
エイラは それを 探り
思いきり 咬んだ
獲物の 息が 止まって
次第に 震え始め
血の 噴き出しも なくなった
みんな 牙を 外して
顔の しわも 緩めた
タククは 肩で 息を しながら
血に濡れた あごを なめると
静かに うなずいた
9
エイラは はっと 気がつき
振り向いて 獣の横に 座り込んだ
「ディヒ…」
獣は 少しも 動かず
その 血だらけの 姿は
さっき 咬み殺した けだものと
同じように 見えた
「ディヒそんな…」
エイラは たまらなく なって
獣の 顔に 手を 伸ばした
(さわらないで)
そんな 声が 聞こえた
エイラは 手を 引っ込めて
辺りを 見回した
向こうで ズージが
獲物を 切り 分けて
タククは もっと 向こうで
小枝を 集めて いる
でも エイラの 周りには
だれも いなかった
(エイラ だいじょうぶ)
(すぐ元気になるよ)
その声は また 聞こえた
「だれ…」
エイラは つぶやく ように 言った
(心配しないで)
(私は ディヒの友達)
「おともだち…?」
(そう)
(ディヒと私は長いつきあい)
(一度だけ あなたにも)
(会ったことがあるよ)
「え?」
(ディヒは私に)
(この子の傷を治してと言ってきた)
(あなたの顔の 裂き傷のことだ)
(もちろん私は引き受けたよ)
「あたしの かお?」
(ディヒは 傷跡が残らないように)
(きれいに治してと言った)
(かわいい顔だから ってね)
エイラは 思い出した
初めて 獣に 会った とき
顔の 傷は 治って いて
少しも 痛く なかった
引き裂かれて いた はずなのに
「とおくに いるけど」
「おはなし できる おともだち って」
「あなたの こと…?」
(そうだよエイラ)
(ディヒから聞いたんだね)
「ええ そうよ…」
(エイラ 私は今)
(ディヒの傷を治しているんだ)
(友達ならば)
(ディヒがさっき頼んだように)
(触らないでほしい)
(その方が治りが早いから)
「あたし ディヒの おねがい」
「わすれ てた」
「ごめん なさい…」
(いいんだよエイラ)
(さあ元気を出して)
(ディヒが目を覚ましたとき)
(あなたが弱っていたら)
(きっと がっかりするよ)
「そうね わかったわ」
(良かった)
(あなたと友達になれて)
(困ったらいつでも呼んで)
「ええ ありがと」
エイラは いつのまにか
星空を 見上げて いた
何だか 心の中が
きれいに なったような 気が した
足元に 横たわる 獣も
さっきと 違って
すやすや 寝ている だけに 思えた
エイラは 安心して
みんなの 所に 行き
たき火を 囲んで みんなと
けだもの さん に なった
あれほど 大きかった 獲物も
群れに なった インニタータの
腹の 中に すっかり 納まって
もう 堅い骨 だけに なった
みんな 残り火の 周りで
うとうと していた
エイラも タククも ズージも
こどもたちも
自分たちの ために
傷つきながら 狩りを してくれた
強くて 優しい 獣の そばに きた
獣は 傷の 血が 止まって
息の 音も なめらかに なって いた
みんな 安心 して
その 周りで
静かに 横に なった
「おやすみディヒ」
「ありがと」
10
いちばんに 起きたのは
エイラ
何も 考えず 振り向いて
獣を 見ると
傷は すっかり 固まって
顔と 指を ぴくぴく させて いた
「ゆめ みてるのね ディヒ」
「しんぱい して」
「そん しちゃった…」
エイラは 自然と 笑顔を 浮かべた
「まだ ねむい のね」
「あたしも すこし だけ」
「ディヒ また せなか のせてね」
「その まえに」
「みずあび しましょ」
エイラは 何やら ささやき ながら
ずっと 獣の 横に 座って いた
する ことも なく
ただ 待ち続けた
眠く なって きた
エイラの 体は だんだん
前に 倒れて きて
獣の 腹に
眠って しまった
どのくらい たったか
エイラの 顔に
濡れた ものが 触った
目を 開けて みた
「がふ…」
大きな 鼻先が 目の前に 迫り
獣は 厚い 舌を 引き込んだ
「ディヒ!」
エイラは 獣を 抱きしめた
「やさしい エイラ」
「デヒ みてて くれた の」
「うん…」
「よかったディヒ」
「あたし ちょっと だけ」
「もう だめかと おもって」
「ないちゃっ た」
エイラは 顔を すりつけて
涙を 流した
「デヒ かり ちょっと しっぱい」
「けだもの つよ かった」
「もう ひとつ けだもの いたら」
「デヒ きっと たべられ てた」
「それに」
「デヒ つかれて たおれ た」
「うごけなく なる ほど あばれ る」
「これ いけない こと だね」
「いのち すてるのと おなじ だから」
「だって」
「エイラ みてて くれなかっ たら」
「けだもの に たべられ てた でしょ」
「そんな デヒ」
「エイラ まもって くれた」
「デヒ すごく うれしい」
「ディヒ!」
エイラは もっと 強く 抱きしめた
「デヒ もう だいじょうぶ」
「ともだち きず なおして くれた」
「うん… そうね…」
「ディヒの おともだち」
「あたしの かおも そうだよって」
「おしえて くれたわ」
「え? エイラ」
「エナと おはなし した の」
「そう」
「こまったら よんで って」
「よかったね エイラ」
「エナ なかま だいじに する」
「けもの らしい いきもの の」
「たよりに なる ともだち」
「そうね」
「ディヒの おともだち ですもの」
獣は エイラの 髪を なでた
「ねえ エイラ」
「みて ごらん」
「エイラの なかま あんなに たくさん
みんな もう 起きて
かたまって お話し している
タククと ズージが 寄り添って
微笑み ながら こっちを 見つめて
手を 振った
「エイラ つよく なったね」
「それに なかま たくさん できた」
「デヒ うれ しい」
「じぶんで かんがえて やって みる」
「そんな インニ タータ」
「デヒ だいすき だよ」
「さあ さいごの しごと」
「みんなと いっしょ みなみに かえる」
「エイラ やって みて」
「わかったわディヒ」
「かんたん」
エイラは 立ち上がって
周りを 見回した
「ほんと に?」
「みんな たべもの さがし かた」
「すこしも しらない から」
「エイラ たくさん とって くるん だよ」
「へいきよ!」
エイラの 声は 大きく
自信に 満ちて いた
「よろ しい」
獣も よろよろ 立って
ぶるぶるっ した
「まだ すこし いたい けど」
「でかけ よう」
「みんなに しらせて きて エイラ」
獣は エイラが 走って 声を かけ
やがて 群れが 動き始める のを 見た
タクク ズージ こどもたちも
獣の 横に ついて
群れの 中を 歩いて いった
やがて このうちの だれかが
エイラと いっしょに 寄り添って
何が 起ころうとも 負けずに
うまく 生きて いく だろう
それを 想うと 獣は
傷の 痛みなど 何でもない ほど
うれしい 気持ちで いっぱいに なった
「インニ タータ これから も」
「みんなで くふう して」
「たすけ あって いきて ね」
「そう すれば」
「たのしい こと たくさん」
「デヒ ぜったい そう おもう」
(C)1996 Kemono Inukai