シュヴァとリーベの神隠し
「妖精連れてるくらいだから、そんな身なりだけども金払えるかもしれないと思ったんだがね。
メアリー、もうその絵に描いたみたいな笑顔はやめていいよ 。それとあんた金持ってないならさっさと帰りな!」
語調を強めて女主人が言う。
怖いしさっさと行くか。 しかし金ってのは働かないと手に入らないのか。悪魔は働いたりしないし、じゃあ宿は諦めるか。
いろいろ考えながら俺はカウンターに背を向ける。
そしてシュヴァとリーベのいる入り口に目をやった。
ーーが、そこにシュヴァとリーベの姿はない。
あれ?どこいったんだ。外でてったのか。何も言わずにってのはおかしい気がする。
少しだけ嫌な感じがする。
俺は振り返ってカウンターの二人に向き直って、リーベとシュヴァのいたところを指差して、
「ここにいた犬と妖精ってどこいったか見てなかったか? 」
と、真剣な表情で尋ねる。
「あんたがふざけすぎてて、そっちなんて見てなかったね。 でてったんじゃないのかい 」
と、女主人は呑気に答える。
俺は小走りに宿から外に出た。 何も言わずに出て行くとは正直考えにくい。
俺はシュヴァとリーベがどこかに歩いていやしないか街中を見渡す。
が、いない。
俺は通りを歩いている人に妖精と犬を見なかったかと聞いて回るが、全て返答は同じ。
見ていない、と。
見たら忘れないはずだ。それくらいのインパクトはある。 なにせここは人ばかりだから犬と妖精がとても目立つ。
それなのに誰も見ていないとは、どういうことなんだ。
俺は再び宿に走って入っていった。
「なんなんだい、あんたは。 いつまでもここにいたって安くはなんないよ 」
女主人が俺を見てうんざりしたように言う。
「いや、そんなつもりじゃねぇ。 俺の仲間の妖精のリーベとケル、いや犬のシュヴァルツが消えたんだ。本当にどこ行ったのか見てなかったか?」
俺は真剣な表情で尋ねる。
「消えた? それは確かなのかい? またふざけてるんじゃないだろうねぇ…」
俺の真剣な表情に女主人は複雑な表情を浮かべる。信じようか、信じまいか決めかねているのだろうか。
「ああ、いろんな人に聞いたからな。 誰一人見てなかったと言ってた。 あいつらここじゃ目立つはずだから誰もみてないってのはおかしいと思うんだが 」
女主人は何も答えないが、その表情には心当たりでもあるようだった。
俺もこの宿を見つける前に感じた悪意のこもった視線を思い出す。
まさかあの視線と関係があるのだろうか。
「心当たりあるのか? 俺もさっき嫌な視線を感じた。 それと関係があるのか知ってんじゃねえか?」
だが、その問いに女主人は答えようとしない。
その表情は複雑なもので俺には推し量ることはできない。
知っていそうなのに教えてくれない。
なぜなのか。
と、受付嬢が冷たい声で言った。
「それが本当なら奴らの仕業かもしれない。 妖精はここじゃ珍しいから。犬はそうでもないけど。奴らが連れ去ったって可能性が限りなく高い」
先ほどまでの笑顔ではなく冷たい表情をしている受付嬢はどうやら俺がふざけているわけではないと分かったようで静かに話し始める。
と、女主人が遮る。
「メアリー! この男にはそれを話す価値があるのかい!? 」
女主人は声を潜めながら受付嬢に問う。
メアリーは女主人の方を向いて頷いた。
価値があると言うことでオッケーか。
しかし、なるほど消えたというのは連れ去られたということか。
でも、リーベとシュヴァがただの人間ごときに連れ去られるはずはないと思うんだけど。 それに助けも呼ばずに連れ去られるのもあり得ないと思うんだけど。
俺はまずそんな風に楽観的に考える。
だが、裏を返すと楽観的ではいられない。
もし本当に連れ去られたのだとしたら、助けを呼ぶこともできないほど部の悪い相手なのかもしれないじゃないか。
そうなら急がないとまずいかもしれない。
「奴らって誰だ?そいつらがリーベとシュヴァを連れ去ったならそいつらのいるところを教えてくれないか? 」
俺はメアリーに急かすように強い口調で訴える。シュヴァとリーベとは短い付き合いだが、俺は今後も一緒に旅をするつもりだ。
こんなところで離別する気はさらさらない。
「頼む、教えてくれ。居場所だけでいい。リーベとシュヴァがいるかもしれないところを 」
俺はまたメアリーに懇願する。
何か嫌な予感がするのだ。リーベとシュヴァでさえかなわない相手なら急いでいかないと。
長めの沈黙がこの宿を包む。
その間中、メアリーはまじまじと俺の目を見てきた。まるで俺のことを詳細に調べるように。こいつ何をやってんだ?
と、沈黙を破る一つ大きな溜息をつき、メアリーが口を開き、淡々と話し始める。
「ここの大通りから左に少し小さめの道が派生してる。そこを進んで行くと道の両側に住宅街の一帯がある。 そこの右側の住宅地に入って奥の方へ進んで行くと人のあまり住まない無人住宅地が広がってる。そこに連れていかれてるはず。
でも、あんたじゃ助けられない。 ここで無駄死にしたくないなら……絶対に諦めたほうがいい。 忠告はしたから」
やっと教えてくれた。 でも今は感謝している場合じゃないかもしれない。
感謝は後でしよう。
俺は足に力を込めて全力で走り出す。おそらくリーベとシュヴァを連れ去ったであろう奴らの元にいち早くたどり着くために。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「ここの大通りから左に少し小さめの道が派生してる。そこを進んで行くと道の両側に住宅街の一帯がある。 そこの右側の住宅地に入って奥の方へ進んで行くと人のあまり住まない無人住宅地が広がってる。そこに連れていかれてるはず。
でも、あんたじゃ助けられない。ここで無駄死にしたくないなら……絶対に諦めたほうがいい。 忠告はしたから」
メアリーが覚悟を決めてそう言うと魔法使い見習いは一瞬で宿屋から消えた(ように人間からは見えた)。
彼は早く向かおうという気持ちが強すぎて自分の力を人前で制御したほうがいいということを忘れていたのだ。
その凄まじい一歩目の蹴りで床には大きな穴ができてしまっていた。
「消えた? 魔法? かね今のは。 見かけによらず強いのかもしれないね。ああ、あんなでかい穴作っていきやがったよあの男。できれば弁償してもらいたいものだね」
女主人は微かに希望を滲ませてぼやいた。
と、
「すいません、メリーおばさん。 あの男に余計なことを教えてしまって…… 」
メアリーはうつむきながら言った。
「別にあたしゃいいよ。いつも言ってるだろ。 ここは滅多なことがない限りと大丈夫だろうって。でも、あの男はそんなに仲間思いのやつだったのかい?
すぐ行くのは分かっていたんだろ。あんたはその忠告で行くのを躊躇うような奴にそもそも居場所をおしえたりしない 」
メアリーが頷くのを見届けて女主人はそのまま続ける。
「あの男は相手が恐ろしい奴らだって知らない。 死ぬ気なんてこれっぽっちもない顔をしてた。あの男は、その相手を知っても後悔しないとも限らないよ。
それでも教える価値があったのかい? 」
女主人はうつむくメアリーに問いかける。
「あの男の目をみたらわかります。 恐怖の色なんてこれっぽっちもなかった。恐怖があったかつての私でさえーー。いや、それよりあの男は私が教えなくても自力でたどり着いたでしょう。ならば可能性の高い方へ導きたかった。それがたとえどんぐりの背比べだとしても 」
彼女は強くそう言い放った。
「そうかい。 あんたが言うんだから間違いないんだろうね。
妖精を連れてこの街にさえ来なければ、あの男は死ぬこともなかっただろうに。
いや、そんな仮定意味ないね 」
女主人の優しい声が宿屋に響く。
答える声はなく、しばらく沈黙が流れる。
その沈黙を女主人が再び破る。
「あんたがあの男を死に導いたわけじゃない。 悪いのは、全部奴らだ。それは何があっても忘れちゃいけないよ」
メアリーが頷くのを見届けて女主人はカウンターの奥の方へ戻った。
「ただ、この街の住民は私もあんたも含めてずいぶんと冷たくなっちまったねぇ 」
それからは宿屋の中は魔法使い見習いが訪れる前と同様に沈黙に包まれた。