飛んで罠に入る悪魔さん
しばらく街道を歩いて俺とシュヴァとリーベの一行は目的の街にたどり着いた。
街は森で聞いた騒がしさとは対照的に恐ろしいほどの静寂に包まれている。
何があった?
皆、叶わない相手を前に逃げたのか?
なにせ領主は並の人間では、どれだけ束になっても倒すことのできないほどの奴らしい。
それなら逃げるのが得策だろう。
一応地獄耳を澄ませてみる。
と、多数の人間がこの街にいるみたいだ。
一部の声を取り出して聞いてみる。
「本当にできるのか? 」
「やるしかねぇだろうが。どうせ逃げることはできねえ 」
「お前ら! やつがスターリングの効果範囲内に入ったら護衛諸共集中攻撃だ。
今がこれまでで最も勝率が高いのは間違いない!
気合入れろ! 」
つまり、街の人間は戦う気なのか?
「街の人は逃げたんですかねー。 じゃあ私達来た意味なく無いですかー 」
「いや、逃げてねえみたいだ。街の人間はこの街のどっかに固まって戦おうとしてる 」
「 戦うっていっても自殺行為でしかなくないですか。 どこに固まってるかはわからないんですか? 」
「わからねえ。シュヴァ、心当たりとかないか? 」
しばらくの沈黙の後、心に直接シュヴァの声が響く。
(恐らくこの街の中心付近にある大広場だワン。 領主はこの街に来るとき、必ず始めにそこを訪れるらしいワン 。 僕連れていかれたことあるから案内するワン! )
「おう、頼む! 」
そういってシュヴァが先頭を走る。
それに俺とリーベが着いて走る。
シュヴァによれば、領主の名前はエルニーニョ。
奴はこれまでも街をなんでもない理由で破壊したことがあるらしい。
本物の悪魔である俺よりも悪魔らしい奴だ。
俺が本物なのに……。
「街の人間がエルニーニョに勝つ可能性はどれくらいなんだ? 」
走りながら俺はシュヴァに尋ねる。
(ほぼゼロに近いワン。 僕は1000年前に比べればかなり弱体化していたけど並の人間よりもかなり強いワン。その僕がなぜ捕まってしまったかわかるかワン?)
「そう言えばそうだな。 そもそもお前はなんで捕まったんだ 」
(僕はエルニーニョに負けて捕らえられたワン。 かなり前だから今じゃ彼の魔法も弱まってるとは思うけど、それでも並の人間じゃあ歯が立たないワン。
戦い始めたら一瞬でかたがついてしまうかもしれないワン! )
「じゃあ急がないとっ! 」
(見えて来たワン!)
開けたところが見えて来る。 広場である。
広場には人っ子一人いない。
これははずれか?
(いや、広場の周りをたくさんの人が取り囲んでいるワン )
シュヴァの言う通り広場の中には誰もいないが、周りをたくさんの人が取り囲んでいた。
エルニーニョを待ち伏せをしているのだろうか。
ともかく、エルニーニョが来る前に間に合ったみたいだ。
俺は安堵の溜息を漏らした。黙ってついて来ていたリーベも同様だ。
シュヴァは犬だから溜息をついているのかとかよくわからない。
ただ、安心はしたみたいだ。
そんなリラックスした雰囲気とは対照的に一人の大男が緊張の面持ちでこちらを見ている。
「お前らはこの街のやつじゃあねえな。 何者だ? 」
その声音には警戒の色が強く反映されている。
敵かもしれないと警戒しているのだろう。
「警戒してるみたいだけどあんたらの敵じゃねえ。
あんたらを助けに来た 」
俺が代表して答える。
と、男は複雑な表情を浮かべた。
「助けに来たっていったって....。
相手はあのエルニーニョだ。
いくら妖精さんを連れられるような人徳者だとしてもお前さん一人に何かできる 」
「まあ、それは見てればわかるだろうな 」
俺は静かに簡潔に(カッコよく)答える。それ以上は何も言う必要もない。
街の人間たちは今大ピンチなのだ。誰だろうと助けは欲しいはずだ。
「これは街の問題だ。
それに俺たちにも作戦がある。
ザコ一人混じられて失敗するのも嫌だしな、さあ帰れ帰れ 」
筋肉隆々の大男は超適当に俺をあしらう。
え?なにこれ?
予想外の反応。
あれ? なんでだよ!
このシチュエーションはヒーロー登場してくれってみんなもとめてるところだろーがよ。
それでちょうど俺みたいな強そうなやつが現れて....。
・・・・。
そうだった、思い出した。
今俺は完全にザコそうな見た目だったんだ。
残酷な現実だが、見た目というものは正直いって超重要である。
俺はリーベを睨む。
お前がもっと強そうな見た目にしてくれたらカッコよく引き受けれたのによー。
リーベはてへへとばつが悪そうに笑う。
「いや、その姿は私はコントロールできないので、仕方ないとしか言えないですねー 」
言い訳かよこの野郎。
と、大男が口を挟んで来る。
「何言ってんのかよくわかんねえが、見た目とかは別に関係ねえ。
仮にお前が強そうな見た目だったとしても俺たちはお前に助けは求めねぇよ。
もう、こっちにも作戦があるからな 」
見た目は関係ない…か。
顔は怖いがいいこと言うじゃねえかおっさん。
俺はその返答に少し満足する。
だが、それはともかく作戦といったか。 さっきから言ってる作戦か。それは、ぶっちゃけて、 どれくらいの勝率なんだろうか。
俺は心の中で一人考える。
と、
(どうせ勝率なんて1パーセントにやっと乗るくらいだワン。
ベリアル様がなんとかした方が絶対に確実だワン )
俺の心を読んでシュヴァがそれに対して答えてくる。
シュヴァの言う通りだ。絶対に俺に頼った方が確率高い。
それは間違いない。世界の理と言っていいレベル。
確率高いと言うか俺が話し合うなりぶっ倒すなりすれば確率は1になるだろうな。
だから作戦なんてものの存在は関係ない。
ただ俺に任せてくれればいいのだ。
いや、任せてくれなくても俺が勝手にかたをつければいい。
作戦実行の前にかたをつけてやる。
俺はそう決意した。
ーーその時だ。
静寂に包まれる街に幾頭かの馬の走る音が響き渡った。
俺たちがこの広場に来たのとは逆方向の大通りの方から音がしてくる。
その音を聞き、大男はすぐに俺に近づいて来て手を引っ張った。
「ちっ、お前が帰る時間もねえみたいだ。とりあえず隠れろ! 一人ポツンといたらエルニーニョに一瞬で消されるぞ 」
俺はそのまま男の手に引かれて家の陰に隠れる。
シュヴァもリーベも一緒にだ。
ついに来たのだろうか。
男も俺も家の陰から広場の様子を伺う。
数頭の馬が広場の向こう側の端に止まったのが見えた。
派手な服装の領主だろうという男と全身鎧の護衛四人がそれぞれ馬にまたがっている。
護衛四人は、馬から降りてからその場で一歩も動かない。
一方派手な服装の男は広場の中央へ向かって一人歩き出した。
全体的にぷっくりとしていて、かったるそうに、偉そうに歩いている。
その悪人面をさらに歪ませてご機嫌斜めな御様子だ。
この悪人面は間違いなくエルニーニョだろう。
と、エルニーニョは静寂に包まれる広場で一人喚き出した。
「なぜ、人の気配がないのだ! このこのこのエルニーニョ様から逃げたのかぁぁぁ!
許さん!絶対に絶対に絶対に許さない! 」
まるで小さいガキだ。
四人の護衛は黙ってその姿を見守っているようだ。
護衛に動揺の色は見て取れない。
つまり、エルニーニョはいつもこうなのだろう。
と、エルニーニョは立ち止まり悍ましい笑みを浮かべた。
「どうやって殺してやろうか。 全身挽肉にして家畜の餌にしてもいい。 目の前で仲間の体が挽肉になるのを延々と観察させてやろうか。
新種の蟲に全身を生きたまま喰わせてやろうか。
洗脳して共食いさせてやろうか。
まあ、いい。
この私を煩わせたからには、只では絶対に殺してやらない。 地獄を見してやる 」
「ーーーー」
護衛も広場を取り囲む多数の人々もこの悍ましい生き物を心の底で拒絶しているだろう。
だが、残酷にもこの悍ましい生き物が強い力を手にしてしまった。
だから誰も逆らえない。
誰もこいつを止められない。
神様がいるとしたらそいつはとんでもなく趣味の悪い野郎だ。
いつか殴り込みに行ってやる。
でも今はーー。
目の前のあの外道をぶっ倒す。
俺は決意する。
ーーここで奴を消さねば、と。
俺は大男の手を振り払って広場の中に走って突っ込んでいく。
エルニーニョは再び歩みだしていた足を止める。
「おい! 感情に流されるな! 待て! このままでいいぃぃぃ!そこにはあぁぁ! 」
大男が必死になって叫ぶ。
必死すぎて何言ってるかよくわからない。
まあ、でも俺を心配してくれてるんだろう。
優しい野郎だ。俺が感情にのみ動かされて自殺志願していると勘違いしてるんだろうな、多分。
作戦実行の前にかたをつけてやる。
( 作戦がどんなのかは知らねえけど)
話し合い?そんなの無しだ。
一瞬で終わらしてやる。
それだけの力がおれにはあるはずだから。
幸い俺はあいつよりもだいぶ強い。
負けることはない。
ただ俺はあいつを消すだけ。
それだけのお仕事だ。
ーーーーその時。
俺が全速力で広場の中央に差し掛かった時。
俺は落ちた。
土の中に。