離脱
俺が、禁忌の連中に天の鉄槌を下さそうと腕を振り上げた瞬間だ。
あとは腕を振るうだけで、魔法による攻撃が完了するはずだったのに、その瞬間、濃密な魔力に包まれた俺の腕を一振りの剣が弾いた。
「何だ?」
そう言いつつ、俺はしっかりと攻撃を加えた人物を見ていた。
それは、女神にも等しいと思っていた龍殺しの少女エルゼだった。こんな攻撃をしてくるとはとても思えない人物だから飛び出した言葉だったのだ。
「やはり、強いですね……。そして、とても人間とは思えません」
一撃攻撃を加えて、すぐさま俺から距離を取っていた彼女が俺をそう評する。
これは、一体全体どういう風の吹きまわしだろうか。
何か勘違いをしている気がする。
何とか弁解しようと頭を回転させる。
「ちょっと待て。こいつらは、魔剣の召喚を取り行ったり、そういう物騒なことをする連中なんだ。お前達もこいつらを追ってるんじゃないのか?」
「まあ、そうですけど。そんなことは関係ないんです。今はとにかくあなたを攻撃しないと……」
そう言うと彼女は再び襲いかかってくる。流石に龍殺しの団員だけあって、瞬発力は並の人間の比ではない。だが、俺に取っては取るに足らないスピードだった。
俺は、一瞬にして腕を包む濃密な魔力で剣もどきを作製し、彼女の剣劇を受ける。
彼女の様子はどこかおかしい。
会ったのはほんの数日前だし、よく話したわけでもないから、決して彼女のことに詳しいわけではない。
が、人の話も聞かず襲いかかってくるような人間ではないのは確かだ。
ここは、武器を奪ってもう少し話す必要がある。
そう考えた結果が、彼女の攻撃へのこの対応だ。
「け、剣が! あなた、一体何をしたのですか!?」
イルゼが驚く通り、彼女の剣が朽ち果て始める。これは、俺の魔力でできた剣に触れた結果だ。
よし、これで彼女は主武器を失ったに違いない。
これ以上は戦いになどならない。
落ち着いてくれるはずだ。
が、彼女はやはり様子がおかしかった。
朽ちた剣を離すと、懐から短剣を取り出す。
そして、俺にまた攻撃を仕掛けてきた。
おいおい、どういうことだ?
そんな武器で勝てるわけあるまい。
そんなこと、彼女じゃなくても分かるはずだ。
彼女は今、正常な判断ができていない。
そして、その行動は彼女の性格すら無視するものだ。
俺を極悪人だと思い込んでいるのか? それとも何らかの精神操作でも受けているのか?
定かではないが、とにかく異常だ。
「やはり、強いですね〜。ベリアル殿は底が見えないので〜す」
と今度は、暗がりから奇妙な声が響いてきた。俺は、イルゼの短剣による攻撃を軽く受け流しながら、とぼとぼと歩いてくるそいつを見る。奇妙な仮面に黒ローブの男だ。黙って屋根の上でへたり込んでいる腰抜けどもの格好と繋がるものがある気がするがそれより。
こいつは、確かーー。
そう龍殺しだ。幹部クラスの一人。
男の後からも暗がりからぞろぞろと人が歩いてくる。
その中には、フルプレートメイルの男もいる。そいつも幹部クラスだった男だ。
本意か他意か知らんが、龍殺し総出で俺を刈り取ろうってか。
顔も知らない者も多いが数が多い。
もちろん負ける気はしないが、これだけ数が多いと手荒にやらざるをえない。
そういえば、幹部クラスといえば。
あの爺さんと青髪はどうした?
いや、大体わかる。あの二人は魔剣と戦っているはずだ。最強に近いあの二人でも魔剣に勝てるか……。それは未知数。どんな魔剣なのか、どれだけ魂を喰らったのか、それに影響する。
早くあの黒ローブ達を始末して、すぐに魔剣の元に行こうと思ってたのによ……。
こんなことになるとは。この街は、もう既に至る所が侵食されていたに違いない。
新参者の俺が気づかなかっただけか、はたまた上手く隠れていたか。
とにかく想像以上に面倒ない事になっている。龍殺しもまた俺などを追っている時点で、利用されてしまっている。本来ならば、魔剣に全員で対処すべきだというのに……。
「ちょっと手荒になっちまうが、やるしかないか」
勿論、べつに悪い集団ではないし、全滅させたりする気はない。だが、戦闘不能にはなってもらう。
俺は龍殺しに対峙する。
「じゃあ、いっちょやりますか」
「つって、ベリアルー! いっちょやりますかじゃないの! 逃げるぞ!」
突然声が割り込んでくる。後ろから爺さんが走ってきた。
「って、爺さん! 何で来てんだよ!? 危ねえからさっさと隠れろ。あいつらは今はなんか俺が好きみたいだから、巻き添え食らうだけだぞ」
「あいつら、相当強いじゃろう。お主でも勝てるのか怪しいじゃろう」
「いや、勝てるっての! これはマジだからな爺さん!」
「……それが、強がりかそうでないかは置いといて、戦わなくて済むのならそっちの方が良いのではないか?」
爺さんの声が真剣味を帯びる。何か策があるといった感じだ。
「まあ、そりゃあそうだが……」
「ならば、儂に任せるのじゃ。儂は、国王からの命令で研究している魔術師。勿論、魔法の腕にも自信があるのじゃ!」
爺さんは気合たっぷりの声でそう言うと、魔力を放出させる。何をする気なんだ? さっぱり分からないが、爺さんは任せろと言っている。その言葉には、なぜかかなりの説得力があった。
「敵を前にして……何を話しているのですか?」
「さっさと、終わらせなさい。魔剣の戦いを楽しく観戦したいですしねぇ」
龍殺し陣営は仮面の男がそう言うと、即戦闘態勢に入る。イルゼは短剣を構え、ぞろぞろと後ろにいた連中も武器を構える。中には魔術師もいるようだ。フルプレートメイルも大剣を構えた。
「おい、大丈夫なのか、爺さん!」
「うるさいわい! 集中させるのじゃ!」
龍殺しがなんの躊躇いもなく襲いかかってくる。身を守る準備をしなきゃまずいか?
爺さんは相手に攻撃をする様子がない。何やら魔法を発動させているようだが。
「よし! さらばじゃ!」
と、突然爺さんの元気のいい声が響く。
すると、かなり近くまで迫っていた龍殺しの切っ先を残して、俺たちは何かに飲み込まれる。
この感覚は、空間転移だ。
奇妙な感覚を経て、一瞬で俺たちは別の場所に転移していた。
「どうじゃ!」
爺さんが胸を張っている。確かにすごい魔法だ。戦闘においては、俺の高速移動はもはや瞬間移動に近いが、長い距離を走るときには高速移動と瞬間移動では目的地にかかる時間が段違いだ。
これならば、魔剣の元にすぐに向かうことが出来るかもしれない。
俺は辺りを見回す。ここは街からかなり離れた草原のようだ。
「爺さん、俺と黒ローブの話は聞いてたのか?」
それならば話は早い。
「まあな。そもそも気づいておったわい。儂は鈍感爺じゃが、この街に優秀な魔法使い見習いが多かった時点でおかしいとは思った。そして、その魔力の雰囲気の違和感にもの」
そうだったのか。ただ知らず知らずのうちに利用されていたと言うわけだはないらしい。
「儂は、不死という研究を与えることで、奴らを正道に戻してやりたかったのじゃ。じゃが、禁忌魔法に取り憑かれて成長してしまった者たちは、救えない者じゃな」
不死の研究はとても正道とは思えないんだが。
今は爺さん真面目モードだしなにも言わないどくか。
「じゃあ、今から魔剣を召喚したロアッソのもとに連れて行ってくれ爺さん」
「お主はロアッソはどうなると思う?」
「魔剣の使い手となった時点でどうしようもない。戦いは避けられないな」
「お主にた……。いや、いい。済まぬなベリアル」
少し爺さんの顔が真剣味を帯びる。
どうして謝るんだ?
「今からすることに。少々時間をもらうぞベリアル」
「どういうことだ?」
と、爺さんがその場から消える。完全に一瞬で消え去った。
一瞬のことで俺は理解できない。
爺さんはなぜか、俺を置いて転移したのだ。
なぜ爺さんがこんなところに転移したのか。
それは、俺をあの街からしばらく遠ざけたかったから。
俺が、爺さんが何をしようとしているのか、それを理解できたのはそれからしばらく後のことだった。




