流れ星のカチューシャ
優司は仰向けにして地面に倒れているが、下半身は自分の頭より上にあり、身体がたたまれているような体勢になっていた。
自分の両足の間から覗くとそこは氷塊だらけの場所ではなかった。
「おー……」
足から覗く背景はトンネルのような場所ではなかった。人が住むような場所、学校の教室くらいの丸くて広い部屋だった。周りを見ると夜をイメージにしたような紺色の壁。真ん中には黒くて直径3メートルの球体が浮いているかと思ったが、上下にそれを支える水色の柱があった。柱の大きさは若干球体より小さかった。
「……なんだあれ?」
優司は身体をひねり、うつ伏せの体制になる。
「誰かいるのかな?」
そう思った理由はその球体の横には大きな椅子を見つけたからだ。
「王様の椅子みたいなやつだなぁ……」
優司は身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。ズボンをパンパンと埃を払う。
「誰か居ませんかー?」
大きな声で誰かが返事するの待ったが自身の声が響くだけで何も起きなかった。
「誰かーー!!居ませんかーー!!?」
さらに大きな声をだす。しかし、やはり何も起きなかった。
「んー…いないのかぁ」
誰かいたら助けを求めようとしていたが、人がいないことに安堵した。
「勝手に入ってたから怒られるからねー。さっさとここから抜け出さないとなぁ」
椅子に近づきながら歩くと球体の中に何かが見えた。真っ黒のはずなのに優司には見えた。いや、感じ取れたが正確だろう。
「……」
優司の口は閉じるようになる。
「……」
優司はゆっくりと球体に近づく。この中に何かあるということを。
「……おじいちゃん?」
紺色の瞳をした少年が言い放つと、その言葉に球体の中身に何かが反応する。
黒い球体が中心に一瞬淡く光る。
「……ううん、違う……これは……」
優司の祖父は生きている。その人は栃木にいるはずなのにと優司は首を傾ける。なのに何故だろう。
こんなにも懐かしいと思うのは……
「懐かしい……違う……これは……」
ブツブツと呪文のように小さく呟く少年。
それを反応しだすかのように光り続ける球体の中にある物が訴えかける。
「転生は禁止……合言葉は『時間稼ぎ』」
すると、急に球体がガタガタと震える。
球体に大きく縦にヒビが割れる。優司は微動だにしない。
じっと球体を見つめる優司は両手を前に出して何かをもらう様子だった。
ヒビが次第に大きくなり、破片が飛び散る。
破片が優司に襲いかかる。
それでも、優司は微動だにしない。まるで当たることは無いと分かっていたかのように立っていた。
いや、破片が優司に当たらないのではない。
破片は彼から遠ざかるように当てないのだ。一つの破片が目の前に来ても、それは彼の前に止まり、スルリと避けていく。
今度は割れた球体の穴の中から黒い霧が優司に寄ってくる。黒い霧は優司の身体の周りに包み込んだ。
包み込まれた優司は抵抗しなかった。ただ、手を前に出したままの状態だった。
表情は苦しそうな表情でもなかった。
無表情。しかし、瞳の奥には小さな優しい光が映っている。
包み込んだ霧は優司の体内に侵入していく。
やがて霧は優司に吸収されるかのように全部彼の体内に入っていく。
「……あ」
最後に球体の中から現れたのは五芒星の形をした頭に飾るカチューシャだった。
優司がみた光景はまるで夜空に輝く流れ星かのようだった。
優司が手にしたカチューシャは夜のような色であちこちに天の川をイメージして掘られていた。
その周りを中心には立派な魚が口を開けて夜空で泳いでるかのようだった。
口を開けている魚の先には五芒星が光輝いていたが、次第に弱くなっていき徐々に消えていく。五芒星の色は黄色。重さは鉛筆二本分くらいで軽い。
優司はカチューシャをじっくりと見つめていたが、光は消えてしまった。
「……っは!なんだこれ?うわ!?地面に割れてるのがいっぱい!」
優司は先程まで正気ではなかった。気づくとそこには破片が散らばっていたが優司に怪我ひとつもなく、身体の周りを確認しても破片のようなものすらもなかった。
「まあ、よくわからないけど……」
手に持っている物を見る。
「これ、もらってもいいのかな?」
優司は母親に他人のものを盗ってはいけないと言われていたため困っていた。
元の場所に戻そうと球体の穴に入れようとしたが高さは優司より高いため、手が届かない。
「んー、ダメかぁ……投げちゃお」
優司はカチューシャを投げた。そして見事に穴の中に入る。
「よっしゃ!ストライーーク!!」
上手く入ったことに思わずガッツポーズをする。
球体や大きな椅子の奥には扉をみつける。
優司はスキップをしながら扉に向かうが、扉の前に何かが落ちる音がした。
下を見るとさっきのカチューシャだった。
「……ふぇ?」
思わず変な声を出す優司。
優司はまただまってしまう。驚き隠せないのかその表情は目が点になっていた。優司はそれを手に取り後ろに振り向く。球体の中にあったはずの物がなかった。優司は走って元の場所に投げて元に戻す。歩いて扉に向かう。
そして……ポトリと落ちる音がする。
落ちた音をみればカチューシャだ。
優司は負けじと表情を変えずに手に取り、走っては投げ戻し扉に向かって走る。表情は常に目が点である。目の前に扉に近づけばカチューシャが落ちてくる。
優司は表情を変えずに同じことを繰り返しはじめた。
走って戻す。落ちる。手に取り走って戻す。
落ちる。手に取り走って戻す。落ちる……
これを八回繰り返した。
イラついた優司は表情は変えずに扉の前に止まる。カチューシャを握って大きく振りかぶって投げた。投げた先は球体の方ではなく、大きな玉座のような椅子の上だった。距離はそれほど遠くないため、見事に的中してカチューシャは椅子の上に乗る。
優司はまた来るのかと思い、奴を見張りながら扉のドアノブに触れようとする。
しかし、頭の上に何かが落ちる感触がした。
もう見なくてもわかる。
「ふんぬっっ!!」
優司はそれでもめげずに表情を変えない。
もう投げる場所は関係なくランダムに投げ続けた。
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「嫌な奴を感じるわ」
マカルは舌打ちする。他にすることはできないが、顔を作ることはできる。
少女はため息をした。岩盤に閉じ込められているところは窮屈で何もない。面白いものもない。やれることは苦手なミミズを追い出すこと。殺すことは簡単だが、飛び散るミミズの体液が顔にかかるのは嫌だからだ。
「はぁ、まだなのかしら?この封印の限界はまだ遠いのね。あの女が作り出した封印術はまあ、すごい方ね」
うんうんと頷くマカルは岩盤を見つめた。
「ここから出る方法はもう手をつけてるけど、いつになるのやら……あー暇だぁ」
時々、彼女は「あーー!!!」と声をあげる。だが何も起きない。前にセリダという女が驚くことには笑ったが、最近は反応してくれない。少しさびしい。
「しかし、アイツがあっちの世界にいるのは知ってたけど……それ以外にも私の苦手な何かを感じたな。
封印される直前の何か……」
こんな風になってしまったのは奴の『何か』を喰らい、身うごきが取れなくなってしまった。かすっただけで……
「二度と喰らいたくない奴ね」
今度会う時は対策を考えなければと考え込むが、何しろ本当に一瞬のことだった。何度も考え込むがどうしようもない。他にすることもないため、同じことを考えるのは慣れてしまっていた。
……なんだか、耳が痒い。それが徐々に耳の中に入ってくる。ヌルヌルと……
少女はヒッと青ざめた。まさかあの顔も見えない、薄桃色のした気持ち悪い触手の虫。
「ぎゃあああ!!こっちくんなぁぁぁ!!耳の中に入って来んなぁ!……お願いします。やめてください…マジで…やめて……」
さっきまで強気な口調が打って変わり弱気になっていった。
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汐羅と真海生の二人は動く床板を眺めていた。汐羅はその隙間に手を入れると簡単に外れた。一枚ずつ取る。五枚取ると、子供である自分たちが通れるくらいの正方形の穴になった。
「穴の中に何かあった?」
汐羅は真海生の質問を首を横に振って返した。真海生はがっくりと首を落とす。
「この床は動いてるからこのまま待てば繋がる場所がきっとあるはずだよ」
「それだったら、もう少し先に同じくらいの大きさを取り外した方が良くない?」
「ああ、そうだね。ここだけだと上手く中に潜り込めないかも。見つけたら、タイミングが作りやすくなって侵入しやすくなるね」
「侵入って……まあそうだよね。侵入してるようなものだものね」
ここに来てることと自体私たちはすでに侵入しているようなものだ。人がいるかどうかはわからないが、物を動かす機械がある。いてもおかしくない。
「いち、にのさん!で飛び込めるようなタイミングを作るようにこの辺を目安にして飛び込もう!」
汐羅が指先に示したのは五メートル先の床板だった。真海生は頷いた。
二人はその床板を開けようと腰を下ろした。
真海生は汐羅にやらせてばかりはまずいなと思い手伝うことにした。
「せーの!」
二人は床板を開け始めた。二人掛かりのため軽く持ち上げられた。その下を見るとそこには足が見えた。
「………」
二人は真顔になりながらも舐めるかのように全体像が現れてくる。ゴツいふくらはぎ、ゴツい大腿部、ゴツい体格をしたおじさんだった。そして何より全身ピンクタイツだった。
顔が見えた。ちょび髭の紳士そうなおっさんだった。顔だけは……
「はいどうも、アンコウで……」
二人はすぐに床板を強く押し付けるかのごとく閉める。背後にあった五枚も電光石火のごとく閉め始める。一瞬最後の一枚を閉める時は足が見えた。汐羅は死んだ魚の目をしながら真海生に向ける。
「イタネ。ヒトガ……」
「ウウン……アレ、ヒトジャナイヨ。ヘンジンダヨ」
真海生も死んだ魚の目で返した。みてはいけないようなものを見てしまったのだ。
「ボクタチ、ミテナイ。OK?」
「OK……」
真海生は親指と人差し指を輪っかに作って返事をした。もう怖くて床板を開けられない。
突然、真海生の背後にドンドンと壁を叩く音がする。後ろは氷塊の塊だけのはずだった。
彼女の前にいた汐羅は酷く青ざめていた。
真っ白な肌がみるみる青くなる。
「ま、真海生……うし、うしろ」
嫌だ振り向きたくない。真海生は耳を塞ぐ。
「上によじ登ってる!」
「やだ見たくない」
真海生は手で目を隠す。
「うわ、追いかけながら僕たちを見つめてるよ!ほふく前進で」
これ以上見てなかったら返って危険だと判断した真海生は相手の動きを観察して対処法を考えようとした。勇気を持って上を見上げる。確かにそれは存在していた。
ほふく前進で身体を擦り付けて進んでいた。
擦り付けているせいでピンクのタイツによってお腹や下半身に当てているのがよくわかる。そして、綺麗な歯を魅せるかのように笑顔だった。
「今世紀最大、見たくない笑顔だわ」
「僕、人間という生き物を見て、久しぶりに度がつく程に怖いと思ったよ」
二人は声が震えて今でも泣き出しそうになる。
「ちなみにどんなこと考えてるの?」
「えっと……」
やあ!可愛い可愛いチューリップのようなベイビーたち!僕はアンコウ!君の夢さ!
君たちに会えて嬉しいよ!嬉ションしそうだよ!!まずはご挨拶に抱きしめないとね!愛は大事だろ!?そうだろ!?そうだよね?そうだな。うん、決定!
「………だって……」
「いいいぃぃやあぁぁ!!完全に変質者だぁぁぁぁあ!」
真海生は頭を抱えて泣き出した。汐羅は背中をさする。
「だ、大丈夫だよ!あの固い壁をぶち壊す程の力がなければ大丈夫だから!」
「馬鹿!それもうフラグだよ!?」
馬鹿と言われた汐羅は精神的に傷つき、体育座りなる。
「馬鹿って、馬鹿って……馬鹿っていうやつが馬鹿なんだもん」
アンコウという男はやれやれと首を振りながらほふく前進を続けていた。
誰のせいでこんなこんなことになってるのよと怒りを持ちアンコウという男に睨みつけた。
アンコウはキョトンとした顔で自分自身で指を指した。すぐに首と手を横になって振って否定する。友の悪口を言ったのは君でしょ?と真海生に手の平で示した。
「確かに私が悪いよ!でも、こんなことになってるのはアンタだよ!」
アンコウはため息をした後、うつ伏せの状態で頭を勢いよく縦に振り、壁に強くぶつけた。壁はいとも容易く粉々になり、その穴から男はクルリと空中で回り見事に着地した。
二人は悲鳴をあげた。女性がしてはいけない顔をしてしまうほどに……
二人はすぐに理解した。この場所はドーナツ状にできた部屋。逃げても逃げても無駄だということを。
それでも彼女たちは逃げる他になかった。
アンコウは両手を大きく広げ、目に止まらない程のスキップで彼女たちに向かう。
「えへへへへはへへへはははへはへ‼︎‼︎」
アンコウは狂気の雄叫びを轟くが如く襲い始めようとする。
二人は泣きながら逃げる。
真海生はいずれ捕まってしまったらどうなるのだろうと走りながら男を見る。
男はスキップではなく、相撲の体勢のようにして両足を小刻みに地面を叩けつけるようにすぐそばまで迫っていた。躍動感のある動きだった。
真海生はそれを見てしまったせいか、壊れてしまった。だが、幸い走ることはやめなかった。本能が逃げることをやめなかったのだ。
「アハハ、アハハハ!アーハッハッハ‼︎」
真海生は笑うしかなかった。笑うことしかこの悪夢から逃げるしかなかった。
「ま、真海生!?しっかりして!」
彼女は笑い続けたままで、汐羅の声が届いていない。汐羅は彼女のあられもない姿をみて泣きそうになる。魔法も使えない。能力は支えるが奴の心を覗いて無事に済むのか、そう頭をよぎる。
「クソ!こうなったら……」
覚悟を決めて走りながら男の心を覗こうとしたその時、汐羅の横に円柱型をした鉄の塊が飛んできた。それは汐羅の横に通り過ぎ、男の方に直撃する。
「グハァ……」
アンコウは顔に直撃。そのまま仰向けに倒れ、白目をしてぐったりと倒れた。円柱型の鉄は宙に舞う。鉄の塊が落ちる先は男の股間に直撃する。男は口から泡を吹き出した。
「な、何だ?今のは……」
汐羅は飛んできた方を向くとそこには、あの動く床板から大砲が現れていた。大砲は役目を終えたのか、沈むように床板に閉められる。
「た、助かったのかな?」
「アハハハ、ひぃはははは」
未だに笑い続けて走る真海生を汐羅は左手を捕む。
「真海生!真海生!!」
汐羅は彼女の肩を強く揺する。彼女はハッと正気にもどる。
「私……ヒッ!タイツ!」
「タイツはしばらく動けない……と思う。早く抜け出さないと!」
肩をブルブルと震える真海生は何がどうなってるのかわからず、ピクピクと動く男がいつ動きだすかわからなかった。
「さっき、コイツが入ってきた場所から抜け出そう!」
「う、うん」
真海生は頷き、汐羅の手を繋ぐ。二人はなるべく速めに走り、男が侵入してきた場所に向かった。
あちこち破片が散らばっていて、上を見れば見事に大きなが空いていた。これなら子供二、三人くらい簡単に抜け出せる大きさだ。
「しっかり捕まって、飛ぶから」
真海生は汐羅の左腕を掴む。汐羅はふわりと飛び、穴から抜け出した。すると、二人の何か力がみなぎ始めた。
「魔力を感じるよ!汐羅ちゃん!」
「うん!これなら!」
汐羅は右手を真上に挙げる。その手から黒い霧が集まりラグビーボールの形になる。それは少しずつ細くなり、両先が槍のように鋭くなっていく。そして、彼女は手をゆっくりと下ろす。
同時に黒い槍も男が作った穴から通り、その下の動く床板に刺さる。
黒い槍は液体のように溶け出す。刺された床板はかき混ぜられるかのように、大きく綺麗な円の形の穴ができて黒い槍と床板は消えてしまった。穴の先には白い部屋に繋がっていた。
「下に行こう。優司が心配だ」
「そうだね。大丈夫かな?」
真海生は再び汐羅の腕を掴む。二人はゆっくりと下に落ちていった。
だいぶ、暖かくなってセーターだけで出かけることも多くなりました。
桜の花びらが落ちて、いい気持ちです。
優司の好きな花はタンポポです。
……タンポポって花であってますかね?汗