滑る少年、優司
エイプリルフールですね。
子供の頃、アイスのハズレ棒をしゃぶれば当たりが出るよと信じていた自分がいました。
本気で信じてました。
汐羅はちょこんと正座で座って右手で何かを出そうとしていた。しかし、何も起こらなかった。
「優司の言う通りだ...」
「汐羅でもできないの?」
優司は胡座の態勢で手を後ろにつき身体を支えた。汐羅の小さな白い手を見る。
どこからみても自分と同じ子供なのに大人なんだよなと彼女の横顔を覗く。白いベールが顔隠れていてよく見えなかった。
「ん?どしたの?何かついてた?」
汐羅は優司が自分の顔に何かついてるのかなと頰をさする。
優司はんーんとゆっくりと首を横に振る。
ただ優司は汐羅の姿をみて、綺麗だなと感じていた。
「へぇ〜、そんなに僕のこと綺麗だと思ってくれてるんだぁ〜」
「うん。綺麗、汐羅は綺麗だよ」
「...そうか...ありがと」
汐羅は優司をからかおうとしていた。いつもなら、からかえば優司が赤面して違う違うと恥ずかしがってそれ以上言わなかった。
しかし、あまりにもストレートな言い方で汐羅が逆に赤面してしまう。汐羅は優司に小さな背中を見せるように顔を隠した。
汐羅は気を取り直して、他の魔法が使えるのか試した。日常生活に使う初級魔法の水、火を使った。やはり何も起こらない。
そして、あることに汐羅は気づく。
「この辺り全部、魔力を感じない」
「どうしてなの?汐羅ちゃん」
背後に少女の声が聴こえた。欠伸をしていた真海生だった。どうやら起きたばかりでまだ眠そうだ。
「あ、起きたんだ。心配かけたね」
「良かった〜。気を失ってたし、魔法も使えなかったから...怖かった」
「あはは、大袈裟だなぁ。気絶したくらいで...」
「あ、思い出した。」
突然、二人の会話を挟んだ優司は声を上げた。
「気絶ってね、大したことことないってマンガやアニメではよく言われるけど、お父さんが気絶は結構やばいって言ってたよ?」
「え!本当なの?」
真海生は目を丸くして優司の話を聞いた。
「うん、確かなんかの部活やってた人が練習中に頭を打ってしまって気絶したけど、すぐに目を覚ましたんだ。」
「その辺は汐羅ちゃんとほとんど同じだね」
真剣に優司の話を聞く真海生。優司はわかりやすく説明させるために丁寧に言葉を選んだ。
「えっとね、目を覚ましたその人はね、練習を続けたんだ。練習が終わって家に帰ってご飯食べて風呂に入って寝たの。朝、その人のお母さんは目を覚まして朝ごはんの用意をしていたんだけどね...」
「してたけど...どうしたの?」
「いつも朝ごはんの時間には起きる息子が起きてこないんだ。」
「......」
真海生黙り込み、唾を飲み込んだ。
「お母さんは息子を起こそうとドアを開けてみたのはね...」
「優司...もういいからね。ね!想像ついたから!やめてお願い!」
真海生は優司の肩をがっしりと掴んだ。怯えた目で優司を見つめる。
しかし、優司の話を聞いて一番怯えていたのは...
「ボク死ぬのか...」
その目は死んでいた。
「汐羅ちゃん!しっかり!まだ死亡断定とは決まってないから!」
「長いようで短かったなぁ、ボクの人生...」
懸命に励まそうとする真海生だが、効果はなかった。
「真海生ごめんね。昨日、真海生の部屋を掃除してたら大事にしてた星型貯金箱落としちゃたんだ...」
「そんなことはいいからね!元気出して!ほ、ほら汐羅は人間じゃないし、丈夫だからきっと大丈夫だよ!」
「でもさぁ、人の形してるからこそ、起きてもおかしくないよね?モゴゴゴ...」
二人の会話を挟む少年に真海生は彼の口を塞ぐ。お願いだからもう喋らないでと強い目力で少年を睨んだ。
「汐羅ちゃんも死んだ魚の眼みたいにならないでよ〜...」
今はなるべく汐羅を不安にさせないように言葉を選ぶ。他人の心を読むのに、何故こうメンタルが弱いところがあるのか真海生は気にはしていた。
彼女の能力はうまく使えば簡単に人を支配できるとセリダは最初、自分たちを利用するつもりだろうかと疑っていた。しかし、初めて会ってすぐに汐羅の性格を知ったセリダは『ああ、大丈夫ね。無害だわ、この子』と決定した。そもそも動機が無いのも理由の一つだ。
「く、苦しい!息が...」
そろそろ手を離してと優司は真海生の肘を手で叩いた。
「あ、ごめんね。でも、下手なことは言わないでよ」
「わかったよ」
優司は腕を組んでどう励まそうか考えた。
「あ、そうだ!」
優司は思いついた。
「甘い物!こういう時には甘い物だよ!元気が無くなったら食べるのが一番だよな」
「あれ?優司にしてはいいチョイスかも」
真海生は優司の考えたことが一緒だったことに嬉しく思った。
「よし、じゃあ早速だね。紙袋から乾パンを取り出そう!」
すでに優司は汐羅のことを忘れて好物の事で頭がいっぱいになっていた。
「完全にそっち目当てじゃん」
「エヘヘ、バレてた。......あれ?ない。」
「あった!汐羅ちゃんの後ろにあるよ」
真海生は指したところには確かにそれはあった。優司がそちらに向かった。
「中身は大丈夫...じゃないや」
「...んーまあそうだよね。」
中を見ると生菓子の黄身しぐれが見事に潰れていた。黄身しぐれは柔らかくフワフワしたものが特徴でもともと割れていたが、ここに落ちてきた衝撃で丸い形が潰れていて中身の餡が吹き出していた。
真海生は黄身しぐれが好きだ。理由はセリダがあなたの母親が好物だと教えてくれた。生まれて初めて和菓子に手をつけた時だった。
あの時はしょっぱかった。
優司は真海生の好物を知ったのは汐羅が教えてくれた。そのため、必ず手を出さずに彼女にあげる。彼も乾パンの次に好きな物のはずなのにと何だか申し訳ないと思って半分にしようと言った。しかし、優司は大丈夫と我慢していた。
目は口ほどに物を言うという諺があるがまさにその通りだ。彼の口からヨダレがでていた。流石にみっともなくて無理矢理にでも分け合った。優司は本当に顔が出やすい。
「ほい、どら焼きだよ。汐羅」
「...ん」
汐羅はどら焼きをもらい大きく口を開けてかぶりつく。すると、顔がにやけていた。
「ほへぇ〜...暖かいお茶があると完璧だね。生きてて良かったの〜」
少しわざとらしいお婆さん臭い口調になる。食べ終わると握り拳を作って脇を締めた。
「よし!元気になった。魔法が使えないのはわかってるけど、属性を使ってみようかな!」
気を切り替えて袖余りで見えない両手を前に出してもう一度魔法を発動しようとするがやはり何も起こらない。優司はその隣でみていた。
「むぅ、おかしい!!魔力はまだまだ残っているのに...」
「うーん、どうしてなんだろうね。真海生はわかる?はい、黄身しぐれ。潰れてるけど...」
「えっ、私?」
優司が後ろにいる真海生の方に振り向いて彼女の好物を渡す。真海生は潰れた黄身しぐれを一口で頬張った。
「んー、前にセリダおねえちゃんが教えてくれた『結界』ってやつかな?」
「あー、どうだろうね。優司、どら焼きもう一個!」
「あいよ!」
汐羅はどら焼きを口にしながら周り囲まれた壁を左手で触り始める。
「うーん、もしかしてこの壁が原因かも」
「やっぱり、汐羅ちゃんもそう思う?」
「壁の外に何か出してみようとしたけど、この壁に遮断された感じがしたね」
「このトンネルの中にいるせいで使えないだけで、トンネルの壁の外からでは発動できそう?」
「使えると思う。僕がさっきクッションがわりにした『雨雲』はここに落ちる前に発動したからね」
汐羅が発動した『雨雲』とは雨は降らない。実際はただの闇の霧の塊を実体化させただけのものであって何も効果はない。
これは汐羅がただ色が黒く雨が降りそうだなと思って適当につけた技名である。
「まさか、僕がソファ代わりに使用してた奴が役に立つなんて思わなかったよ」
「フフッ、いつも昼寝で使用した物がまさかこんな形で役に立つなんて思わなかったね」
真海生はセリダの家で汐羅と二人で雨雲ソファの取り合いっこをしていたことを思い出していた。
「んー、ここにいてもセリダとの連絡が取れそうにないな」
「そうだね。あるのはぜーんぶ氷塊ばっかりで、私たちがエスカレーターみたいな物に乗っているだけだね」
「どこに続いているんだろんね?」
「わかんない」
妙に静かだと気付いたのは二人ともだった。
二人が壁の外を見ている間1人の少年が乾パンを片手に持ちながらエスカレーターが進む方向に歩いていた。すぐに追いつける距離だった。真海生は優司の方に走る。
「優司!1人は危ないって!」
「んあ?大丈夫大丈夫。そこまで遠くに行かないよ」
優司はそう言って乾パンを一つ食べた。
「んもぅ!すぐ迷子になるくせに」
「道は一つしかなさそうだし、迷子にはならないよ」
「いや!優司なら道がまっすぐでも迷子になる!」
「...そんなアホなことがあるのかな?」
突然優司の足元に違和感な感触を踏んだ。
カチッという何かを...
「なんか踏んだアーーーーーーーー!!」
「ゆーーうしーー!!」
突然動く床が滑り台に変化する。優司はバランスを崩してゴロゴロと後転して滑る。真海生は猛ダッシュで追いかけようとしたが、滑り台は消えて元の形に戻っていた。残されたのは汐羅と真海生の二人だった。
「強制的に迷子にさせられちゃったね。彼」
「どうすんのよ〜〜!助けてーー!!セリダおばちゃーーん」
「あ、おばちゃんまた言った」
真海生はもうどうすればいいかわからず、ただただ大声で聞こえるはずもない人を助けをよぶしかなかった。
汐羅は苦笑いするしかなかった。
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「くしゅん!!誰か噂でもしてるのかしら?」
そのくしゃみは誰かのSOSとは思っていないセリダは公園のベンチに座っていただけだった。
次回、セリダ20歳になる。(嘘)