岩盤と氷塊
真海生は手にした和菓子の紙袋で顔を隠すように謝った。どうしてこんなことしてしまったのかは自分でも驚きで恥ずかしくなった。
「まあ、やってしまったことには仕方ないよ」
「う、うん。それにしても、地震凄かったね」
珍しく空気の読めない優司も真海生のしたことに目を瞑っていた。その優しさがかえって傷つけられている真海生を彼は知る由もない。
「とりあえず、戻ろう。外で何かあったかも...」
汐羅たちは来た道に戻ろうとした瞬間、地面が開いた。落とし穴だった。
突然のことで汐羅は飛ぶことができなかった。
「うわあああ!」「イヤアアア!」
「わ!わ!」
三人の叫び声は響くだけで何も起こることもなくくらい底に落ちていった。
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汐羅が出かけてすぐにセリダはある場所に移動していた。そこは森の囲まれる場所。鳥が鳴き綺麗な川が静かに流れている。
ところどころに森の隙間から日差しが入っている。
その場所はあまりに静かだった。ただ一つ除いて...
「生きてますか?」
セリダは地面にめり込んだ岩盤の上の端に腰かけていた。誰かと話しているが周りには人らしき者はいない。
「返事がないわね。死んだかしら?」
セリダは期待していた。冗談で言うように聞こえるが、内心そうであって欲しい。
(ふわぁ〜...生きてるわよ)
それはセリダの頭の中を直接子供のような女性の声が聞こえた。セリダはがっかりした。
「残念ね。」
(いつもご苦労様。そう簡単にここから逃げられるほど私は強くないわよ。)
自分の力量を謙虚に振舞っているつもりだが、彼女の強さはセリダはよく知っている。
下手すると私より強いということを...
(一人しりとり飽きたのよ。何かない?)
「...妄想でもしてればどうかしら。マカル」
セリダは岩盤の真下に声をかける。声をかけた相手はそこにはいない。もっと奥地面の中である。その者はそこにいる。岩盤の中に閉じ込められている。
(手も足も動かせないからって、扱い方が雑ね。イラついてるの?)
「......多少わね。」
(我慢は身体に毒よ。おばさん。)
「早く死になさい。」
あまりにも直球な言葉だが、セリダは本心でそう思っている。この者に情などいらない。
(でも、妄想ねー。...やってみるか。)
しばらく考えて「よし!」と思いつき、口に出して妄想し始めた。
(ツーアウト二塁マカル選手投げた。打たれた。四番セカンドマカル選手見事にジャストミーート!と思いきや味方のライトのマカル選手!これは素晴らしい!ファインプレーです。いや〜危なかったですね。)
マカルは実況を解説する司会者や選手を装った野球ゲームの妄想をした。
「妄想しろとはいったけど無理があるわよね?」
セリダは思わず突っ込んだ。
(オーケーマジごめん。なんか悲しくなった。)
マカルはすかさず謝罪した。
このようなくだらないやりとりは日常化になっていった。
(ねぇ、あれからどのくらいに経ったの?)
「八年。」
セリダは空を仰いだ。
(季節は?)
「夏ね。」
セリダは思い出していた。過去のことを、悲劇のことを。
(ふーん、もうそんなに経ったんだ。)
「......」
セリダは黙り始めた。思い出せば全て...
(じゃあこの力で封印するのも時間の問題だよね)
「......」
マカルはセリダに話かけたが、無視だった。
(無視は酷くないかしら?おばさん。)
「おばさん言わない。」
そのキーワードは必ず反応する。
(ねぇ、『あの子』は元気?お母さんの代理はどんな気持ち?母性本能でもくすぐられて気持ちがいいの?)
セリダは右手から野球ボールと同じくらいに水玉を作り出して岩盤の中央まで歩いた。
(嬉しいわぁーお母さんうれしい!)
「アンタ...母親でもなんでもないでしょ。」
作り出した水玉を落とすと硬い岩盤がガリガリと削られていく音がすると同時に水玉の大きさがみるみると小さくなった。そして残ったのは岩盤に五ミリ程度の小さな穴のみだった。
(イッタイなぁ〜。ウォーター・カッター使わないでよ。身体に穴が空いたじゃない!)
ウォーターカッターとは水流の速度を上げて切断させる。水玉の中には地中から硬度な砂利を集めることで硬い金属など容易に切れる。もちろん、人間の肉体も真っ二つである。セリダはその科学の道具を参考して魔法で作り上げた。
「...やっぱり駄目か。彼女は一体...」
しかし、彼女は死なない。そして消えない。
どんなに肢体をバラバラにさせてもトカゲのように生えてくる。
マカルの反応は服にカレーの染みができてしまったかのように怒っていただけだった。
セリダはため息した。
太陽に向かって消しても彼女は戻ってきた。
彼女は死なない。死ねない。消えない。
セリダは色々な方法を試したが失敗だった。
ただできることは...
(あなたって意外に短気よね〜。身体に毒よ。シワ増えるよ?おばさん。せいぜいおばさんができることは一時的に封印することよ。)
マカルはそう言って欠伸をし、また再び眠ってしまった。セリダはただ岩盤の上に自身で穴を空けたものを眺めるしかできなかった。
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ガタンゴトンと揺れに気が付いた汐羅。目を覚まして辺りを見回す。後頭部に痛みがはしる。
「いてて...ここは?」
痛めた頭をさすりながら周りを見ると、そこは氷塊の中に閉じ込められているかのようだった。しかし、透明なガラスのような壁が存在していた。汐羅の座っている場所は下を見ればたくさんの平らな黒色をした板が並べられていた。これは前に優司が教えてくれた『むーびんぐ・うぉーく』というものか。
「あ、起きた!良かった〜」
その声は背後から聞こえた。振り向くとそこには胡座をかいた優司の姿と、仰向けに寝ている真海生だった。一瞬、汐羅は真海生が怪我でもしたのかとすぐに立ち上がり、真海生の全身を確認した。出血などの目立った様子はなかった。胸も上下に動いていて呼吸はしているということでようやく安堵した。
「真海生なら疲れて寝ただけだよ」
「そうか、わかった。...えっとどのくらい寝てた?僕は?」
6歳の少年がそこまで把握できてるかどうかはわからないが、汐羅は一応聞いてみた。
「どのくらいっていうのは時間のことだよね?えっと...ごめん、わかんない。」
汐羅は優司が正確な時間を伝えようと思っていたことの心を読んだ。汐羅は手を後ろに組んで優司に頬ん笑んだ。
「正確に伝えてなくても大丈夫。大体の時間でいいよ。さっき優司の気持ちを読んじゃったけど結構寝てたんだね。僕って...」
「うん、20分くらい...ううん、もっと長いかも。それにずっと大きな氷ばかりで何もなかった。」
「目立ったものもなかったんだ。...イテテ」
セリダに連絡して助けを呼ぼうと考えていた時、また頭に痛みがはしる。
優司はそれをみて心配する。
「頭、思いっきりぶつけたからね」
「どうして僕だけ頭をぶつけたんだろう?」
「覚えてないの?」
汐羅が腕を組んで思い出そうとする。トンネルの落とし穴から落ちたところまでは覚えているがそれ以降思い出せない。
優司の話によれば汐羅がここに落ちてくる前に汐羅の闇魔法を黒い霧を作り出して雨雲のように出来上がった。それをすぐに実体化させ、エアクッションがわりにした。転落死になることを避けられたまでは良かったが、汐羅だけがおかしな方向に当たってはね返ってしまい、壁に頭をぶつけてしまったようである。
「目をグルングルンしてたよ。」
「ハハッ...そうか」
みっともないところを見せてしまったことに恥ずかしく思った汐羅だった。
笑って誤魔化そうとしたが、汐羅は優司の暗い表情をみて誤魔化すのをやめた。
「ごめん...」
優司が突然謝りだした。汐羅が目覚めた時から優司の心を無意識に読んでいた。負い目の気持ちを感じていたのだと気付いたため、急に謝りだしたことに大して驚きはしなかった。
優司はゆっくりと口を開く。
「...僕が洞窟に入りたいって言わなければ、
汐羅が怪我することなかったんだ。ごめんね」
散々危ないめにあったけど、優司がそれまで謝ることはなかった。それが今回は汐羅が怪我をしてしまったことに自分のせいだと口にしたことに汐羅は何故だか嬉しく思った。
「大丈夫だよ、僕は人間と違って丈夫だからね。...馬鹿」
最後の言葉は叱った訳ではない。涙目になりそうな少年を励ますように髪の毛をクシャクシャと撫でた。さわり心地は意外に固かった。癖になりそうだ。
恥ずかしくなった優司はもう大丈夫だよと答えた。
「それに今回、罠を起動させたのは真海生
なんだ。なのに、寝てるなんて...もう!」
「実はそのことなんだけど、汐羅に回復魔法をかけようとしたけどダメだったんだ」
嫌な予感すると汐羅は思った。優司の心を無意識に読んでしまった。真海生は汐羅に確かに中級魔法の回復魔法を心がけた。しかし、効果がなかった。それどころか魔法が発動することもできなかったようだ。そのため無理してなんとかしようと真海生は魔力を使い果たしてしまい疲れて眠ってしまったのだ。
「魔法使えないの?」
「うん」
「マジで?」
「うん、マジ」
汐羅は深くため息することしかできなかった。
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優司は自分がしたことは我儘なことだと...
気をつけないと気をつけないと...
そう自分自身の心に釘を刺した。
だが、その釘はすぐに外れる。やがてそれが大きな傷になるのはその先の話である。