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ほぇ~、5・6時間待ちの大人気アトラクションを彷彿とさせるような行列だなぁ。
タクマさんの家からも一部見えていたが、カトビア街道に出るとその行列の長さに驚かされた。行列には冒険者達に混じって、荷車を引いた商人っぽい人達もチラホラと並んでいる。多分、今話題の人気スポットで商売をするつもりだな、アレは。
集まって挑戦するも失敗続きとあれば、大多数が離れることも叶わず固唾を呑んで見守り続けることになり、そりゃあいつかはお腹も減るだろうよ。世界は変われどビジネスチャンスを見逃さない、商売人ならではの目の付け所には脱帽するばかりです。
ここまで一緒に来たギルド組とはここでお別れだ。手を振って目の前の冒険者ギルドへ入ろうとするメリダさんの背中には、私とお揃いの三つ編みが揺れている。いつもと違う私の髪型を一頻り褒めた皆が、これまたいつも同じ髪型のメリダさんへ「たまには違う髪型にしたらどう?」って勧めたからだ。
女は化粧で化けるって言うけど、髪型だって侮れないぜ‥‥。
常にひっつめ髪でつけいる隙のなかった孤高の美人が、ゆるふわで可愛いお姉さんに見えちゃうんだからさ。でもこれって大丈夫なのかな‥‥?そんなことを考えていると、あと少しで見えなくなるというところで何故かメリダさんが振り返った。私の見間違えじゃなければ、目を細めていませんかんね‥‥ブルっ。
も、勿論、三つ編みじゃなくてもメリダさんはお素敵ですよ!行ってらっしゃいませぇ!
ペコリ、90度のお辞儀で見送るが、突然の不可解な行動に突っ込みは一切ない。きっと横にいた2人も、何か感じるものがあったんだろうね‥‥。遠い目をしながら、右手に見える商業ギルドを目指して歩くルスカさんを目で追った。
ルスカさんの周りには、その長さをものともせず最後尾に並ぼうとする人達が集まり続けている。ひゃあ~、こっちはこっちでヤバいことになってるよ。お城まで行っちゃったらどうしよう‥‥門番さん達、昨夜からのお勤めご苦労様です、そしてごめんなさい!
「たまの休日、しかもこんなお祭り騒ぎを余所に、何故俺はこれから農業に勤しむんだ‥‥?」
「私だって井戸端仲間との会議予定がおじゃんですよ。付き合っていると思っていた彼女が他の男性と結婚しちゃった挙句、その相手は会えば嫌味ばかりの鼻持ちならないあのお金持だった。そんな女性不信に陥ってしまった傷心のお肉屋さんをさらなる悲劇が襲う。なんと!?って話の続きを聞きたかったのに‥‥これじゃあ無理だ」
困ったことに、露店街は食糧を買い込もうとする人達でいつも以上に賑わっていた。馴染みのお店や通るたびに世間話をしているお店でも、とてもじゃないが話を出来る状態ではない。
「‥‥サラっと続きが気になる話をしないでよ」
「ふ、二股‥‥、さぞ辛かっただろうな‥‥ぐすっ」
『ぷるっ!』
『ぶるっ!』
「そういえば昼ドラ好きだったね‥‥」
「ふっふっふっ、ご近所界の花と言われた私の凄さを思い知ったか!女性不信のお肉屋さんだって、私に掛かればイトちゃん・クニちゃんの仲だもんね!」
「単に女性だと思われていないだけでしょ?」
「し、失礼な奴だな、君はっ!?乙女のシンボルたる、この三つ編みが目に入らぬか!」
「ソレって寝癖を誤魔化すのに丁度いい髪型だよね?」
「‥‥ションナコトナイレフヨ?」
相も変わらずちゃっかり気付いてやがる‥‥、早いとこシャンプーとリンスーを作らなくっちゃ!
「ワトヤさん、おはようございます。そしてこんな日にお宅へお伺いすること、大変心苦しく思っております!」
「お、おう。まあ楽しみにしていた分、正直なところ俺も何故今日なんだとは思ったよ。残念だが日を改めるか。城下町から午前中に出ることは、どう考えても無理だろうからな」
「え?これからお伺いするつもり満々ですけど?」
「‥‥本気なのか?」
「当たり前じゃないですか。今日という日(ヤミルさんの休日)を逃したら、次は1週間後になっちゃいますからね!」
「それじゃあ並ぶか。道中、イトちゃんの話を聞くのもまた一興だ」
「ん?並ぶつもりは全くありませんけど?」
「‥‥オビト君、すまないが説明を頼む」
「イト語は慣れが必要ですからね」
「私への断りもなく、勝手に新しい言語認定するなよっ!」
「じゃあいい?」
「いいよ!」
「「いいのか‥‥」」「いいんですか‥‥」
今、聞き慣れない声が混じってたような‥‥。ヤミルさんの方を振り向くと横に見たことのない男の人がいた。もしかして、この人が昨日言っていた息子さん?
「ああ、紹介が遅れたな。コイツが昨日言っていた息子だ」
「初めまして、息子のカウノと言います。昨日父に話を聞いたときから、イトちゃんとオビト君に会えることを楽しみにしていました。ヤミルさんもお久し振りですね?」
「お前が城下町に全然来ないからだろ?何年振りだと思ってるんだよ、全く。あのチビだった頃の面影が微塵もないじゃねぇか!」
言い方はアレだが、どことなくヤミルさんも嬉しそうだ。しかし、城下町に全然興味のない若者とは凄いな。カウノさんはワトヤさんに似て優しそうな人に見えるけど、やはり父親同様の素晴らしい商才を受け継いでいるのだろうか?
仮にそうであれば、優しげな敬語キャラで油断させておいて、真綿で首を絞めるようにじわじわと腹黒さを発揮しようと目論んでいるんじゃ‥‥。だとすれば、ここは最初が肝心だな。初っ端からナメられたとあっちゃ、これから先の協力関係に支障を来すもんね。さすれば先手必勝、先制攻撃あるのみ!
「イトちゃんはどうしたんだ?オビト君」
「また要らぬ事を考えている最中です」
「俺は今、父が言っていた先の読めないドキドキ感を味わっています。こんな楽しい気持ちはとても久し振りですよ」
「お前の変な楽しさポイントも相変わらずだな‥‥」
「そろそろ来ます」
「カウノさんとやら、先に言っておきますが小っちゃいからってナメんで下さいよ!」
「いえ、既に尊敬の念すら抱いておりますが」
「‥‥末永く、宜しくお願いします」
「はい。こちらこそ、宜しくお願いします」
「「「不思議なコンビ‥‥」」」
超いい人じゃねぇか!それに比べて、自分はなんて底の浅い人間なんだ‥‥。1人っ子だった身としては、こんな素敵なお兄様に優しく叱っていただきたいかもです。
「先程は初対面にも拘わらず失礼な態度をとってしまい、大変申し訳ありませんでした。あの、もし宜しければカウ兄様とお呼びしても?」
「では、俺もイト様と呼ばせていただいても?」
「「‥‥ふふふ」」
「「「危険なコンビ‥‥」」」
「そこは『麗しのコンビ』と言って下さいな!」
「流石はイト様です。その切り返し、凡人の俺には到底思い付きませんでした」
「なんて心地の良い賛美でしょう‥‥。神よ、カウ兄様と出会えたことに感謝します!」
「「「禁断のコンビ‥‥」」」
オビトがカトビア寄りの樹海へ繋がる街道から出ることを告げるも、不安の色を隠せないワトヤさん。なので「モク1匹近付けさせませんぜ、旦那!」と、両目閉じをしたらさらに不安げな顔になった‥‥何故だ。
「父さん、この盛況振りで商品が殆ど売れてしまいましたし、俺も一緒に戻っていいですか?ここで出ておかないと、2便を持って戻れない可能性もありますので」
「確かに朝は入って来られたが、今となっては怪しいな‥‥。よし、今日はもう店を畳むぞ」
「いいんですか?」
「これも神の思し召しかもしれん。まあ、お前がどうしてもというなら構わないが、あとで後悔しても知らんぞ」
「いえ、イト様の特製時短技をこの目で拝見したいのでお供します」
「オビト、俺、色々と心苦しくて‥‥」
「わかります。思し召し違いもいいところですからね‥‥」
イトの思し召しで悪かったな!そんな苦々しい顔でこっちを見ないでくれ、バレる。
とりあえず店を畳むことに決まったみたいだから、お手伝いするよ。ほら、オビトはそこの野菜を袋に詰めて。あわわわわ!?ヤミルさん、そんな積み方したら卵が潰れちゃうってば!コハクはこの袋を持ってってくれる?ヒスイ、もう1袋載せるから気を付けて運んでね。
僅かばかりの商品を私達が荷車に載せ、ワトヤさん達が店じまいをすればあっという間に出発準備は完了。そして何故か
「どうだ、家の荷車は中々の乗り心地だろ?」
「商品を傷つけないために、何度も改良した自信作なんですよ?」
「‥‥最高です」『ぷる!』『ぶる!』
「「ぷっ!」」
私の頭の中でド○○ナがエンドレスで流れている‥‥。
荷車の事情により、ある程度の速度を出さないと動かすのが大変になるとのことで、いつもより早い歩行を求められた。歩幅がない分セカセカと歩いていたら、他称7歳ボディーの神秘でめっちゃ必死こいて歩いてるように見えたらしい。
子牛、もとい子ホスマなヒスイと一緒に突然抱え上げられ、荷車に乗せられたときはマジでビビった。そして我が身に起こった出来事に呆然とし、荷車が動き出したため慌てて座ってしまったことが全てを決定付けた。
降りたいって言おうと顔を向けるたびに、ニコニコと微笑む善意の塊親子へ今さら誰が言えようか。露店街のど真ん中を進んでいるため、方々から寄せられる視線が辛い。なるべく目立たないよう、隅っこにちょこんと体育座りしているというのに‥‥。唯一の救いは、初めて通る所だから知り合いがいないということ。
そして含み笑い継続中の2人がまっことウザい!カウ兄様お願いです。後生ですから、私の背中から漂う哀愁に気付いて下さい!ちらっ‥‥いやぁ、もう微笑まないでぇ(涙)!




