75-18日目
今、私の左手には選定の石を取り巻くように宝石が散りばめられた至高の鞘、右手には極限まで研ぎ澄まされ芸術品のような刃紋を有する究極の剣。そして足元には見えない土台とそれを覆う糸を付けた黒い布、とくればもうお分かりですよね?
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[クラム改]
帰って来た古から伝わる選定の宝剣Mk-Ⅱ
〈効果:STR+25・VIT+15・AGI+15・INT+15・DEX+15・LUK+15〉
〈製作ボーナス:切れ味良・勇者の称号〉
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選定の石+鉄礬柘榴石+蒼玉+琥珀+翡翠+紫水晶+アルプの木+グリフォンの革+金剛石
作成条件:細工・鍛冶・錬金Lv8
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人の手に渡る前提で敢えて手を加えるだけに留め、製作ボーナスもそのままにした。抜けないから切れ味∞はいいとしても、不壊を付けちゃったら鞘のままでも十分立派な凶器になっちゃうもんね。
それ、プスっとな♪『硬化』『結合』してから一見さん以外お断り+α宝石を土台に取り付けてっと、ヨシ!皆の者、撤収じゃあ!頭にコハクを乗せたヒスイに跨がったオビトとルスカさんへと合図を送る。
現在、草木も眠る丑三つ時。草原上空約20mの地点において、全ての偽装工作が完了したところであります!
地上には深夜であるにも拘わらず、灯りをともした何組もの冒険者パーティー達がわんさかといる。私の『カ○○メ波』のせいで‥‥貴重な睡眠時間を削らせてしまい誠に申し訳ございません。今からお披露目するんでそれで許して下さいな。とりゃあっ!離れた場所から手に巻き付けておいた糸を引っ張った。
選定の宝剣は本物だった事件の後、時間が時間だっただけに一旦解散することになった。出来なかった戦利品の分配は明日行うことにして、やはり食べ切ってしまったという方々に飴セットを急遽販売した。
生産ラインの見通しが立ちそうなので値下げすることも考えたが、ギンガさんが現状の値段で払っているのだからと言われ、1袋1,000ギルでお買い上げ下さった。エジムさんとルスカさんとヤミルが10袋、メリダさんとセイジさんが5袋、オビトとタクマさんが3袋。
コハクとヒスイに何袋欲しい?と聞けば10袋との答えが返ってきたので、ヒスイの分も合わせてコハクに20袋渡す。今後『変身』することも視野に入れて、お小遣いをあげないといけないな‥‥。
子供のお小遣い相場ってどの位だったっけ?と、うんうん唸っていたら悩みを察した皆からありがたい申し出をしていただけた。殆どのものが私の手柄だから、これからの分配にはコハクとヒスイもどうかって。え?本当にいいんですか‥‥?あ、あざーす!
宿に帰り、角煮の柔らかさやお好み焼きの作り方、味付け等に興味津々なギンガさんと会話を交えながら晩ご飯を済ませる。品数が多かったため少しずつ摘まむような感じになったが、全ての料理に舌鼓を打ってもらえた。
朝差し入れした飴は、1日に食べる個数を決めて大切に味わいながら食べているらしい。「毎回ドキドキしながら包装紙を開けているのよ」とレイアさんがとても楽しそうに言うものだから、次回ご購入いただける頃合いまでに新作を増やすことを心に決めた。
その後打ち合わせ通り、オビトが呼びに来る2時まで仮眠を取った。ぐ~すか寝ているところをオビトに叩き起こされ、少しでも空を飛びたいルスカさんと宿の前にて合流。冒険者ギルド組は全員役職付きだから招集されるだろうことを考慮しての人選なので、それだけが理由じゃないけどね。てな訳で、あらよっと外壁を跨ぎ、門を通らずに草原へとやって来たのである。
「すぴぃ~‥‥ふがっ、‥‥やっと気付きましたね(キリっ!)」
「‥‥全くだ。あれ程輝いているのに気付かないとは、ボンクラばかりだな」
「‥‥イトは何人位行けると思う?」
誰にも気付かれないこと数時間。あまりに待ちくたびれてウトウトしていたら、突如沸き起こった喧騒により覚醒に至る。仲間達と歓声を上げて興奮する者、騒ぎに気付いて駆けつけて来る者、宝剣を見上げて呆然とする者などと様々だ。
重量軽減ネックレスを参考に、<身体強化>持ちが2人いたとして辛うじて届く高さであろう20mにしてみたものの、隠れている森からこうして見上げるとやっぱり高い。最初5mでいいんじゃないかと提案したが、トルキアナの冒険者達の実力を知りたいという要望をいただいちまったら仕方ないよね。
少し悩んだのは人間以外を弾くかどうか。<投術><槍術><弓術><木工><土魔法>スキル持ちが作ったルートを見境なく使われたんじゃ、篩い落としの意味が全然なくなっちゃうからね。なので、1回使い終わったものはポイするように追加で頼んでおいた。
同じ人が何回も投げたり射ったり作ったりする可能性も考えたが、依頼する財力も実力の内だし、どちらにしろ2回目はないので良しとした。さらに、弾かれても挑み続けた者への隠し特典として、ゾロ目のときのみ再挑戦出来るようにしてみた(11・22・33~回目)。果たして何名の猛者が現れるだろうか‥‥。
「む~ん、5パーティー2人ずつとして10人位?」
『100にん!』
『儂は50人だ』
「俺は2人かな」
「だといいが‥‥」
ルスカさんから何やら意味深な呟きが‥‥。おっと、段々と人が集まって来たのでここいらで退散しておかないと。皆の衆、後は頼んだぜ!
王族からの依頼ということもあり、冒険者ギルドに報告があり次第、ギルド員が交代制で張り付くことになるだろうとエジムさんが言っていた。私が再びここを訪れるのは明日の夜。2日間でどんなドラマが生まれるのか、非常に楽しみでしょうがない。
くぁ~、欠伸をしたら移ったのか皆も欠伸をした。ウトウトを誤魔化したとき突っ込まないでくれたけど、眠いのを我慢して見張ってたんだろうな‥‥付き合ってくれてありがとね。さ、超特急で帰るんで早く寝ましょ!
「くぴ~‥‥ドンっ!ドンっ!」
「な、何だっ!?」
聞き慣れた破裂音に飛び起きるとさらに「ドンっ!ドドンっ!」と鳴った。え?運動会?
「ドンっ!ドンっ!」
「な、何だっ!?」
部屋を破壊せんばかりのノック音が扉から鳴った。え?取り立て?いや、借りてないんで!
「イト、起きて!」
「オビトか‥‥、ちょっと待って!」
『ねむ』
『朝から賑やかだのぅ』
本当だよ、眠いったらありゃしない。ちゃちゃっと着替えてベットを確認した後、鏡を覗いて‥‥ばっちぐー!
「うぃ~っす。まだ6時だけど、どうしたの?」
「‥‥大行列が出来てるんだって」
「へ?もう食堂が混んでるってこと?まあ、手伝うのは吝かじゃないけどさ」
「確かに食堂も混んでるけど、行列が出来てるのは宝剣の方。門から出たい人が多過ぎて、冒険者ギルドの前まで列が出来てるって今エジムさんが」
「盛況なのはいいことじゃないか。それにしても随分早く来たんだね。昨日あれ程食べたってのに」
「昨日の夜、宝剣が見つかった後にやっぱり連絡があって招集されたんだって。お腹が減って死にそうだって言ってるよ」
「私の『カ○○メ波』のせいで‥‥、今度はもう少し目立たない『ド○ン波』か『○○光殺砲』にするか‥‥」
「‥‥どうせ大して変わらないんでしょ。それよりどうする?カトビア街道から中々出られなくなったおかげで、樹海へ繋がる街道以外にも人が並んでて城下町から出られない状態らしいけど」
「な、何だってぇ~!?」
今日はワトヤさん家に行く予定だというのに、参ったなぁ。あれ?
「樹海へ繋がる街道には誰も並んでないの?」
「城下町を挟んで真反対だし、樹海を抜けられたとしても凄く時間が掛かるからね。イトみたいに<地図>がないと、余程慎重に行かない限り十中八九迷うと思うよ。でもその手があったか‥‥」
あ~、帰り道の目印ってやつね。でもそれなら外壁沿いを進めばいいんじゃないの?と聞けば、意外な答えが返って来た。どうやら外壁周辺は人の通る隙間もない程木々が密集しており、一度樹海へ入ってしまうと外壁すら見えなくなってしまうらしいのだ。
「どうして樹海から離れた所にお城を造らなかったんだろうね?何か理由があって仕方なかったとしても、そんなに大変なら切っちゃえば良かったのに」
「尤もな意見だけど、他の街道から出ればいいだけのことだからじゃない?まあ、後で通ることになりそうだし、そのときは宜しくね」
「それは構わないけど、肝心のワトヤさんは城下町に来れてるのかなぁ?」
とにかくお店に行ってみるしかないよねって話していると、コハクとヒスイが静かなことに気付く。後ろを振り向くと‥‥くっついて気持ち良さそうに寝ていたので、そのまま部屋から出て扉をそっと閉めた。エジムさんも来ているみたいだし、ちょっと早いけど食堂に行くとするか。念のため他の街道を確認してくるというオビトとまた後で、と別れた。
「ギンガさん、おはようございます」
「おはよう。どうした、今日はやけに早いな?」
「ええ、オビトに叩き起こされまして‥‥」
「ははっ、だからか。イト、後ろに寝癖が付いてるぞ」
「げっ!?」
後ろ髪に手を当てると、確かにピョコンと跳ね上がっていた。うがぁ~、涎の確認に必死だったせいで、あり得ないような痛恨のミス!『清浄』だけじゃキューティクルが保てないよ。シャンプーとリンスーがあればこんなことにはならなかったのに!
クワ太から余っている革紐を取り出し、寝癖を誤魔化すために三つ編みにして結ぶ。何か言われたら、畑仕事をする予定だから結んだって言えばいっか。ギンガさんにお礼を述べ、エジムさんが座っている席へと向かった。
「エジムさん、おはようございます」
「おはよう。あれ?今日は髪型が違うんだね?とっても可愛いよ」
「ど、ども」
エジムさんが眩い笑顔で髪型を褒めてくれた。そっか、よくよく考えてみれば、こっちに来てから初めて結んだかも。
「ところで、昨夜は大変だったようですね?」
「予想通りといえば予想通り過ぎて、次々と入ってくる報告に笑いを堪える方が大変だったよ」
「それで辿り着けた人はいたんですか?」
「ん~、困ったことに指を咥えて見上げるばかりだそうだ」
「まさか‥‥未だ0?」
「うん‥‥未だ0」
あちゃ~、試してもいないなんて実力を知る以前の問題だよ。せめて10mにしておけば、まだジャンプする人位いたんじゃないの?眉間に皺を寄せるエジムさんに掛ける言葉が見つからず、この2人にしては珍しい黙りな間が続く。
「お前達2人が一番乗りとは珍しいな」
「あ、タクマさん。おはようございます」
「よお、どうやら上手くいったみてぇだな。俺の家からも行列が見えたぜ」
「そのことなんですが「早いな」‥‥ルスカさん、おはようございます」
「「「おはようございます」」」
エジムさんから伝えられる、懸念していた近頃の冒険者達の不甲斐なさに、皆開いた口が塞がらずテーブルはまるでお通夜のようになってしまった。レイアさんがエジムさんの朝食を持って来てくれるまで、注文することも忘れていた位だから余程のことである。慌てて注文した料理を待っていると、丁度オビトが戻って来た。
「遠目にですけど、ブルイス街道もかなりの行列が出来ていましたよ」
「だろうね。冒険者ギルドを出てくる時点で、カトビア街道は商業ギルドまで並んでいてもおかしくない勢いだったし」
焼きたてホカホカのバターロールをパクつきながら話を聞く。甘みが存分に引き出された野菜スープを啜り、こんがりジューシーに焼き上げられた塩ハンバーグと、ふんわり優しいスクランブルエッグも美味しくいただく。んん、今日も旨い!
「今日の予定は決まっているのか?」
私がモグモグ食べているのを見て、ルスカさんがオビトに問い掛けた。
「はい。午前中はイトと一緒にワトヤさんのお宅へお邪魔することになっています」
「俺、そんなこと聞いてねぇぞ!?」
「すみません、伝えるのを忘れていました。ちなみに、ワトヤさんからは既に了承をいただいていますから。ヤミルさんはとても頼りになる(存分に扱き使える)人だと聞いていますので、俺にも色々と教えて下さいね」
「しょ、しょうがねぇな!そこまで頼りにされたとあっちゃ、期待に応えるのが真の男ってもんよ!」
「「「「「‥‥‥‥‥(今、副音声が‥‥)」」」」」
「そんなニュアンスだったっけ?私の記憶が正しければ、これでもかって位扱きもがあぁっ!?」
オビトに笑顔でバターロールを突っ込まれた、モグモグ。
いいから黙っとれと目からビームが出てる‥‥。馬車馬のように1日働かされることはもう確定のようですよ、ヤミルさん。罪滅ぼしと言ってはなんですが、午前中は私も一生懸命働くんで許してつかぁさい!




