41-14日目
『かーしゃん、おきて』
ほっぺたがほよほよして擽ったい。触ると私の手に丁度いい丸いボールだった。石より手に馴染んで投げ易そうなんだけど、ちょっと柔らか過ぎるな。ニギニギして柔らかさを確かめるためにギュっと握ってみると、思いの外弾力性があった。
いつまでも石を投げているのも考えものだよね。いい石って思ったより少ないし、手裏剣とかクナイみたいなのがあったら格好いいかも。ここをこう尖らせて‥‥
『あぅー』
んっ?ボールが喋った。‥‥まさかこのボールは
「こ、コハク、今日もいい伸びしてるね‥‥。おはよう、そしてごめん!完全に寝ぼけてました!」
『‥‥ちかたない、パン10こじゅつ』
こ、コハクがオビトのような脅しを‥‥、私の天使が悪魔の手先になってしまった!?
こちらに非があるので言われた通りにパンを渡す。なけなしのプライドで、「少しずつ食べるんだよ」と言うことも忘れない。時計を見るとまだ6時だった。コハクは日の出と共に起きるみたいで、朝食まではまだ1時間ある。私はパンを取られたまま泣き寝入りなどせんぞ。
「ねえコハク、ちょっと試してみたいことがあるんだけどいいかな」
7時になったので食堂に行く。部屋でも微かに匂っていたが、廊下へ出るとパンのいい匂いが強くなった。ウキウキしながら食堂に入ると「な、な、何じゃコリャ~!?」朝から人だらけ。座れる席は‥‥「イトここだ」タクマさん達を発見。私以外は既に全員揃っていた。
「おはようございます。朝から凄く混んでますね」
『‥‥‥‥‥』
肩の上でコハクがぽよんと跳ねる。
「おはよう。ここの食堂、昨日からとても評判になっているみたいなの。イトちゃんとコハクの分もたった今来たところよ」
「この塩パンっての旨過ぎだろ!」
「何個でも食べられるよね」
「塩味なんだがこれは嵌まるな」
「最高だ!お替わりっ!」
「イト、昨日食べたときより美味しくなってるよ」
ギンガさんの並々ならぬ努力には頭が下がるな。私も切磋琢磨して、ギンガさんに恥じないものを作らねば。と、その前に
「エジムさん、今後提供する調味料の値段についてご相談に乗っていただきたいんですが、今日お時間ありますか?」
「夕食のときでいいかい?」
「はい、宜しく「何だとっ!?」‥‥」
突然の怒声に食堂の中が静まりかえる。私も声の主を確認するために振り返った。最初に飛び込んできたのはレイアさん、そして何処かで見たことがあるオジさんがいた。
「昨日の夜はパンを売っていたのに、今朝は売らないとはどういうことだ!」
「ですから、昨日はあまりにもパンをお求めのお客様が多かったので、特別に販売させていただいただけなんです」
「ここに買いに来ている客がいるんだぞ!しかも大量に買ってやると言ってるんだ、早く売れ!」
「大変申し訳ありませんが昨夜と違いそこまで仕込みをしておりませんので、どちらにしろお売り出来るパンがございません」
「ふざけるな!パンを食ってる奴らがここに大勢いるじゃないか!コイツらに出すパンを寄越せばいいだろう!」
この人パン屋のオヤジだ。言ってることが理不尽で酷過ぎる。撃退されたのをまさか気付いていないなんてことは‥‥ありそう。あのとき気を失ってたからな。
作り方を教えろの次は寄越せか‥‥、パン屋の癖についに作ることすら放棄かよ。大量に買ったパンを自分の店で転売?もうコイツはパン屋ですらないね。しかも許せないのは、私がこれから食べようとしているパンも寄越せという傍若無人振り。私のパンに手出しするなど言語道断!ええぃ!やっておしまい、お前達っ!
「な、何だ!?これは昨日の‥‥や、止めてくれ!ぐがぁ~!」
なんてこった、昨日のことを覚えててやってたのか。ますます救いようがないな。お客さん達は騒ぐだけ騒いで自分から飛び出して行ったことに首を傾げたが、また何事もなかったかのように食事を始めた。
警備員さん達、今日も朝からご苦労様です。おかげで私のパンも無事死守出来たよ!さて、温かいうちに食べよ、食べよ。あぁ~、美味しい。
「おいイト、お前の仕業だろ?」
「何をしたの?」
「どうやったんだ?」
「今日も朝から驚かせるわね」
「イトちゃん、私に対して優しくない部下達をどうにかするようなものを作れないかな?」
勿論最後のやつ(奴?)は却下して説明したら、皆は<錬金>に続き<無属性魔法>の使い方にも興味を持ったようだ。食べ終わって外に出ると、パン屋のオヤジが外壁に凭れかかっていた。パンを狙われたにも関わらず、随分と広い心の持ち主がいるもんだ。ちょっと感動した‥‥。
しかしながら、連日宿を賑わせたパン屋のパンが正直気になるところではある。皆は食べたことがあるのかな?
「皆さんは、さっきのオジさんのパンを食べたことがありますか?」
「いや、ないな」
「パン屋って全部で3軒だっけ?」
「店通りのパン屋だろ?あまりいい噂を聞かないぞ」
「ええ、しかも商業ギルドでよく見掛けるクレーマーだわ」
「クレーマーですか?」
パンの材料を買い付けに商業ギルドに来る際、大量に購入するから安くしろとか、いいものを優先的に寄こせとか毎回言うらしい。商業ギルドとやり取りしているメリダさんとヤミルさんは、ほとほと嫌気のさした商業ギルド員にいつも愚痴を聞かされているとのこと。
「他の2軒はどうなんですか?」
「確か、あのオヤジのパン屋が一番の大店だったはずだぞ。後の2軒もそこそこ大きいが北と西に場所が離れていて、味はまあ全部似たようなもんだって聞くな」
「城下町はかなり大きいのに随分とパン屋が少ないですね。困りませんか?」
「困るわよ。でも小さいパン屋は何故かすぐ潰れてしまうの」
「それって‥‥さっきのことがあったから言いますけど、あのオジさん何かしていませんかね?」
昨日の朝噂になった食堂のパンを確かめに夜食べに来ていたこと、作り方・転売のことといい明らかに怪しい。今までも同じような手段を執っていたとしたら、断ったお店を潰しているかもしれない。
「少し調べてみるか」どうやらエジムさんも同じ見解に至ったらしい。目を合わせて頷く。美味しいパン屋が淘汰されるなんておかしいもんね!
「ちょっと回り道になるけど行ってみる?気になってるんでしょ?」
「いいの!?ありがとうオビト!」
「皆さんもいいですか?」
冒険者ギルドより近いパン屋へ先に向かうことになったので、エジムさんとはここでお別れだ。そういえば店通りを歩くのは初めてかも。あのお城をグルっと囲んだ道だよね?2日目、露店街に行く途中にとても綺麗に整備された道があったからちょこっと脇の店を覗いてみたけど、値段が高そうだし客層が富裕層っぽくて止めたんだった。
「城下町の造りがいまいちわからないんですが、教えてもらえませんか?」
「言われてみれば露店街を通って、宿と冒険者ギルドにしか行ってなかったね」
道端に皆でしゃがみ込む。オビトが大きな円を地面に描くと、4人もその中に色々と描き込み始める。あ~でもない、こ~でもないと各々の記憶を辿りながら、即席にしては立派な地図が出来上がった。
城下町(大きな円)の真ん中にお城があって、それを囲むように小さい円と中位の円が1つずつ。お城から円の外へ7本の道が延び、東にあるカトビアへ繋がる道がお城の正面で、これがいつも通っている大通り(カトビア街道)となる。
その他の道の行き先は、北北東が小国ランセクト(その先にはザンダルクがあるらしい)、北北西が中国ブルイス、南東がトルキアナ海経由でカトビア海、西が海、南と南西が樹海。
お城に近い小さい円が店通り、城下町の丁度真ん中にある中位の円が露店街。しかしそのどちらの道も、樹海へ繋がる南と南西の街道間にはない。理由を聞くと、トルキアナはアラミタの南南西に位置しているため樹海の先には海しかなく、その樹海も越えられないため通る人が極少数だからだという。
ギンガさんの宿が露店街の外側で、ランセクト街道から少し北寄り。冒険者ギルドは露店街とカトビア街道が交わる所、商業ギルドが店通りとカトビア街道が交わる所だ。
となると、いつも通っている門は東の門で、昨日見つけたオーガの棲み家はランセクト街道とカトビア街道に挟まれた森の中ということになる。ランセクトは北北東にあるから、昨日の冒険者達はきっとそっちから迷い込んだんだね。コハクに案内してもらった道を、人が見つけて通ることは不可能だもん。
タクマさんとセイジさんのお店も露店街の外側になり、ランセクト街道とカトビア街道の間。で、お目当てのパン屋はというと、店通りのランセクト街道から少し東寄りか。残りの2軒のパン屋は店通りのブルイス街道少し西寄りと、カトビア海街道から少し南寄りにあった。
地図には描いてないけど、昨日行ったワトヤさんのお店は多分カトビア海街道から東寄り。こうやって見ると、カトビア側が凄く栄えてる。海・樹海側にはめぼしいものがないのかな?これは一度城下町探索をしなければいかんぞ!
「今いる所はここ」オビトが露店街とランセクト街道の交差を指した。確かに冒険者ギルドよりパン屋の方が近いや。
「あのオヤジが起きる前に早く行こうぜ」
「そうね、絡まれても面倒だわ」
「はい!」




