第5話 その身を霧で隠せ
フェリウスは兄姉たちに相談をしていた。
相手は次男チェリウムと次女アンダシアで、このふたりは双子だ。
「ねえ。小兄、小姉。もう、大姉さまに贈るモノは決まったの? 」
「いや、まだだ」
「あら、私はもう決めたわよ」
フェリウスの相談は、長女フォリアティの結婚のお祝いについてだ。
長女のフォリアティは結婚することが決まっている。彼女の性格は少々勝ち気でお転婆な面があるが、末っ子フェリウスの面倒をよくみており、フェリウスもそんな長女によく懐いていた。彼は長女への感謝を示したくて、次男チェリウムと次女アンダシアに贈り物の相談をしていたのだ。
「えっ。小姉は、もう決めたんだ。なにを贈るつもりなの? 」
次女アンダシアは余裕ぶって、
「エヘッ。私は首飾りを贈るつもり。お婆様に手伝ってもらうけど、ほとんどは自分で作るつもりよ。材料の紫水晶は、もう手に入れているわ」
次男チェリウムは驚いて、
「アンダシアはそんな準備してたのかよ。オレ、何にも考えてなかったぜ。まいったな。
で、フェリウス。お前はどうするつもりなんだよ」
「うん。お守りにしようと思うんだ。オラム鳥の羽根でつくったヤツでさ、それもできれば自分で狩りをして作りたいんだ。
でも、狩りの方法なんて知らないから、どうしようかって悩んでいるんだけど」
「おう、フェリウス。それは良い考えだな。じゃあ、オレと一緒に羽根のお守りを作ろう。自分たちで狩って作るからこそ、価値があるしな。父さまに相談すれば、狩りについては何とかなるはずだ」
オラム鳥の羽根で作ったお守りは、幸運を招くと信じられている。
その由来は、オラム鳥は非常に多産で繁殖力がある生き物なので、生命力の象徴とされていたからだ。羽飾りは、子孫繁栄の恵みをもたらすと信じられていたので、結婚祝いには相応しい品であった。
次男チェリウムは父親に相談した。
彼と末弟フェリウスは、自分たちでオラム鳥を狩りたいが、狩りの知識も技術もない。そこで、狩猟の方法教えてくれる人物を紹介して欲しいと、父親に頼み込む。
父親のコーヌは被庇護者たちから狩猟の指導役を探すことにした。
この被庇護者とは、貴族である庇護者の保護にいる者たちのことだ。コーヌの家門、フェニキアクス家は貴族階級であり、当然ながら被庇護者が数多くいて、その中には狩猟を得意とした者もいる。
コーヌが選んだのは狼人種の壮年男性だった。
名前をアギーラ・ジーンヌといい、本来は隊商護衛の隊長役を務める人物だ。目つきは鋭くがっちりした体格の元傭兵で、その豊富な経験を買われて隊商護衛の仕事を任されている。彼は長い期間を交易先への旅路で過ごすが、隊商の休止する時期には狩猟で生活費を稼いでいる。
たまたま、今は交易休止期であったので、コーヌはアギーラ・ジーンヌを狩猟の指導役に選んだ。それに、彼はフェニキアアクス家に出入りしていて、子供たちとも顔馴染であったのも理由のひとつだ。
コーヌはアギーラを屋敷に招く。
そこで、コーヌは狩猟の指導内容について頼みごとをした。
「アギーラ。子供たちへの指導その内容について頼みたいことがあるのだよ。
オラム鳥の捕獲の成否は問わない。ただ、あの子らには経験を積ませることを中心に動いてもらいたいのだ。もちろん、君の補助は最低限としてほしい」
アギーラはコーヌの意図を察して、
「ほう。それは変わったご依頼ですな。まあ、コーヌの旦那の考えは分かりますがね。了解しました。旦那のご意向に沿って、お子さんたちには狩猟の経験をさせるようにします。
それと、できる限り獲物は獲れるように導きますよ」
「ありがとう。そうしてくれ。君はこちらの考えを察してくれるから、話が早くて助かるよ。
ところで、アギーラ。話を変えるが、君は再婚する気はないかね。
あれから三年も過ぎたのだし、引きずり続けるのは良くない。亡き奥さんも、再婚を許してくれると思うぞ。まあ、無理強いはしないが、その気があるなら私に言ってくれたまえ」
「お気遣いありがとうございます。コーヌの旦那。いずれは、ご紹介の話を聞かせて頂きたいと思っちゃいますがね。
ただ、もうちょい時間をもらえればありがたいのですが」
アギーラはやんわりと断りをいれた。
コーヌは苦笑いするが、それ以上なにも言わなかった。
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太陽が昇る直前で、空はほのかに明るい。
ちぎれた綿のように漂う雲は、日の光を受けて黄金色に輝いていた。そんな空の様子は、良い天気になることを予感させる。
フェリウスは防壁門の前に兄チェリウムと共にいた。
彼らは狩り用の準備を整えていて、厚めの布地の外套をはおり、足元は皮の深靴を履いている。手足には防護用の布を巻いているが、これは普段着の短衣は半袖で、丈もひざ下までの長さしかなく、森林の中を駆け巡るには不都合だからだ。ちなみに、ズボン型の衣類は、文化の違いもあって普及していない。
武器は小型の短弓、草木を払うための小鉈、皮をはぐための小型のナイフ。携帯食料にフォカッチャ数枚と、乾燥果物、それに皮袋の水を準備している。
そこへ、アギーラが欠伸をしながらやって来た。
フェリウスは、気安げな感じで、
「こんにちは、アギーラのおじちゃん。今日はよろしくね」
チェリウムは礼儀正しく挨拶する。
「アギーラさん、こんにちは。お願いを受けて頂いてありがとうございます」
「おう。ひさしぶりだな、フェリウスにチェリウム。元気にしてたか?
天気も良いし暑からず寒からずの狩り日和だな。
今日一日は、オレの言うことをよく聞いて指示に従うようにな。自分の身は自分で守るのが基本だぞ。ふざけたりしていると思わぬ事故を起こすから、真剣に行動するようにしろよ。森までの移動時はもちろん、狩りの最中は注意を怠るな。
具体的な注意事項やらは道中で話してやる」
狩りは日帰りで行うが、連続で五日間を予定している。子供たちの体力を考慮して、狩猟場所は衛星都市エステンシス近くの森林だ。
アギーラは森に続く道を歩きながら、子供たちに問うた。
「じゃあ、今日から始める狩りについて確認しようか。まず、狩りの対象はオラム鳥で間違いないか? 次に、お前らは何羽の鳥を手に入れたいのだ? 」
フェリウスは間髪入れずに、
「そんなの決まってるさ。オラム鳥をたくさんだよ」
チェリウムは頭をかきながら、
「欲しいのはオラム鳥です。獲物の数のことは考えていませんでした。まあ、数は多いほど嬉しいですが」
「ふたりとも、具体的な数を決めてなくて多けりゃ良いってか? そりゃ、感心しないな。何にも考えていないのと同じだぞ。
確か、羽根のお守りを作るんだろう。だったら、狩りの最中で獲物が痛むことを考慮しても、二羽もあれば充分だろうよ」
アギーラは不要な狩りはしないと告げた。
目的以上に獲りすぎることは良くない、これは『世界のバランス』に配慮する知恵だからなと、彼は言った。
フェリウスは『世界のバランス』の意味が理解できず、首をかしげてアギーラを見る。だが、彼は詳しい説明をする気はないのか、そのまま先を進んでいた。必要になれば改めて説明してくれるだろうと、フェリウスは思い、アギーラの後に続いた。
道すがら、アギーラは狩猟方法について説く。狩りには大きく分けて二つの方法があるのだと、二本の指を立てる。
ひとつ目は罠を仕かける方法。
ふたつ目は弓矢や槍のような武器で獲物を仕留める方法。
アギーラは草を鉈で薙ぎ払いながら、
「今日は罠でオラム鳥を狩る。理由はお前たちの体力を考えてのことだ。
罠を仕かける方法なら、自分たちのペースで野山を動けるだろう。無理をして獲物を追いかける必要はないし、事故の確率は少なくなるからな」
フェリウスは頬をふくらまして、
「なんだ。せっかく短弓を持ってきたのに使わないんだ。オレ、たくさん練習したんだよ」
一方、次兄のチェリウムは素直に、
「分かりました。今日は安全第一なのですね」
今日は初めての狩猟だから無理はしないと、アギーラはフェリウスを窘める。いずれ短弓も使う狩猟に連れていってやると、彼は約束した。
続けて、アギーラは獲物を狩るには三つの段階があると教える。
それは『対象を調べる』、『罠を仕かける』、『仕留める』のみっつだと説明した。
アギーラは森の中を進みながら、
「さて、最初は『対象を知る』についてだ。まず、お前らに事前の知識として、オラム鳥のことを簡単に説明してやろう。
コイツらは、草原や森林の開けた所にいる鳥で、昼は地表にいるが、夜になると樹の上で眠る。飛ぶことは苦手で飛んだとしても短い距離だけだな。普段は群れで固まっているが、今の季節は繁殖期だから群れはバラバラになっている。この時期、オスは縄張りをつくっているはずだ。
だから、オスの縄張りを見つける。お前たちは地面をよく見て、オラム鳥の足跡を探してみろ」
フェリウスたちは指示に従って地面の様子を観察しながら歩む。
ただ、コツも分からずキョロキョロと視線を動かすばかりだった。数時間の間、彼らは森の中を進んでいた。太陽が中天まで昇り、周囲の影が短くなった頃、彼らは木々がまばらで視界が開けた場所にたどり着いた。
ここで、アギーラの歩みはゆっくりとしたものに変わる。
時おり、地面にしゃがみ込み、地面に落ちた枝や草をナイフで払う。しばらく、そんな動作を繰り返した後に、子供たちへと声をかけた。
「よし、見つけた。ここに来てみろ。足跡がある。あそこには糞もあるぞ」
フェリウスは近寄り、
「うわー、こんなのをよく見つけられるね。アギーラおじちゃんって凄いな」
チェリウムは指さされた所を見て、
「アギーラさん。これがオラム鳥の足跡ですか。ここだって教えてくれなければ、絶対に見逃していますよ」
「まあ、そこは知識と経験だな。お前らも慣れりゃ、この程度のことは簡単にできるようになるさ。では、さっそく『対象を知る』を体験してもらおうか。おまえら、この痕跡から何が分かるか言ってみろ」
フェリウスは何も考えず、
「足跡と糞! 」
チェリウムは微かな形跡を見ながら、
「足跡はかろうじて見えるだけですね。方向はあちらから来ているのが分かる程度です。糞のある場所は散らばっていますが、ここの糞は比較的新しいですね。
こんな消えかけた痕跡では、僕にはこの程度しか分からないですよ」
「まあ、初めての経験だから、そんなもんでイイさ。
じゃあ、教えてやるから、よく見てみろ。ここには足跡が二種類ある。岩の横の大きなモノと、砂地にあるひと回り小さいモノが分かりやすい。これはオラム鳥の番だろうな。
足跡は北から南に向かっているが、歩幅は狭いので鳥たちは歩いていた。走っていれば、歩幅はもっと広くなるし、地面を蹴るから足跡は深くなるはずだ。そうでないから、コイツらは歩いて移動していた。雄が縄張りを見回り、雌がその後に従っている、といったところか。そう考えると、産卵はまだのようだな。
そして、この糞は乾燥具合から見て、三~四日前のものだ。別の場所には、乾燥しきった古い糞が散らばっている。定期的にこの場所を訪れている証拠だ。
たぶん、ここはオラム鳥の休憩地だろう」
アギーラは辛うじて見える足跡と糞の状態から、そこまでの情報を引き出した。そして、ひとつ一つ痕跡を示しながら、子供たちに解説してやる。フェリウスたちは感嘆しながら、アギーラの説明に聞き入っていた。
「狩りで『対象を知る』とは、こんな感じだな。知識として持っていたオラム鳥の生態情報と見つけた痕跡の組み合わせで、オレたちは狩りの対象のことを知ったワケだ。
もっと話したいが、まずはここから離れよう」
アギーラはその場を離れるよう、子供たちを促した。
これ以上、オラム鳥の休憩場所を荒らしたくないからだ。見知った景色に異常があれば、獲物は警戒するので、それを避けたのだ。
アギーラは数百メートルほど歩き、大きな岩がある場所へ移動した。
彼はその岩の上に座り、ここで昼飯を食うぞと、子供たちに告げた。
アギーラは干し肉を腰袋から引き出しながら、
「実は、『対象を知る』は多くの人が普段から行っている。対象を知れば、相手に対して優位な状態に立つことが可能になるからな。狩りだけでなく、争いごとや商売などなんでもだ。
例えば、お前らの親父さん、コーヌの旦那もそうしているぞ。
旦那は何件も投資しているが、市 場のことをよく調べている。どの交易商を選ぶか、売り買いする物品や時期、リスク分散の方法、いろいろだな。幅広く、そして注意深く『対象を知る』ように心がけている。
だから、コーヌの旦那は安定して利益を出しているんだ」
フェリウスは理解できず、
「ふーん。そうなんだ。なんだか、よく分かんないけど」
一方のチェリウムは、
「へえ、“狩り”と“商売”に共通することがあるなんて、思いもしませんでした。父さまが『対象を知る』ようにしているとは知りませんでした」
「まだ、フェリウスには難しいか。今は理解しなくても良いさ。ただ、そんな考え方もあることだけ覚えておけ」
用意していた昼食は簡単なものだ。フェリウスとチェリウムは、背負い袋からフォカッチャとイチジクを乾燥させたものを取り出す。
慣れない野山で歩き疲れて空腹だったので、彼らはガツガツとむさぼるように食べる。
フェリウスは喉が乾いていたので、水の入った革袋を勢いよく傾けようとするが、アギーラはそれを止めた。近辺に給水できる場所はないので、今日一日の消費量を考えて飲む量の配分を考えろと、アギーラは注意した。
「さて、次は『罠を仕かける』についてだ。
これは狩りのふたつ目の段階だが、意識すべきは対象の行動を予測することだ。ここまで観察したことを、改めて整理してみよう。
オレたちは、オラム鳥の縄張りを見つけた。コイツらは番で、縄張りを定期的に巡回して見回りをしており、その間隔は最低でも二~三日の間を空けている。この巡回コースには移動の道と休憩地がある。
そこでだ、これらの情報を元に考えて、お前たちが罠を仕かけるなら、どこにする? 」
フェリウスは手を挙げて、
「休憩場所! だって、そこなら鳥は糞をしたりエサを啄んだりして、たくさん行き来するから。罠にかかりやすいよ」
チェリウムは暫し考えて、
「うーん。いつも通る道が決まっているから、経路の途中……。いや、休憩場所のほうが良いですね。だって、見回り最中のオラム鳥は注意深くなる。でも、休憩場所は安全だと思っているので、警戒心は薄くなりますね」
アギーラは満足そうに笑って、
「よし、正解だ。では、オラム鳥の休憩地に罠を設置しよう。
ここで注意すべきは、対象に見合った仕かけを用意することだ。オラム鳥を相手にトラバサミみたいな仕かけは大げさに過ぎるし、小さな仕かけでは逃げられてしまう。要は、相手に合わせて対応することだな」
昼食を終えた彼らは仕かけ作りに取りかかった。
先ほど見つけたオラム鳥の休憩場所へ戻り、アギーラはフェリウスたちに罠の作り方を教え始めた。低木の先端をたわめて、その反動を利用して獲物を引っかける仕かけだ。
罠のひとつをアギーラが作ってみせる。これを手本にして、ふたつ目はお前らだけで作ってみろと、彼は指示した。
フェリウスとチェリウムは仕かけ作りを始めた。
二人とも罠作りは初めての経験なので、思うように作業が進まない。その手つきはぎこちなく、何度も失敗を繰り返した。縄を結んだ小枝の支えが強すぎて仕かけが弾けない、あるいは、逆に支えが弱すぎて風が吹いただけで仕かけが弾けてしまう。
あーだ、こーだと、兄弟ふたりは言い合いながらも楽しんで作業を進める。
「小兄、見てみて~。こんな感じでどうかな」
「おい、フェリウス。全然ダメじゃないか。枝の固定が強すぎて、これじゃあ仕かけが弾けないだろう。もう少し考えて作れよな」
アギーラは余計な手助けをしない。
子供たちだけで仕かけを完成させるつもりだ。彼ら兄弟は何度も失敗しているが、アギーラは最低限の助言しか与えていない。失敗する経験にこそ価値があると、彼は考えていた。何度も試行錯誤を繰り返した者にこそ応用力が身につくことを、彼は経験で知っているからだ。
子供らの父親コーヌからも頼まれていたことだ。
オラム鳥が獲れなくても良いと、コーヌは伝えている。いろいろと経験させることに価値がある、子供たちの成長に良い糧となるように導いて欲しい、そんな依頼をコーヌはしていた。
子供を教え導くという観点では、コーヌもアギーラも体験優先主義者なのだ。
アギーラは穏やかな表情をしていた。
キャイキャイと騒ぐフェリウスたちを眺めていると、アギーラは優しい気持ちになる。自分の子供が生きていれば、こんな感じで過ごしていたのだろうかと思ってしまう。
彼は、亡き家族と共に暮らす時間を想像していた。
親子そろって野山を歩き、狩りの方法を教え、手を繋ぎながら家路につく……。
そんな空想をしていると、なぜか自分の瞳が潤み鼻の奥がツンとしてきた。温和な気分でありながらも、なぜか胸の奥が疼いてしまうアギーラであった。
ずいぶんな時間をかけて、兄弟たちは仕かけを完成させる。
それは、かなり不格好な出来であったが、彼らにとって初めて作った罠だ。フェリウスは仕かけができたことを機嫌良く報告してくるが、その目はキラキラしていて、自分を褒めてほめてと催促する様子はかわいらしい。
アギーラはそんなフェリウスの頭をなでながら、よくできたと評価してやった。
その後、次の罠を仕かけるため、彼らはその場を離れて森の奥を進んだ。
再び、オラム鳥の足跡や糞の痕跡を探す。途中、アギーラは目的以外の動物の跡を見つけては、子供たちに解説してやった。
シカが樹の新芽を食べた跡や、イノシシがミミズを求めて掘り返した地面、野ウサギが放棄した巣穴。注意深く観察すれば、多くの動物が生きていることが分かるのだと、アギーラは教える。
二時間ほどして別のオラム鳥の縄張りを見つけた。
アギーラは兄弟に二か所目の罠を作らせるため、お前たちだけでここの罠を仕かけてみろと、指示した。フェリウスたちは低木をたわませ、縄をしばり、小枝で支えをつくる。二回目の仕かけ作りは、前回よりは手早くできた。
アギーラは子供たちを褒めて、
「よくやった。まあ、粗削りではあるが、成果を得るには十分な出来だ。実際に罠を仕かけてみて、獲物を狩ることの大変さが実感できただろう。
改めて言うが、効果的な罠を仕かけるには、相手を良く知る必要がある。獲物を観察して行動を把握し、予測して罠を張る。お前たちは、この考え方に従って作業してきた。
そこで、次は応用編だ。
お前たちは、いつも罠を仕かける側にいるワケではなく、逆に罠を仕かけられる側になってしまうこともある。
だから、敵の罠を避けるために『その身を霧で隠す』ことを覚えろ」
フェリウスは理解できず首をかしげる。
「……? 」
一方のチェリウムは疑問を口にした。
「それって何のことですか? 話がとんでしまって、意味が分からないですよ」
「なに、これは例え話だ。『その身を霧で隠す』とは敵に予測させるなということさ。仮に、俺の身体のまわりに濃い霧があったら、俺の姿は隠れてしまうだろう?
それと同じように、自分の行動を不規則にして、敵に予測させないようにするんだ。相手の思惑を崩すようにしろ」
人の行動は習慣化しているものだと、アギーラは説明した。
例えば、何時ごろに起床する、私塾へ通う道順とか、好きな食べ物は最初に口にする、あるいは最後まで取っておく等は無意識のうちに決まっている。
人の考え方も同様で、無自覚のうちに決まったパターンで思考することが多い。
そんな具体的な例を彼は指折りながら言い聞かせた。
「オレたちはオラム鳥の行動を予測して罠を仕かけた。もし、お前らに敵がいれば、同じようにお前たちの日常を観察して罠を仕かけるだろう。
だから、敵の思惑を外すために、自分の習慣を崩すようにしろ。敵に自分の動きを予測させるな。そうやって、自分の身を守ったり、相手より優位な位置に立つようにするのさ。
『その身を霧で隠す』とは、そういった例えの話なのだよ」
フェリウスは、
「分かった。でも、オレは霧を出す方法なんて知らないよ。それ教えてね! 」
チェリウムは末弟に目をやり、
「こら、フェリウス。これは例え話だって理解してないだろうが! よく聞いてろ。
それと、アギーラが言いたいことは分からないではないです。ただ、極端に過ぎませんか。そもそも、ボクらの命を狙うような敵はいないですよ」
「そうだな。まあ、敵と言っても命のやり取りをする者ばかりではないけどな。競争相手や、商売の交渉先、幾らでも相手はいる。
“敵”という表現が適切でないなら、自分と関わり合う者すべてと思っても良いさ。
とにかく、『コイツは何をしでかすか分からない』と相手に思わせることが肝要なのさ」
「そんなモノなんですかね。自分にはピンときませんが…… 」
アギーラはニヤけながら、改めてチェリウムに視線を向けて、
「じゃあ、理解しやすい例で説明してやろうか。
その前に、ひとつ質問がある。なあ、チェリウムは好きな女の子はいるか? 」
「い、いきなり何をいうんですか」
アギーラの突然の質問は、チェリウムの顔を真っ赤にさせた。