第3話 子供たちの探検
土精人種が崩れた壁を調べている。
「結構、痛んでいるな。そのまま再利用できる素材は少ないの。ここら辺の石材は全部砕いて、混凝土に混ぜるしかあるまい」
彼らがいるのは火災の跡地で、家屋二十数軒ほどの面積がある。
三年前に火事があったのだが、未だ残骸が放置されていて、倒れた石柱、崩れた壁、基礎部分がむき出しになった土台が散らばっていた。
長い間、放置されていた理由は利害関係でもめていたからだ。
土地の所有権者に借地権者、建物自体の所有権者など利害関係者が多数いたうえに、中途半端な区画整理のせいで複雑になった土地境界線とくれば、諍いが起きるのも当然であった。
これを問題視したのが、都市の指導者層だった。彼ら議会議員や貴族たちが、強権を発動して火災跡地を一括で買い取り、再開発を企画して、事前調査を専門家に依頼した。
調査の仕事を受託したのが、ドワーフの職人たちであった。
彼らは精霊系土精人種であり、土属性の能力が高い。もちろん、魔法を使えない者が大多数だが、鍛冶仕事や土木工事、建築の仕事を得意とする者が多いのだ。
親方が見習いたちに指示して、
「この建物の基礎部分はもう使えないから、ぜんぶ撤去だな。そこからあそこまで、赤塗料で印をつけておけ。
んで、ここはシッカリしているから青塗料だ。こいつはそのまま流用できるからな」
「へい、分かりやした」
親方が丹念に建物の基礎部分を調べて、再利用できるか撤去するかを判断し、見習い職人が基礎部分に塗料で印をつけてゆく。倒れた石柱や崩れた壁も同様にリサイクルできるか、破棄するかを区別する。
補佐役の職人は粗紙に調査結果を書き込み、この結果を取りまとめて、火災跡地の再開発に必要な概算予算や工事期間を算出する予定だ。
彼らは早朝から調査を開始していたが、それも昼間で終了だ。
平均的な庶民が働くのは、早朝未明五時から昼中十二時までの約八時間労働である。
昼以降は自由時間になっていて、夕刻まで酒を飲んだり、博打やお喋りで勝手気ままに過ごす。日が昇る前に起床し、日が沈めば就寝する。太陽の浮き沈みに合わせた生活が一般的なサイクルだ。
親方が仕事に一区切りをつけて、職人たちに告げた。
「これで、今日の仕事はおしまいだ。小道具やら塗料やらは、まとめてその辺に置いておけ。盗むヤツなどおらん。
でも、調査結果をまとめた資料だけは忘れんなよ。そいつがないと、工事費用やらが算出できんからな」
「へい、分かりやした。で、この後はいつもの店ですかね? あそこの酒、結構イケるんで、いつも楽しみにしてんでさっ」
彼らは仕事道具を片づけて、今日の仕事を終わらせた。
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「早く、こっちへ来いよ! 」
「ボールを持ってくるのを忘れた? お前なにやってんだよー」
「ウホゥー」
ここは神殿横の広場で、子供たちが遊びまわっていた。
あちらこちらに少年少女の塊ができて、子供特有のカン高い声が響いて姦しい。子供も、大人と同様に昼食後は自由時間なのだ。
午前中の勉強時間が終わって、家族と共に昼食をとった後、ワラワラと広場に集まってくる。彼らの多くは街なかの広場に集まって、体育時間という名の遊びで時間を過ごす。神殿横の広場は都市でいちばん面積が広いので集まって来る子供たちも多い。
「あっ、もうフェリウスは来ていたんだ。早いね」
「おう、クイント。あれ? キャリコーは…… 」
「どこ見てんのよ。アンタの後ろにいるじゃないの」
フェリウスは、次々と集まってくる友達を待つ。
彼は片手に、ボロ布を固めて紐できつく縛って作ったボールを持っている。最近はこの布ボールを蹴り回して遊ぶのが、皆のお気に入りだ。サッカーのようにゴールがあるわけでもないし、チーム戦で争うでもなく、ただ布ボールを遠くへと蹴り、それを追いかけるだけなのだが、それが単純に楽しい。今日も布ボールで遊びたくて、フェリウスは仲間たちを待っているのだ。
そんななか、妙な動きをする男の子がいた。
この少年の名はシローグといってフェリウスと同じ鳳凰人種の男の子だ。そんな彼は足を大きく振り、身体をくねらせながら、足先を見せびらかす。
猫人種の娘キャリコーがつっこんで、
「ちょっと、シローグ。なにクネクネ動いてんの。気持ち悪いわよ」
「エヘヘッ。いや、別に何もないさ」
シローグは、仲間の関心を引くことができて嬉しそうだ。
彼は満面の笑みを浮かべて、キャリコーに返事するのだが、足先を見せつけるような変な動きはやめない。
フェリウスが、そんな彼の足元を見て、
「おぉ、シローグ。そのサンダル、なんかカッコいいな」
「エヘヘッ。いいだろ。これ深靴っていうんだぜ。父さまの知り合いの職人が試しに作ったのを、オレがもらってきたんだ」
シローグが見せた深靴タイプの履物は珍しい
ここ都市国家エステンシスの文化圏では、サンダル型の履物が一般的なのだが、それは木板を下敷きにして皮や布で足を固定するもので、すきまが多くて通気性が良い。
一方、シローグの深靴型はこの地域ではあまり見かけない。彼が履いているクツは足の甲全体を皮で覆ったタイプで、主に北方の狩猟民族が使うものだった。
犬人種の少年クイントがケチをつけて、
「そのシローグの履物って、この辺りでは見かけない形だな。でもさ、それって足が蒸れそうだよ」
「そんなことないってば。クイントは何もわかってないな。これは雨が降っても足が濡れないんだぜ。いいだろ」
シローグは深靴を得意げに見せびらかした。他の子らはその履物を触ったり、オレにも履かせろと強請ったりと、シローグを囲み、好奇心を満たそうとした。
その後、フェリウスたちはいつもの布ボールで遊びはじめた。
十数人の少年少女たちが一斉に走り出して、上へと遠くへと蹴り飛ばす。広場には他の集団もいて、布ボール以外に縄を振る者や追いかけっこをする子供たちが入り乱れていた。
日が傾き、空が赤く染まり始める頃。
そろそろ家に帰ろうかという時間になって、ようやくフェリウスたちは布ボール蹴りをやめる。楽しい時間は短く感じるものだ。昼頃から夕刻になるまで走りまわって、結構な時間が経過しているはずなのに、彼らの体感時間ではアッという間でしかなかった。
ひとりふたりと家へ帰る者が遊び仲間から抜け、フェリウスと特に仲の良い子供らが集まって、話をはじめた。
猫人娘キャリコーが最近仕入れた噂話を仲間に披露した。
「ねえ、知ってる? オバケが出る場所があるんだって。そこは防壁の近くで火事の跡地なの。近所のおばさんたちが話しているのを、わたし聞いたわ」
ウワサ話を聞いた三人の反応は様々だ。
「ええっー。それホント? 」
「そんなの嘘だって。オバケなんている訳ないじゃんかよ」
「コワー。オバケを見たの? 」
キャリコーは声を小さくしながら、
「ううん。まだ私は見てないわ。でも、おばさんたちがいうには何人も目撃した人がいるんだって。夕方から夜のあいだに、オバケがでるらしいわ」
犬人種の少年クイントはキャリコーに同意して、
「そうだよ。お昼には出てこないって。オバケは真夜中に悪い子をさらいにやって来るって、うちの爺ちゃんが言ってたぞ」
フェリウスが面白半分に、
「キャリコー、ほんとに夜なら見ることができるの? 面白そうだから、オバケがいるか確かめに行こうか」
「エエッー。そんなのイヤよ。そんなに見たいなら、フェリウスが一人で行けばいいでしょ」
すると、鳳凰人のシローグもフェリウスに同調して、
「キャリコー、オバケが怖いんだろう。それともアレか。実はオバケの話は嘘だったのかよ」
「そんなこと、ないってば。わ、わたしはオバケなんて怖くなんかないもん! フェリウスとシローグ、アンタたちが本気で行くなら、私も行くわよ」
キャリコーは売り言葉に買い言葉で行くことに同意してしまう。
彼女は小耳にはさんだウワサを話しただけなのに、負けず嫌いな性格が災いした。どうしてこうなったか理解できないまま、彼女はオバケを見に行くことになった。
リーダー格のシローグが宣言した。
「じゃあ、決まりな。お前らも聞いただろ。オバケは本当にいるか、みんなで確かめに探検するぞ」
「おう! 」
「仕方ないわね。行けばいいんでしょ、行けば」
「なんか、ワクワクするな。」
その後、彼ら四人はオバケ探検を計画することになった。
フェリウスは好奇心旺盛で、いつも行動のきっかけを作る。
シローグは鳳凰人種の少年で、仲間をまとめるリーダー役だ。
キャリコー。彼女は猫人種の娘でお姉さん役であり、人の至らないところをフォローする。
クイントは犬人種の男の子でおっとりした性格ながら、堅実に物事を進める。
そんな四人が組み合わさると、意外なほど実行力を発揮するのだ。
普通、子供の話なんてその場かぎりのいい加減なものなのだが、彼らはノリノリで計画を立てはじめる。オバケ探検決行の日や準備期間などのスケジューリングに、問題の火事跡地への下見や、探検に必要な品々のピックアップ、誰が何を持ち寄るかの役割分担など、十歳の子供たちにしてはやたら綿密な計画をたてて、着々と準備を進めた。
彼らが準備完了させたオバケ探検の決行日。
その日の昼ごろ、いつものようにフェリウスたちは神殿横にある広場に集まった。通常なら他の子供たちと合流して遊んだりするが、今日の四人は違った。
彼らだけで集まり、ヒソヒソと話をする。
シローグがリーダーシップを発揮して、
「みんな、親にはフェリウスの家で泊まるって言ったか? 」
フェリウスはペロリと舌をだしながら、
「オレはシローグの家に行くって言ったけどね」
「うん。オイラはちゃんと言っておいたよ」
「私もお母さまに言ったけど。でも、本当にあそこへ行くの? やっぱり止めたほうが良いと思うのよね」
シローグは、猫人種の娘の気弱な発言に反対して、
「キャリコー、今さら遅いぞ。みんなと話して決めたじゃないか。それとも、オバケの話はホントのことじゃないって認めるのかよ。お前は嘘つきだって言いふらすぞ」
「ウウッ。私は嘘つきなんかじゃないわよ。行けばいいんでしょ。行けば」
彼らは各自の持ち物を確認しはじめた。
用意したのは、夕食代わりのフォカッチャが数枚と乾燥果物。武器として木製の練習剣と木槍。オバケに通用するとは思えないが、まあそこは子供のことでしかたがない。それと灯りで、クイントが油性ランプを準備する役割だった。
さらに追加でフェリウスは魔導具のランプを持ち出す。
「へへっ。家から良いもの持ってきた」
他の三人は魔導具ランプを見てはやし立てて、
「おおぉ、すげえ」
「それって魔導具でしょ。よくそんなの持ってきたわね」
「見せて、みせて」
魔導具は高価な品で、一般家庭には普及していない。
富裕層の家庭でも保有している家は少なく、子供に扱わせるような品ではない。フェリウスはそんな高価な道具を勝手に待ち出したのだ。
彼が隠し持ってきた魔導具ランプを囲んで、しばらくキャイキャイと騒ぐ。ひと通り、準備してきた品々を確認したあと、彼らはオバケ探検決行の時間まで、布や皮を丸めて作ったボールで遊んだりして、適当に時間を過ごした。
日が傾き、太陽が空を赤く染めるころ。
広場にいた子供たちが帰り始めると、フェリウスたちも広場を離れることにする。そのまま、四人は火事跡地へ向かった。
フェリウスは子供らの先頭を歩く。彼は機嫌が良くて、唄を口ずさみながら進む。好奇心旺盛な彼は、探検に行くだけで、心が浮き立っていたのだ。そんな彼に誘導されて、子供たちは火事跡地の手前までやってきた。
フェリウスは何にも考えていない陽気さで訊ねる。
「ねえ、シローグ。これからどうしようか」
「オバケがでるのは、日が沈んで暗くなってからだ。ここでしばらく待とう。みんな、それまでジッとしているんだぞ」
「うん。そうだね。そうしよう」
「じゃあ、ここの裏側で待っていようか」
彼らはオバケに見つからないようにと崩れた家屋の物陰に隠れた。
その場でクイントの油性ランプに火を入れる。フェリウスの灯りの魔導具はもっと後で使う予定だ。
四人で油性ランプを囲んで用意していたフォカッチャと乾燥果物を食べ始めた。
「ねえ、フェリウス。その乾燥果物美味しそうね。私にもちょうだい」
「いいよ。その炒り豆と交換な。キャリコー」
「ねえ。クイント。ワクワクしてこない? 」
「そうだな。なんか知らないけど楽しくなってきた」
日が沈み辺りが暗くなるにつれ、彼らは少し興奮してきた。
大人たちが決めたルールを破ることにスリルを味わっていたからだ。親に隠れてする探検は、ちょっとしたワルな気分にさせてくれて、心臓はドキドキする。
オバケに見つからないよう静かに過ごすつもりだったが、気持ちが昂ってキャッキャッと騒ぎ始める。
フェリウスはキャリコーに悪戯を仕かけた。
彼は、ウッと言いながらお腹をかかえる演技をする。
それを見たキャリコーが心配して、
「ちょっと、フェリウス。どうしたの? 」
「ばぁ! 」
フェリウスはおどけて、魔法具のランプで自分の顔を下から照らした。
「キャー 」
キャリコーは不気味なフェリウスの顔に驚いた。
彼女は力いっぱい両手でフェリウスを突き飛ばし、彼を大きく転げさせた。フェリウスはが倒れた先には、塗料が入った木樽やら測量用の木材やらが並んでいて、そこへ彼は頭から突っ込んでしまった。
ガシャガシャン。
「うわぁぁぁ」
フェリウスは、積みあがっていた資材やら道具類をぶちまけて、床に転げてしまう。
キャリコーは自分が突き飛ばした相手がフェリウスだと気づいて、
「ご、ごめんね。だいじょうぶ? 」
「うわー、ひどいよ。ちょっと驚かせただけなのに」
フェリウスは文句を言いながら、ガタガタとガレキや木材を押しのけて起き上がる。片手には魔導具ランプを持っていて、改めて周囲と自分を照らしながら、キャリコーのほうへやって来た。
そこには、頭から赤い染料を滴らせたフェリウスがいた。
「キャァァァー! 」
キャリコーは卒倒しそうになる。
彼女の目の前には、血まみれ(のように見える)の人間がいたのだから。先ほどまで、キャイキャイと楽しくふざけ合っていたところへ、いきなり真っ赤な血を滴らせたオバケが出たら、誰だって恐怖するだろう。彼女は一気に頭から血の気が引いて、目の前がクラクラするも、全力を振り絞ってその場から逃げだした。
「で、でたー。逃げろ」
「こっちに来るなー」
シローグとクイントも絶叫した。
血みどろオバケに悲鳴をあげて逃げ出す少女と、突然の状況変化に、彼らは何が起きたのか分からず混乱して、髪の毛が逆立ち、目は大きく見開き、鼻から汁が垂れ出てしまう。もう、恥も外聞もなく叫びながら、脱兎のごとく走り出していた。
「なんで、みんな逃げるんだ。待ってくれー」
フェリウスは、自分の状態に気づかない。
頭からかぶった赤い塗料が原因で。見た目が悲惨なことが理解できていない。ただ置いてけぼりにされるのが嫌で三人の後を走ってゆく。彼の顔だけが魔導具の灯りでポッと照らされて、闇夜に浮かび上がっているのだが、その顔は塗料で真っ赤になっており、不気味であった。
他の三人にしてみれば、血まみれのオバケが背後から襲ってくるようにしか見えない。
「キャー! 」
「あわわ」
「ヒェー」
錯乱状態のまま逃げる三人。
訳が分からぬままに追いかけるフェリウス。
彼らは、火事跡地の区画を一周して元の位置に戻ってきた。キャリコーたちは全力疾走で逃げまどったが、しょせん十歳の子供たちなので体力はない。彼らは息が続かず、その場にうずくまる。
彼らは、後ろから来るのがフェリウスだと気づいた。
息も絶え絶えで動く気力もなくなって、顔だけを後ろにむけていると、フェリウスの声が聞こえてきたからだ。落ち着いてよく見ると、彼の頭は赤い塗料がついているだけだと、ようやく分かったのだ。
フェリウスが三人に追いついて、
「みんな、酷いよ。いきなり走り出すなんて」
キャリコーがムキになって、
「アンタこそ、なに言ってんのよ。フェリウス。私をビックリさせるからでしょうが」
クイントもフェリウスを責める。
「そうだ、そうだ。フェリウスはタチが悪い。そんな真っ赤な塗料を頭からかぶってまで、ボクらを驚かそうとするなんて」
「そんな事するもんか。あそこに塗料の樽があっただけだって。キャリコーが突き飛ばすからこぼしたんだ。濡れてべちょべちょだよ」
シローグも非難して、
「いや、悪いのはフェリウスだ」
シローグがフェリウスを指さして近寄ろうとすると、
ブシュリ。
暗闇のなか、気持ちの悪い音が響いた。
それは布に液体を含ませて地面に叩きつけたときに出る音に似ていた。フェリウスとクイントはその異音に気づいて、身体を強張らせる。
キャリコーは小さく悲鳴をあげる。
「ヒッ! 」
シローグは立ち止まり、動揺したように何かを言いかけて、
「イ、イヤ。これは、ちょっと、その……」
シローグが他の三人に近寄ろうとするが、その動きは壊れた人形のようにぎこちない。
そんな彼が歩くと再び異音がした。
ブシュ、ブシュ。
「うわー。なにか憑いてきた」
「で、でたー」
「にげろ、逃げろ、ニゲロ」
フェリウスら三人は全力で逃げ出す。
ブシュ! ブシュ! ブシュ!
異音が彼らの後に続く。
シローグは、逃げ出した三人を追いかけていた。
彼は、異音の元が自分の深靴であることに気づいていた。ブーツに液体が入り込んでいて、彼が歩くたびに妙な音がしていたのだ。その液体は妙に生暖かいし、股間は濡れている。
そう、シローグは恐怖のあまりお漏らしをしたのだった!
必死の形相で逃げる三人。
ブシュリ、ブシュリと音をさせながら走るシローグ。
彼らは再び区画をグルリと一周して元の場所に戻ってきた。再び、彼らは息も絶え絶えになって、地面に倒れこんでしまう。フェリウスは身動きできないまま、後ろからやって来る人影を見やる。
異音を立てながらやってきたのはオバケではなくシローグだとようやく気づいた。
シローグがようやく追いついて、
「み、みんな、違うんだ。逃げなくっていいんだよ」
「ハァ、ハァ……。なに言ってんだよ。変な音がするから逃げるのは当たり前じゃないか」
「そうよ。だいたい、アンタが歩くたびに音がするのは何なのよ。逃げている間、ずっとあの音をさせていたアンタも大概ひどくない? 」
「確かにシローグが歩くたびに、変な音がするぞ。というか、お前の股間が濡れているし、なんか臭いぞ。
オシッコ?
おまえオシッコ漏らしたのか! 」
「えー、えんがちょー! 」
三人はご不浄から身を守るまじない言葉を口にした。
シローグは顔を真っ赤にして反論する。
「う、うるさい。これは水がこぼれただけだ。それに臭いっていったら、オレだけじゃなくって、クイントだって臭うぞ。
お前、さっきから歩き方が変なんだよ。何を隠しているんだ! 」
「え? いや…… 」
クイントは、思いがけないシローグの反論に動揺する。
フェリウスは鼻をクンクンさせて、臭いを嗅ぐ。
「確かにクイントの歩き方、なんか変だぞ。というか、お前の尻に茶色い染みがあるし、なんか臭いぞ。
ウンコ?
おまえウンコ漏らしたのか! 」
「え、えんがちょー! 」
三人は再びまじない言葉を口にしてクイントと距離を空ける。
彼らは喧嘩を始めた。自分は悪くない悪いのはお前たちだと、互いをなじる。
赤い塗料で皆を驚かせたフェリウスが悪いだの、フェリウスを突き飛ばしたキャリコーが原因だとか、お漏らしして濡れた靴で変な音をさせるシローグが酷いだの、ウンコ臭いクイントなんかあっちへ行けとか、相手を非難しあった。
騒ぎを聞きつけたご近所からの知らせで、子供たちの親たちが迎えに来た。拳骨を頭に喰らったり、お尻をひっぱたかれてして、子供たちはすごすごと家に帰る。
こうして、フェリウスのオバケ探検は終わった。