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真夏の猫  作者: 深田風介
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6月1日

 夏は、嫌いだった。

 暑くて汗がふきだすし、やたら虫はわくし。

 夏休みの宿題は面倒くさいし、寝苦しいし。

 だから、ぼくは夏が、嫌いだった。


 熱せられた空気が頬をなぶる。

 ぼくは、ただひたすらに自転車をこいでいた。

 舗装された道は走りやすく、足も軽快にうごいた。


「なあ、ソラ、今日も海は変わらずきれいだよ」


 流れゆく景色の中には、青と白の二色しか存在しない。ふわふわ浮かぶ真っ白な入道雲。抜けるような青空に、それに同化するかのように澄んでいる海。


「ソラはもう見飽きたかもしれないけど、ぼくはいつ見てもこの景色に心奪われるよ」


 ワイシャツの下のインナーは汗ばみ、ハンドルを握る手はぬめぬめしてすべり落ちてしまいそうだ。

 日差しが強く、アスファルトの上にはかげろうが立っていた。


「ソラはかげろうが好きだって言ってたね。キラキラしててきれいだって」


 ぼくはそうは思わないけど。うまく理由は説明できないが、そこはかとなく不気味な感じがするから。強いて言うなら、かげろうは気温が高く、なおかつ風のない日にしか現れないから、かな。

 風景は移り変わることなく、延々と空と海を写し続けている。まるで同じフィルムを何度も再生しているかのように。


 今走っているこの道は、高校につながっている。田舎なだけあって通学に時間がかかり、自転車を使っても1時間半もかかってしまう。

 まだ30分しかたってない。距離的には3分の1くらいかな。


 ぼくの思考は自然にソラへと向かう。

 はじめて君と話したのはいつだっただろう。

 なんて、自分に問いかけなくてもわかってる。忘れるはずもないからね。

 それは、今年の6月。夏のはじまり。



 暑い。暑いなぁ。

 そう思っても口にはださない。余計に暑くなるような気がするから。

 教室には、ただページをめくる乾いた音しか存在しない。朝読書の時間だから当然だ。

 窓は開いているが風はまったく入ってこず、まだセミの声も聞こえない。それに加え6月なのにこの気温だ。気が滅入る。


 本が黄ばんでしまわないようこまめに手汗をぬぐいながらページをめくる。そのせいか読書に集中できず、つい外を見てしまう。

 ぼくは夏が嫌いだけど、この季節の海は好きだ。ギラギラと凶暴な太陽の光を、やんわりと反射している様が。

 頭に入ってこない活字を追うよりも、ぼーっと海を眺めている方がよっぽど有意義だ。

 頬杖をつきながら1、2、3、4とカモメを数える。今日は4羽。昨日より1羽少ない。


 そんなことをしていたら、あっというまに10分間の朝読書の時間が終わってしまった。この後は担任が連絡事項を伝えて授業に移るはずだ。1時間目は苦手な数学。宿題も面倒な問題が多くて途中で投げ出してしまった。授業の最初に答え合わせをするから、そのときに答えを丸写ししよう。生徒に答えさせたあとに添削するから、当てられないことを祈るばかりだ。


 今日は特にイベントもないし、担任の話もすぐ終わるだろうと思い、宿題をだして最後の悪あがきをしようとしたとき、クラスがシーンと静まり返った。


 なんだ。なにがはじまるんだ。ぼくは何を聞き逃した。 答えはすぐに担任の口から告げられた。


「えー、はい、それでは転校生を紹介します。入ってきてください」


 手を止め、教室の入り口を見つめる。

 転校生? こんな中途半端な時期に?

 というより転校生がうちにクラスに来るだなんてはじめて聞いた。うちの担任はよぼよぼのおじいちゃん先生でよく連絡事項を忘れたりするから、今回もそうだろう。

 ガラガラっと戸を引き、しっかりとした足取りで教壇まで歩いてきたのは、黒髪の女の子だった。


「はじめまして。わたしの名前は、ソラ。葵ソラです」

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